風通庵-直言

ヨモヤマ話

「最初に好き嫌いありき」の小沢一郎論

2008-09-30 12:12:22 | Weblog
 小沢さんをよく知る人たちの「私の小沢一郎論」が、産経新聞に随時掲載で掲載されているが、よくよく損な性に生まれている。と言うのは、「良しアシ」「好き嫌い」が論ずる前から決まっている。どうやら、あの、胡散臭そうなふくれっ面の水ぶくれの面構えは、イケメンとかセレブとか言って第一印象を重んずる時代に、年齢は別にして、なるべくならテレビで見たくない。特に、朝のニュースなんかであの面構えを見せられると、一日中気分がすぐれない。よく食わず嫌いと言われるが、食いたくなくて嫌いである。そんなわれわれの常日頃の印象とあまりにも似ている。誰の見る目も同じ,という訳である。
 小沢氏の鋭い時代認識が強みと「好き」派の人は、小沢氏の手法が政策より政局優先と批判するが、議会政治で重要政策はすべて政局ですと政局主導を擁護する。「嫌い」派は、自民党22人の幹事長小沢さんはワーストワン、と。偉い人の前では礼儀正しく振舞うが、その人がいなくなると急に態度が変わる。演説は下手でも選挙上手、アポなしで会社や団体を回り相手に感激を与える。願望を込めて小沢さんが首相にならないことを祈る。まさにズバリそのもの。どうやら「嫌い」派が多いのも、世論調査の結果と一致するが、なぜに自民党を飛び出して、新生党、新進党、自由党、民主党と変わったか。自分の無理が通らなければすぐ「連立離脱」と脅し戦術をかけていたことは今もわれわれの記憶に新しい。小沢さんには日本のかじ取りは危なっかしくて任せられない。静かに政界から去ってほしい、と。


 次の選挙で、仮にも民主党が多数を制したら、否応なしに小沢さんが首相になるだろうが、その場合、首相の激務に耐えられるかと、爾後を懸念する声もある。小沢さんの政治の手法である衆愚政治に期待をかける衆愚が、果たして期待道理の政治が行われるか。いずれにしろ最後の戦いと自ら宣言していることからも、自らの政治生命を悟っているのかもしれない。一度民主党に政権を渡して、お手並みを拝見してもいいのだが、日本の政治の現状にそんな余裕があるだろうか。一気に政権が変わると,衆愚が期待しているように、マニフェストの通り、スムーズにいくだろうか。船を山にした船頭を、一喝して思いの通りに小沢さんがやれるか、もたもたして自民党政治の亜流に堕して早々に嫌われるか。混乱に混乱を重ねて、ホウホウの体で退散するかーーーー。
 
 「嫌い」派の多い、すでにご用済みの小沢という人物を、最後の賭けに狩りだした渡辺恒三氏の思惑が長と出るか半と出るか、小沢さんを首相に民主党に政権を与えた衆愚の判断が長と出るか半と出るか。歴史の判断に任せるまでもなく、やれば結果がすぐ出るから、お楽しみに。
 
 

「確信的」でよかった中山元国交相の発言

2008-09-29 10:41:36 | Weblog
 (前略)

