Junko散々語々

ライブ活動の紹介やシャンソン、自作の詩の解説、日常の雑感を三々五々綴ります。

橋本奈央子さんに捧げる別れの詩

2013年12月12日 11時06分55秒 | Weblog

とてもとても迷いましたが、やはり、改めて私の瞼に心に焼きつけ刻んでおきたいと、ブログに載せさせて頂くことにしました。

毎年夏、名古屋の唯一のシャンソニエ「エルム」に出演させて頂いておりますが、最近特にご一緒する機会が多い地元の歌手は橋本奈央子さんでした。

「エルム・パーティー」という名称で東京から歌手を呼び、地元の歌手とのジョイントを1ヶ月間続ける企画で、色んな方と組んで来ましたが、ある時奈央子さんからお手紙が来て「私はJunkoさんの大ファンです。今度ぜひご一緒させて頂きたく…etc.」ということで言わばご指名を頂き、その年早速実現した次第。

その上、一昨年の春、新宿のシャンソニエ出演の折わざわざ訪ねて見えて、JFKで前年出したばかりのアルバム「懐かしい人々へ」の中の、ミレイユ・マチューの♪別れの詩(わかれのうた)♪を私の日本語詩で歌わせてほしい、とのことでした。そして、一昨年(2011、8.4記事参照)、昨年(2012 8.9記事参照)と、エルム・パーティーでご一緒し、その詩を彼女が切々と歌ってくれて、大変感激したことも、まだ記憶に新しい思い出です。

今年は、エルムの創立25周年とのことで、夏はその祝賀行事に専念されたらしく、エルム・パーティーはお休みだった模様。私も春~初夏と旅続きであまりに忙しく、奈央子さんとの連絡も1度メールしたけど返信がなかった覚えがありつつそのままになってしまい、結局この年末、年賀状をそろそろ…という時期になるまで、名古屋の様子を詳細に知ることなく来てしまい…

ここに来てふと気になって、エルムのHPを久しぶりに詳しく見てみると、何と、今年のどの月を見ても奈央子さんは出演しておらず、「えっ?辞めたの?」…だんだん不安になり、やむを得ず「橋本奈央子」で焦って検索すると…!エルムに出演の歌手の方や、縁の方のブログには、何と「今年の1月1日に彼女が子宮癌で亡くなった」ことが綴られておりました!

そんなバカな!!あの若さで!!41歳?もっともっと若く見えたけど、それにしても若すぎる!何で?そんな急に!?若いからこそ急だったのかも知れません…でも、一昨年、昨年の以下の写真を見て下さい。およそ、死とは縁遠い、溌剌とした表情、伸びやかで健康そうな身体…

1年近く何も知らなかった!お悔やみもできなかった!今更どうすれば?…激しい衝撃と後悔に打ちのめされてしばし呆然としていましたが、とにかく、何かしないと自分の気が済まない、他のことが手につかない!

猛然とパソコンを打ち始め、相手のご迷惑も考えず、半日かかって長々とお手紙を作り上げました。私は彼女のご親族等の関係者は誰1人存じ上げない、知っているのは、エルムの実質的オーナー、日仏シャンソン協会の長でもいらっしゃる、加藤修滋さんしかおりません。

お悔やみの礼儀上は見当違いの相手に長い手紙、わずかなお香典の失礼を百も承知で、「エルムはシャンソン歌手としての奈央子さんの実家、加藤さんは父」と決めつけ、私の気が済むように何が何でもお納め下さい、という言葉をしつこく繰り返して、投函してしまいました。

嬉しいことに、翌々日の午前中、加藤さんから直接お電話が参りました。私の気持ちを十分に汲み取って下さったばかりか、奈央子さんについては、亡くなる1年ほど前から出血があったり不安定な体調ながら、子宮癌との診断が遅れ、やっと精密検査をした時点で末期だったこと、私の全く知らない波乱万丈の人生とトラブルを含む事情があった…とのお話を様々ないきさつ、角度からお聞きし、真実のほどは私には何も分からないながら「Junkoさんのお手紙で自分も救われた思いです」とのお言葉に、加藤さんもこの1年、偲ぶ会もできない状況の中で相当に悩み苦しまれたことは事実であろうと、深く察せられました。

あとわずかで一周忌を迎える、奈央子さんの41年の人生。私が知るのは、普段はいつもニコニコして、エルムでは一番だったという動員力を生かして、私のCDを沢山売って下さった姿。ステージでは、もう若いとは言えない女性の心理を歌わせると絶妙、そして♪別れの詩♪は「自分の思い出に重なる、いろんな言葉がピッタリ来る」から歌いたいと…

でも、貴女自身がこの世に別れを告げるのは早過ぎます…

♪別れの詩♪の最後の一説を捧げ、私からの感謝と追悼の言葉とさせて頂きます。 

合掌

 

                 きらめく日々の想い出を   言葉に変えてほほえめば  

                        すべては消えて  残るのは

                         “ありがとう”   一言だけ

 

          2011年7月27日

2012年7月31日


11月の思い出③~時間旅行は時間旅行へ!

