福島とつながる種まきプロジェクトネットワーク

(通称:たねまきネット)
農と食を中心に、小さな種をまきながら、永続的な支援活動を行う。

福島スタディツアー その3

2015年05月29日 | 福島視察

24日の朝食は「きのことマサ」で

OJONCO館から「きのことマサ」まで徒歩10分位。朝の空気がおいしい。

ここの若いご夫婦のママの方は三鷹市出身とか。何か親近感を覚えますね。

今日は特別朝7時~9時まで、私たちのために朝食を用意して下さいました。

特性おやき、エゴマ味噌マフィン、山菜炊き込みごはんのおにぎり、味噌汁、お漬物、味噌こんにゃく、etcと大サービスして頂きました。みんなおみやげにマフィンとパウンドケーキを買い占めてしまい、足らなくなり、急遽追加で焼いていただき、帰路につくまでにマフィン45個とパウンドケーキ3本を焼いていただきました。具合が悪くなって急にいけなくなったIさんにもおいしいおみやげをGETできました!

「きのことマサ」さんんちのワンちゃん。ミルク。人なつこくて、穏やかないいワンちゃん。また来るからね、バイバイ、ごちそうさまでした。

 

この田圃に、7月になるとホタルがいっぱい集まるそうです。7月11日にはイベントがあるそうです。こんな風景を見ながらOJONCO館に戻りました。

さて朝のおいしい空気と朝食を満喫した後は、少し頭も使いましょう、とミーティング。開沼博さんに刺激的なしかしお若いながらも冷静な見識に触れ、一同考察と洞察を迫られた時間でした。この続きは7月5日総会の記念講演のワークショップでやります。(私がミーティングの司会をしていたもので、写真がとれていません。ゴメンナサイ・・・)

頭を使った後は、またしてもお腹を満たすお昼のバーベキューです。360°のパノラマ展望、芝山公園のてっぺんの原っぱでBBQ。この地区の皆さんは何かと言えばここでBBQをやるそうです。準備も手慣れたものです。「タレも特性、りんごとにんにくがたっぷりはいってるんだぞ~」と、ラム肉とキャベツが厚い鉄板にてんこ盛り、いいにおい、ここで食べるのがまた格別!朝もあんなにしっかり食べたのに、これはまた別腹?いくらでも食べられちゃいます。

お腹も心も満たされて、ここでお別れ、最後のごあいさつ。狩野代表と開沼さん。

開沼さんは福島に対して何ができるかの問いに「買う・行く・働く」と明快に書いています。そしてここでもそれを言われました。楽しんでやってください、それが福島を応援します、と。

7月5日も楽しみです。

どうぞ皆さん、開沼さんと、私たちと、沢山語り合いましょう。お待ちしています。

 

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福島スタディツアー その2

2015年05月29日 | 福島視察

湯本温泉旅館「小滝屋」さん

温泉の後は、「OJONCO館」へ。荷物を置いてから「ぷろばんす亭」へ。

OJONCO館脇の土手にぴょん!ととんだかわいい蛙。思わず撮っちゃいました。

OJONCO館前のお家が植えている、これは菖蒲?かカキツバタ?と、誰も正確にはわからないが、とにかく鮮やかで美しい!!

やっと到着「ぷろばんす亭」 「久しぶりです~!お元気でしたか!」

狩野代表は、早速厨房カウンターに入り、お手伝い?おじゃまむし?

「おなかすいたよ~」「美味しそ~!」並んだ、並んだ、ぷろばんす亭メニュ-

とりたてのかつおは、いわき市で活躍するOJONCO館応援団長松原さんの差し入れ。

 区長さんのご挨拶

 開沼博さんもここから合流。ご挨拶。

 かつおを差し入れてくれた松原さん

    おなじみ、ぷろばんす亭4人の美女たち

お腹いっぱい食べて、飲んで、しゃべって、大変充実した一日でした。あとは寝るだけ。明日は開沼さんとのミーティングと芝山公園でのBBQだ!

 

 

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福島スタディツアーに行ってきました!

2015年05月28日 | 福島視察

5月23日(土)

くにたち組は国立駅のホームに6:00集合。4:30に起きた人多し。でもよい天気でよかった。

そして7:15東京駅丸ビル脇から、チャーターしたバスで出発!!

  

なんと運転手さんが前回と同じ方!「またお会いできてうれしい!」とお互いに。

最初のサービスエリアで、トイレ休憩 

さあ、今日のメインイベント、現地のガイドさんから富岡町周辺を案内してもらう。「道の駅よつくら」でガイドさんと待ち合わせ。

        よつくら港

「ふたば商工株式会社」の田中美奈子さん。ご自身も自分の家はあっても住めない地域なので、帰れない、その思いをこめながら、福島の現実をしっかりと語ってくださいました。

  

        立派な 復興公営住宅             原発事故後東京に電気を供給するために火力発電所(煙突)が頑張る。そしてフレコンパックの山

  畑は「手入れされた」草がたくさん生えている。

  

楢葉町役場のある場所「エネルギー福祉都市」と看板がたっている。 ここでお昼。除染や土木作業員の方たちの食事処。

  

あちこちにフレコンパックの山がある。            整備された作物を創れない畑。                    広大な廃棄物焼却場

   

      

周辺にはての付けられない建物や車が残っている。そしてフレコンパックの山、山、山・・・・!

 

これは同じ写真ではありません。次々にとっていったのです。どこまで続くのかと思ったほどでした。

片付いていても人気のないまち。

  

   気になる人には、靴カバーとマスクが配られます。これは帰るときには返します。持ち帰り禁止!富岡駅前で案内してくださる田中さん。

富岡駅はホームもレールも撤去され、あとかたはありません。向こうに海と作業場とフレコンが見えるだけ。壊れたホテルは別の場所で再開したそうです!

 

ここで亡くなった方たちの慰霊碑。モニタリングポストは0.3を示していました。

ここはお弁当やさんだったお家。家と厨房をその日のままで公開してくださっているそうです。2011年3月のカレンダーがそのまま貼ってありました。

 このお弁当やさんは別の場所で再開しているそうです。生々しい現場でした。

この後は、パトカーで巡回中に亡くなった2名の警察官の追悼のために、ぐしゃぐしゃになってしまったパトカーを保存してある公園に行きました。

パトカーの面影もない残骸。1名の方はいまだみつかっておらず、その方のご家族へのメッセージポストが設置されています。

そこから先へはいけない帰還困難区域の境目。

片づけた後にはフレコンパック。建物もべニアでかこわれていても、それ以上にはてがつけられない。

いのししが暴れまわる、その足跡が一面にある。そして、原発が見える。  このあたりは風光明美な海岸線で観光地だったとのこと。そして原発が見える。

みんながあっけにとられた除染の様子。普通の恰好にゼッケンだけつけてデッキブラシで洗う除染にびっくり!!ただの塀のお掃除と変わらない。 

 

この後は「夜ノ森桜通り」の桜の木のトンネルをくぐり、田中さんのお家(まだ帰れない)の脇をとおり、最後は田中さんが「富岡町の唄」という情景豊かな故郷の唄をうたってくださり、感慨深い視察を終えました。

田中さんは「もう前向きに生きたい」と力強く方ってくださいました。

以上。1日目の報告でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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