風通庵-直言

ヨモヤマ話

韓国大統領は女の柵(シガラミ)

2013-06-30 08:51:39 | Weblog

 
 日本を目の敵にしての「女のしがらみ」は、将来を見ないで過去にこだわる。未来志向なんて耳触りのいいことを言うが、シガラミの延長でしかない。
 いずれはっきりするやろう。朴ムクゲ大統領の後任の大統領が中国との後始末、事後処理に苦るしめられるぞ。中国の覇権主義から逃げ出したい国が多い中で、何を好んでの中国接近か。日本憎んでの中国接近は、それはよかったなあ、中国にしてみれば手間いらずで、もっけの幸い。蓼食う虫か、ハッハツハ、女大統領は。
 
 韓国の云うオノレ勝手史観の歴史と、わが国の歴史が一致することは絶対ないから、ないものねだりの結果がどうなるか、それこそ歴史が証明してるやろう。

 話が変わるが、「韓国 反日感情の正体」黒田勝弘・著(角川学芸出版)を読んで、積年のムラムラが一気に晴れた。何がどうということなし。反日も嫌日も除日も、あったものか。何もかもすべて忘れて「笑ってしまう」。ただそれだけ。
 黒田勝弘氏は、産経新聞で常々記事を拝見していて名前だけは知っていたが、氏の経歴からも朝鮮半島を上空から俯瞰し、地上の韓国を一寸刻みで分け行って、時間からも空間からも書くまくった名著。帯布に「対日行動の真実を在韓30年の日本人記者が緊急レポート」とある。
 いや、実のところ、あの韓国で、反日の嵐の中でいかに仕事とはいえよく耐えられると、氏の名前を記事で見るたびにそんな思いがあったが、、この著書をひと思いに読み干して、いやー、分かりました、なんか、そんな日々を「楽しんでいる」ような、だから同様に、氏も根底では「笑って」いるような。彼の国(korean Spirits)を別角度から「凌駕」している----。だからー、どうやらそのような感じを受けた。

 俗な言い方をすれば、こう言えばアア言う。ああ言えばコウ言う。同調すれば下に見られる。何事も悪い方に解する。われわれが言う「ひがみ根性」で、ただ自尊心だけは人一倍強い。相手にこそ間違いはあっても、自分に間違いはない。そんな中で、最近、「日韓通貨交換(スワップ)協定」が期限切れになり、再延長しないことになった。この協定は実質的には韓国支援が目的で、わが国が韓国から資金援助を受けることはない。ところが、このことに関し、韓国聯合ニュースは、韓国に「物乞い」をさせようとしたが、韓国はこれを断った。とは、まさに韓国流の言い草である。しかも、日本側は「政治的に利用しようとしているが、韓国は日本政権の策略の通りに動く必要なないと、(25,6,25、産経新聞)韓国人の根性丸出しの記事で、言い方もあるものと、つい笑ってしまう。
 
 黒田氏は著書の項目の末尾で、「----を、どうするか」と、韓国との話し合いか、その処理方法あるいは解決方法を、しばしば問いかけているが、敢えて裏読みすれば「どうしようもない。ほっておけ! いや、ほっておこう」との言葉が読み取れる。言いたければ言わしておけ、どうしようもない国民じゃ、という意味かも。
 だからこそ、笑ってしまう。
 例の歴史についても、「あった歴史」より「あるべき歴史」だから、空想的でオノレの好き放題。これはかねてTV番組「たけしのTVタックル」で亡・三宅久之氏と韓国人との間に議論があった。

 いま、こうして、黒田勝弘氏の著書を読んで思うことは、例の「河野談話」、「村山談話」、教科書の「近隣諸国条項」も、当時としては事態の鎮静化をはかる目的であったかもしれないが、韓国側にしてみれば思う壺で、将来的にも好個の追及材料を手にしたことになった。
 日本は謝った。日本は韓国に謝った。
 このとき、もし、黒田氏の著書の内容がわが国の政権担当者の知識として、何分の一かでもあったとすれば、また事情は相当変わっていたかもしれない。そう考えると当事者の非ばかりを責められない。

 願わくば、同書か、あるいは類似の書物が、もう少し早く世に出ていれば、せめて教科書の近隣諸国条項にでも間に合っていれば、と思うことしきり。

 

