首相補佐官の礒崎陽輔が7月26日の大分市の講演で安全保障関連法案に絡んで「法的安定性は関係ない」と発言して野党及び与党の一部から批判を受け、8月3日午後、参院平和安全法制特別委員会に参考人招致を受けることになった。
礒崎陽輔の大分市での発言は2015年7月29日の当ブログ――《礒崎陽輔の時代錯誤な戦前の国防絶対正義に取り憑かれた「法的安定性は関係ない」発言 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》で取り上げたが、改めてここに記載してみる。
礒崎陽輔「憲法には自衛権について何も書いていない。1959年の砂川事件(最高裁)判決は、わが国の存立を全うするための自衛の措置は国家固有の権能であるとした。
中身を言わないから政府は解釈してきた。昔は憲法9条全体の解釈から、わが国の自衛権は必要最小限度でなければならず、集団的自衛権は必要最小限度を超えるから駄目だと解釈してきた。72年の政府見解だ。
ただ、その時はまだ自衛隊は外に行く状況ではなかった。その後40年たって、北朝鮮は核兵器やミサイルを開発し、中国も軍備を拡張している。
政府はずっと必要最小限度という基準で自衛権を見てきたが、40年たって時代が変わったのではないか。集団的自衛権もわが国を守るためのものだったらいいのではないか、と提案している。
何を考えないといけないか。法的安定性は関係ない。(集団的自衛権行使が)わが国を守るために必要な措置かどうかを気にしないといけない。わが国を守るために必要なことを憲法が駄目だと言うことはあり得ない。『憲法解釈を変えるのはおかしい』と言われるが、時代が変わったのだから政府の解釈は必要に応じて変わる。
(安全保障関連法案の審議は)9月中旬までには何とか終わらせたいが、相手のある話だから簡単にはいかない」(「TOKYO Web」)――
このブログに、〈法的安定性とは、法が様々に解釈されてその適用が随意とならないために法を厳格に規定することで確保されるそれ自体の安定性と法を厳格に規定すると同時にその適用もが厳格であることによって社会の安定性が確保されることまで含めて法的安定性と言う。〉と書いたが、7月28日付NHK NEWS WEB」記事が、〈「法的安定性」は、法やその解釈がみだりに変わらないこと、そして、それによって、国民の生活や社会秩序が安定するという考え方〉と解釈している。
上記ブログと重なるが、礒崎陽輔の発言が何を意味していると見たのか、簡単に振返ってみる。
先ず礒崎陽輔は「わが国を守るために必要なことを憲法が駄目だと言うことはあり得ない」と、国防を憲法よりも優先させている。この優先意識によって国防を絶対正義に位置づけていることが分かる。
その結果、「時代が変わったのだから政府の解釈は必要に応じて変わる」との言い回しで憲法が持つ法的安定性を無視して、政府の憲法解釈を「必要に応じて」優先させることができる。この循環は国防絶対正義へと回帰していくことになる。
要するに「(集団的自衛権行使が)わが国を守るために必要な措置かどうか」国防優先を重要とすることで、それゆえに安全保障関連法案の「法的安定性は関係ない」と言っていることと、憲法が持つ法的安定性を無視し、政府の憲法解釈を「必要に応じて」優先させることができるとしていることとは対となった礒崎陽輔の考えとすることができる。
では、参考人招致でどのような遣り取りがあったか、「産経ニュース」記事がその「詳報」を伝えているから、主な発言を拾って、それを参考に礒崎本人が言っているように単に誤解を与えたに過ぎない発言だったのか、首相補佐官としての適格性が問われる発言だったのかを見てみる。
先ず大分の発言を謝罪している
礒崎陽輔「発言の機会をいただき誠にありがとうございます。7月26日の(大分市で開催した)国政報告会における私の軽率な発言により、平和安全特別委員会の審議に多大なご迷惑をおかけしたことを国民の皆さま、与野党の皆さまに心からおわび申し上げます。もとより私は平和安全法制において、法的安定性が重要であることを認識しております。今回の平和安全法制は必要最小限度の武力行使しか認めないとの従来の政府見解における憲法9条の解釈の基本的な論理は全く変っておらず、合憲性と法的安定性は確保されていると認識しております。
その上で、平和安全法制を議論していく上では、あくまでも合憲性および法的安定性を当然、前提とした上で憲法との関係とともに、わが国を取り巻く安全保障環境の変化を十分に踏まえる必要があると認識しております。国政報告会において、安全保障環境の変化も議論しなければならないことを述べる際に、『法的安定性は関係ない』という表現を使ってしまったことにより、大きな誤解を与えてしまったと大変、申し訳なく思います。私のこの発言を取り消すとともに、関係者の皆さまに心よりおわびを申し上げます」――
法的安定性の重要性は認識している。「法的安定性は関係ない」と軽率な発言をしてしまい、誤解を与えたと謝罪している。
対して民主党の福山哲郎幹事長代理が野党を代表して質問を行っている。
福山哲郎「昨年の閣議決定以来、安倍晋三首相ならびに政府は『法的安定性は維持しながら、集団的自衛権を限定容認した』とこれまで強弁してきた。それがよりにもよって、首相の補佐官であるあなたが『法的安定性は関係ない』と言い放ちました。まさにちゃぶ台をひっくり返したも同然だ。この責任は極めて重い。辞任に値すると考えます。あなたは自らの判断で職を辞するべきです。
