goo blog サービス終了のお知らせ 

えん罪・布川事件 国賠を求めてたたかう夫の傍で

えん罪を晴らし、普通の一市民に戻った夫。二度と冤罪が繰り返されないようにと、新たな闘いに挑む夫との日々を綴ります・・・。

10年前

2012-10-15 | 日記
 10年前の今日は、拉致被害者(一部の方たちだけではあったが)が、24年ぶりに北朝鮮から帰国し、日本中がテレビの報道に釘付けになった日だった。
離れて暮らしていた私たちは、それぞれの家でこの報道を見た。

 夜、夫から電話があった。
受話器の向こうの夫は泣いていた。
「よかったな、よかったな・・・」と。

よく聞くと、家族との再会、ふるさとでの歓迎、同級生との再会などを見て、
「本当によかった!ふるさとでも温かく迎えられてる姿見ていたら、涙が止まらないよ」と声を震わせていた。
そして、夫は言った。

「俺が帰ったときは、親父もお袋もいなかった・・・。この人たちは、本当によかったなぁ」と。


 2002年。
この頃から、夫は、それまで決して過去を振り返らないで生きて来たが、冤罪に巻き込まれた事で自分が「失ったものの大きさ」を認識し始めた。
「過去を考えたら悔やむ事ばかり。将来を考えると頭が変になりそうになる。『目の前の事を一生懸命にやる』ことに徹して生きてきた」という夫。
そうして29年・・・。
そんな生き方に、ひずみが無いはずはなかった。
人間は、過去を振り返らずには生きていけない。
仮釈放から6年目に入ろうとしていたこの時期。
再審申立てもして、将来への期待感を膨らませているなかで、夫は不安定な精神状態に陥って行った。

 今だから話せる事だけれど、感情のコントロールができなくなり、苦しむ夫の姿を目の前にして、私は「えん罪」がどれほど無実の人を苦しめるかを知らされた・・・。

 昨年、再審無罪が確定し、夫を知る皆さんが言って下さる
「sakuraiさん、すっごくいい表情しているね。変ったね~。えん罪が晴れるってこういうことなんだね」という言葉に、私も、本当にそうだなと思う。

 夫にとっての10年と、あの時以来、拉致被害者の方たちや家族にとっては何一つ解決に向わなかったこの10年を複雑な思いで受け止めている・・・。
一日も早く、残されている被害者の帰国を祈りたいと思う。



 

水戸より寒い!

2012-10-13 | 日記
実家で迎えた朝は、気温9度と寒かった。
(水戸は12度とのこと)

今日は、父の『四十九日法要』の日。

「菊の花は見られないかなア」
と言っていた父だったが、その菊の花が咲き始めるくらいの冷え込む秋の朝となった…。

昼は穏やかな秋晴れとなり、集まって下さった皆さんと、墓参り、会食をしながら、ひとつの区切りを感じた一日となった。

10月10日

2012-10-12 | 日記
「あっ! 今日、10日だったね」

 今年の10月10日は、夜になってから、そんな言葉でお互い確認しあった。

夫には、毎年、この10月10日にこだわって生きて来た長い人生があった。
でも、昨年5月から夫は「自由の身」になった。
そして、今年・・・。

「もう、『10月10日』は遠くなった?」と聞くと

「そうだなあ・・・」

と、夫から返ってきた。


 46年前の10月10日の「逮捕」以来、夫はずっと『えん罪』を背負って生きてきた。
「あの10月10日が、すべての始まりだった」という思いと共に。
でも、昨年5月、再審無罪判決が確定してから、確かに夫の新しい人生が始まっていたのだ。
この秋から、国賠のあらたなたたかいの日々が始まる。
それでも、夫はこれまでと全く逆の立場で、心身ともに刑法による拘束を受けない、「自由」の身でのたたかいだ。

 『10月10日』・・・・

もう、日常生活の中では、遠くなっていい日なのかも知れない・・・。





ピッタリ!

2012-10-09 | 日記
夫も私も、ピッタリ該当する!!
だから、二人で申し込もうと準備中…。
遠出の多い私たちには、嬉しい内容だ。

申込金は払ったし、申込書もかいた。
年齢を証明する保険証もコピーしていれた。
あとは顔写真を入れるのみ。

でも、ふと考えた。
条件の「クレジットカード同時申し込み」って、通るのかな?って…。
私は、無収入(そのうち年金は入ってくるけど)だし、夫の収入も圧倒的に少ない…。
でも、夫曰く、
「そもそもが、男65歳、女60歳を条件とするなら、定期収入が入らなくなる人のほうが多いんじゃないの?」と。
確かに…。

さてどうなるかな…。

土浦花火大会

2012-10-07 | 日記
昨夜は、毎年行われている土浦の花火大会だった。
ライブで放送された(NHK)テレビの前で、ひとり楽しみながら、この10数年を振り返ってしまった。

 この花火大会は、全国の花火師さんたちが新作を披露し、腕を競い合うものということで、観客も全国から見えるらしい。
昨夜も、70万の人たちが現地で楽しんだという。

 随分前になるけれど、職場の同僚が、
「毎年、行ってるんだ。でも、寒くてね、座布団持って、厚着してね・・・」と言っていたことが、後に、どういうわけか私は、この花火大会を常磐高速の上から見るようになったのだ。
ハンドルを握りながら、
「あ~、車を停めて、ゆっくり見た~い!」
と、よく思ったのだった。