巷に雨の降るごとく

2013-06-29 12:17:31 | Weblog
 もうぼつぼつ西の方から梅雨開けるが聞かれる。わが輩、もともと雨は好きで、雨降りは何となく気が落ち着く。

  巷に雨の降るごと わが心にも涙降る----(ベルレーヌの詩の一部)である。

 と、言うと、お前、ロマンチックやなと。その傍らから、体操が嫌いやからとチャうか、と。こんなこと言い出すと「ボクチャン、おとしいくつ?」と聞かれそうだが、ボクチャンて言うほど野暮じゃない。二十歳の青春を謳歌する四人のグループと思えばほぼ間違いなかろう、ハッハツハッ。
 いやはや、同じ人間でも人それぞれの感覚がこうも違うものか。いくつ何十になっても忘れられないわが生涯の最良の時・学生時代の思い出。何かのついでに、つい口からほとばしり出る。

 たかが雨降り程度のこと。これが憲法9条となると、現状では安全保障上懸念がある。是非改正が必要と言う傍らから、現状でこそ平和が維持できている。改正すると戦争になると、全く正反対のことを言い出す。いや言っている。これはもう価値感の問題で、個人の性格とは無関係。さらにこれが国と国との関係になると、国益が絡んで一層難しいと思いきや、国益と個人の見解とが絡む新しい絡みが鳩山のポッぽの「尖閣私論」。どないなと勝手にサラセ。

 石原の慎太郎氏は、大阪の橋下のトオルちゃんに、義経に惚れた弁慶にあやかって、日本維新の会の共同代表に----???----!!!----。
 ある日、あるバスに乗っていた時のこと。本を読んでいたが、信号待ちかなんかの時、急に車内が騒々しくなった。周りを見渡すと、どうやら女の年寄り数人のグループが震源地らしい。
 「見える?」
 「いやァ、あー、いたいた、手ェ降ってるわ。」
 「あれ、あそこや----、」
 「どこ----? いやァ、あっち向いてるわ。」
 「いやー、残念やヮ。」
 どうやら、橋下のトオルちゃんが選挙運動で、宣伝カーから通行人に手を振っているところであった。この選挙運動は、大阪府知事に立候補した時のこと。橋下のトオルちゃんの拝顔の栄に浴したかどうかで、車内はしばらくトオルちゃん騒ぎが収まらない。「どんな顔してた?」「どんな服装?」「にこにこしてた?」「テレビで見るんと一緒か?」
 「いやーァ、見たかったヮ。」
 「こんなところで顔見てよかったわ!」
 と、言うようなわけで、橋下のトオルちゃん、おばはん連中の格好の餌食(?)さながら。言うて悪いが。

 (念の為ー橋下氏は大阪府知事の後で大阪市長である。他府県からは逆のように見えるかもしれないが、大阪の場合、府内の衛星都市が大阪市、堺市、東大阪市等府の権限が及ばない市が多く、極論すれば府知事より大阪市長、大阪府議会議員より大阪市議会議員の方がそれぞれ権限が大とか。従って、橋下氏が府知事の後で市長になったのもそのためである。行政上の用語を知らないため表現が適切でないかも。)

 だから、なんでもエエ、トオルちゃんトオルちゃんである。何を言おうと何をしようと、ご無理ごもっとも、トオルちゃんのすることに間違いなんかアラヘン。トオルちゃんトオルちゃんである。
 ところが、その熱が冷めるころと慰安婦が、手を繋いで一緒に来て、「いやー、トオルちゃん、そんなこと言うたらアカン。」「うん。そうやなあ。」「うちら、バカにされてるようなもんやなァ。」の、誰言うともない一言から、アンチ・トオルが幅を利かせて、さー、大変。例のトオルちゃん現象が、こんどは逆作用である。

 橋下氏の「慰安婦論」相対的には間違いがないと、その筋の専門家も認めているが、こんな時、先鞭をつけた橋下氏に、内外に向けた政治家の援護射撃が欲しい所であったが、触らぬ神式に無縁を装い、結局橋下氏一人の身から出たサビさながらの扱いで、それが今度の都議会議員選挙に影響して、ご存じの通り。
 ただしかし、日本維新の会の議員は、元自民党議員の自前議員が多い。ただ大阪側の旧・大阪維新の会が不安定になっているような、そんな感じ。

 ここらで、石原弁慶の「山伏問答」が聞きたいところ。

 

