忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

「マニュアル」

2010年12月04日 | 過去記事
「マニュアル」

日常よく使う言葉だが、辞書を引くと、手引書、取扱説明書、手動などとある。車の運転では「オートマチック」がギアチェンジを勝手にしてくれるなら「マニュアル」は自分でギア操作を求められることをいう。男性で「オートマ限定免許」は少しだけ恥ずかしい。「とみちゃん」がそうだった。そういえば彼は、今頃何処で何をしているのだろう、生命力の強い彼だから、ちゃんと生き伸びているとは思うが・・まさに「人生オートマチック」とでも言わんばかりの処世術には感心したものだが・・・いやいやほんま、いやほんま。

さて、この「マニュアル」であるが、どこの世界にもあるようで「介護施設」にもある。今は「職場実習」ということで、とある特別養護老人ホームにお世話になっているのだが、そこにもちゃんとある。無論、パチンコ屋にもあった。私がいた会社では「ハウスルール」とは別に「業務マニュアル」などというモノもあった。その基礎は私が作ったのだった、

大手企業が経営するパチンコ屋に行くと、不気味なほどの笑顔で迎えてくれる。ともかく「笑っていればいい」とでも言わんばかりの不気味な笑顔だ。客から「何がおもろいネン?」と言われてもニコヤカに「いらっしゃいませ!こんにちは!」とせねばならないのだ。だって「マニュアル」にはそう書いてある。そして、マシーンのようにそれを実践する「指導員」のような人も会社にはいる。現場との乖離も気にせず、ただ「マニュアル」にそう書いてあるから、という理由だけで周知徹底を行う人のことだ。

これはデフレ経済に強い「大手ファーストフード」の専売特許でもあった。「ご一緒にポテトはいかがですか?」は漫才のネタになるほど定着している。マニュアルには「ポテトを注文されていないお客様がいたら、必ず勧めること」とでも書いてあるのだろう。いくらこちらが無関心で「いや、いい」と返そうとも、ドレミファソラシドの「ソ」の音で問うてくる。「今ならプラス20円でドリンクサイズがLサイズに変更できますがよろしかったでしょうか?」などと怪しげな日本語と共に売りつけてくる。そこには「あと20円稼いでやるのだ!」という意志もなければ「20円でLサイズになるんだから、本当にお得なんです!」という説得力もない。ただ「言わねばならぬ」とされているから言っている。

とくに男性諸君に問いたい。嫁さんなどから「だから、あんたは説明書を読みなさいw」と叱られたことはないだろうか。携帯電話でもいい。画面の液晶が汚れ、外側の塗装が剥がれ落ち、そろそろ買い換える時期に来てから「あ、こんな機能あったんだ?w」ということはないだろうか。私はよくある。

今の自宅に引っ越した際、クーラーを3台買い足した。私の書斎と倅に部屋に小さいのを2つ。リビングにはハイパワーの奴をひとつ。リビング用は業者が取り付けてくれたが、小さいのは自分で取り付けてみた。倅と一緒に箱を開けてビニールを破き散らし、付属されている部品を確認してから、取り付け場所の寸法を測る。「300円のザク」のプラモデルも作れぬ私だが、妻の出鱈目な意見と倅の助言の甲斐もあって、どうにか冷風が出たときの感動と達成感が伝わるだろうか。

ま、しかし、だ。コンセントを差せば動く、というレベルにない電化製品の場合は、やはり「取扱説明書」を読むことになる。ややこしい機能がたくさんの携帯電話も同じく、読めばいろいろとわかって助かる。また、マニュアルには親切にも「故障の原因」やら「トラブル対応」なども明記されていたりする。「Q:動かないんですけど→A:コンセントが抜けていませんか?」まで書いてある。バカにするなと言うなかれ、これが「マニュアル」というものだ。

世の中には「コンセントが抜けていると動かないのかぁ~そうかぁ~」という人もいるのだ。パソコンとセントポーリアを間違えて水をやる人もいるのだろう。だから、ちゃんとパソコンのマニュアルには「水をかけてはいけない」と図入りで説明してくれている。わざわざ如雨露を使ってかけているイラストもあった。ま、これらは親切なのだ。