 ---、(日教組は)子供たちを駄目にし、日本を駄目にしようという闘争方針で、授業より政治活動に力を入れている。----閣僚辞任後も日教組と闘っていく。

 と、決意を強調し、日教組に関する発言は政治家、中山成彬としての発言で撤回しない。その決意や立派である。


 麻生対小沢の緊迫した政治状況の下で、麻生内閣の支持率も低調のおりからメディアの話題つくりに手を貸した中山元国交相の発言・辞任に、社説その他扱い方が中山氏には厳しい。世論の反応も無責任とか、辞任する覚悟の発言とかの中山氏非難の意見ををあえて選んだ気がする。日教組とか教育問題に対して通行人相手に意見を求めて、即座に同じような意見が出揃う筈がない。
 読売新聞(9、29、)に見る評論家のコメントも、予定道リの見解を述べたにすぎない。日教組の勢力と学力の間に因果関係はないとか、日教組は路線転換後、国と協調姿勢を示してきたとか、日教組寄りのとってつけたような見解はいったい何が言いたいのか。教育の悪の元凶こそ日教組ではないか。かかる過去の実績を無視して、いまさらなんの国との協調姿勢か。ばかも休み休みに言え。日教組も他の左翼勢力も、戦後の昭和20年代の運動すなわち戦前戦中の全体主義、軍国主義教育の反省からスタートした運動そのままを,今に引き継いでの思考停止。君が代・日の丸がその典型。逆に言って、国との協調姿勢をとっているのであれば、本来の存在価値と理由がもはやなくなった。いまや教育改革の障害になる邪魔な存在でしかない。

 中山氏の決意に同調して、今後の活動に期待したい。

それでも中山国交相の「日教組を解体する」発言を支持します

2008-09-28 09:24:16 | Weblog
     ーーーー赫赫云云(カクカクシカジカ)----

 その上で、中山国交相の日教組に対する発言のいろいろを支持します。どこか判断の誤りがありますか。ないでしょう。いかに民主党が日教組を支援していても、「数」を支援しているだけで、運動方針まで支援はしていない。そこまで支援すると党が割れる。


 自民党総裁が首相に就任すると組閣が始り、閣僚予定者の官邸への呼び込みがある。その後、各閣僚の記者会見があって、さっそく大臣としての自らの抱負を語るが、そんなわずか間に答弁内容が決まるものなのか。記者の質問に対する回答不足を補うためには、どうしても関連があるなしに拘わらずかねての自分の思いが頭をもたげてくるだろう。結果において魔がさしたのが中山国交相の今回の発言ではないか。国交大臣の仕事に日教組は関係がないのだが。


 だから、日教組に関する発言に限っては、時と所と場合を誤ったと言えなくはないが、また逆にいえばだからこそ言えたんだと言える。一種のセレモニーの場で、かねての本音をしゃべったことにはなるが、内容的には真実そのもので、異論はない。いまの若者の無軌道ぶり、常識のなさ、いやそれ以上にいまよく言われる「○○モンスター」を育てたのは日教組の誤った教育の結果である。日教組による被害は、日常的には日教組以外の同僚教師、長期的には生徒で、その長期的な被害が一部中高年者にも及んでいる。このままでは日本が滅ぶ。
 教育問題で選挙は戦えない。票にならない。したがって政治の表面から見捨てられている。と言うことは日教組の思いもままである。労働組合なら労働組合らしく教師の待遇面に運動のポイントを絞れ。勝手な教育論を振りかざして教育のあり方混ぜっ返すな。日教組を解体して、戦後教育を棚卸して改革することが急務である。
 中山国交相が辞任して、自由な立場で日教組潰し運動をすることに期待する。


 中山国交相の「日教組を解体する」発言を支持します。

 


中国はやはり将来性のある市場か?

2008-09-26 11:43:39 | Weblog
 中国製の乳製品からの有害物質メラミンが検出されたことから、アジア各国、韓国や香港、欧州連合(eu) までもが中国製乳製品の禁輸・国内販売中止の措置を取っているが、我が国は残念ながら国内企業・三笠フーズの汚染米の混入販売が国内に広がっていることもあってか、諸外国ほどの危機感がない。時期的にも内閣の総辞職等の政治の空白もその一因ではあるがー。
 輸入食品の薬物検査で、メラミンが対象になっていないのは食品類に混入する可能性がないからであるが、したがって、そこに目をつけて混入する特殊な知能はまさに中国人ならではのことで、そんな知恵こそ世界一である。