 

 

 

 



 

 

 

  

あー、よかった、富士山の世界遺産

2013-06-24 10:56:03 | Weblog
 周知の通り、富士山と三保ノ松原は一対である。まとめて世界遺産登録が認められた。快哉。何となく閉塞感がパッと晴れた感じ。梅雨空が一瞬にして吹き飛んだ感じである。

 周知の通り、富士山へ行きたいーと、そんな声が既に聞こえるが、今更ながら無闇矢鱈と富士山へ富士山へとなびいて、その神聖を汚さないように。無粋な観光客のにわか観光を廃し、改めて信仰の対象に。
 富士山は遠くにありて拝むもの。そして近くに三保ノ松原を、観光地に。
 当ブログは過日、先駆けて、世界遺産が認められれば、富士山への登山を禁止して、周辺部に富士山観光道路を造成して、遠景から拝観するよう。そして、神聖なものとして信仰の対象にするよう主張した。

 周知の通り、三保ノ松原を抱き合わせの世界遺産とは,なんという計らい。いまの日教組の教育を受けたような役人には、理解できないであろう。三保ノ松原が新日本三景の一つとは言うけれど、どの程度周知しているか疑問である。
 われわれ子供のころから三保ノ松原は知っていたし,天人の羽衣も知っていた。高校の国語でも習った。謡曲の羽衣であることもその時知った。
 天人が羽衣をまとって天に昇るとか、漁師が天人の羽衣を盗って隠したり、いまなら例のイジメかDVか、なんとエッチな程度の認識だろう。伝統も文化もあったものか。

 周知の通り、在来の東海道線は、当時の時速でほぼ一時間くらい富士山の周辺を回っていて乗客のほとんどが富士山を眺めて、その雄姿を堪能できた。New Tokaido Line で見る富士山は、小ぶりで、斜め方向に傾いて、申し訳程度に眺めさせていただく、そんな感じである。スピード時代を反映しての機能中心のLineである。

 周知の通り、小学校や中学校の修学旅行なんかで、いまだに広島の原爆ドームで語り部の語りを「ありがたや、ありがたや」と聞かしているが、暗く陰気な世相を子供に植え付けるような日教組の制度疲労した方針に縛り付けるより、富士山の回遊なんかで明るく希望を持たすような方策を考えたらどうか。
 いやはや、こんなところにまで日教組の悪影響とは、さて関連付けるのに苦心惨憺。

新教科 ”公共〟に

2013-06-19 15:43:15 | Weblog
 高校の新科目に「公共」の導入を、自民党の文部科学部会が文科相に提言した。教科内容は、労働、結婚、家族、消費生活、納税、政治参加等々が上がっている。
 
 総論的には賛成である。賛成、さんせい、サンセイ。

 新聞情報で見る限り、デイベート、体験学習等も課題になっているようだ。戦後教育の第一期生を任ずるわれわれ時代は、教師自身も手探りで、教科にもよるが、例えば授業の前半は生徒が分担して発表し、後半はその評価を交えて教師の指導と、こんな授業もあった。また、ここで言う「デイベート」、いわゆる討論であるが、社会科の授業で、二手に分かれて特定のテーマで討論し、後に教師の判定がある。
 学校の年中行事としての討論会、弁論大会等もあった。現在それらがどうなっているかは知らないが、結局は、高校が予備校化して大学進学指導が重要視されるか、でなければスポーツかで、硬直化(?)しているのではないか。

 序に言うと、高校段階での商業科、工科等の実業過程はいらない。実学として、むしろ専門学校に任せるべきだ。何年か前に、各種学校から正規の学校に格上げされた専門学校だが、いまだ十分に機能していない。高校が義務教育化している現状から、卒業後の進路として、大学か専門学校か。その受け皿としての一方の専門学校が、修学年限、教科内容等のある程度の統一が必要である。いまや介護、医療に偏っている感がある。

 新しい教科としての「公共」だが、内容的には「私」に対する「公」、私の対極としての公を統一的に幅広く学ばせるのが目的か、いやしかし、いま見る項目からは、結婚、家族、労働そして消費生活、納税、政治等々の関連から判断すると、「私」の対局ではなくて「私」を含む「公」までの全過程のようだ。順不同だが。

 そこで、それなら「命」は入らないか。最近、あまりにも「命」「生命」が軽んじられている。親が子、赤ん坊を殺し、子が親を殺して平然としている。親族同士が殺し合う。そんなことが新聞紙上では日常茶飯事である。あまりにも命が軽く扱われていないか。しかも、驚くことに、死が怖くないのか、恐怖心がない。そんな恐るべき風潮である。

  高校の新しい教科「公共」の内容に「命」「生命」が馴染むかどうか。「命」を基点にして「家族」へ、と、こんなことでどうだろう。さて!

