相台万朗Sodaiブログ

和歌山からきて今は千葉県人に、東京銀座でウエスタンバンジョーの店を36年間やらせていただき、もっかしたずみしてます。

おばあちゃんの呪文(じゅもん)

2020年08月13日 | 経験・体験
 おばあちゃんは、いつも誰かに話かげるように呪文を唱えていた。
母が5歳の時に、おじいちゃんを亡くしたらしい。だから頑固で強い強いおばあちゃんに見えた。むしろ怖かった。
 お線香の煙が神様の食べ物とロウソクの炎と話をしたり、傍で木魚(もくぎょう)を叩く私は、おばあちゃんの呪文を聞いていた。
 父母は5人の子供を抱え日々奮闘していた。和歌山の山奥の田舎で細々と米を作ったり家族が食べられる野菜も作っていた。父は地元の発電所に勤め、兼業農家であった。
 もう古い私の話など面倒だろうが聞いてやって下さい。読んだ後は自動的に消滅してもらってもいい。
 父は手枕で寝ている丸くなった後ろ姿。母は私が幼い頃、ゆれる吊り橋の上からはってみた男たちに負けじと石をかついでいた母の姿は忘れない。
 東北地震の時、いち早く駆けつけてくれた長男の姿、頼りになった。屋根のペンキ塗りに忘れていた地下足袋を持参してくれた。何も言うことはない。遠くの勤め先から近くに引っ越してくれた。その気持ちはうれしかった。
 長女が内壁の張替に神経をすり減らす思いで、ペンキぬりに夜遅くまで頑張った。もうご苦労さんと言いたいが更に白い壁紙を張ってくれた。細部まで完璧に張ってくれた。途中、投げ出したくなる心境だったろう。特に出窓の部分には根気が入ったろう。結婚も控えていたのに最後の親孝行がこんなに大変だったとは思わなかったろう。私だったらあきらめただろう。壁紙張りを一生忘れたかっただろうな。
 長女は神経質で感覚で物事をとらえているところは私と似ている。結婚相手、結婚式、結婚式場にしろ人にはあたえられたタイミングがある。誰からとも言えない生まれつき長女が持ち合わしているものがある。大切にしてほしい。
 次男の車が家に前に現れた。あれ~次男の車だと思ったら、わが家でバーベキューが出来るように庭の改装に来たのだが、私が3日前から妻とバラのトゲに刺されながら夏の暑さにも負けずやっていた。残すは庭のレンガ敷だ。
 昔、誰に教わったのかレンガ敷のことは知っていた。土を同じ高さにならして、砂をその上に敷きレンガを隙間なく敷いていく。
砂は雨に強い、甲子園でも雨だとグランドに砂をまく 砂はすべりどめに良い、列車のレールとレールの間に砂をちらすと急な坂道もスイスイ・・・。砂は小粒だ、小さな小穴に入り、小さなずれを直してくれる。砂は人生を教えてくれた。
昔、わが家のレンガ敷きの時、砂を知らなかったら苦労もしただろう。雨が降ってレンガがずれ、土が表面に出てまた敷なおしだった。
このような古い人の知識は現在の方に引き継がなくてもいいとも思ったが、考え直そう。
別に難しい話はするつもりはないが、中国のウイグル族のことが気になったので、インターネットで調べてみた。約1000万人の人口でイスラム教を信じているらしい。中国と言えば仏教と想像するのだがイスラム教となれば歴史をさかのぼらないと理解できない。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と同じ神様で同じ聖地を持ち、昔から聖地の奪い合いで戦った。その点日本は神様仏様と仲良くやってきた。
ウイグル族を知る為には今から千年程前の十字軍までさかのぼらないと理解できないような気がする。
古い歴史は面倒だし知らなくても生活に影響されないし誰かが上手くやってくれる。

 私には子供3人とこのハゲ―!に付き合ってくれている妻。この世で大切な方たち、和歌山からたった一人で出てきたのに嫁2人と婿1人と孫2人、なぜだか皆、不出来な私をカバーしてくれている。
おばあちゃんが呪文のように言っていた。
「人は騙すことは出来ても自分を騙すことはできない。だから、人が見ていようと見てなかろうと自分に正直に生きること」
 おばあちゃんの呪文は、半世紀前のことだが、今も私の脳裏に残っている。そして私に考える心の余裕をくれた。
 