 中国人のトリックのうまさは、戦前の植民地時代から定評があった。うっかりすると誤魔化される。しかも誤魔化されるほうが悪いんだから始末が悪い。商売のため、儲けのためには何でもあり。毒物でもなんでも混ぜて増えればそれだけ儲けで、自分の家族が食べなければいいと、日本在住の中国人の評論家が言っていた。そう言えば、いつか餃子に段ボールを入れていたとの噂が広がったことがあったが、今になってさもありなんと思う。手品・マジックの手先のトリックから、最近は知的財産にまで及んでいる。それを国是にして法的根拠まで与える念の入れよう。うっかりすると、日本の国産品すべてを特許登録されかねない。信楽焼から鳴門金時まで登録する厚かましさは、何なのか。北京五輪が成功と見るや、it製品のソース・コードの開示を外国企業に強制する制度を導入しようとしている。中国は、ソフトの欠陥を狙ったコンピューターウイルスや不正侵入を防ぐためとの理由説明だが、相手が中国だけに誰も信用しない。それどころかコピー天国の中国独特の厚顔無恥な要求である。もし、拒否すれば中国国内での同製品の製造・販売は認めないとの強硬姿勢だが、技術の流出まで大っぴらに認めてまでも中国で事業活動をするか、どうか。デジタル機器の暗号技術が中国に筒抜けになるし、安全保障上の問題も生ずる。

 相前後して、日本経団連の御手洗会長ら日中経済協会の訪中団が胡首席と会談、胡首席は「日本の政局にいかなる変化があろうと共に手を携えて努力していきたい」と述べたようだが、福田元首相の自虐外交の成果もあってか中国側からすれば、韓国以下の、中華帝国の衛星国位にしか見られていないのではないか。だからすぐ手を携えていけるんだ。
 この日中経済協会代表団は中国商務省幹部に、中国のit製品情報の開示を強制する新制度に「世界的に例にないもので、ハイテク分野の貿易・投資の阻害要因になる。知的財産権の保護の面でも影響が大きい」と、見直しを求めた。これに対しアジア局長は「国際基準に沿ったもので、世界貿易機関の規定にも合致している」との回答であったようだが、合致もなにも規定がなければおのれの勝手な解釈で合致していることにする、そんな国。
 しかし、日本側の意見は担当部局に伝えると述べたようだが、日本側はそう述べたと解釈しても、そこはそこ相手が中国なら、日本の代表には十分説明し、理解してもらった。個々のケースはそれぞれに対応する等々と、全く逆に解釈して、それが独り歩きしてもおかしくない。中国とはそんな国。仮に文章に書いて相互に確認しあっても、都合の悪い項目は勝手に解釈を変えて平気な国。
 日本の対中貿易の現状から、泣く泣く中国の要求を認めるか、中国から全面撤退するか。これは日本だけの問題ではない。メラミン同様、世界の知的財産権の保護の問題で、中国対世界の知的財産権を保護する国で判断するべきで、いかに中国でも全世界が中国から撤退すれば困るであろう。
 中国が魅力的な市場であるか。ぼつぼつ中国の本音が出て中国から全面撤退もやむ負えない、そんな時期が今そこに来ているのではないか。すべての施設、財産を没収されて。
 相手が相手だからー。

 
 
 

小泉元総理は、平成の西行法師に

2008-09-26 09:07:12 | Weblog
 小泉元総理が政界を引退。

 政界は引退しても、政治活動はする。

 諸行無常は政界での話で、引退後は自由な政治活動を。

 その姿は、まさに平成の「西行法師」かも。

 全国を行脚して、小泉桜を植えるだろう。

 小泉さんの首相としての唯一の不作は、田中真紀子を外相に任命したこと。

 

