介護のあれやこれや

平成12年度に主人が脳卒中で倒れてからの介護

今週2度目のお手伝い・・・

2018-10-13 20:36:36 | 日記
今日の札幌の天気晴れ~でしたが、寒いです。
今週2度目の施設の昼食の手伝いでした。
月曜日は具合が悪くなり全くお恥ずかしい限りでした。
睡眠不足も重なった様でした。

昨日は病院に行き薬も確りと飲み夜はぐっすりと眠れたお陰で、
今日の手伝いは無事終わりまで出来ました。
台所に椅子まで用意してくれていました。
それに血圧も測ってくれたのです申し訳ない気持ちでした。

台所は2人体制です、ニンジンと干しブドウのマリーネを下ごしらえする時に、
ニンジンはスライサーで細く切る事が出来ホッとしたのも束の間、
力を入れ過ぎバキッと横の方を割ってしまいました。
ハンバーグの煮込みは楽だった~、しめじとカリフラワーの付け合わせ。
茄子の油炒め、茄子たてに半分に鹿の子に切り目を入れる。
上に散らすネギもゆでる。
後は玉ねぎとインゲンのコンソメスープ。
まず今日は無事済んで良かった。

家に帰り主人に無事済ませて来たよと報告【そうか良かったな】と言ってくれた。
主人の昼食にハンバーグは無かったですが肉団子をトマトソースとケチャップ、
粉チーズ入れたりで煮込んでみましたしめじの代わりにシイタケ、玉ねぎも入れて見ました。
その他にウグイスあんのあんパンを食べてもらう、
変な組み合わせだったが【美味しい】と言い綺麗に食べてくれる。
今度から施設の献立表を貰って着て前日に稽古でもして慣れる事が出来るかもしれない





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お笑いにもならない午前中の1時間半・・・

2018-10-08 16:30:44 | 日記
今日の札幌の天気晴れでした~
今日は朝から恥ずかしい事が有ったんです💦
主人がお世話になっている介護施設の方から・・・
どうでしょうかお昼の食事の支度の手伝い頼めませんか?
と言うお話が入って来ました。

私としては台所に立つことが好き、でも毎日でなくて週2回ほどと言われる。
20年以上も外に出て仕事をしていないが、
この年になってから何が出来るのだろうとかと、
脚が痛い腰が痛いの毎日年を取ってからの贅沢病とも思っていた。
三時間余りのお手伝い、悪くは無いと、
主人は現在お世話になっているが将来的には私もいずれかお世話になると思っている。

働く自信は全くないが、でも私でも何かお手伝いが出来ると言う思いの方が強かった。
今日9時30分まで施設に歩いて行く短い距離なのです。
主人は快くOk。
最初は【駄目だ】と反対したが仕事をしてみたいという私に同意してくれた。
心も軽く行きました、
お菓子つくりには何度か行ったり、ちぎり絵の先生が見えた時に、
私も参加させてもらっていましたので利用されてる方とも仲良しの方も居られて、
歓迎して頂けました。

まず手始めに手洗い、消毒、昼の献立の材料を並べる。
大根の酢の物、アジのから揚げ、サトイモ他の煮物、付け合わせのアスパラも・・・
ここで私がまず驚いた事は、だし汁を大きな鍋で煮ることから始まるが、
こんぶ、煮干し頭と腸を綺麗に取った、前の日に漬け置きした物を使う。
【家では顆粒状の出汁を使っているフッと思います。ため息が出る】
次に米とぎ、今日は人数が少ないことから4合半をとぐ。
何時も主人と食べるだけ2合を2日間食べるが今日は米の量がやたらと多く感じる。
酢の物の大根1本千切り【家ではシャッシヤッとプラスチックの千切り用を使う】
包丁で大根一本を千切り【ここでもう腕が痛くなる( ;∀;)】
何と情けない事。