 人には好き嫌いがどうしても生理的にもでてくる。
 知識は自分を知ること、相手を理解するためにあり、決して
 相手を排除するものに使ってはならないのだろう。
  私が生きている昭和・平成・令和・・・は短い時かも知れない。いつか世代交代が訪れるだろうがみんなの幸せを祈っている。
                                                                                            相台万朗
                                                                                    2020,8・14

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おばあちゃんの般若心経

2020年07月21日 | 経験・体験
 ここはうちだよ。違う帰ると信じてくれない。2ヶ月ほど前に足の骨を折って今日退院してきたばかり、おばあちゃんはいくら言ってもここはうちじゃないから帰ると、きかない。16歳の私はあれこれ説明するがわからない。だって、いつも寝ている仏間に仏様も神様もお祭りしているだろうに信じてくれない。
 今だったら、もう今日は遅いから明日帰ろうね。と言えるのに、ひたすら説明していた。おばあちゃんは、私の母が5才の時、おじいちゃんを亡くしたらしい。だから強い強い頑固なおばあちゃんでした。
 おばあちゃんの傍で木魚(もくぎょう)を叩いていた。ロウソクとお線香をあげ待っているとおばあちゃんが横に来てお経をあげる。お線香の煙は仏様が召し上がるもので、ロウソクの火は仏様がお話するという。
 お経は目の前に置いてあったが、暗唱していた。私が見ても何だか漢字みたいでチン分カンぷんであった。いつも早起きをして近くのお堂に米を供え、小高い山のお薬師様にお参りに行って塩とお米と水で清めてお経を唱えるのが日課であった。よく言われていた他人の土地をまたがらないようにとね。
 まだ、田舎では土葬だった。子供の頃の私は御葬式が大好きで情報が入ってはよく見に行っていた。お坊さんの座る漆の椅子とかシンバルの細かに触れる音とか静寂な儀式が好きだった。変なおじさんどころか変な子供だった。
 月に一度行われるご詠歌の集まりもおばあちゃんの代理を務めた。みんなお年寄りの集まりで、私も可愛がられ必ず参加した。
 そのうち、村の寄合にも大人の仲間に入れていただいた。
  17才の時、おばあちゃんが寿命なのか、私は手をとり、脈をとっていた。徐々に遠ざかっていく,最期にポツット消えた。場の空気が真空になり宇宙を感じた。おばあちゃんは別の世界にいってしもうた。
 18才の時、東京に行く運命だったので行くことにした。成人になってしばらくしておふくろが亡くなった。兄の話だと内の宗派を初めて知った。仏教だと知っていたが宗派があるなどとは知らんかった。
和歌山の高野山の宿坊に泊まった時、早朝のお勤めの時、自然とお経が私の口から出た。呪文のようで難しいお経を覚えていた。
 考えによっては頭が良いと自分では思った。おばあちゃんに教わったことがあった。①人は騙すことは出来ても自分を騙すことはできない。だから、人が見ていようと見てなかろうと自分に正直に生きること。報いは自分に出なくとも子供にか誰かに必ずあらわれ、この世で清算される。②形あるものは必ず壊れるもの永遠にはもたない。③観念、理念というものは不変であり、この世は空だ。
 こんなこと理解できる筈ないけど今になって少しはわかりだした。おばあちゃんには般若心経が必要だったのだろう。
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いま、戦国時代かも

