(雑記帖 3) ボランティア・コンサートを聴く

 わが町の図書館では「日曜名画座」と「ボランティア・コンサート」などが、スタッフの人たちの創意工夫で以前から行なわれ、市民文化の向上に大きな役割を果しています。
 「日曜名画座」は懐かしい名画を見る催しで、「モロッコ」「若草物語「第三の男」などが今までに上映されました。私の若い頃、あまりにも表現がリアルすぎると言って敬遠して結局は見損なった「夏の嵐」(1955年 伊 )が観れた時には感謝しましたね!勿論、無料ですよ!
 「ボランティア・コンサート」は毎週または随時、理解のあるアーティストの方の協力で行なわれています。特に京都で音楽活動に携わっていられる、T氏のピアノ・コンサートは子供から年配の方まで、みんなが楽しめるように選曲などに、留意されているので特に好評です。
 いつだったか、しばらく忘れていた懐かしいメロディが流れてきました。「カチューシャ」「ともしび」「トロイカ」など…あの歌声喫茶が全盛時代の曲でした。
 流れてくる懐かしい曲、それはあの日あの時の記憶がが甦ってくるような、唱歌や童謡、歌謡曲、演歌、ボップス フオーク 名曲喫茶で聴いた曲…など、バラエティに富んだ内容で、音楽に耳を傾けながらホンを読む人、うっとりと目を閉じて聴き入る人…午後のひととき、それはほんとに贅沢なひとときでした。 
 
「バレンタイン・デー」…誰からもチョコを貰えそうもない、私たち世代ですが…
それがチョコを貰えたんですよ!
 少し古い話ですが今年のバレンタイン・デーの頃に行なわれた、「ヴァイオリン&ピアノコンサート」のことです。演奏はいずれも京都芸大音楽部卒で、現役ピアニストあるいはフイル・ハーモニーのヴァイオリン奏者として、活躍中の二人のお嬢さんでこの町が大好き!という気持で、奉仕的に出演してくださったそうです。
午後七時 開演の前にはピアノを中心に、並べられた座席は既に満席…立見席が出来るほど… これも勿論、すべて無料!!
「バレンタイン・デー音楽の贈り物」第1部は、ベートーベン「ロマンス)第二番から始まりました。
 ロマンス…恋すること… 
 それは生きるために、神様から授かった素晴らしい贈り物です 
 それは…ときめきと新鮮さと…生きている幸せを感じる瞬間です 
 その気分にふさわしい曲…それがベートベン「ロマンス」です 
どこかのホームページで見た文ですが、私の手元にもCDがあるのでPCに覚えさせて、時々聴いています。「現在進行形」の方は勿論、想い出のある方もそれなりに…私のように今、別に恋をしていなくっても(もう卒業?)美しい旋律に心が癒されます。
 次は「スプリング・ソナタ」で知られる、ベートーベン ヴァイオリン・ソナタ「春」
そしてコーヒー・タイム 図書館スタッフの方たちのサービスで、ほんとに心の底から温まりそう…  
 第2部はクライスラー「愛のよろこび)「愛のかなしみ」「冬のソナタの」主題曲
テレビ・ドラマ「白い巨塔」より「アメージング・グレース」等々 
 最後にこれも私のお気に入り サラサーテ「ツィゴネルワイゼン」勿論CDも持ってますよ!不思議なことにラストも大好きな曲だったので、とても充実した気分に!
 アンコール…勿論、応えてくださいましたよ!今度は少し趣向を変えて昭和の名曲「河の流れのように」盛大な拍手のうちに無事終了…
 お子さん連れの方も多数いられましたが、皆さん行儀が良くて最後まで愉しく聞かせて戴ました。
 演奏して下さったお嬢さんたちからチョコを戴いて、久しぶりにルンルン気分で外へ出たら、冬空に星が高く輝いていました。
   (まるで中学生…イヤ小学生かな…の作文みたいになりました)       

 


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 (雑記帖 2) 真保裕一 「灰色の北壁」を読む

 以前は暇があればどっぷりと漬かっていた市立図書館だが、ブログを始めてからは古いビデオやDVDを観るのに忙しく、ご無沙汰が多くなった。読書の秋が到来したことでもあり、初心に戻って久しぶりに書棚をのぞいて見た。
 