与党からも進退論が公然と噴出する中で、なぜあなたは辞任せずにここに出て来られたのか。これまで前例のない首相補佐官が、国会に参考人として招致されるという立法府と行政府のルールまで壊して、あなたはなぜ補佐官に居座り続けるのか。お答えいただけますか」
礒崎陽輔「本来であれば『法的安定性とともに国際情勢の変化についても、十分配慮すべきだ』と言うべきところを、私が誤って『法的安定性は関係ない』ということを申し上げたわけでありまして、これはまさに私の過ちであります」
福山哲郎「質問にお答えください。なぜ辞任をしなかったのか、の答えを求めております。なぜ補佐官に座り続けておりますか、と。あなたは撤回をしましたけども、撤回をした前の日にあなたは『必要かどうかも議論しないで、法的安定性を欠くとか、法的安定性で国を守れますか。そんなもので守れるわけないんですよ』と。法的安定性をそんなもの呼ばわりをした。あなたは発言を撤回したが、あなたは同様の発言をした。なぜ辞めないのか、短くて結構なので、はっきり答えてください」
礒崎陽輔「今申し上げましたように、その前日の発言も必要最小限度という法的安定性の話をした上で、最後の当てはめをいうときに私が誤った発言をしたわけでございます。それにつきましては今、申し上げたように取り消させていただき、おわびをさせていただいたところでございますので、今後は先生方のご指導を賜って、首相補佐官の職務に専念することで責任を果たしてまいりたいと思います」
礒崎陽輔は法的安定性の必要性は承知しているが、あくまでも誤って言ってしまった発言だと言い逃れている。福山哲郎はこの言い逃れをあっさりと許してしまった。
福山哲郎「首相から注意を受けたとのことですが、それはいつのことですか。そして、そのときにあなたは首相に対して進退伺をしましたか。首相から進退の言及はありましたか」
安倍晋三の任命責任を問いたいという気持が進退伺の質問に飛んでしまったのかもしれない。
礒崎陽輔は7月26日に「法的安定性は関係ない」と発言し、この発言を8月3日午後の参院平和安全法制特別委員会で撤回・謝罪している。「必要かどうかも議論しないで、法的安定性を欠くとか、法的安定性で国を守れますか。そんなもので守れるわけないんですよ」はその前日、8月2日の発言ということになる。
この発言自体が7月26日の「法的安定性は関係ない」と言っていることと同じ主意となっているばかりか、7月26日発言を一段と強調した形となっている。
7月26日の発言が既に批判の対象となっていながら、1週間後の8月2日に7月26日と同じ主意の発言を更に強める形で言い放った。これは批判に対する挑戦であり、「法的安定性は関係ない」ことを確信しているからこその発言でなければならない。
いわば法的安定性に関わる礒崎陽輔の信念がこの言葉に集約的・象徴的に現れていると見なければならない。
挑戦の意志と確信の信念がなければ、「法的安定性を欠くとか、法的安定性で国を守れますか。そんなもので守れるわけないんですよ」と、7月26日の発言に畳み掛ける形で強調はできない。
他にどのような見方をすることができるだろうか。
だが、礒崎は自らの信念に矛盾させて「軽率な発言」、あるいは「誤った発言」で「大きな誤解を与えてしまった」と単なる過ちからの周囲の誤解に見せかけた。
このこと自体が図々しいゴマカシに過ぎないが、この矛盾から、安倍晋三の任命責任を導き出すことができる可能性は捨て切れないはずだ。
福山哲郎はそういった手を使わずに礒崎陽輔の過去に行った別の不適切な発言を把えて辞任要求と安倍晋三の任命責任が大きいことを言うのみで、礒崎陽輔の発言とその釈明を決定的には追及できなかった。
最後に福山哲郎が取り上げた礒崎の過去に行った別の不適切な発言の一例を挙げてみる。
礒崎陽輔「憲法改正を一度味わってもらう。怖いものではないということになったら、難しいことは2回目以降にやっていこう」
福山哲郎がその意味を質したのに対して次のように答弁している。
礒崎陽輔「その発言は、憲法改正の手続きを国民に経験してもらいたいという発言でございます。憲法改正の手続き自体、国民がよく理解していない中で、一度、憲法改正手続きを踏まえればですね、最長で180日間、最短でも60日間という丁寧な手続きで、憲法改正をやるということを国民が分かっていただければ、国民のご理解が高まってくるのではないかということを申し上げたところだが、私の自民党の役職として申し上げたことであり、ご理解を賜りたいと思います」
礒崎が言ったことは、改正しても国民生活や日本の将来にさして影響のない条文を改正して、憲法改正とはこんなものかと思わせておいて、次は実際の影響を隠して影響のある改正をやってのけようということであるはずだ。
このような発言は実際の影響を隠すという情報隠蔽と情報操作の意志を裏打ちとしていなければ成り立たない。いわば礒崎陽輔は国民に対して情報隠蔽と情報操作の意志を隠し持った危険な国会議員と見なければならない。
礒崎陽輔の法的安定性に関わる挑戦的な信念と言い、国民に対して情報隠蔽と情報操作の意志を隠し持っている点と言い、「法的安定性は関係ない」とした発言を礒崎の言い分通りに単なる「軽率な発言」、あるいは「誤った発言」で、「大きな誤解を与えてしまった」とすることはできないばかりか、首相補佐官としての適格性を認めるわけにはいかず、当然辞任すべきであり、このように適格性を欠いた程度の低い議員を首相補佐官に起用した安倍晋三の任命責任も厳しく問わなければならない。