プログレGenesisの名盤といえば70年代ブリティッシュ・シンフォの代表的クラシック作品「Foxtrot」やPeter Gabriel最後にして最大のコンセプト作品「The Lamb Lies Down on Broadway」を挙げるのが順当なところだろう。しかし個人的にアルバムを通して一番聴いていると思われる作品は今回紹介する「A Trick Of The Tail」なのである。
1976年発表、スタジオ7作目にあたる「A Trick Of The Tail」はPeter Gabrielという看板的中心人物を失くした直後の作品である。世間一般の評論ではPeter Gabrielの穴をPhil Collinsが期待以上に埋め、危機を脱した努力作ということになっている。フロントマンの交代、その後のPhil Collins主導のバンド体制を鑑みた妥当な評論と言えるが、実はほんの表面的な評価に過ぎない。この作品の優位性、ともすればGenesisの最高傑作と評される理由はPhil Collinsの手腕というよりはPeter Gabriel脱退直後というバンドの歴史で最も特異な環境で必然的に生まれた、その瞬間だからこそ生まれ得た傑作だったと言えるのだ。
この作品には前作「The Lamb Lies Down on Broadway」のようなアルバムを通した明確なコンセプトはないが、細切れでストーリーをつないでいる「Broadway」よりはるかにサウンドの統一感が感じられる。それぞれの曲が有機的に繋がっていてアルバム全体が自然にひとつのストーリーのように感じられる一体感がある。これはバンド・アンサンブルの調和と一貫性そしてアンサンブルを主体に作品を作り上げた結果によるもので、Gabrielの寓話に曲を付け場面描写がサウンド・メイキングの主体であった前作とは大きく違っている点である。
アンサンブルの一貫性として特筆できるのがキーボード主体のサウンド・メイキングである。もうひとつのリード楽器であるSteve Hackettのギターは派手なソロを取ることはほとんどなく、ギターもキーボード群の1台であるかのように完全にアンサンブルに溶け込んでいる。これが後に2人の確執そしてHackettの脱退に発展したのだろうが、このギターとキーボードの調和がアンサンブルの要になっていることは明白であり、それが作品の完成度をさらに上げている。さらに付け加えると録音エンジニアのDavid Hentschelの手腕も見逃せない。自身も鍵盤奏者としてElton Johnの作品などで実力を発揮していることから分かるようにキーボード主体のアンサンブルはお手の物、ピアノ、メロトロン、アナログ・シンセ主体の鍵盤群を駆使して、クリアで叙情的な音場を見事に演出している。
そしてアルバム一貫性の決定的な鍵を握るのがアンサンブルの中心に居たTony Banksである。曲のクレジットを見ると彼だけが曲作りに全曲かかわっているのが分かる。実はGenesisのメロディメーカー、音楽監督としての彼の存在は結成当初から現在まで(バンドは休止中であるが)変わってないと思われる。Peter GabrielとPhil Collinsという絶対権力の陰に隠れてあまり取沙汰されないが、Genesis終身メンバーでGenesisサウンドの中枢として君臨し続けていたのだ。Banks主導の曲とアンサンブルの一貫性が、この後にも先にもない(実際にはPhil Collins脱退後に再度訪れるが)フロントマンの谷間、Gabriel脱退直後という瞬間に前面に出たわけである。「Mad Man Moon」や「Ripples」などのそれまでのGenesisには無いストレートで洗練されたバラードは、Gabrielの束縛から放たれたBanksの作曲センスが素直に発揮された名曲である。
有機的に繋がった曲と調和の取れたアンサンブルは聴き始めると途中で針を上げられない、そしてラストのLos Endosで流れるいくつかの曲のリフレインが効果的に記憶を呼び覚まし、作品の一体感を決定付ける。気に入った1曲のように繰り返し聴きたくなる作品、ある意味Genesis最高のコンセプト作品と言えよう。
・Track listing
"Dance On A Volcano" (Tony Banks/Phil Collins/Steve Hackett/Mike Rutherford)
"Entangled" (Steve Hackett/Tony Banks)
"Squonk" (Mike Rutherford/Tony Banks)
"Mad Man Moon" (Tony Banks)
"Robbery, Assault And Battery" (Tony Banks/Phil Collins)
"Ripples" (Mike Rutherford/Tony Banks)
"A Trick Of The Tail" (Tony Banks)
"Los Endos" (Phil Collins/Tony Banks/Steve Hackett/Mike Rutherford)
・Personnel
Phil Collins : vocal, percussion, drums
Steve Hackett : electric guitar, 12-string guitar
Tony Banks : organ, synthesizer, pianos, vocal, 12-string guitar, mellotron
Mike Rutherford : bass, 12-string guitar, bass pedals, vocal
それは全く同じ感覚ですよ!
Ripplesは歌詞も分かりやすくて良いですよね。名曲だと思います。
ナゴヤハローさんと同じく初ジェネシス、他のアルバムを持っている事も忘れてこればかり聴いていました。
彼らを知った時にはもうピーター・ガブリエルは脱退してソロになっていたし、フィル・コリンズが売れる前にこのアルバムを聴いていたので、私にとってジェネシスとは「バラエティに富んだ美しい曲を演奏するバンド」とイメージですよ。フィルの優しい歌声も好きです。
ずっと聞き続けたアルバムですが、francofrehleyさんのように分析した事は一度も無いです。文章を読んで「ふ~む、そうか」と納得してしまいました。
>それは全く同じ感覚ですよ!
ああっ、それはなんかちょっとウレシイです(笑)
>hello nicoさん
はじめまして。これが初ジェネシスでしたか。私も初なのでガブリエルのイメージはなかったし、売れてる音楽には興味がないので(笑)フィル・コリンズのソロ活動も知らんかったです(爆)
>「バラエティに富んだ美しい曲を演奏するバンド」
確かにこの作品だけ聴いたらそう感じますよね。
>文章を読んで「ふ~む、そうか」と納得してしまいました。
私なりの解釈なんですが、まあまあいい線突いているかと思います。
やはりTony Banksのバンド、特に楽曲に対しての貢献度は絶大だったと思っています。すばらしいコンポーザーだと思います。
こちらこそ、初めまして。
私の周りにはフィル・コリンズを知っててもジェネシスは知らない人ばかりですよ。
>無人島にジェネシスどれか1枚、といわれたら
迷わず『A Trick Of The Tail』ですよ。何年も聴いてるけど、全然飽きないもん。
『Duke』以降は「バラエティに富んだポップな音楽」でしょうかね。
>実際にはPhil Collins脱退後に再度訪れるが
訪れたけど…活動休止中ですね。ピーター・ガブリエル参加のジェネシス再活動の話どうなったんでしょうか。生で観たいわ~