安倍晋三の対ロ経済協力8項目提案が「第2次大戦の結果ロシア領となった」との露側論理の撤回に繋がるのか

2016-05-09 09:11:33 | 政治


 安倍晋三が5月6日(2016年)午後(日本時間同日夜)、ロシアのソチを訪れ、大統領公邸でプーチンとの非公式会談に臨み、北方領土問題を巡って双方に受け入れ可能な解決策の作成に向けて新たな発想に基づくアプローチで交渉を加速していくことで一致し、5月に事務レベルの平和条約交渉、9月にロシア極東のウラジオストクで再び首脳会談を行うことを確認したと、5月7日付「NHK NEWS WEB」記事が伝えている。

 プーチン「やはり経済が最も重要だ。難しい政治状況のなかであってもロシアに進出する日本企業を歓迎したいし、日本企業のビジネスを支援したい」

 安倍晋三「北方領土問題を含む平和条約交渉の停滞を打破するためには、2国間の視点だけでなくグローバルな視点を考慮に入れ、未来志向の考えに立って交渉を行っていく新しいアプローチが必要ではないか」

 安倍晋三が言っている北方領土問題解決の“未来志向の新しいアプローチ”、記事が解説しているところの“新たな発想に基づくアプローチ”とは、安倍晋三が提案した〈ロシア経済の発展と国民生活の向上に向けてエネルギー開発や極東地域の産業振興など8項目の協力プラン〉を問題解決の道筋とすると言うことらしいが、経済という餌を付け、領土返還という大物を狙って釣り糸を垂らしたところ、餌だけ取られて何も釣れなかったということになる危惧なきにしも非ずである。

 なぜなら、“双方に受け入れ可能な解決策”を言うなら、日本側の8項目の協力プランの提案がプーチンが「やはり経済が最も重要だ」と言っていることが示している通りにロシア側には受け入れ可能ではあるだろうが、日本側が受け入れ可能な解決策の出発点は「第2次大戦の結果ロシア領となった」とするロシア側の論理の撤回に置かなければならないからだ。

 勿論、安倍晋三に8項目提案が撤回させるだけの力を持つと見通しているなら、何ら問題はない。

 但し別の問題が浮上する。

 ロシアは2014年、ウクライナ憲法と国際法に違反してウクライナの主権と領土の一体性を軍事力を用いて、その現状変更を謀り、2014年3月18日、ロシアに編入したその領土拡張の陰謀に対して欧米はロシアに対して経済制裁を発動中である。

 安倍晋三の8項目提案の経済協力が日本も加わった欧米の経済制裁受けて疲弊しているロシア経済を建て直す役目を担った場合、経済制裁破りになるばかりか、ロシアがウクライナの領土に対して行った力による現状変更を認めることになる。

 安倍晋三はそのことの意味に気づいているのだろうか。

 2015年1月20日、外相の岸田文雄がベルギーで開催された国際シンポジウムで講演している。

 岸田文雄「現下のウクライナ情勢について、日本は,主権と領土のー体性を尊重し、力による現状変更は容認できないと考えます。G7の連帯を重視しつつ、ロシアに対し平和的解決に向け建設的役割を果たすよう求めています」

 そして講演後の対記者質疑。

 岸田文雄「ウクライナで起こっていることも力による現状変更だが、北方領土の問題も力による現状変更です」

 前者の力による現状変更を認めれば、後者の力による現状変更を認めなければならなくなる。

 安倍晋三はこの矛盾にどのような折り合いを付けるつもりなのだろうか。

 4月8日のNHK「日曜討論」で出席者の一人、元外務省官僚、現在京都産業大学法学部教授の東郷和彦が北方四島返還問題について次のように発言していた。

 東郷和彦「ロシアにとってのクリミアとウクライナの意味というのは、クリミアというのは本当にロシアの名誉と尊厳に関わる問題。それからウクライナというのはロシアの安全保障、それからロシアの地政学的な意味からすると、本当に大きな問題なので、これに対してロシアがある種の干渉を持つというのは、これはパワーポリティクスの観点から日本は認めてあげるべきだと思うんですね。

 中国の東シナ海と南シナ海の活動というのは全く違った側面があると思うんで、この違いというのを識別するというのは非常に重要で、喩えて言えば、クリミアというのは、ロシアにとってクリミアというのは日本のとっての北方領土問題、喩えて言えば、と言うことだと思います」――

 言っていることは制裁破りになってもいい、ロシアのウクライナの領土に対する力による現状変更を認めるべきだと主張し、ロシアのクリミアに対する領有の正当性は日本の北方領土に対する領有の正当性と同じ問題だとしている。