アジの立田揚げの下味付け此処までした時に、
頭から血けがスーと引くのが感じた。
一緒に台所に立っていた介護士さんに少し座らしてねと頼み、
椅子を持ってきてもらう。
トイレにも行きたくて腕を支えて貰いトイレまで・・・
便器に座り【いや~参た恥かしい】
顔見知りの利用者さんが心配してくれる、穴があったら入りたいくらいだった。
利用者さんが利用するベットに横になると直ぐに治る。
今日はどんな手順か見る積りだったので早々に帰る事に成る。
帰りは心配だから家まで送ると言って目と鼻先の家まで車で送ってもらった。
こんな私でも緊張のあまりの出来事だったのです。

食事に関してこれほど気を使い水道水を使わないでアルカリイオンの水。
研いだ米の中にカルシュウムの粉末驚きの連続。
帰ってきてから主人に一部始終話しお昼ご飯1週間に1度の食事感謝して食べないとね。
と主人に話すと頷いていた。
想像だにしなかった今日の出来事。
もう少し気楽にしてと言われた事だし、
私の最後の挑戦だと思います。
最初のつまずきは老眼鏡を忘れて調味料のグラム数が見え無かった事も有る👓
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新たな介護サービス

2018-10-01 17:12:50 | 日記
今日の札幌の天気夕べからの雨13時ころには雨が上がる。
台風は少しずつ弱まって来たみたいだが、
地震の方はまだあきらめない様で13時少し過ぎに震度4の地震がありました。
毎日一回は脅かされる。

先週頼んであった主人のベットのマットレス、
介護サービス、介護保険を使い、
厚みのあるスプリングの利いたマットレスとてもいいものが届きました。
今日から一週間お試し期間です。

一割220円で借りれました。
安いとはいえ此れで車椅子と杖これ以上は増やさない様にしなければ…
ベットに腰かけたとたん今までとは違う弾力と言うか硬さがあります。
お陰で主人の使っていたマットレスは私が使うことにしました。
長年使っていたので結構へたってきていますが私は十分満足です。
夜中に起きる主人此れでゆっくり寝てくれるだろうか。

今日の晩御飯はウナギまぶしでした、豆腐とわかめの味噌汁。
錦糸卵を散らしました。
献立はあくまで私が食べたいものが優先。
なので週2回同じ物の時も有りなのですが
主人は黙って美味しいと言い食べてくれるのです。
今日は特に美味しいって…私が育てたウナギでないのが残念。
ディに行った時のお昼ご飯何を食べたか忘れているので、
3,4日空くときっと忘れていると思います

本当に主人は元気で助かります風邪一つ引きません。
考えて見たら私は脚痛い腰痛いと言ってるけれど、
風邪はこの何年か引いていないです。
風邪などひいて寝ている分けにはいかないので、
二人とも元気が何よりです。
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台風近し・・・

2018-09-30 17:04:51 | 日記
札幌の天気朝から曇り3時30分にもう4時過ぎの暗さ。
主人はカーテンを閉めろという。
でもね~暗くてもまだ3時少し過ぎなのでカーテンは閉める気にはならない。
4時までなんだかんだ言っていて結局はカーテンを閉めました。

今はもうすっかり暗くなってきました。
この調子だと晩御飯も早くと急かされそうです。
今日晩御飯の献立はシシャモのマリーネとごぼうと人参、レンコンのきんぴら。
マリーネの中にはレタス、玉ねぎのスライス、きゅうり、トマト
オイルはオリーブ油を使いました、二階に少しばかりおすそ分け・・・
沢山作って置くとおかずが足りない時には助かります。
昨日の残りのホーレン草の胡麻和え。

私は大根おろしと納豆が食べたいが納豆買うの忘れました。
相変わらずテレビのテロップに地震速報が入ります。
札幌では体に感じないくらいですが、
たまにユラッとすると大きいのが来るかとドキッとします。
PCの横にペットボトルに水を入れて置いてあります。
飲む為ではなくて地震の小さいのが来た時にボトルに入っている水が揺れるのです。
次の大きいのが来た時に身構える為に私なりの考えです(^_-)-☆

