観光バスが着いたことに気がつくと、三嶺村から子供達が我々めがけて駆け上がってきました。手には手づくりの手芸品や馬齢などをたくさんぶら下げて、一生懸命商売を始めました。
三嶺村の小学校の屋根は破れて穴が開いていました。三嶺村には今はもう学校はないのでしょう。たぶん近隣の村に統合されてしまったのだと思います。今は大同市全体で、いくつかの小さな村の学校をまとめて効率的に先生を配置する政策が進められています。となれば、学校に行くためには、学費の他に寄宿費などが必要になります。小さな子に「学校は?」と聞くと、だまってしまいました。残酷なことを聞いてしまったと思いました。
三嶺村の小学校の屋根は破れて穴が開いていました。三嶺村には今はもう学校はないのでしょう。たぶん近隣の村に統合されてしまったのだと思います。今は大同市全体で、いくつかの小さな村の学校をまとめて効率的に先生を配置する政策が進められています。となれば、学校に行くためには、学費の他に寄宿費などが必要になります。小さな子に「学校は?」と聞くと、だまってしまいました。残酷なことを聞いてしまったと思いました。