あー、辞めてくれてよかった福田さんの首相職・総理職

2008-09-24 22:04:58 | Weblog
 史上何番目かの短命内閣とか。短命どころか福田さんだけは早くや辞めてほしかった。国民の目線というか、望んでいる目標とあまりにも違う事柄をいけしゃあしゃあと言って国民を呆れさせた。国民の波長とまったく違うあんあ一国の首相も珍しかった。就任早々に、中国とギクシャクしていた靖国問題で、参拝するかどうかとの記者の質問に、相手の嫌がることを敢えてしますか。あなた、友達の嫌がることしますか。しないでしょう。国と国との関係も同じです。と、中国の嫌がる靖国神社へは行かないと平然と言ってのけたあの一言がすべてを決した。結局は、最後までそれが尾を引いた。それも、相手の中国が同じように、日本の嫌がることはしないと言うのなら、それも道理だが、相手は中国ではないか。中国相手に,人のいいことを言って、相手に足元見られっぱなしで、存在を無視されっぱなし。しかもなお、毒餃子事件では、いかにも日本で毒物が混入されたかのごとく言われ、うやむやにされること明らかな状態にも、なかなか前向きですね、とはね。中国さまさまの献上と謙譲外交に、日本の総理はこの程度のレベルかと、相手の中国に蔑まれていた、そんなことにも気がつかないお人よし。
 毒にも薬にもならないと言うが、それどころか「害になった」。それもその筈で、本人自身「政治家は好きでない」と、折に触れて言っていた。好きでなった政治家ではない。いやいやながらの政治家なら、いやいやながらの総理・総裁でしかなかった。家庭の事情で仕方なくの政治家であった。前総理の福田赳夫、すなわち父親に対する恩返しで、仕方なくの総理・総裁。何もかも家庭の事情以外に目的がない。政治に対する信念も理念もない。そんなことで日本の首相になったその悪弊をもろにかぶったのが国民の一人一人である。まさに不幸の一言に尽きる。
 辞めてくれてよかったが、それにしても辞めるのが遅かった。
 
 

幕内力士は日本の国籍取得を条件に

2008-09-24 16:23:54 | Weblog
 朝青龍が新聞記者から、横綱としての「品格」を問われて、「品格」とは何かと逆に聞き返していたが、品格とはこれこんなものと簡単には説明がつかないが、普通なら侮辱されたと思って腹立たしく感じるものだが、そこは外人の悲しさか、意味が分からない。
 常日頃、相撲の世界に品格を求めることもなかろうが、例の宮崎氏の提唱により日本人の品格が問われだして、相撲の世界にまでその余波が及んだ。力と力の世界にいかなる品格が要求されるのか、それなりに疑問もあるが、しかしやはり横綱は横綱としての品格、貫録、威厳が必要なことは言うを待たない。なぜか。それは相撲が日本の国技だからで、それにもうひとつ、外国人が上位の横綱を占めて国技の権威が薄れてきているから、だ。

 不幸にしてロシア出身の三人の力士が大麻の陽性反応で相撲協会から解雇処分になった。相撲協会の決定が覆されることはないようだ。それは当然である。流行らん弁護士が、暇に明かして弁護活動しているが、場合によってはそれが国技の権威の失墜に拍車をかけるかもしれない。それはそれ、もう一度相撲協会に復帰することはなかろう。外人に日本の国技を好き放題に操られてはたまらない。そこまで日本の国技を軽く見られていいものか。とは言え、そうならざるを得ない根本原因は日本人の力量の低下にあることは明らかである。

 いかに髷をつけての裸のふんどしスタイルとは言え、そこには礼で始まり礼で終わる、勝負が終われば勝者も敗者も同じ、おなじ土俵の上で対等の立場に帰る日本の伝統と文化がある。そこに国技として定着したものだ。いかに日本の国技でも世界に広がって、相撲の世界に憧れる若者が日本に集まってくることは、大いに賛成だが、それが国技の本来の姿を破壊するような事態になると、ちょっと趣旨が異なってくる。相撲は力と力の対決で、強い者勝ちの世界ながら、それだけで外人力士を土俵に上げてはならない。日本の国技そのものの本質を強力に理解させて、日本の伝統や文化をたたきこみ、日本人教育の徹底を図る。そこまで強い権限をもって相撲協会は外人力士に当たるべきだ。
 したがって、少なくとも、幕内力士の条件として、日本国籍の取得を条件とすることを希望する。おそらくは、入門から幕内に昇進するまでには帰化申請する要件は十二分に満たすであろう。こう言うと、すぐ安物の弁護士が人格権のやれ居住権の剥奪のとか、人権問題を持ち出すかも知れないが、それなら外人力士の幕内入りを認めないことだ。
 国技を守るために相撲協会は強くあれ。

麻生太郎自民党新総裁は「極右政治家」か

2008-09-24 14:43:41 | Weblog
 いずれ次期首相に就任する自民党新総裁に選出された麻生太郎氏は、日本における「極右政治家」あるいは「極右民族主義政治家」か。ちょっと笑いたくもなるなんとも奇妙な、理解に苦しむ評価である。