やっぱり何時もより早くご飯が食べたいと主人。
ここを離れて主人が食べれるように支度をしてきました。
おかずが少ない感じでしたがマリーネの中に野菜が沢山特に玉ねぎは良いと思います。
主人が食べ出したのを見届けてここに戻ってきたとたん、
グラグラっと来たんです。
主人に【来たね】と言うと【うん来た】と言う。
ボトルの中の水はやはり揺れました。
食卓の上の電気ペンダント式なのですあれが一番わかる目安です。
地震の話を書いている最中にグラリなんて驚いたー
此れから北海道に台風が上陸するというのにダブルパンチは怖いです。


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お世話になります・・・

2018-09-28 07:06:35 | 日記
今日の札幌の天気晴れ~朝から青空が見えます。
でも、夕方から朝にかけて気温が急に下がり寒いです。
室内23度暖房が少し欲しいと感じる今日この頃。

主人はいつものように夜中の2時3時に起きて車椅子で朝まで寝ているが、
私は5時ごろ起きてそーっと主人の様子を見ると、
夏掛けを肩まで引き上げて車椅子で寝ている。
主人を起こしベットで寝るように促すと素直にベットに横になった。

もう秋だもの夏掛けはないな~~と思うが主人は此れが良いという。
夕べからシングルの毛布を1枚プラス・・・
今頃の季節は体温調節が難しい。
毛布1枚増やした事で、ほんわかと温かい。
夏掛けプラス毛布1枚を主人に掛けると、
ああ暖かいと言いながら気持ち良さそうに直ぐに寝入る。

朝5時から2度寝が出来ないまま私も夏掛けプラス毛布にもぐる、
急に舅,姑、実父、母の事が頭を廻る。
みんな遠いあの世に行っているが、
長い年月だんだんあの時の介護で苦労した事が薄れてきている。
でも長いトンネルの中に入った様な感じで抜け出せないのは確か。

この4人の介護はどれ1つ同じ事は無かった・・・
舅は静かな人だったが、姑の性格はきつい人で食道癌を患って苦しんでいた。、
介護をしながらいつも私は砂を噛んでいるような味気のない介護に明け暮れていた。
実の父が胃がんで6か月の入院であっけなく逝ってしまい、
実の母は父の葬式の日から認知症が出る。

笑い話にもならない早業だった。
姉は居たが道外にいるため看る気はなしというより義兄が看る気なしと言う事、
施設に入れる気はさらさらなかった私。
私が母を看取るまで介護をしようと決めたが、
怒涛の様な毎日徘徊する母の後を追いかける私。

その母を連れて姑の看病、姑は母を連れて来るなと言うが、
家に置いておくと失踪おまわりさんのお世話になってしまう。
なにがなんでも連れて歩いた。
たった1つの私の趣味水彩画を描く事。
近くの公園にお弁当、おやつ持参で母を助手席に乗せ行くのがただ1つの楽しみだったが、
此処でもあんまりのんびりも出来なかったかな・・・
母がお弁当食べている間に私は急いでスケッチだけをする。
ふと母の方を見ると母は一生懸命嬉しそうに芝生の草を抜いている、
私はあわてて周りを見渡して誰もいない事を良い事に、
母の抜いてしまった芝をそこら辺に撒いた記憶が、
今は懐かしく思いだす。

母が認知症に成り9年目が過ぎた頃に、
粗相をしてしまった母の着替を膝を付いてして居る時に、
突然頭の上で母が【お世話になります】と言う。
この日を境に私は母の娘でなくなってしまった。
母の頭の中にはずーと私は居なかったのかも知れない。
姑を見送り1人残った母を心残りが無いように看る事を再度決意する。

その為に家族の犠牲が沢山出た。
息子たちは母のご機嫌取りに専念・・・
単身赴任先から戻ってきた主人は毎日不機嫌。
一番大変だったのは娘である。
私の子宮癌が見つかり急遽入院。
その間は娘が仕事を休み大変な苦労をさせた。
娘も今では嫁ぎ先の認知症が出始めた姑を看ている。

何事にも負けない娘は強いと思う。
現在は私は半身不随になった主人を看ているが、
長い長いトンネルをまだ抜け出せないでいる自分。
だけど3か月ごとに5日間泊りに来てくれる娘一家が来た時だけ、
長いトンネル生活から一瞬抜け出せる。
これから先も【お世話になります】と、
頭が下がる思いです。
今日は回想録で終わります










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