 高速道路の運転などした事のなかった私が、ほとんど毎年のように、土浦の花火大会を
「ああ、今日だったんだ」
と、認識し、
「去年も、『ここ』から見たんだった」
と思うようになったのは、
夫の住む利根町の家に、休日ごとに夜の高速道を通い続けたからだ。

 「あんまり興味ないんだよね」
と言う夫の言葉に、
「一緒に行こう!」
と言う気にもなれず、ずっと、ずっと遠巻きに見てきたのだった。

 でも、でも、今年、千波湖の花火を父と特等席のような場所で直に観た事も影響しているのかもしれないが、テレビに映し出される花火にすっかりとりこになってしまった。
テレビは、花火の種類や仕組み、それに花火師さんたちの「思い」を伝えてくれて、「いちばん」の映像を見せてくれたのだ。

 今年は、まだ秋に入ったばかりで寒くはなかったろう。
直前まで雨が降り、それがあがって七色の虹が見え、そのあとの夜空の祭典となったらしい。

 利根町の夫の家が無い今は、この時期、この時間帯に私が常磐道を走る事はなくなった。
その事自体は、生活が変った証で、寂しさも感じるが、

「来年は、土浦の花火、一緒に観に行きたいな・・・」

そんなことを思った夜だった。

夫は昨夜も、「活動全開」で出張?中。
電話の向こうで、元気いっぱい。

「これから、みんなで交流会! 行って来る!」・・・と。



秋です 秋です

2012-10-02 | 日記
     

実家の庭の金木犀はきれいに咲きました。
   そして、田んぼの土手には、例年より少し送れて彼岸花がきれいに咲いていました。
   昨日まで、半袖でも良いくらいの暑さでしたが、もう、すっかり季節は秋に移っていました。 



    

新たなスタート

2012-10-02 | 日記



 夫の新たなたたかいが事実上スタートした。
先に、弁護団の先生方は「提訴」に向けた準備を進めてくださっているが、昨日は「冤罪布川事件・国家賠償請求訴訟を支援する会」の結成式が東京で行われたのだ。

 私も久しぶりの上京。
皆さんが夫のために奮闘して下さっているのに、これまで何も一緒に行動できないままでいた事に、何となく、自分だけが取り残されている気がして、不安があった。

 でも、皆さんが夫ばかりでなく私のことも温かく迎えてくださり、不思議な懐かしさに駆られ、すぐにその雰囲気に馴染む事ができた。
私の中に、当事者の妻ということで「何かしなければと構えすぎる」ものが、多過ぎるのかもしれない。

昨日は、これまで再審裁判を支えて下さったメンバーのほかに、新しい方々がたくさん中心となってくださっていて、また違った明るさ、雰囲気があり、私自身素直に「ありがとうございます」の感謝の気持ちでいっぱいになった。

 夫はお遍路、福岡での映画「ショージとタカオ」上映会でのトークを終えて、その報告から、会場の皆さんに挨拶をした。
そして、「警察、検察、裁判所の責任を追及するには国賠訴訟という手段しかない。
このたたかいから、必ず、冤罪を二度と繰り返さないための制度改革をめざしたい。皆さんのご支援をお願いしたい」と。

 私も、その会場にいただけで、元気を戴いた。
「たたかいモード」へのスイッチは、思っていた以上に速やかに切り替えられそうな気がして来た・・・。

 今日は、夫の久しぶりのフリーday。
一日、水戸で過ごした。
明日は又志布志市へ。
志布志国賠支援、そして鹿児島・大崎事件の現地調査に参加するためだ。

 休みがほとんど無い生活なのに、夫は不思議なほど元気で、日々を送っていいる。

これからどれくらいたたかいの時間が続くのか・・・。
私は私の立場でできることをして行こうと思う・・・。

「お習字」

2012-09-29 | 日記
 7月に入会した「お習字」(私には・・・)の通信教育。
勧められて意気込んで入会したが、なかなか筆を持つ時間がなく、というより、苦手意識が億劫がらせてずっと放置したままだった。
次の会費請求を受けて、「やらなきゃ!」と気を取り直し初回添削に出した。
それが昨日返ってきて・・・。
恐る恐る開封したら、

「えっ?こんなに朱で丸がついている!」と嬉しくなってしまった。
 
でも、疑り深い私は
「初回は、みんな褒めて貰えるんだよね・・・」と。

ここに「素直さ」がないと伸びないんだろうな・・・。

長くやっていらっしゃる近くに住む先輩(私より大分お歳が上のような・・・)は、
「毛筆をはじめたのは40歳から。それから、1日も練習を休まずに続けてきました。
 休むとやっぱりダメですね。下手になってしまいます」

と、仰った。すでに、大きな展覧会で何度も受賞されているご様子。


 素質も関係あるよね~・・・(ワタシノツブヤキ) 

 指導くださっている方の中に、夫のお世話になっている方がいる。その事も、私には「敷居が高い」し、緊張もする。

あ~、続けられるかな・・・。
 
 来月の課題は、先生の出題されたものなのだ。
う~ん・・・。
どうしよう・・・。

季節とともに

2012-09-27 | 日記
「死ぬ」っていうことは、

 「もういないってこと」なんだ・・・、と思った。

 父が逝ってまもなく1ヶ月。
 
 父が逝って、
  まだ、1ヶ月。

   
    父のいない時間が流れ、
    父のいない生活が落ち着きつつある。
    

    季節は、夏から秋へと移ろうとしている・・・。