 「山」というものを全然知らないのに、どういう訳か「山」の小説をたまに読むことがある。それは未知の世界への探究心とか,生か死かという極限状況での生き方など…その根底にあるものは、一般の社会生活で役に立つことが多いと思われるからだ。
 私が始めて読んだ山岳小説は井上靖「氷壁」だと思う。雪の日本アルプス前穂高を舞台にした古典的な作品だ。映画も観たが遭難した仲間の遺体を荼毘に付す場面で、山男たちが歌う「雪山讃歌」が印象に残った。この歌の元歌の「愛しのクレメンタイン」は、ジョン・フオード監督の「荒野の決闘」の主題歌として有名だ。
 Oh my daring oh my daring oh my daring Clementine
の歌詞で御馴染みだが、肝心の映画を観ていないので又の機会にしよう。
 それから新田次郎の「アイガー北壁」山岳ものと言えるかどうかはよく判らないが、
「八甲田山 死の彷徨」など良かったと思う。今回はじめて読んだ真保裕一は、江戸川乱歩賞を受賞した「連鎖」など社会派ミステリー作家のようだが、新刊に山岳小説の短編集があったので、少し興味を持ち読んでみた。

 全く素人じみた馬鹿みたいな疑問だが、確かに自分が前人未踏のヤマを征服したのだ…という証拠をどうして残すのか、単身登山の場合は他人に証明して貰うという事が、困難になるしそのあたり、どうするのか、私は不思議だった。
 表題の「灰色の北壁」は死と隣り合わせで生命をかけて登頂した…と言う事実に対し、捏造とか誤認ではなかったか?と言う疑問を投げかけられた場合、どのようにして真実性を証明するのだろうか?と言う私の疑問に、少しだけ答えてくれたような気がした。
 
 「雪の慰霊碑」は息子を山で失った父親が、息子の婚約者の女性や甥の心配をよそに、何も告げずに息子の足跡を追って山へ入って行く…と言う物語だ。
 最愛の息子を呑みこんだ冬山…人が入ることを頑なに拒む冬山…父親心理と言うものは、危険を冒してでも死の現場を確かめたい…という気持になるのだろうか?娘がお嫁に行く時にも父親はなかなか思い切れない…と言うけれども、そのような気持と共通したものなんだろうか?
 我が家は娘ばかりだったのでそんな冒険は考えられなかったが、娘を手放す時の気持はよく判るし、もし自分がこの小説の父親だったら、どうしただろう…などと考えさされた作品であった。

 「黒部の羆(ひぐま)」は冬山に挑戦した二人のクライマー…友情と協力関係で結ばれているはずの二人だったが…
 人の心の奥底に潜むライバル意識、妬み、憎悪心…これが、もし事故などの最悪の時にどんな風に働くのだろうか?少し恐い山岳ミステリーのように感じられた。                          (しんぽ ゆういち  講談社刊)
 ※上の写真は記事の内容と関係ありません。
  クリックすると拡大されます。  

 
 
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 (37) 映画「亡国のイージス」

 いろいろと話題になった「亡国のイージス」上映の最終日に観にいった。
 劇場映画は{電車男」以来のご無沙汰だが、この映画の時は若いカップルが多くて、私たち世代はどうもきまりが悪かった。しかし「亡国の…」は内容からいっても、観覧者の年齢層はもう少し変わるだろうと考えていた。
 上映5分前に入って驚いた…観客は私一人なのだ…「電車男」の時はほぼ満員だったのに…結局、本編が始まる頃にやっと、やや年配のおっさん風のお客が、2-3人入ってきた。
 ミニ・シアターみたいな映画館なので、満員になってもそう多くは入れないが、少しひどすぎる…が連れが出来て少しは落ち着いた。人口10万ぐらいの中小都市では、そんなものか…少し気の毒になった。
 もっともこの映画館では外に「容疑者室井…」「シンデレラマン」「奥様は魔女」などを10本ほど同時上映しているので、トータルすれば案外入っているのかも判らない。
 この映画についてはブログなどでも、いろいろと意見や批評も伝えられているが、私の感じたままも記して見たい。但し、私の一方的な思い違いや認識不足もあるかも判らないので、その時はお許し戴きたい。
 最新の装備を誇る海上自衛隊の護衛艦の乗員が、反乱を起こし首都に砲撃の照準を定める…大事件である…にもかかわらず、マスコミの陰が全然見えない。記者会見の場面もないのはどうしたことか?
 戦時中のような報道規制が行なわれているのだろうか?芸能人や有名人の私生活のこと
なら情容赦なく立ち入るくせに不思議なこともあるものである。
 主砲の照準を向けられている首都が平静なのも不思議だ。お役所や一般市民がこの緊迫した状況下で、パニックにもならずに、正常な業務や生活ができているのだろうか。
 原作を読めば判るのかな?でも結末が判ればその気はとても起きない。
 こんなリクツは別として単なるアクション作品としてみれば面白い作品だ。爆破音などの音響効果はよく出来ていて、家で寝転んで見るテレビやビデオに比べて格段の違いがある。勿論、真実に近い部分もある。ラストの救助を求める手旗信号だ。近代的な通信手段が破壊された場合は、この単純且つ原始的な方法が確実な通信方法だ…といえる。
 先日の某全国紙によると「不法な侵略」を受けた場合、一般市民がとる行動として「抵抗する」が52%「安全な場所へ逃げる」と「降参する」が両方で43%だったそうだ。
 自らの国を自らの手で守る…という気概を失ったとき、「日本」はどこへ行くのかな?次の世代の人に問いかけてみたい…などと感じた作品だった。