 

慰安婦問題は、人間・国・社会・時代の恥部

2013-06-17 06:56:33 | Weblog
 もう聞きとうもない、相も変わらずの「慰安婦」や。いま、現に、ごちゃごちゃ言うてる人のうち、何人が当時の実情を知ってるやろか。現に韓国で生存している元慰安婦の何人かを除いては、わが国はもとより、韓国でも。
 しやから、まあ言うた、韓国にとってはこの慰安婦経験者は国宝級、人間国宝的な貴重な存在の人物やろ。こればっかりは後継者、跡取りがないサカイになァ。
 
 慰安婦の問題なんて、だいたいがいまの感覚で過去の行為を裁定してるやないか。国連の人権委員会の決議そのものがそうや。そんなことする暇があったら、いまもアフリカかどっかで、幼い子供まで家事手伝いに売り飛ばして、そうせんことには親が生活できん。学校も教育もあったもんか。発展途上国なんておこがましい。低開発国、いや未開発国の、そんな国の実態にメスを入れてたらどうや。現実に、いま地球のどっかで進行形で侵害されている子供達、その子供たちの人権侵害こそ緊急問題や。それにソッポ向いてたらアカン。スリランカの法律家のおばはん、えェ、それでは金にならん? 弁護士なんて、どこの国でも一緒やなァ。

 橋下さん自身、うっかり、と言うより、安易に、慰安婦なんて「恥部」に触れたんや。けど、何がどうあろうと、われわれは橋下さんを支持するつもりや。ええか? その気持ちに変わりはない。いろいろ新聞では書き立ててはいるけど、それはあくまでも新聞の評価で、去る日、なんとかのTV番組でのアンケート調査でも、80%の人が橋下さんを評価しているやないか。これに対し、同じ番組に出ていた水道橋とか飯田橋とか言う博士か、修士か、いや学士か、なんや知らんけど番組から降りたらしいが、それは本人の勝手やがな。橋下氏の支持に変わりはないでェ。エライ悪かったなあ。

 あれ、いつであったか、もう遠い以前のことやったなあ。TVの番組であったかな、それがNHKであったか民法であったか、それも忘れたけど、なんせ、戦時中に、例の慰安婦狩りをした人の実体験を聞いた事がある。そんな記憶がある。それはその筋の業者で、アナウンサーの問いに「男のいる所には女が必要で、それを業としていれば当然必要な施設を設けて、女を確保する----。」と言うような意味のことを言うておった。そんなように記憶する。(この人物と、25、6、16、産経新聞オピニオン欄で石川水穂しの記事中にある山口県労務報告会動員部長・吉田清治氏と同一人物かどうかは知らない)特に問題の、軍が、政府が直接これに関与したと言うような意味のことは聞かなんだように思う。軍が直接とか、軍の指示命令でとかでなしに、軍に出入りする業者、軍に対する御用達の意味で、食糧でも、衣料品でも、その他の物品でも何でも軍に出入りして、軍と直接取引している業者がいてたんや。同じように、慰安所の経営者も軍に出入りしていた業者やったんやろう。ところが、慰安所だけが何故従軍か、である。従軍食糧販売人とは言わへんし、従軍軍服納入業者とも言わへん。むしろ、いまの言葉で言うと「御用達」や。軍と取引していると、当時はそれだけ信用があったんや。
 慰安婦だけが何故従軍か。ひょっとして、当時、軍に属する「従軍記者」と言う立場の新聞記者がいたから、その従軍と慰安婦をくっつけての造語、それが従軍慰安婦であったかも知らん。その製造元が他ならん朝日新聞社言う訳や。
 
 もうなにもかも、答えが出ていることばっかりで、物事は後ろ向き。結局は,橋下憎し、維新憎し、これが本音とチャウやろかな。いままで何をやっても橋下氏には負けてきた、しやからそのお返し。これを機会に、と。