2020年07月15日 | 経験・体験
 
いま、戦国時代かも

テレビでは明智光秀をやっていた。私は高野山の奥の院につながる山道を歩いていると、明智光秀の石碑を見つけた。誰も気が付かないと通り過ぎるだろう。幼い頃、光秀を悪役のように思っていたので、このようなところにほうりだされているのは仕方ないのか。
 信長が人を見て明智光秀を使いこなしたら光秀も生きたのに私も生意気になったものよ。尾張の大うつけと言われていた信長も本能寺で終わりか。光秀も天下人になれる機会もあったが、最期は情けない百姓の竹槍に刺されて亡くなったと聞く。(諸説はあろう)
 戦国時代は意地やプライドの世界,あやまって済む時代じゃない。それでなくても気にくわなければ腹を切らされる。
 近代法治国家も戦国の世と同じ、利口に忖度をしていかなくてはならない。
 関が原の戦いに勝った徳川家康も手柄をあげた家臣に褒美の工面をしたのだろうがそれはそれは大変だったろう。お察しする。
 国民の義務である選挙の1票の権利を手に入れるのに長年かかった。国会議員は国民の代弁者あるように言っていたのにいつの間にか大名や将軍になっている。
 人がやることだから好き嫌いはできる、理屈ではない。国民は権利を行使するには選挙の1票しか手段がない。党になっても将軍はひねりつぶす術を知っている。
大衆はあなたが何ができる俺たちには待てないと。思っている方もいる。将軍は国民が選挙に無関心の方が都合がいい。別に!
選挙と宗教のことを封印していたが、ここ1年知能指数がほとんどない残り少ない脳を使っている。
ごめんね、明智光秀の石碑は今は高野山に立派にたたれているらしい。あの古さだと私の幼い頃からの気がする。

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有名人と無名人同じ空気を吸っている

2020年07月13日 | 経験・体験
有名人と無名人同じ空気を吸っている
 小学生の頃、テレビ画面に釘ズケになった時代劇を見ていた。
記憶では徳川家を継ぐ天一坊が偽ものか本物かの跡継ぎ問題が話題になっていた。
 突然、天一坊が目の前で歌っている。ウソだろうと遠い昔の有名人が同じ空気を吸っていた。これが有名人との出会いの始まりだった。
寺田農様だった。寺田さんも覚えていないだろう、大人の欲の狭間で演じていた。強烈な印象が脳裏に残っていた。
 銀座にいるとよく有名人と会う。「あの女を俺に譲ればこれをやる。」とか生々しいことも聞く。何だと思った方が英語やフランス語で話しかけている。こちとらもわかった振りをすることだってあった。18歳の頃までにろくに本一冊も読んだことのない私も毛穴が立つことばかり。有名人かぶれも、かぶれていられない。
 私の上司に日高なみというシャンソン歌手がいた。それはそれは強い有名人だった。あの強さと自信はどこから来るのだろう。
万人が右を向いているのに、左を向いていた。ははー!気づいていないのかもと思ったが、強い女でいるためには弱みを見せないことだと、あえて優しさに封をした。厚化粧した純粋な女であったと理解していた。
 世の急な流れに流されているのをわかっているのに、もういいかと流されたこともあった。無名人の私は有名人の先を歩くには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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臣籍降下(しんせきこうか)って何?

2020年07月13日 | 経験・体験
臣籍降下(しんせきこうか)って何?
 平将門が平家なのかという疑問がした。
たいらのまさかど、のが付くから天皇から名前を頂いたに違いない、平将門のルーツを見ると確かに天皇の血筋に間違いはない。
 アレー?平清盛、源頼朝も同じ線上にある。ここで、臣籍降下がでてきた。武士は、田畑を守る用心棒とか盗賊かと思っていたが、武士にも、れっきとしたプライドも歴史をお持ちなんだとわかった。
 天皇を引き継ぐには天皇の実子がなるんだろうが、もし天皇に実子をない場合、途切れてしまう、そのため天皇は子供を増やし兄弟の子にも天皇に引き継ぐ資格を与えたため平安時代、貴族が増えた。税金も思うように取れなくなり財政もひっぱくして、貴族を減らすのに、将来、天皇になる資格のない皇族をただの平民に戻すわけにはいかないから天皇家の血筋を持たせた名前をつけた。平の、源の、菅原の、橘の、のが付く名前(うじ)がそのようだ。平氏、源氏も元は同じ身内から出た者ですが戦うことはないと思うが、どうおもいます?
 臣籍降下とは薄情な仕打ち、臣は、しもべの籍を降下されたものは世間の荒波にもまれ、食って食わしていかなくてはならないし甘いことは言ってられない。
 臣籍降下をこの前に知ったんだから、別にどうでもいいことだろうが私に生きる色をつけてくれた。まだ俺は未熟だな。
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