 
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(36)踊り明かそう(映画「マイ・フエア・レディ」)

 どこの国でも地方なまりというものがあるようです。 
 花売り娘のイライザ(オードリー・ヘップバーン)は、言葉使いが悪い自分でも訓練によって正しい英語と礼儀作法を身に付ければ、上流社会のレディたちに負けない女性に、変身できるという話を聞きます。彼女はこれを実行しようと、言語学者のヒギンズ博士八レックス・ハリソン)を訪れ指導を頼みます。そして厳しい特訓の末、彼女が苦手にしていた発音をマスターできた夜に歌うのが「踊り明かそう」です。
   夜明けまで踊り明かしたいの それでも踊り足りないの
   夜空に翼を広げ 見果てぬ夢をかなえてみたい
   なぜにこんなに心がきらめいて 大空の彼方へ舞い上がりそう
   あの人が私と踊ってくれたら    (中略)
   夜明けまで踊り明かしたいの
                    (画面スーパーより)
 一流の淑女に成長した彼女は競馬で「馬の…」などと、淑女にあるまじき言葉を口走ってお里を知られそうになったり…それは苦労の連続だったようです。
 私のCDアルバムには「踊り明かそう」が、パーシー・フエイス楽団の演奏で収録されていますが、とても浮き浮きした気分になりそうな音楽です。
 この映画は1964年度アカデミー賞の、作品賞 監督賞 主演男優賞を受賞し、飲んだくれの父親役のA・P・ドウリットルは助演男優賞にノミネートされたそうです・
 しかし熱演したはずのA・ヘップバーンは、ノミネートすらされませんでした。それは彼女が歌った部分は、すべて外の歌手の声に吹き替えられていたからです。吹き替えで歌った歌手は、後年「サウンド・オフ・ミユージック」のシスター役を務めるマーニ・ニクソンという歌手でした。
 これを知った彼女はショックで落ち込んだそうですが、アカデミー賞の授賞式には、彼女はプレデンテーターとして、「メリー・ポビンズ}で主演女優賞を得たジュリー・アンドリュースに温かい祝福の言葉を贈ったそうです。
 また晩年にはユニセフ親善大使として、アフリカの恵まれない子供達の為に、力を尽くしたそうでこのあたりに、女優オードリー・ヘップバーンの心優しい奥行きの深い性格が、現れているようで永遠に忘れられない、大スターではないかと思います・
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(35) ムーン・リヴァー (映画「ティファニーで朝食を」)