 この慰安婦問題は、判断の正しい間違い以前の問題として「一種の恥部」や。人間の恥部であることは当然やけど、それだけやのうて、国としての恥部であり、社会の恥部でもあり、いまとなっては時代の恥部でもあるんや。それを橋下のトオルちゃんがうっかり触ってしもた。そこはやっぱり若さや。ある程度の年配者なら強いて触らない部分を、触ってしもた。ただそれだけのこと。
 
 もうええ加減にしいや。
  

やはり急務ー国防軍の設置

2013-06-14 14:26:59 | Weblog
 ここんとこ政治家の発言が、どことなくトーンダウンしたんとチャウやろか。もしそうなら参議院選を意識してかも知らん。安部首相も、そんな周辺の空気に気を取られんと、アベノミクス第三弾とか、それはそれでやってもろて、やっぱり、ほら、96条、憲法96条の改正を手始めに、9条を改正して国防軍が持てるようにせんと、なんやらチョット不安な----防衛・安全保障の問題が----ウンもスンもなしに安部さんが押し切ってでも、早期に国防軍の設置に漕ぎ着けてもらわんことには----いや----うっかりして忘れてた----このまま続けたら日付のない日記になってしまうところやった。
 そこで、言いたかったんは、

 6月の7,8の両日、米カリフォルニアで行われた米中首脳会談ーオバマ大統領と習近平主席ー。
 後の記者会見やメデイアの解説等を読んで、なんとなく、どことなく、不安な感じやなァ。大国アメリカの大統領を目の前に、オノレ勝手な言い分で、自らを大国と称して「新たな大国関係」の構築とは、何ともおこがましい。しかも、「大平洋は広いから両大国で二分しよう」とは、オノレを何んと思うておるか。太平洋は広いサカイに、アメリカが一人占めせんと、半分こっちへよこせ、と、まあ、こうでっしゃろ。それはそう、簡単なもんやないわなァ、国益が絡むし、安全保障の問題もあるし、なあ。それに対して、気になるのんが、オバマ大統領の対応----、
 
 「Yes----Or----No----!?」

 と、まあ、こんなこと。 
 そこで元へ戻って、自らアメリカと肩を並べる「大国」と称しても、ODAなんかでは中国はいまだ発展途上国や、恥ずかし気もなしに「発展途上国」と言い張る厚かましさ。こんな場面でこそオバマ氏、わが国の古式に準じて「無礼者め! オノレソレガシを何と心得おる。下がりおれ!」と、扇子で相手を指し示して一喝して欲しかったなあ。
 まあ、しかし、後日談として情報からは、オバマ氏は、民主主義、人権などの価値観を共有する日本への信頼感を強調することで、習氏を牽制したようで、尖閣諸島周辺での日本への挑発に対しても、日本とは同盟関係で、尖閣諸島は日米安保条約5条の適用対象であるとを認識させたとしている。
 
 それに先駆けて聞こえてきたのが、既に数年も前、中国海軍の楊毅氏が、キーテイング米太平洋軍司令官に、「米中両国がハワイの東と西で太平洋を分割したい」と述べていたことや。一種の試し打ちやったかも知らんなァ。
 これが中国式領土・領域拡張(奪取)方式やろ。公然と、大ぴらに、こんなところは、オバマ氏のような欧米式の合理主義者は、野蛮で野放図な中華大陸の野生の習氏には負けるやろ。
 これと、これとの関連付けで、中国の長期にわたる執念がハッキリ見えてくる。その見えてくる目先に、今更感心してる場合やあらへん。習氏の首脳会談を援護する目的からか、同じ日の中国共産党機関紙が、「琉球諸島の帰属は歴史的な懸案で未解決である」とする論文を掲載した。中国政府は個人的な見解と、例によって例のごとく白を切ってはいるが、いずれこれが太平洋ニ分割の例になった、時期を見て、頭をもたげてくることは、容易に想像できる。
 尖閣で不足なら、沖縄じゃ、どんなもんじゃ! 



