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タイの生活と日本の生活

タイの蝶の写真と、タイの風俗習慣生活等を紹介できれば、と思っています。日本ではタイの雑貨等を輸入販売しています

タイのキョウチクトウ

2017-06-08 15:49:41 | パタヤの水上マーケットその1
タイのキョウチクトウ

今年はベランダに出しっぱなしにしていたせいで、花がまだ一輪です、

何と寂しいことか、今日見てみたら、あと3-5ぐらいの、蕾らしきものが

見えています、来年こそは、何とか満開にする様に頑張ります、















近所で見つけた巨大バラ

2017-05-08 16:36:33 | パタヤの水上マーケットその1
いつもの散歩コースをかえて歩きました、

今日は道端の一軒家の庭に巨大なバラが咲いていました、

直径はざっと25センチ以上ありそうです、一面に咲いているので

根元を見ると、何と30センチのっ鉢植えでした、













タツナミソウが咲いた

2017-05-07 18:21:15 | パタヤの水上マーケットその1
タツナミソウはこの仲間で最も普通に見られる種で、平地から低山の草原や道端、森林内の開けた場所などに生えます。茎をまっすぐに立てて株立ちになり、地下茎を伸ばしてふえます。茎の先端に長さ約3cmで独特の形の花穂をつけ、それが波頭に見立てられています。茎の表面から直角に立つ毛(開出毛)が生えているのが特徴です。










アカシアの花が咲きました

2017-05-05 17:34:19 | パタヤの水上マーケットその1
トゲがあるので、ニセアカシアかもしれませんがわたしのかいしゃのにわに、自然に

生えてきたもおです、思えば高知を襲った台風の時に、事務所が180センチ以上

水没しました、その後復旧してから、10年以上っ経ちます、事務所の庭に、小さな

目が出てきて、やがて背だけぐらいになった時に、トゲがあるので、切ってしまいました、

それでもめげずに、育ったものがこのアカシアです、今では近所の人たちが見に来るように育ちました。










八幡様に生えている 黄色い花は何?

2017-05-03 18:02:22 | パタヤの水上マーケットその1
八幡様に生えている 黄色い花は何?

八幡様のけいないの参道は往復すると万歩計では2000歩ぐらいになります、

ムクドリとか、花とかも咲いており、色々見ながら散歩しています、

今日は一面に黄色い花が咲いており、綺麗ですので、写真に収めました、











自宅のテッセン





難波いばら





米沢市のトトロの森

2016-09-07 06:46:57 | パタヤの水上マーケットその1
米沢市のトトロの森
米沢市南原東李山集落内の「丹南山神」の周囲に自生する樹木群がトトロに見える事から
トトロの森と言って。有名になりました、




米沢市の中心街から車で20分ほどの場所にありました。展望台はトトロの森を過ぎた先 にあります。駐車スペースはそんなにありませんので注意が必要です(2~3台分くらいで した)。6月の日曜日午前中の訪問でしたが、だれもおらずのんびりと見学することが ...


上山城うえのやまじょう にやってきました

2016-09-01 06:18:07 | パタヤの水上マーケットその1
上山城(かみのやまじょう)は、山形県上山市にあった日本の城である。別名、月岡城。江戸時代には上山藩の藩庁が置かれた。
歴代藩主は上山藩に詳しいが、能見松平家2代(4万石)、蒲生家1代(4万石)、土岐家2代(2.5万石、後3.5万石)、金森家1代(3.87万石)と目まぐるしく藩主が入れ替わった後、藤井松平家が封じられた。その後明治維新まで藤井氏が当地を治め、10代(3万石)信安の代まで居城として用いた。しかし明治時代に入ると廃城令の影響で1873年より取り壊されたり、払い下げられたりして廃城となった。

城跡は月岡公園および月岡神社境内となり、1982年に二の丸跡に3層の模擬天守が建立された。模擬天守の内部は、郷土歴史資料館として利用されており、季節によって、雛人形展や鎧などの収蔵品展、刀剣展といった催しが行われている。












天守閣より 眺望






水鳥 オオバンが高知市内の川にいた、

2015-12-08 21:14:36 | パタヤの水上マーケットその1
 黒い羽の水鳥10+ 件「オオバン」が琵琶湖周辺で急増していることが、滋賀県の一斉調査で分かった。今冬は、10年前の3倍近くに当たる約6万羽の生息を確認。日本で越冬したオオバンの6割が琵琶湖に集中していると推定され、増加分の多くは中国からの「移住組」とみられる。現状では、他の生物が食べないような外来植物を好んでエサにしているが、本来は雑食性のため、急激に増えたオオバン10+ 件の食生活が湖の生態系に及ぼす影響は不明で、専門家らは事態の推移を見守っている。

絶滅危惧種

 オオバンはツルの仲間で、全長30~40センチの真っ黒な体と白いくちばしが特徴。ユーラシア大陸の北部などに広く生息し、冬になると南下する。国内にも繁殖地や越冬地があり、各地で増加傾向にある一方、水辺の環境変化などから埼玉県では「絶滅危惧IA類」に、京都府では「準絶滅危惧種」、奈良県では「希少種」に指定されている。

 滋賀県が今年1月、琵琶湖岸を中心に県内全域で実施した水鳥10+ 件一斉調査では、過去最多となる6万271羽が確認された。9年前の平成18年(2万2393羽)と比べて2・7倍に増え、今年の調査で確認された全水鳥の生息数(16万9842羽)の3分の1以上を、オオバンが占めた。

 琵琶湖では、大津市や草津市など南部を中心に各地の湖岸で、無数の黒い塊が水面に浮かぶ不気味な様子が越冬時期の日常的な光景になっている。












長崎 グラバー邸に行きました、

2015-11-24 08:04:59 | パタヤの水上マーケットその1
木造平屋建、屋根は多角形の寄棟造、桟瓦葺き、建築面積510.8平方メートル。附属屋は木造平屋建、桟瓦葺き、建築面積129.2平方メートル。居住者のトーマス・ブレーク・グラバー(Thomas Blake Glover, 1838年 - 1911年)はイギリス人商人で、安政6年(1859年)の長崎開港直後に来日。グラバー商会を設立して茶や絹の輸出と船舶・武器の輸入に従事し、薩摩藩、長州藩や後の明治政府の要人らとも関係が深かった。親日家であったグラバーは日本人女性ツルを妻とし、明治44年(1911年)に没するまで日本にとどまった。旧グラバー住宅は、南山手の丘上の見晴らしのよい地に建つ。グラバーが文久元年(1861年)にこの地(南山手3番地)を借地した記録があり、住宅は修理時に発見された墨書から文久3年(1863年)の建築と判明する。日本に現存する木造洋館としては最古のものである。グラバーの死後は、同人の庶子で跡継ぎとなった倉場富三郎(1870年 - 1945年)が家主となるが、昭和14年(1939年)、三菱重工業長崎造船所が当住宅を取得する。その後、太平洋戦争終結後は一時接収されて進駐軍の宿舎となったこともある。昭和32年(1957年)、造船所の創業100周年を記念して、三菱造船(当時)から長崎市に寄付された。昭和42年度(1967年)に修理が完了し、明治20年代の姿に復元されている