   広くて豊かなムーン・リヴァー    いつの日か着飾ってあなたを渡る
   私に夢を見させてくれたのもあなた 張り裂ける思いをさせたのもあなた
   あなたがどこへ流れていこうとも   私はあなたについて行くわ
 窓辺にもたれてオードリー・ヘップバーンが、ギターを弾きながら少しハスキーな声で口ずさむこの「ムーン・リヴァー」は、当時この映画を観ていなかった私でも、知っているぐらい有名な曲になりました。
 アメリカ西部や南部に住む人たちにとっては、この歌詞の「あなた」つまりミシシッピー河を越えて、目指すはニューヨーク…そのニューヨークに住む一般市民にとっては、ティファニーはアメリカの繁栄の象徴であり,憧れの存在であったようです。
 地方出身のホリー(A・ヘップバーン)は上流社会を指向しています。ティファニーのショウ・ウインドウの、眩いばかりのきらめきを眺めながら、粗末な朝食を摂るのが日課でした。今は軍隊にいる弟と一緒に住むために土地を買いたい…そのためには金が要る…と男たちから金を取り上げて暮らしています。
 作家志望のポール(ジョージ・ペパード)と知り合ったところへ、別居している夫が現れ…とお話はすすんで行く訳ですが…
 面白いのは二人が一日で三回の「初体験」をする場面です。一つ目はあの憧れのティファニーでのショッピングでした。お金がない彼はなにかの景品でもらった安物の指輪に、彼女のイニシャルを彫って贈ります。この注文をビジネス抜きで引き受けた店長も、心の広い人物で心温まる場面でした。
 ニつ目は彼女を図書館に連れて行くこと。彼女は彼の著書を探し出して、公共のものだからという係員の制止を無視して彼に無理にサインをさせます。
 三つ目はホリーの「指導」でポールは万引を体験します。万引した玩具の面をつけたまま一目散に逃げる二人の姿のおかしさ…ニューヨークは自由の街、手足を思い切り伸ばせる街…というセリフが出てきますが、ほんとにその通りのようですね。
 同居していたズバリ「キャット」という名前の猫…どこかで聞いたような話ですが…を放しますが、思い直して必死に探します。やがて猫を見つけたときの彼女の喜び…ここで彼女は「愛」というものを感じます。ハイ・ソサエティに憧れていたホリーはポールへの愛にも気づきます。雨の中でのラスト・シーンはロマンチックで感動的でした。
 資料によれば「ムーン・リヴァー」を作曲したヘンリー・マンシーニは、グレンミラー楽団のアレンジャー兼ピアニストを経て、この映画のブレイク・エドワーズ監督と知り合い映画音楽を手がけるようになり「シャレード」「ひまわり」などを作曲していますが「「ムーン・リヴァー」は最大のヒットになりました。
 A・ヘップバーンの歌について、歌手でピアニストの鈴木重子さんは「シンプルで人の心の柔らかな部分にしみいるような素直な歌い方」と評しています。この音楽は1961年度アカデミー「喜劇映画特別賞」を獲得しましたが、この映画…喜劇なんだと今更気がつきましたが、最後の方は哀愁を帯びてよかったですね。

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(34)ミュージカル映画のこと「錨を上げて」「パリの恋人」

 初めて観たミュージカル映画はなんだったのかな?少し思い出してみました。
「ヴァレンチノ」もこのジャンルに含まれるのかも判りませんが、本格的な映画は「錨を上げて」からと思います。これはジーン・ケリー フランク・シナトラ キャサリン・グレイスンという顔ぶれで、休暇で軍務から解放された二人の水兵が、繰りひろげる歌と踊りのコメデイでした。
 これは従姉のお伴だったせいか印象が薄く、その後の「雨に唄えば」から面白味が少し判ってきた…という程度でした。それからデビー・レイノルズ マリリン・モンロー(ショウ程素敵な…)ジュディ・ガーランド(スター誕生)ミッチー・ゲイナー(ショウ程…と南太平洋)と続きますが、これすべて女優ばかり…不思議なことにミユージカルではトップスターの、フレッド・アステアを観ていない…
 今でもミユージカル・フアンと自分では(?)思っている私としては、これでは申し訳が立たないので遅ればせながら、彼がオードリー・ヘップバーンと共演した「パリの恋人」をビデオで観ました。
 カメラマンのアステアは女性雑誌編集長と相談して、古本屋勤めのヘップバーンを一流モデルにしようと画策します。今の仕事が気に入っていて消極的な彼女を、かねてから尊敬する哲学者に会わせるから…という約束でパリへ連れて行きます。
 印象的なのはオルリ空港への着陸前に、上空から見えるセーヌの流れ、エッフェル塔 凱旋門 シャンゼリゼ大通りなどの風景を,機上から眺める三人の歓びの表情です。
 パリに着いてからも「ボン・ジュール・パリ」を歌いながら踊る姿に、前回の「麗しのサブリナ」でも触れましたように、当時のアメリカ人って本気でパリに憧れていたのだな…ということが実感できました。
 彼女は雨の凱旋門で風船を持って走らされたり、パリの名所や街角などあちこちで「花の少女}「怒れる誇り高き女王」「アンナ・カレーニナ」「普通の娘」など、いろいろの題材で華麗なフアッションとややヤセ気味のプロポーションを披露します。
 中でも一番綺麗だったのは…鐘が鳴り天使が歌う教会や、緑に包まれた森、白鳥が泳ぐ池のほとりで、純白のウェデイング・ドレスをつけたヘップバーンとアステアが踊るシーンです。
池に浮んだ板切れにひょいと乗り移る時の、軽やかでエレガントな身のこなしなど、メルヘンみたいな感じでよかったですね。
 哲学者役のミシェル・オークレールは、「アンリエットの巴里祭」以来ですね。私とは五十年ぶりの再会…でも前作品よりも少し年を取ったようですが、年配の学者役だからそれでよいのかも…
 編集長役のケイ・トンプソンは初めてお目にかかりますが、歌も踊りも達者な女優でこの映画は良い脇役に恵まれて、愉しい作品になったように思います。
 原題「Funny Face」「フアニー・フエイス」は、その頃の流行語になったそうで、当時の感覚では個性的な顔立ちでしかも魅力的…彼女がちょうどその代表選手だった?とかでした。
 私が今までブログで扱った映画はメロドラマが多かったせいか、「切ない別れ」が多かったのですが、この作品はハッピー・エンドを思わせるようなラストだったのにホッとしました。