 韓国各紙が一斉にこのような報道をしたようで、産経新聞9,22、ソウル発で報じている。

 韓国は、金大中、ノ・ムヒョンと二期にわたって左翼系の大統領が就任して、太陽政策とか称して北の物乞い国家を援助し尽くした結果国民に飽きられて現・李明博大統領が選出されたが、我が国でこの大統領を自由と民主主義を標榜して政策を推進する大統領とは言っても右翼系の大統領とは言わない。こんな評価を、韓国人が見た場合、ちょっと笑いたくもなるなんとも奇妙な、理解に苦しむ評価なのか。と、余分なことながら、そんなことを想像した。
 韓国から派遣された記者は、日本語はもとより堪能で、政治状況もすべて日本人以上に把握し、理解していると思うのだが、かかる我が国の政治状況そのものを韓国の政治状況に置き換えると、そうなるのだろうか。
 東亜日報は、日帝侵略史を否定した極右政治家。
 朝鮮日報は、政治的には保守志向。
 ハンギョレは、極右民族主義的世界観。

 朝鮮日報の「政治的には保守志向」との表現は、一見して至当な表現に見えるが、日本の政治は常に保守志向である。当たり前のことがなぜニュースか。 また、左翼系のハンギョレ紙の社説で報じる「ーー麻生首相の登場で、日韓関係改善はさらに遠ざかる可能性が大ーー」とは、いったい我が国と韓国との間に改善する課題があるのか。過去の植民地支配、歴史問題、竹島問題、すべて韓国内の思考の問題で、我が国に言いがかりをつけているにすぎない。我が国側から対韓国に向けての改善するべき問題は皆無、皆無、皆無である。

 翻って、われわれ日本人の感覚からすると、国会の議員、政党のカラーからして右翼思想が政治に介入することはない。なぜなら、右翼思想を標榜する政党が現に国会に議席を持っていない。存在しないから。仮に政権党が自民党から民主党に代わっても、自由と民主主義の政治形態に変わりはない。現在の民主党は野党であっても左翼政党ではない。別に共産党という左翼政党がある。
 その国その国の特殊事情を理解しないで、自国の物差しで他国を図るとこんなことになる。と言って、我々も同じような弊害に落ちている場面があるかもしれない。そんな危惧も無きにしも非ずだ。

 いかなる理解から麻生氏が極右政治家か、韓国人から聞いてみたい。その極右の意味も含めて。

たまには社保庁の立場も考えて、ね。

2008-09-20 20:44:54 | Weblog
 昭和の30年前後の時代。まだ厚生年金も健康保険もさほどの理解のない時代に、地方県庁の保険課に勤務したH君とW君、いまだ労働省のない時代で、H君は厚生大臣の委嘱で社会保険の担当、W君は労働に関する主務大臣の委嘱で職業安定所に勤務した。W君の場合はさておいて、親しかったH君からは仕事の話をよく聞いた。H君の主たる仕事は健保と厚年の保険料の未納者の事業所への直接訪問しての徴収、いわば集金である。従業員からは給料の支払いの際さい従業員の負担分の保険料を控除しながら、納期に保険料を納めない。当然ながら事業主負担分も含めて納付するべきものを、だ。
 
 H君「未納の保険料の集金です」
 事業主「まあ、そのうちに、と思うていました」
 H君「給料日に従業員から差し引いている筈です」
 事業主「そう固いこと言わずに、魚心と水心で行きましょう」と、販売商品のポマードを差し出す。
 H君「そんなものはいりません。保険料を頂きます」

 こんな仕事で何年か過ごした、と聞いていた。当時としては、社会保険なんかに国民一般の認識がなく、保険料とても只とられるも同様な考えであった。従って、従業員も年金証書など事業所を変わるたびに新規に作って、いつどこの会社で何年勤めたか、記憶も定かでない。そんな時代があった。