2013年12月03日 14時48分38秒 | Weblog

札幌より帰宅後、様々なお約束お付き合いが続く中、私が中野に住んで以来ずっと通い続けた、今どき珍しいレコードを聞かせる店として20年近く営業していた「時間旅行」という店が、いよいよ閉店ということで、1ヶ月以上前から準備していたお別れパーティーを11/21開きました。

若い人からは「お母さん」と慕われ、京都の出身のママさんは本当に優しくて癒される存在。「ひっそりと黙って京都へ帰る」と仰るので「それはダメ!知らない間に閉店になっているとお客様が傷つく、そこは何としても最後のお別れ会を開いてけじめをつけなきゃ」と、年上の方にえらそうに言ってしまった手前何度か打ち合わせに通い、慣れたものだからチラシを作るなどして当日を迎えました。10名ちょっとしか入れない店なので、人数を絞るのが大変でしたが、さすがママさん、最後は素敵な方ばかり集り、和やかで感動的なお別れ会となりました

店内には、ジャズ、ロック、クラシック等様々な“お宝物”の名アルバムのジャケットが飾られ、壁際にはビッシリと沢山のレコードが。仄暗い灯り、年代物の掛時計、厨房にもビートルズを初めとするロックミュージシャンのポスターが貼り巡らされ、賑やかな中野の歓楽街の一角で、良きレトロな時代を表現している貴重なスポット

ここで知りあった個性的な人々、若者たちも沢山います。皆、この大人の空間を満喫し、愉快な人生の一コマを共有できた、二つとないユニークな店でした

           

                  

       

 

SF好きの私は「時間旅行」という名前も気に入っていたので、わざと単純に2色刷りで宇宙に向かうロケットの絵を入れたチラシを作りましたが、かなり好評、思いがけず以下の呼びかけの文章も「感激した」とホメられ、ゴキゲン

        たくさんの音楽  あたたかいおしゃべり  おいしいお酒と  おつまみで

               私たちを癒してくれた  時間行が  旅に出ます  

                  過去未来に微笑んで  見送りましょう!

ママ、長い間お疲れ様でした。ママさん皆さん、まだまだ時間旅行の途中、どこかでお会いしましょう

 

              


11月の思い出②~銀巴里無き後頑張る札幌のシャンソニエ!

2013年12月03日 14時09分48秒 | Weblog

さて、肝心のライブですが、実は自分のライブ日程より2日も早く札幌入りして、例の熊さんこと甲斐熊五郎さんとピアノの渡辺真美ちゃんの銀巴里コンビが出演しているキャッツ&ドッグへお客様を誘って伺い、驚かれるやら喜ばれるやら

大病から復活、少しも変わりのない哀愁ある朗々とした声で私の好きなロシア民謡を歌ってくれました。真美ちゃんのピアノも一段と素敵でした

   

 

「La Musique 上田」では2日間出演、今回は我ながら今までで一番いい出来だったような気がしましたが、お客様も両日とも満席で、連チャンの方もいらしてとてもやり甲斐がありました。

小ぢんまりながら、有名なパリの写真(確かロベール・ドアノー?)が各所に飾られ雰囲気ある店内でたっぷり歌わせて頂きました。

   

  

 

最後の日、打上げでビートルズのコピーバンドの店や、ジャズやソウルのディスコ風の店等4件くらい連れて行かれ、踊りまくってこのように弾けちゃいました

   

銀巴里なき後も、今年も3回来札こうして歌うことができ、しかも来年もぜひ!と熱いお声が掛かり、嬉しい札幌の4日間でした。遅ればせながら、札幌の皆々様、お世話になりました。来年もどうぞよろしく

 


11月の思い出①~札幌の絵画のような晩秋

2013年12月03日 12時27分11秒 | Weblog

 とうとう師走になってしまいました。  あまりに忙しい11月で、特に札幌から11/16に戻って以後丸1日家に居たことは殆どなく、12/1、年末恒例の小松長生指揮「第九交響曲」演奏会まで、出かけまくっていた気がします。

東京は今頃ようやく紅葉らしき風景が見られますが、札幌では11月半ば、懐かしの中島公園はもう殆ど木々の葉は散り、隅ではちょうど降ったばかりの初雪の名残りにまみれている以外は、このようにまさに金色の絨毯に覆われており、わずかに鮮やかな紅葉のトンネル、そして落穂拾いならぬ銀杏拾いの人を中心に、絵画のようなショットが撮れました。

   

          

 

そして、久しぶりに北海道大学へ。クラーク博士は健在でしたが、数年前の台風で4割が倒れてしまったというポプラ並木は、囲いで保護されていて入れず、ちょっと寂しかったけど、今回は日程に余裕をもって行ったので札幌を満喫できました。