 さすが、その識見は元外務省官僚だけのことはある。京都産業大学法学部教授を務めているだけの見識を備えている。

 プーチンは前者の指摘は諸手上げて歓迎するだろう。だからと言って、交換条件として日本の正当性を認める気があったなら、その交換条件をとっくの昔に示していたはずだ。「第2次大戦の結果ロシア領となった」とするロシア側の常套句となっている論理をいつまでも振り回していなかっただろう。

 但し安倍晋三の8項目提案の経済協力は東郷和彦の前者の指摘と同じ構造を取ることになるが、あくまでもその効き目が日本の正当性へと大きく化けていくかどうかであり、その保証があるかどうかにかかっている。

 東郷和彦が言っている「パワーポリティクスの観点から」クリミアはロシアにとってEU諸国に対する安全保障上の重要な拠点とすることができるが、北方四島にしてもアメリカに対する安全保障上の重要な拠点としての意味を持たせているはずだ。

 旧ソ連解体によって米ロは次第に友好関係を築くに至った。だが、ロシアのクリミア併合によって米ロは険悪な関係に先祖返りし、新たな冷戦時代と言われるような米ロ対立時代に突入した。ロシアは自国を遥かに凌ぐアメリカという軍事的・経済的超大国と常に友好関係を築くことができるわけではないことを学習したはずだ。

 この学習には返還後の北方四島を安倍政権とそれ以後の政権が決して軍事基地化しないと約束したとしても、世界情勢はどう変化するか、予測不可能としなければならないということの教えも必ずや含んでいると見なければならない。

 返還という一つの現状変更が新たな現状変更を誘発しない保証はないと備えるのがパワーポリティクスの基本であろう。

 だからこそのロシアの北方四島に於ける軍事基地化の加速であるはずだ。

 かつて旧ソ連が日ソ不可侵条約を破棄して対日参戦を敢行したことも当時のパワーポリティクスの利害から出た行動であったはずだ。

 日本もかつてパワーポリティクスの政治力学に則ってアジア諸国へ侵略していった。

 こう見てくると、安倍晋三の8項目提案が“双方に受け入れ可能な解決策”の動機となるかどうかは相当に疑わしい。

 そもそもからして“双方に受け入れ可能な”という言葉は既に手垢のついた常套句となっている。

 当時の日本の首相菅無能は2010年年6月26日カナダでのムスコカG8サミット出席の際、メドヴェージェ フ大統領と会談。

 菅無能「領土問題の解決は65年以上にわたる我が国国民の悲願であり、自分としても、鳩山 前総理が最も力を入れた、この問題の最終的な解決のために首脳レベルで前進を図っていきたい」

 メドヴェージェ フ「領土問題は、両国関係の中で最も難しい問題であるが、解決出来ない問題ではない、双 方に受け入れ可能な、建設的な解決策を模索していきたい」(外務省)   

 2013年4月28日から4月30日にかけて安倍晋三がプーチンの招待を受けてロシアを訪問。4月29日、日露パートナーシップの発展に関する「共同声明」を発表している。

 〈両首脳は,第二次世界大戦後67年を経て日露間で平和条約が締結されていない状態は異常であることでー致した。両首脳は,両国間の関係の更なる発展及び21世紀における広範な日露パートナーシップの構築を目的として,交渉において存在する双方の立場の隔たりを克服して,2003年の日露行動計画の採択に関する日本国総理大臣及びロシア連邦大統領の共同声明及び日露行動計画においても解決すべきことが確認されたその問題を,双方に受入れ可能な形で,最終的に解決することにより,平和条約を締結するとの決意を表明した。〉――

 それが現実に存在するかのように“双方に受入れ可能な解決策”を言い続け、存在させることができないままに現在も言い続けている。

 この際限のなさに加えて8項目提案が欧米の対ロ制裁破りになること、ロシアのクリミアに対する力による現状変更を認めること、このことがロシアによる北方四島に対するに力による現状変更を却って認めることになること、ロシアがパワーポリティクスの観点から北方四島をアメリカに対する安全保障上の重要な拠点としているはずであることなどを併せて考えると、8項目提案が「第2次大戦の結果ロシア領となった」とするロシア側の北方四島の領有に対する正当性の論理の撤回に繋げることは至難の業に見える。

 既に触れたが、経済という餌を付け、領土返還という大物を狙って釣り糸を垂らしたところ、餌だけ取られて何も釣れずといった結末が待ち構えていないとも限らない。

 いずれにしても安倍晋三は気づいているかどうかは分からないが、ロシアのウクライナに対する力による現状変更は認めてロシアの北方四島に対する力による現状変更は認めないという矛盾した橋を渡ることになる。


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