今、世話になっている介護施設でも、毎朝「笑顔チェック」をすることになっている。マニュアルに書いてあるからだ。全員が手鏡を持って「口角をあげる」確認をする。事務所の鏡には「唇の絵」まで書いてあって、職員の方々は毎朝その鏡に向かって、自分の唇と鏡の唇を重ね合わせる。事務所内には「笑顔」に関するポスターもたくさん貼付されている。「笑顔は口元を重視する」とのことで、前歯を一列に並べて「にっ」とする。そうして全員、今日の素敵な笑顔を確認したところで事務所を出るのだが、そのときには全員がマスクをする。この馬鹿さ加減に気付かないほど、マニュアルというモノは偉大なのである。

私なども実習生であるから、それはもう徹底的にマニュアル漬けにされる。昨日は排泄介助における「マニュアル」を教えてもらった。利用者の方をトイレまで連れて行って用を足させるだけなのであるが、この際、「トイレに行きましょうね~」などとは「絶対に(指導員さんの口癖?w)」言ってはならない。マニュアルにはこうある。

「トイレのほうはいかがでしょうか?」「それではズボンを下げさせていただいてよろしいでしょうか?それでは失礼いたします」「終わりましたらお呼びつけくださいませ」「○●様、それではパンツとズボンをあげさせていただいてよろしいでしょうか?」

私なら顔を真っ赤にしてキレる。


他にもある。

施設によって様々だが、利用者のことを「ゲスト」とか「お客様」だとか呼ぶことにしている。基本は「○●様」と呼ばねばならないし、敬語を使うことも徹底されているそうだ。そしてようやく現場に出ると、私の目の前で女性の介護士が男性利用者の頭をパチンと張った。いわゆる「ツッコミ」だ。「おい、おっさん、トイレ行くぞ!」と言われた男性利用者はヘラヘラとしながら連れて行かれた。トイレからは「でたー?まだー?」という大きな声が響いている。先ほど、私に「敬語は徹底してください。絶対にです」と言った指導員は耳が悪いのか、聞こえないようだった。また、誤解のないように書いておくと、この女性介護士は利用者さんらから絶大な信頼を得ている。もちろん、敬語で接している場合もある。つまり、個別具体的に接し方を変えているのだろう。もちろん、その日の本人の気分にもよるだろうが、それでも認知症を患っている本人の前で「この人、ボケてるんです」と言う指導員よりは、この仕事に向いていると思われる。学びたいと思う。

「ロッカーの使用法」というマニュアルもあった。長々と説明してくれた。

「ロッカーは貸しますが、鍵は絶対に持って帰らないでください。それと絶対になくさないでください。紛失した場合は絶対に弁済してもらいます。安くないです。シリンダー交換になりますので数万円かかると思ってください。もし、持ち帰った場合は、絶対に持ってきてもらいます」

と大層厳しいことを言われたが、私はプラスチックの「かご」しか借りていない。ロッカーがないそうだ。男性職員の更衣室も物置と化していた。そこにロッカーが5つほど並んでいたが、全部使用中であり、2つは鍵が壊れていた。この人は「絶対に」という口癖を「一応」に変えたほうがよろしいと思うが、まあ、こんなことはどの業界でも枚挙に暇ない。

しかし、この「マニュアル絶対化」における弊害とは少なくない。先ず、マニュアルに「あれば善」で「なければ悪」という単純な二元論に陥る。そこは短絡思考の入り口である。「考えなくともよい」は、いずれ「考えることが出来なくなる」ことを意味する。「誰でも同じことができる」は「誰でも同じことをせねばならない」に変容して劣化する。