 わが国の尖閣諸島の問題では、「領土・領有権の問題には触れない」といったようだが、「双方の当事者は事態を悪化させないで、外交チャンネルを通じて対話を目指せ」と、まあ、言うたら、毒にも薬にもならん言い方や思うけど、やっぱり、これが本心やろな、アメリカの。
 アメリカ自体、古くはベトナム戦争以来、旧・ソ連の崩壊後、国連軍の名のもとにアフガニスタン、湾岸戦争他世界のPKO活動に参加して多くに犠牲者を出した。戦費も浪費した。よその国のことで犠牲を強いられるのももはや限界で、この上にまたも大国を名乗る中国と軍事衝突でもあったら、国民の犠牲を一層大きくする、出来るものなら、両国が対話で、円満にことを運びたい----と、まあ、その趣旨はようわかるけど、こんな事情を慮ると、ほら、その、尖閣諸島の問題、なんか頼りのうなつてきますやろ。もうここらでわが国も、わが国独自の安全保障を構築するために、「国防軍」の設置を考える時期に来ている思いますねん。
 レーガンさんが大統領のときは「強いアメリカ」を標榜していたが、強さを誇るアメリカも今は昔。どないです?

 
 そんな矢先に、こともあろうに、自民党の元幹事長の野中氏、古賀氏等々が中国ヘ行った。野中氏は中国の要人に、尖閣問題をめぐって「棚上げを日中双方が確認した」と、日中正常化交渉に当たった田中角栄氏から聞いた話と、ご注進。
 この問題に関して、当ブログでも取り上げて、野中氏のやり方はおかしいと述べた。しかし、その事後報で、野中氏は、自民党内で、反安部勢力のための暗躍、そのための行動とか。現役引退しながらも、こんな策略は、古い自民党の体質がまたぞろと蘇ったとの悪しき噂が流れ始めてるような。
 あれ、国族やわ。

 と、類似人間がもう一人。一般的にも常識的にも中国で、と思いきや、それがアメリカで、というから驚きやなァ。今日ビのアメリカ、オバマ政権が弱いんか、アメリカが衰微しているんか。恐らくは,両方やろけど。CIAの元職員が、内部事情を暴露した。米政府が、中国など世界でコンピューターをハッキングしていると述べた。しかも、香港に滞在し、米中首脳会談のさ中に発覚。本人自らメデイアの前に現れて、内容を暴露した。
 事実こんなことは、オバマ氏と言うより、アメリカ自体の最近の国内の緩みを、中国に見せつけたことになる。
 この本人は、香港に滞在しているから、中国に寝返った、言うことやろなァ。

 サイバーテロの問題なんか、この会談の主たるテーマにしたかったんと違うかな、オバマ氏にしたら。そして中国の手足を縛りたかったンと違うかな。なんかのルールつくりを。それが逆になってしもたようや。習氏は逆に、オバマ氏の尻尾つかんで、余裕を持って微笑んでの会談やったんとチャウヤロカ、なァ。オバマ氏は知らぬが仏か? 可哀想になァ。

 いまのアメリカ、ナントナク、奢れる平家久しからずとでもいうところかな。追われるものの弱み。一方、後追う者の強み、それが中国かも。その証拠に、会談終了後の10日、中国は、これ見よがしに有人宇宙戦を打ち上げて、ドッキングに成功した言うて----。

 中国の共産党の一党独裁の強みか、どこで何が起ころうと、すべてが一本の縄により込まれて、それが特に対外政策に強く反映していて、無駄がない。その点アメリカ、わが国を成熟した民主主義国家と持ち上げてたアメリカはもとより、自由を前提とした統制の緩み、政治家一人一人が、各人各様で、わが国でも野中氏の暗躍で明らか。
 参議院選を前にやね、まもなく、各党の政権公約が出そろうやろうけど、基本的な国家の将来像なんかは各党おんなじでも可笑しないと思うけど、いまだに中国に気兼ねして、社民党やら共産党は、現行憲法の擁護を死守しておる。仮にも、野中氏やら鳩山のぽっぽなんか、中国なら自宅軟禁で、官憲の監視下に置かれるんとチャウやろか。
 今度の自民党の「新防衛大綱」に、平和憲法に反すると中国の人民日報が批判。ほっといてくれ! 日本の自民党の公約にオノレは関係ない!
 
 さあ、権利はあっても行使はせん----そんなアホな,夜店のヤシが言うようなこと、エエ加減で終止符を打って、「国防軍」を立ち上げろうやないか。これは急ぐでエ。アメリカとも、日米安保条約のなんのと言う前に、アメリカに守ってもらうというようなケチなこと言う前に、国防軍を組織して、
  
 Give and Take
 
     で行こうやないか、イザ!

