いつもは閉まっている門が開いてます。
階段の上の社殿では、祭礼が行われていました。
八雲神社の祭礼と協調しているようです。
由来を見ると、「建長寺の四方鎮守には、中央五大尊と八幡(東)・熊野(北)・
子神(西)・第六天(南)があり、第六天は上町に鎮座する。」とあります。
建長寺境内図を見ると、中央五大尊と四方鎮守3つ、
ずっと上方に四方鎮守熊野社と出ています。
まず、方位が合わないです。この絵図は右下が南と書いてあり、
第六天は南西の方角になります。これはどう理解すべきでしょう?
東西南北を守護する四天王を堂内に置く場合、須弥壇の4隅に安置されます。
南方の増長天は、左の前つまり南西に安置されるのですが、
第六天の方位は仏像の置き方に合わせてるのかなぁ?
次に、北の鎮守の距離が遠すぎるし、方位もずれてる。謎です。
ところで、この神社の仏像は盗難にあってます。罰が当たって欲しいものです。
さらにこの神社は、安部清明の石碑があるのが気になります。
裏に回って碑文を読むと、建立は昭和6年4月、
連名当番順に10人の名前が並び、庚申講中とありました。
あまり歴史はなさそうです。四方鎮守という由来から
陰陽博士の石碑を立てちゃったということでしょうかね?
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