また、日本語には便利な表現があって、それは「慇懃無礼」という。パチンコ屋で「お客様、当店ではそのような行為はお断りしております」というとき、それはある種の「攻撃&反撃」である。取り合わない、ということだ。合わせて「挑発」の意味でも使うことが出来る。無表情に近い「口元笑顔」をつくり、相槌もせず、ひたすらにマニュアル通りの文言を繰り返すことは、実に機械的であり事務的であり、貴様のためには個人的感情など一切用いない、と宣言するに等しい「拒絶」である。


そういえば昔、粗野な言動で従業員を苦しめる「粗悪客」に対して、これをやったのが「とみちゃん」でもあった。彼の挑発は世界レベルで見て相当であるから、気の短い乱暴者は「オドレごるぁ!」とキレて頭突きをしてきた。すると彼はリックフレアーもびっくりのパフォーマンスで吹っ飛び、予め口に含んでいたミルクティを吹き出しながら、悶絶してフロアに倒れ込んで救急車で運ばれた。駆けつけた救急隊員に担架に乗せられて運ばれる際、なんとなく全てを見抜いていた私と目があった時、彼のあの「うんこあげる。ぷぷぷ」のような表情を私は忘れることが出来ない。実に恐るべき男であった。




ま、

あっさりいうと、だ。例えば敬語を使う、ということは、つまるところ「対人関係における距離感」を示す。相手に「馴れ馴れしい」と思わせぬための礼儀のことだ。翻して言うと距離感のない関係では「水臭い」となる。「他人行儀」でもいいが、ともかく、一方的に馴れ馴れしいのも、距離感を保ち過ぎるのも「無礼」となる可能性があるわけだ。

もちろん、そこには「尊敬」が含意されることもある。虹の会も4年を過ぎるが、未だに私は敬語で話す人もいる。タメ口で「親しみ」を込めている場合もある。良いか悪いかはともかく、混ざっている場合や会話によって使い分けることもある。いろいろだw


私は車に詳しくないが、例えば「マニュアル車」を運転していると、そのときの速度や状況によってギアをチェンジすることくらい、私でも出来る。これらは自分で状況判断して、自分で適切だと思うギアを入れることになる。これを酷く間違えると「エンスト」を起こす。「AT限定免許」の人からすれば、なんと邪魔臭いものだと思うだろうが、これが慣れてしまえばなんのことはないのだ。また、これも当たり前だが「マニュアル車」を運転できるならば「AT車」も運転することが出来る。ただし逆は難しい。


マニュ・・・つまり「Mani」とは「手」の意味である。マニフェストは「手で打つ」という意味だ。「ウソ」という意味ではなく、わかりやすく、理解しやすく公示する、ということらしいが、民主党議員は知っているのだろうか。また、マニュファクチュアといえば「手工業」などという意味となる。産業革命の前の「資本主義」を表す言葉だ。

つまり、元々は「人の手」を介することが前提のようだ。要するにそれを「使う側」に多くが委ねられている。普通は電化製品のマニュアル内における「コンセントが抜けていませんか?」は読み飛ばしてもよいことになっている。しかし、一応、マニュアルだから書いておかねばならない。それは「コンセントが抜けていませんか?」で「なるほど!」という人が使用する場合を否定しないからだ。しかしながら、カスタマーセンターに電話をして、当然のように「コンセントを確認してください」と言われれば客は怒る。バカにしているのか、と憤慨する。だから、電話の向こうでは「聞き辛そうに」聞くことになっている。これは「一応、確認のためですが」とか「万が一のために、決まりになっています」という言葉でふやかしてから使われることになる。

すなわち、あいさつをしましょう、というレベルを「絶対に」と強調する場合、それは「なにかある」と察するべきである。自分自身が挨拶を忘れていたとか、その担当者が上司からキツク言われているとか、その人がアイサツ教の信者だった、などである。

もしくは、他に言うことがない、だ。

鳥肌実の「訴えたいことがないンです!」と同じだ。言うことがないのにしゃべらねばならないから、人はどうでもいいことか、面白いことをしゃべろうとする。面白いことを言うのは大変だから、往々にして人は「どーでもいいこと」に時間を割いて話す。マスコミ然り、民主党議員然り、機嫌の良い時の嫁さん然り、だ。




