Junko散々語々

ライブ活動の紹介やシャンソン、自作の詩の解説、日常の雑感を三々五々綴ります。

久々…EXW探索シリーズ・中野区の寺院⑦

2011年05月31日 10時47分41秒 | Weblog

早々に入梅となってしまった東京、再開したウォーキングも足止めされていましたが、今朝は曇り空ながら後晴れとの予報に少し頑張って遠出をし、ずっと気になっていた中野区では一番大きなお寺「宝仙寺」(中野坂上駅近辺)まで行ってきました。なるほど、山門から見渡しても京都の寺院と遜色ない広さ、平安期に源義家によって建立され、千年の歴史を誇る真言宗豊山派の古刹として有名なだけあります。都市計画のため明治~大正期に移転された他の寺院群と違って、初め杉並区・阿佐が谷に開かれたものの、室町時代すでに現在の地に落ち着いたそうです。また、明治28年~昭和初期まで中野町(現在の中野区)役場が境内に置かれていたとか。

一対の仁王像が納められた山門の見事さ、大きな本堂(右隣は大書院)や三重塔などは昭和20年の戦災で焼失、後に再建されたものだそうですが、著名人(赤塚不二夫もここ!)の葬儀も多く執り行われるだけあって、各棟すべて威容を誇っています。

 


黄色いバラ

2011年05月26日 14時47分20秒 | Weblog

小説家で詩人の池澤夏樹氏は私と同い年です。物理学を専攻、世界中を旅したことが作品に色濃く反映されていて、「スティル・ライフ」で芥川賞、「夏の朝の成層圏」という初期の作品等かなり好きな作家の1人。最近文庫化された「きみのためのバラ」は短編集ながら、9.11以後の世界の変容を様々なテーマやエピソードに絡めてさり気なくかつ美しく描いています。(いずれ3.11以後の世界をどう描くでしょうか…)

表題作「きみのためのバラ」は、不気味な現代のテロリズムと対比させながらも、主人公が学生だった頃の旅の記憶を、アメリカからメキシコに足を延ばして出会った風景や美しい少女との想い出を語ることで映像と音楽が浮かぶような作品となっています。自分は無名だからバレないぞ、と思い歌を作ってしまいました>▽<;                                                  今朝のウォーキングで黄色いバラの家を見つけ、嬉しくなってちょいお披露目。

        「国境のバラ」

遠い日の香りは 国境の河を越え 流れる風に乗り かすかに届けられる 

旅から旅へと 若い血が騒ぐ 道路地図抱えて 列車を乗り継いで

あの頃の世界は 気ままな旅人を 懐に迎えて 揺さぶってくれた                      

国を越えれば言葉も変わる See you tomorrow、Hasta maniana                                                 

ステーキからトルティーヤ 河の名前もリオ・グランデ リオ・ブラボー

 

キラキラの黒い瞳 物憂げな長い髪 あどけない心のまま 明日を知らぬ微笑み               

出会いにときめく 異国の駅の ホームで黄色いバラを売っている                      

動き出した汽車の 人ごみ掻き分けて 差し出す一輪のバラが旅のすべて                  

あの日交わした短い言葉 Una rosa para ti、Grasias、Hasta ergo                     

国境のバラは香る今もささやかに 鮮やかに

 


遅い春が来た…かな

2011年05月19日 09時25分49秒 | Weblog

あれから2ヶ月と少々、ブログ更新は2ヵ月半ぶりです。あの大震災後、恐らくは誰の心にも巣くってしまった無力感、鬱的な重さは、それまで描いてきた心の景色も一変させてしまいました。

私の場合、今年に入ってからどうにも疲労感や無気力が頭をもたげ、すると周りでもロクなことが起きない、なぜだろう?イヤだなぁ…との思いが膨らんでいった時、あの地震が起きました。銀座「月夜の仔猫」和江マダムの誕生日でFK出番のその日は祝和江バースデイライブとして大いに盛り上げる予定でしたが、すべてはNGとなり、その後札幌「銀巴里」に行くまで殆どのライブは中止。

少しずつ心に期するものが湧き上がって、銀巴里から戻った時「歌の原点に帰ろう」という思いが決定的となりました。「銀巴里」では、本当に歌を聞きたい人が、こっちが無理をして声を掛けなくても集まってきて心から歌を楽しみ、70才になるマスターを慕う人も多く、ライブ中は黙々と出演者をサポートするスタッフたちとの合間のおしゃべりも楽しげ…当たり前のようなこの光景こそがライブの原点、45年の歴史の深みだけではない大事なものを改めて痛感。私は東京で何をしてきたのだろう……??

様々な葛藤を重ねる中季節は着実に変わり、5月の風が吹く頃ようやく心の重い扉の蝶番も軽くなり出し、冬の間寒さで関節を痛めるのが怖くて控えていたウォーキングも再開。するとまあ、本当にこの世は“春”なのです。何があっても春はやってくる、どうしてそんなにも健気に咲くの?と惚れ惚れするほどあちこちでこの様に見事な花々や鮮やかな新緑を見せてくれます。

とにかく、遅まきながら春のスタートです。