 
 
 
 

 

 

 

 

  

太平洋に中国を受け入れる空間はない

2013-06-09 13:24:08 | Weblog
 中国が、自ら「新たな大国関係」の構築なんて、チョットおこがましいのではないか。自ら大国と称するにふさわしいか。領土が広くて、世界第二の経済大国と、単にそれだけではないか。

 太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間があると勝手なことを言うが、仮にも、空間も余裕も十分あっても、中国独自のルールで13億の食と職を求めて太平洋の海と空とを汚染し、発展途上国をオノレの領海内に囲い込む余裕はない。

 米中首脳会談で、
 アメリカのオバマ大統領は、中国を、大国としての責任と既存の国際社会のルールに従うように取り込みたいのに対し、
 中国の習主席は、大国として自国のルール、中国流をアメリカに認めてほしいとの思惑で、
 早期の会談にこぎつけた趣旨そのものが仮に共通しても、その真の目的は異なっている。その点について、ジョセフ・ユン米国務次官補代理も「アメリカと中国とは同床異夢」と指摘している(読売新聞、25,6,9、)。その根本の違いは、価値観の違いで、会談で決して埋まるものではない。
 中国が「世界の工場」ともてはやされ、世界の企業をおびき寄せたのも、もはやいまは昔の夢物語でしかなく、当時の蓄積した資金で軍備を増強、中国独自のルールで他国へ進出し、結果嫌われ、進出しては嫌われの繰り返し。このような世界に嫌われる中国を、アメリカに認めさせ、両大国としての面目を保ちたい。そんな下心もあったようだ。
 (ただし、例外的に、中国を歓迎する国に、カンボジアとラオスがある。欧米のように「民主化」だの「人権」だの面倒なことは一切言わないから。カンボジアのシアヌーク元殿下などは病弱でもあって中国で余生を過ごした。例外中の例外と言える。)

 改めて言うのもなんだが、価値観の違いが大きいほど、中国はこの違いを逆利用し、「中国流」が、暗黙のうちに認められたと解釈するであろう。そうなると、物事は中国の独壇場である。

 既に明らかなように、オバマ大統領は、尖閣諸島問題については「主権の問題ではどちらの肩も持たない」と、中立の立場を強調した。こうなると中国は、かねての中国の立場が認められたと解釈するであろう。何故なら、どちらの方も持たないんがからと。だからオバマ大統領は、双方の当事者は、事態を悪化させないで外交チャンネルを通じて対話を目指すべきだと述べた。従って、わが国は常に友好を重んじて外交を通じて物事を解決するよう望んでいるが、それを望まない日本が悪いと、まずはこうであろうことは容易に察せられる。結局は、中国は、これも先例にのっとって、自国の都合のよい法律を制定し、それをタテにして、公然と武力を行使して、歴史的にも国際的にもわが国の領土とのうたい文句で領有権を奪取した南シナ海の事例がいい例である。

 オバマ大党領は、新たな大国関係が掛け声だけで、中国の行動が何ら変わらないことを最も警戒すると、先述のジョセフ・ユン氏は言う。それはその通りで、中国の一党独裁政治の形態が変わらない限り、中国の行動が変わるはずがない。むしろ中国はオバマ大統領との首脳会談を、「米国も認めた----」「世界二大大国の----」と、党として大いに利用するであろう。

 「中国に民主主義は合わない」とする論文が人民日報に掲載された。(産経新聞5,31、)なにしろ中国の国情に合わないとして、新自由主義とか、民主社会主義とかの西側の理論には国情として合わないと言う。合うか合わないか、果たして中国の歴史にそんな時代があったのかと思いきや、論文の中には「中国は近代以降、世界中の代表的な理論、学説、主義をほとんど試してきたが、成功しなかった----との主張で、中国独自の社会主義路線こそが進むべき道だと、さすが行きつくところへ行きついた感じだが、中国の近代以降にそんな政治体制の時代があったとは知らなかった。
 知らなかった。
 知らなかった。
 