――――先日、実習先の施設で転倒事故があった。私も目撃した。自力歩行できるお婆さんだったが、コケルときは三宅雪子でもコケルんだから、高齢者がコロコロ転んでも不思議ではない。また、幸いどこにも怪我もなく、コケタ瞬間から「こけたー!ww」と叫ぶほどの元気だった。不思議だったのは次の日の朝礼で報告がなかったことだ。

「マニュアル」では転倒などがあった場合は「絶対に」看護師さんなどに診察してもらい、その一連の出来事を施設の責任者などに詳細、且つ、敏速な報告をせねばならない、となっている。そして実は、その転倒した利用者の方については、私が少し訊ねてもいた。

それは「サンダル履き」のことだった。明らかに古くなったサンダルを履いていたのだが、いくら自立歩行「可」とか書いてあっても、ブラブラしたサンダルでヨロヨロ歩いてるんだから、私は思わず「運動靴のほうがよくないですか?」と、その日の朝、フロア責任者に問うていたのだ。そしたら案の定、その日の夕方にドスンとやったのだが、そのときのフロア責任者の答えは「利用者さんの御希望を可能な限り実現させる」というものだった。

まさに「マニュアル通り」に答えてくれたわけだが、その後の処理については「マニュアル」を忘れていたのだろう。また、その夕方に転倒したお婆ちゃんは、次の日、真新しい運動靴を履いていた。フロア責任者に「ご本人が望まれたんです?」と聞くと「利用者さんの安全確保が絶対です。マニュアルにもそう書いてます」と冷たく言い放たれた。

車椅子をテーブルと椅子で挟まれて固定されながら、何度も脱出を試みる認知症のお爺さんも「拘束されている」のではなく、たまたま「引っ掛かっている」だけなんだそうだ。なぜなら、マニュアルには「身体拘束はしません」と書いてあるし、何より高齢者虐待法に抵触するからだ。いやぁ、福祉介護の世界にも、なかなか遣り甲斐を感じ始めている。


いずれにせよ、だ。

「マニュアル」とは人が使うモノであって、人が使われてはいけない。しかも、そんな民主党のような都合の良い解釈で悪用してもいけない。「人の手」が入るならば、そこには心、血が通ってねばならないはずだ。あくまでも「使い方」がわからない人に合わせて、親切丁寧にあるべきだし、プロは中身のプライオリティにも留意すべきだ。「マニュアル」を使うマニュアルを持つことは「その道のプロ」の条件でもある。

5 コメント

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Unknown ()
2010-12-05 16:27:45
UCC缶コーヒーをちびりちびり飲みながら
毎日のように京橋で「ニューパルサー3」を打ってたら「総入れ歯」の一歩手前まで歯がボロボロになりました・・・。
無職で歯医者通院も8ヶ月目。
僅かな蓄えもついに底をつきそうです・・・。
嗚呼、人は何に依って生くるか・・・。
僕は無性に何かに祈りたくなるのだった。

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Unknown (かつて、あなたから金正日と呼ばれた男)
2010-12-05 20:53:41
>と

ん、もう、ちゃっかりさん♪
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人間万事塞翁が馬 (二代目弥右衛門)
2010-12-06 13:11:27
とみさん

お久しぶりです。
心身ともにだいぶ疲れているご様子。

京橋周辺に出現されるのですね。
良ければ今度飲みに行きませんか?

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人間万事塞翁が丙午 ()
2010-12-06 22:49:47
弥右衛門さま、ありがとうございます!
わたくし只今歯の治療中でありまして、
日常的に外れてしまう仮歯(笑)が
取れましたら、
是非ともご一緒させてくださいませ!
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不撓不屈 (二代目弥右衛門)
2010-12-07 01:11:45
とみさん

何度もお会いしましたが一緒に飲んだりゆっくりお話しする機会に恵まれませんでしたね。
以前から一度ゆっくり飲みたいと思っていました。
今度お会いできる機会を心より楽しみにしています。
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