介護終わりました

20年近い主人の介護に終止符無事に見送る事が出来ました。

やってやれない事はない・・・

2022-06-14 07:55:19 | 日記
今日の札幌の天気曇り相変わらず寒いです6月中旬なのにこの寒さ。
いやーこの歳での達成感は大きいです。
皆さんには笑われてしまう事ですが、どうしても此処に書かずには居られません皆さんには大した事では無いのですが、
パソコンに関しては何時も孫を頼りにしています。
今回パソコンが調子悪く成ったのですが、
東京に住んで居る孫の入院で家族みんなが神経ピリピリで二階の孫にも聞けずに我慢をしていました、それは簡単な事なのでしょうが私にとっては、もうパソコンは無理なのかなと諦めかけていました、でも悔しい気持ちがありおかしくなったパソコンの状態バックライトが暗く成り画面がよく見えなくなった事です。
説明をよく読むのですがなかなか頭に入らず、ふと説明の所を見ると太陽のマークが書いてある同時にどこか箇所を押す探したらありました太陽のマーク。
同時に押す箇所もFN字が薄くて老眼鏡でやっと見えました。
何か宝物見つけた様な感じでした。
同時に押して明るさを調整すると書いてあります。
よしよし遣ってやろうじゃないのと意気込んで同時に押しました。
やったー画面が明るくなりました私にも出来ました。
偉そうな事は言えませんが説明を読んだから出来たのです。
でもね説明を出してそれを読んでその通りに出来た事。
自分に偉い偉いと褒めてやりました。
出来たーと興奮する私をピーコはさめた目で私を見て居ました【笑い】

重たい気持ちが少しばかり軽くなった事

2022-06-13 17:49:22 | 日記
今日の札幌の天気晴れ。
私の心も此の晴れ間の様に青空が少しばかり見えてきました。
突然ネフローゼ症候群になり緊急入院。
血液がB型-大きな病院に転院血液専門。
血小板が輸血するたびに破壊されるという事だが離れた居る私共にはさっぱり分からず専門医が説明してくれた事をそのまま札幌に送られてくる。
病人の本人は治らない物なら退院して死んでも良いと言って父親を泣かす。
専門医に命の大切さを懇懇と説得されるもなかなか聞き入れず。
まず、たばこの禁断症状それから来るイライラ、
自分抜きでお医者と父親で入院、転院を決めるのかと此れもストレスの原因。
急遽母親と孫の長男が東京に向かった、面会は出来ないがラインでのやり取りは出来て動画での話し合いも出来たようだ。
もう対応しきれない状態まで来ていたので自分の息子長男が頼もしい。
別れた元妻も来てくれて有りがたかったと。
昨日から上がらなかった血小板が10000から90000万単位まで上がつた。
まだまだ油断は出来ない所だが本人は前向きに治療する事と、
父親にありがとうと言う言葉を掛けている。
息子の腫れている顔を見ると涙が止まらないと言ってきているが。
段々良い方向に行ってくれると嬉し涙に代わるでしょう。
叔父、叔母もみんなでエールを送っています。
知らされていない事に成っている私も土曜日にメールを初めて孫に送りました。
日曜日の朝5時に孫からメール有り難うと言ってきました。
嬉しかったですね、何が嬉しいかって前向きに治るまで頑張るからという言葉です。


