いっちゃんの日記帳

昔ながらの原風景のふる里、京都美山で「いっちゃん」が、四季折々の風景とともに日常や出来事などを綴ります。

かにかくに碑

2017年01月26日 | 日記

こんばんわ!(^O^)/
今夜の美山は、好天気です。
少し冷え込むかも知れませんね。

今日は、久しぶりに京都市内へと出かけました。
前回の大雪で果たせなかった約束を、今日果たす事が出来ました。

朝早くに美山を出発。
約束していた映画「本能寺ホテル」を見てきました。
設定に無理はありますが、楽しめる映画でした。
見ていて、これは自分自身にも当てはまると考えさせられました。

その後は、以前お世話になったSさんが経営する「かにかくに」で昼食。
お世話になりながら、丁寧な料理の数々に堪能させて貰いました。
いやぁ!本当に美味しかったです。ありがとうございました!!m(__)m

Sさんに別れを告げ、白川付近を散策。
かの有名な吉井勇の歌碑も見てきました。

~かにかくに 祇園は恋し 寐るときも 枕のしたを 水のながるる~

これが有名な吉井勇の歌碑の歌です。
横にある京都市の立札には、次の様に書かれていました。

この歌は、祇園をこよなく愛した歌人として知られる吉井 勇(1886~1960)が明治43年(1910年)に詠んだ一首で、彼の歌集「酒ほがひ」に収められている。

当時は白川の両岸に茶屋が建ち並び、建物の一間は川の上に少々突き出ており「枕のしたを 水のながるる」は、その情景を詠んでいる。

しかし、第二次世界大戦下の昭和20年(1945年)3月、空爆の疎開対策に白川北側の家々は強制撤去され、歌碑が建っているこの地にあった茶屋「大友」(だいとも)も犠牲になった。大友は当時の文人、画人たちと幅広く交流のあった磯田多佳の茶屋である。

 昭和30年11月8日、友人たちにより吉井勇の古希(70歳)の祝いとして、ここに歌碑が建立された。
発起人には、四世井上八千代、大谷竹次郎、大佛次郎、久保田万太郎、里見敦、志賀直哉、新村出、杉浦治郎右衛門、高橋誠一郎、高山義三、谷崎潤一郎、堂本印象、中島勝蔵、西山翆嶂、湯川秀樹、和田三造など、そうそうたるメンバーが名をつらねた。

以来、毎年11月8日には、吉井勇を偲んで「かにかくに祭」が祇園甲部の行事として行われている。   京都市

毎年、ニュースで少しだけ紹介される「かにかくに祭」はここで行われています。

白川の散策の後、彼女を送って美山へと戻りました。
今回も、言いたい事が言えなかった。簡単な事なのになぜか言えないまま時が過ぎていきます。
う~~~~ん。

   我が家の畑からお届けした南天です。

お店の玄関の竹は、美山の竹林から伐り取ったものです。

お店から白川を眺めながら食事が出来ます

吉井勇の歌碑です。

白川の北側にある茶屋街です。この辺一帯は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。