 困った隣人。隣の国の制度まで勝手に自分の国に引用するな! ぼつぼつ聞こえてきた中国の崩壊。過去にわれわれも知っている旧ソ連、同じ独裁国家でも囲い込んでの独裁、鉄のカーテン内は見るすべもなかったが、いまの中国の一党独裁は、一方で市場経済を取り入れて欺瞞の資本主義政治体制から国外との交流がなければ成り立たない。そこが旧ソ連とは根本的の違う。
 共産党員のみの富の独占と汚職万能、人権、公害による経済の破たん、あらゆる統計の欺瞞、13億の人口が引き金になって間もなく国家が破綻し国内が混乱、共産党幹部は銃殺。海外逃亡。そんな噂が遠く、近く、ボツボツ聞こえる、いまの梅雨時かな。 

 




 
 
 

言葉は、人、時、所の三一致で

2013-06-08 10:04:58 | Weblog
 去る日、弁当の配達が来る時間に外出しなければならなくなり、急きょ中止してほしいとのTELをした。
 「あー、そうでっか、ほな、キャンセルしときまっさ。」ときた。
 まさか、言うて悪いが、弁当屋のおばはんの「キャンセル」には恐れ入った。 

 
 在職中、職業柄、会議が多かった。同じ会議でも、同業他社との横の関係の会議であるから、開催時刻を厳守し、遅刻者からぺナルティ(15分・千円)を取ってお茶代に当てることにした。
 そんなとき誰が言うともなしに「アロウアンス」はどうするの----、エレベーターの待ち時間もあるし----と、言い出した。
 要するに、厳格に15分と決めないで、多少の時間的な余裕が欲しいと言いたかったようだ。結果、10分と決まった。
 このアロウアンス(Allowance)なる言葉、辞書から適当な解釈を探すと、余裕、手加減、酌量等の意味が当てはまる。
 ところで、なんのためにこんな単語が飛び出したかと言うと、会員企業の中に英国が本社の、いまで言う多国籍企業の社員がいて、そこが発信地であった。

そんなことから、特に英語が達者であるというわけでもないのに、特定の単語のみに得意な人がいた。
 例えば、「その問題は後日「クレアー」(Clear)にしておく」と。それがいつもそう言葉が的確でない場合もあって、なにが、どうクレアーか、言葉の前後に関係なく、クレアーだけが独り歩きしている、いわばそんな癖のある人がいた。

 そうかと思うと、また別の人は、「コンフアーム」。何かと言うと「コンファーム」(Confirm、確認)である。過去に何かこの言葉に拘りでもあったのか、会議中に必ずこの言葉が出てくる。
 
 相当な人格者であっても、自分の癖は自分で分からないもの。

 国家安全保障会議(日本版NSC)の設置関連法案が、閣議決定された。これに先駆けて、菅官房長官は「所謂、ヒューミントも必要になる。」と、定例記者会見(?)で述べていたが、所謂ヒューミントと、まさにヒューミントな表現である。
 異議なし!

 
 

野中氏の棚上げに

2013-06-07 10:49:03 | Weblog
 野中氏の「棚上げ」に、
 野中氏ともども超党派の議員団で訪中した自民党の古賀氏は「自分、即ち野中氏自身の考え方として話し合いに臨んでいるわけではない。」と言って、同じ党人として野中氏の考え方としての棚上げではないと否定するような擁護するようなアイマイ表現で、そして「互いが謙虚な状態で初めて、前を向いた対話が出来る。」と述べたと証言しているが、かかる言い方を政治的には「苦しい答弁」と言うのかも。野中氏自身は「言いに行った----、」と言っている。
 
 やはり野中氏と同行していた創価学会の公明党の白浜氏は「棚上げ問題を訪中団として確認して発言したわけではない。野中氏個人の経験でおっしゃっている。」と指摘している通り、古賀氏の言い訳とはチョット趣が違って、やっぱり野中氏は「オッシャッている」ようだ。だから野中氏の言う「言いに行った」に近いが、火の子はかぶりたくないというのが本音のようだ。
 
 同じ創価学会の公明党の山口代表は「中国との長い友好の歴史があることをふまえ、頑張らないといけない。」と言うが、意味不明。だが、中国向けに媚を売ったともとれる。池田会長の顔も建てたかも。
 
 横合いから共産党の市田書記長が「関係者の証言、即ち棚上げはいくつもあり合意は事実だ。歴代政権がヘっぴり腰で、あいまいに解決してきたことが今日の事実をもたらしている」と批判的に述べているが、
 オノレはこの際は関係ない。
 オノレは黙っておれ!
 
 要するに、わざわざ中国まで行って、アチラからわが国と政権を混乱に導いたことだけは事実である。