風雅庵の日々

園芸、屋上、近所の散策を中心に記録します

風雅の意味

風雅とは、自然の中に趣や味わいを感じること・さま。
風雅を目指し、自宅を風雅庵、ダイニングを風雅亭と呼ぶことにしました。

大涅槃図

2012-02-19 14:21:45 | 湘南鎌倉
2月15日は涅槃会、釈迦の入滅の日でした。
一遍上人の時宗総本山、遊行寺では、
大涅槃図が2/29まで公開されてます


誰もいない本堂、大きな絵がかかってます。
娑羅双樹の林の下、頭を北に、西を向いて横たわってます、
東の空には望月がかかってますね


十大弟子をはじめ、諸菩薩、天部、動物までが嘆き悲しんでます


「願わくは 花の下にて 春死なん その如月の望月の頃」
釈迦と同じように桜の季節に死にたいという、西行の歌です。
新暦の如月では、やっと梅が咲き出したところでした
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湘南フィル

2012-02-12 14:06:16 | 音楽
毎年恒例になってる湘南フィルのコンサート、
今年もいい曲でした


今年のソロさんはチェロのKantaさん、
素晴らしかったです
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龍峰院

2012-02-04 14:45:42 | 鎌倉33観音
第29番 蓬莱山・龍峰院(臨済宗建長寺派)【聖観音】
建長寺の塔頭です。蓬莱山とありがたい山号です。
天源院への参道とクロスして、我が道を行ってます

ここも一般公開されておらず、警戒厳重な感じでした


1307年(徳治2)、北条貞時が開基となり、
建長寺15世の約翁徳倹(佛燈国師)の塔頭となりました。
元々は1276年(建治2)に、北条時宗が創建した持仏堂だったとか

佛燈国師は路傍に捨てられていたのを拾われ、
蘭渓道隆の下で禅を学び、宋での修行の後、帰国。
生きているうちに国師号をもらった初めてのお坊さんだとか


本尊の木造聖観音菩薩坐像は、南北朝時代の仏師、運朝の作と言われます。
宝冠釈迦如来という説もあるようですが何も見えませんでした


33観音巡りは予定終了ですが、荏柄天神の方へ抜けることにします。
回春院への道を行きますと、冷たそうな大覚池


西御門へ坂道を降ります。この急坂は登りたくないですね


里見の旧邸、披露宴でしょうか


荏柄天神社さん、ひとまず御礼参りです。
良いことがありますように、さらにお願いします
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建長寺

2012-02-04 14:02:30 | 鎌倉33観音
第28番 巨福山・建長興国禅寺(臨済宗建長寺派)【千手観音】
鎌倉五山の第1位、臨済宗建長寺派の大本山です。
開基は執権北条時頼、泰時の孫、母は安達景盛の娘の松下禅尼です。
宗から来日した蘭渓道隆(大覚禅師)を開山として、1253年(建長5)に創建されました

当時は七堂伽藍と49の塔頭を擁する大寺院でしたが、
たびたびの火災のため、鎌倉や室町時代の建物は残ってません
総門:京都の槃舟三昧院の門(1783年)を移築(1940年)
山門:1775年(安永4)に再建。狸が勧進したとの言伝え
仏殿:増上寺・お江さんの霊屋(1628年)を移築(1647年)
法堂:1814年(文化11)に再建。国指定の重要文化財
唐門:お江さんの霊屋の門を移築(1647年)、2011年に修理


1732年(享保17)の建長寺伽藍指図です。
山門と法堂は回廊で結ばれており、中庭にビャクシンが生えてました。
4本を切って、仏殿を移築したんだと思われます


おびんずる様が山門に置かれてました。普段は半僧坊に安置されてるみたいです


1255年(建長7)に物部重光が鋳造したという銘がある、国宝の梵鐘です


仏殿にある、本尊の地蔵菩薩です。明治時代に新道を作る時、
心平寺(廃寺)の地蔵堂に残っていた地蔵菩薩を移したそうです。
この地が地獄谷と呼ばれてた頃、犯罪者の斉田左衛門が斬首される時、
髪の鬢に入れていた4cmほどの地蔵のおかげて助かりました。
この小さな地蔵(斉田地蔵)が丈六の地蔵菩薩に納められたとの言伝えです


法堂にある、札所本尊の千手観音様です。
検索しても由来が引っかからず、古いのでしょうか?
「鎌倉覧勝考」によると、当時は本尊もなく椅子が置いてあるだけ、
空虚なことを伽藍堂(ガランドウ)というようになったとか?


法堂の天井画、小泉淳作の雲龍図です。爪は5本ですね。
横河電機さんが寄進されたそうです(2003年)


お江さんの霊屋(たまや)の門を移設した唐門です。
増上寺にあった秀忠やお江さんの霊屋は空襲で全部燃えたようですね


方丈背後の庭園、カワセミがダイブしてました。
望遠レンズじゃなかったので、クロップもこの程度が限界です
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妙高院

2012-02-04 13:33:20 | 鎌倉33観音
第27番 若昇山・妙高院(臨済宗建長寺派)【聖観音】 
建長寺28世の肯山聞悟(覚海禅師)の塔頭
創建は1346年(貞和2)


本日は建長寺とその塔頭の3ヶ所を巡る予定なので、
まずは腹ごしらえという訳で、ビーフシチューの去来庵へ


昭和12年に建てた別荘を改築した建物とのことで、
期待してたよりは由緒なく、庭も普通な感じ


ビーフシチューは本格的な味で美味しかったです
じっくり煮こんだ柔らかいお肉がごろんごろんしてました


さて、ぶらぶら歩いて建長寺へ、めざす妙高院につきました
一般公開されてませんが、巡礼者は入ることが可能です。
普段入れない所なのでちょっとドキドキですね


本尊は宝冠釈迦如来らしいですが見えず、
格子天井の絵がきれいです


妙高院からみた建長寺の山門
「新編鎌倉志」によると、かつて「建長興国禅寺碑文」
という碑があり、覚海禅師の作とのことです


本日いただいた御朱印です
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