連日のように学校が報道されている。まるで嵐のような・・・。ほとんど毎日であって、これは連鎖現象なのかもしれない。そうでないのかもしれない。学校側の不手際が目立つ。でも学校は事務的な手際よさが何にも増して要求される職場ではないはずだ。むしろ不手際でも、教え方が上手でよく勉強している教員の多い学校が良い学校であるに決まっている。学校長の言うことが9時と10時とで食い違っても、そこに誠意が認められるのであれば、それは致し方のないことではなかろうか。発言の整合性をあまり過度に追及すると、それは一種の裁判所である。裁判所で勉強したい生徒はあまり居ないだろう。
こういう時代はいずれは去る。こういう時は知らぬ顔で本を読んでいる教員が優れた教員なのだろうと思う。目先の現象にいちいち目をパチクリさせていてはイノチがいくらあっても足りない。
こういう時代はいずれは去る。こういう時は知らぬ顔で本を読んでいる教員が優れた教員なのだろうと思う。目先の現象にいちいち目をパチクリさせていてはイノチがいくらあっても足りない。