 ところが、月日がたって平成の10年代ともなると、だ、ご存知の通り。多くは言わない。民主党の政局化のあふりを受けて社保庁性悪説が蔓延。各種疑念が生じたが、この疑念、もとより社保庁のいい加減な処理に起因することのそしりは免れないものの、所定の年数を一事業所で勤務した者に疑念の生ずる余地はない。ほとんどは、あぶく企業か、前出の「固いこと言わないで」の泡沫事業所を梯子同然に勤めた人種。時代が時代であったから、すべてが本人の責任とはいえないが、しかし思い出して見るといい。あまり大きなことは言えまい。それが時代の波に乗って、民主党の政局化のあふりで、さも社保庁の責任におういかぶせていい気な者、とはいい時代。
 これを事業主に転ずると、つい最近の話、58万幾らかの保険料が、社会保険事務所からの要請で、8万幾らにに減額されたと、イケ図々しくも、鬼の首でも取ったかのように、社会保険事務所の杜撰な仕事に輪をかけるつもりで、自らの体験を語っていた嘗ての事業主。またそれを言わせる政党。
 
 これ最初に問題とするべきは、事業主ですよ。事業主が保険料を納めないから、社会保険事務所が温情身を発揮して、保険料を下げたんだ。違うか。事業主は従業員から保険料を控除しながら納付しない。従って、納付できる金額に減額してくれたのではないか。それに準じて事業主は、従業員から控除した保険料を減額された分だけ従業員に戻すべきではないか。この事業主のやり方は「公然・横領」である。社会保険事務所を非難するどころか、保険料の納付義務を果たさないで、人並みに社保庁を非難するとは何事か。その原因を作った張本人は自分ではないか。社保庁はそれをフォロウアップしただけではないか。いわば恩人である。それを擁護してくれた社会保険事務所をともに批難するとは何と罰当たりな。そわ何事か。と言いたいんだが、時代が変わると、こうも変わるものか。
 
 可哀そうなのは社保庁である。

外国人のヘルパー、果たしてどうかな?

2008-09-20 17:14:14 | Weblog
 ヘルパー。
 精神的にも身体的にも正常でない人や、高齢者を対象に介護することの難しさは想像を絶すると言うが、さもありなん。需要があっても供給が足りない。傍目にも、資格を取ってまでもする仕事か、そこは疑問符が付く。
 ?
 いかに福祉社会に貢献しようと思ってもそこはそこ限度というものがある。実子も兄弟も敬遠するような仕事、と言うよりか世話を、資格まで取らせて他人にさせる、言うなれば親子関係、親族関係までも、金銭を介して資格制度に頼ることの不可解さ。問題のポイントの一つはそれ。
 もう一つ、言いたいのはむしろこっちの方。人手が足りないから,今後いっそう高齢化が進むから、不足する人員を外国人に頼ろうという手段。それで解決するか疑問符が付く。
 ?
 外国人、特に東南アジア系で、それらの人々がどの程度仕事に対する認識があるか。金銭だけで判断していないか。言葉の壁以上に難しいところがある。身体的に、精神的に、年齢的に介護の必要のある要介護者といかにしての意志の疎通か。人と人との心のぶつかり合いこそが主たる仕事といっても過言ではない。その過言でない難しさを、言葉の壁まで超越して、外国人が務まるだろうか。もとより感情の異なる外国人が、どんな介護ができるか。講習会の講義で得た知識が役に立つだろうか。要介護者の感情の起伏や変化に、感情の異なる外国人が対処できるか。できない。車椅子を押したり、介添えだけがヘルパーの仕事と違う。そんなところにも疑問符が付く。
 ?
 人手不足を補うための外国人の採用なら、むしろ看護婦(師)の仕事として、病院などで入院患者の血圧を測る、体温を測る、血液検査の血を抜く、点滴の取り換え等々の単純(と言っていいかどうか?)な連続した仕事に就かせるべきだ。その方が向いているのではないか。

 ヘルパーは、人と人とのつながり、感情と感情のぶつかり合い、家庭内の特別な事情にも理解を示さなければならない。本来の人間性を最大限に発揮しての仕事だけに、果たして外国人に任せていいものか、大いに疑問がある。