寝耳に水・・・

2022-06-08 09:02:40 | 日記
今日の札幌の天気青空少し雲ありです相変わらず寒いです。
1年のやや半分6月ですね~
途切れていた歯医者継続させないとまずいです。
寝耳に水意味は分かっている積りだったけれど、
今回は確りと調べました。
【寝耳に水とは・突然思わない事が起きた】という事だそうで、
私もそうは思っていました。
其れと言うのは東京で長男と一緒に暮らしている孫が緊急入院したという事です、あくまでも私には内緒でというのはこの孫はばあちゃん子、本人が父親にばあちゃんには知らせないで心配させてしまうからと言う言葉だったと後から聞きました。だから私も知らないふりしてメールも送りません。
この孫はがむしゃらに働き、働いたお金はたばこ、酒にみんな飛んで行ってたようです。
ゴールデンウイーク過ぎたころに札幌に来て階下の私の部屋で寝ていました。
この時は体調は全く悪くなさそうだったけど、
好き嫌いが多すぎる傾向【ばあちゃん、身の無いみそ汁作って】?
みそ汁は具を入れる事により美味しくなるのにね。
札幌に来ている間は私に文句を言われながら食べていました。
食事の偏食暇が有ればビールを飲む暮らし。
父親と東京で暮らしていますが、孫は好きで力仕事の解体作業の仕事をしています、朝の5時頃出て行くのでそれに合わせて朝食を息子が作るのですが食べて出掛けた事は1度もないけど、毎日作るとは今回札幌に来た時には言って居ました。
孫も言ってました父さんが朝作ってくれた朝ご飯夜帰ると乾いてた・・・と
今回始めて入院生活、ネフローゼ症候群、体の中があちこちダメージを受けたのでしょう血小板が相当下がり血液がマイナス現在病院にもマイナスの血液が無いそうで他の手当てをしながら様子見という事らしいです。
でも朝1番で献血が有ったそうで有難い事です。
息子からは詳しくラインを送ってきます2人の先生が付いてて呉れて腎臓外来も有るという事あちらの様子が段々分かると共にむやみな心配は無くなりました、二階の孫にも昨夜は早く寝てと言われ、今朝は今朝で昨夜は練れたかい?
と心配してきてくれました。
私としては成ってしまった病気これは努力してお医者さんの言う事聞いて自分の体をいたわって欲しいと思ってます。
この際酒、たばこから少し遠のいて呉れる事を願って居る次第です。
主人の面倒をよく見てくれた孫優しい優しいがゆえに寂しい事を酒に頼る、
気持の弱さです。
今回の事で父親の強さ、家族の優しさ周りの優しさを感じて欲しいと願っています。
話は変わりますが、東京から孫が5日ばかりおりまして東京に帰ってその後2週間頃したとき夜中に帰ったはずの孫が私をゆすぶり【ばあちゃん】と呼ばれ
どうしたの?と私の問いかけに、ただニコッと笑っているだけ、そこで目が覚めました。この子に何か起きたかなと昨日知らされるまで誰にも言わず、
夢だと片付けようとしていましたが、話を聞くところによると私が夢を見た日に即刻入院を勧められていた日でした。
親の報告するつもりもなく、お医者に金が無いから入院はしない、酒もたばこもやめないと言ったそうです。
成人している大人ですからお医者も家族に報告考えていたそうですが、
昨日お医者からの連絡で息子は直ぐに病院にいき入院の手続き。
息子からは細かい報告が今朝来ました良いお医者さんが2人付いてて呉れて
安心したけど心配だと言ってきました。
病院大っ嫌いな息子なのですが自分の息子となればそんな事言ってられませんね。
主人が倒れて救急車で搬送されるときも怖くて私と一緒に救急車に乗れない意気地ない息子でした。
優しい看護師さんがいて下さるので入院出来て良かったと思ってます。





今更ながら・・・

2022-06-04 18:04:02 | 日記
今日の札幌の天気現在18時に成りましたがズーと風が強く曇りです。
13時ごろから昼寝、と言っても長椅子で横になるだけで良かったのですが、
未だ札幌は寒いのです風邪を引いたらまずいのでベットに入る。
ああ、やっぱりいいな~ほっこりと暖かい。
ピーコに【ばあちゃん昼寝するね】と声をかけると。
ピーコの心の声【そんなにぐうたらしていたら、ボケるよ】首をかしげて私を見ます。
話し掛けると最近のピーコ意味が分からないけど沢山話し出します。
ばーちゃんと連呼してくれます。
長い事娘の所に居たピーコなので、さきほどもオカーサン,孫の〇〇ちゃーんと
言ってと上げてと、スマホを向けると私には余り見せたことの無い姿、体をゆすり口を大きく開けます。籠の角につかまり何度も体をゆするのです。
それを見て偶然だったのかも知れないけれどすっかり涙が出るほど
感激してしまいました。
話は変わりますが、人生100年の時代。
自分の歳を考えると、えーもうあと僅か今82歳だから後18年?
過去を振り返ってみて18年前はどうしてたかな?
必死になって介護に明け暮れていました。
子供たち孫達にも沢山支えて貰って居ました。
たて続けに5人目の主人の介護実際は大変でもあったけど。
それらを乗り越えて来れたのも家族の繋がりだと思います。
100歳までは生きたいとは思わないけれど、
人生終る時はどんな風に成るのかな~と漠然と考える時が有ります。
今はコーヒーを飲みながらピーコとお喋り。
毎日笑顔で居れるのもピーコのお陰今もこれを打ち込んでいると、
いろいろ話し掛けてくれています。
ピーコの人生相談にものってやります【笑い】
困った事有りますか?と質問すると話し出したら止まりません。
意味は解りませんが、そのうち私の相談にものって欲しい物です。