「泣く」に関する英単語は少ない

2004-12-01 21:37:06 | Weblog

先日はこのブログで「笑う」に関する英語について考えて、声を出して笑う laugh 族と、声を出さない smile 族に分類してみました。そこで、今日は「泣く」についてちょっと調べてみます。声を出さないで泣く、というジャンルはあるのかどうか、ですね。
まずは、英辞朗ですが、大変まともでして、weep を中心として cry, sob, などがちょっと目につく程度です。笑う、に相対する英語の単語が大変多かったのに比べるとかなりの違いです。
そこで、まず主な語をロングマンで拾ってみます。

weep:to cry, especially because you feel very sad
*ある学習英和辞典によると、(涙を流して)しくしく泣く(cryよりは堅い語)とある。
cry: to produce tears from your eyes, especially because you are unhappy or hurt
*学習英和によれば、「泣く、嘆く」、
sob:to cry noisily while breathing in short, sudden bursts
*学習英和によれば、咽び泣く、泣きじゃくる、嗚咽する(cryやweepよりも語調が強く哀れを誘う状況
wail:to cry out with a long, high sound, especially because you are very sad or in pain
*学習辞典 嘆き悲しむ、泣き叫ぶ

「泣く」に相対する英単語はほぼこれくらいのものでしょう。少ないですね。どうも中心となる語は cry であるように思います。そして、cry をうんと上品にしたのが weep でしょうか。さてこれらの語はいずれも音を伴うことが明示、または暗示されております。たとえばcry に関するロングマンの記述は一見音を排除してるように見えます。単に「涙を流すこと」と言ってるように感じられます。しかし、どっこい、sob の説明を読むと、"cry noisily" とありますから、涙を流すだけではなくて声をあげて泣くことも間接的に暗示されている、と言っても差し支えないでしょう。したがって、英語の「泣く」関係の語はすべてを伴うものと考えるべきだろうと思います。

では、laugh に対して smile があるように、静的な「泣き方」を表す表現が英語に無いかというとそんなことはありません。
shed tears などは、「静かに嘆き悲しむ」様を表す表現です。音は全く要りません。しかし、この表現は[動詞+目的語]でして、weep, cry のような1次的な単語とは違います。

ここからは全くの独断と偏見ですが、英語では「泣く」ことがプラス価値を持たない動作だ、と考えられているのではないでしょうか?しかも、「泣く」ことは女や子供の動作であって、良い年をした男子が陥ってはならない動作であるという社会通念があるように思います。「泣く」は「笑う」よりも一段下の動作、という了解があるのではないでしょうか?だからこそ、語彙も少ないし、表現の数も少ないわけです。「チップス先生さようなら」には次のような印象的な場面があります。チップスがいったん学校を辞めたあとで、乞われて校長代理の職を務めたことがありました。折悪しく、時は第一次世界大戦の最中で、このパブリックスクールの卒業生たちが次々に死んで行きます。毎朝礼拝の時(でしたか?)校長はこの亡き卒業生の名前を読み上げなければなりません。ところが、校長代理の義務として亡き卒業生の名を読み上げるチップスは、これら卒業生のありし日の姿がことごとく胸に刻まれております。チップスは読み上げながら涙を抑えることができない。これは創作とはいえ、胸に堪える場面でした。半分泣きながら読み上げるチップスを見た同僚の反応は、しかし、それほど暖かいものではありませんでした。「あの年になったのだから、取り乱すのも大目に見てやらなくちゃ」というような反応だったと思います。これは今でも生きている「泣く」や「涙」に関するイギリスの伝統なのだろうと思います。

それと正反対なのが日本ですね。誰か災難に遭った人、身内に死なれた人、がいったんマスコミに乗ると、マスコミはカメラを振りかざして、そのお気の毒な人の目尻を狙います。どういうことかと言いますと、涙は目尻から出ることが多いようなので、男女かまわず目尻を狙って涙を流す様を狙うわけです。悲しければ涙を流して泣くもの、という恐るべき単純な哲学でもって取材するのですね。あの、体験によれば、悲しみがある限度を越すと人間は泣きません。泣けないのですね。感じるのは深い痛みです。愛する身内に死なれた場合の多くがそれです。ましてや男が泣くとすればよほどの時です。いつもと違う時です。そんな時は滅多にあるわけがないでしょう。マスコミの作るウソ、と言ったら言いすぎですか?
それにしても、日本では男が以前よりも泣きますね。やたらと泣く、という美的ならざる印象を持ってます。昔の武士はいかなる時でも泣いてはいけないものとされておりました。そのタテマエがどこまで守られたのかは知りませんが、建前は建前でした。

泣くのはもう沢山だから、笑うことに専念しようではないか、というのが私の気持ちですね。