  
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(33) バラ色の人生(映画「麗しのサブリナ」)

 今まで観た映画で一番回数の多いのは、何という映画だったか 思い出して見ました。その結果は何といっても「ローマの休日」、これは1954年の公開ですからテレビやビデオを含めれば、この数十年の間に観た回数は、もう数え切れない程になると思います。
 お気に入りスターもやはり、オードリー・ヘップバーンになりそうです。
「王女のような気品と妖精のような愛らしさ…世界中が彼女に恋をした…」
と当時の映画雑誌に書かれ、デビューした途端にアカデミー主演女優賞を受賞して、注目を集めましたが世界中のフアッションや髪型などの流行を、左右したといわれる彼女の第二作が「麗しのサブリナ」です。
 アメリカの大金持ちの雇われ運転手の娘サブリナ(A・ヘップバーン)は、心ひそかに次男(ウイリャム・ホールデン)を愛していたのですが、子供扱いで相手にして貰えませんでした.想いが届かないままパリへ料理留学していた彼女は、見違えるように美しくなって帰って来ました。当家の長男(ハンフリー・ボガート)も次男も急にサブリナに関心を示しはじめます。
 私たちはこんな映画のストリーよりも、アメリカの上流階級の裕福な生活ぶりに眼を見張りました。昭和二十年代も末期になると、街ではモノが出回っていたけれども、日本の一般家庭ではまだまだの生活水準でした。
 広い邸宅やガレージにズラリと並んだ高級車とか家具類、豊かで便利な電化製品…これはアメリカ文明のへの強い憧れとなり「アメリカに追いつけ 追い越せ」が国家的目標となりました。
 ところがそのアメリカ人が実は、世界の文化や流行の中心、パリに憧れていました。
私たち世代は戦後の食糧危機から救われた恩義を感じていたので、すべてアメリカに右へならえのはずでしたが…
 おしゃれの街パリで暮らすには、映画のように帽子のかぶり方から、傘の持ち方まで気を使わんとあかん…ということが判ってくると、やはり飾り気のないアメリカの方が
暮らしやすいのでは…などと考え直しました。
 こんな全く実現の見込みのない夢を見ることが、当時の私たちのストレス解消法であり生甲斐でもあったのです。
 この映画でしばしば流れてくる「バラ色の人生」は、私の手元にもエデイット・ピアフの歌で収録されているシャンソンの名曲です。私の古い楽譜集の歌詞は
       愛のはなびら いつも香る 
       あなたの胸に 強く抱かれて 心燃える愛のくちづけ
映画の中でヘップバーンが歌うシーンの歌詞は
    あの人の胸に抱かれて  ささやきを交わせば 
    バラ色の夢が開ける   愛のことばと共に… 
                   (画面スーパーより)
 また劇中での彼女のセリフ「バラ色のガラス越しに人生を見るの…」
意味深長なことばですね。
 モノが満ち溢れた現在の感覚からみれば、あの頃は灰色だったかも判りませんが、戦後という解放感や新しい未来への期待感は大きかったと思います。


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  (32) 真珠の首飾り(映画「グレン・ミラー物語)

 私が若い頃に好きだったスターは?と尋ねられたら,今までもブログに書いたように、デビー・レイノルズを筆頭に,ダニー・ロバン フランソワーズ・アルヌールなど,いっぱいいて選択に弱ったことでしょう。
 それでは誠に厚かましい話ですが、お嫁さんにしたい女優は?といわれたら、多分ジューン・アリスンと答えたことと思います。古くは1949年の「若草物語」新しくは…と調べて吃驚!なんと1994年の「ザッツ・エンタティメント Part3」で、うわー 元気なこと…と心から拍手を贈りたくなりました。
 これはジューン・アリスンのほかにジーン・ケリー デビー・レイノルズ シド・チャリシーなど「雨に唄えば」のメンバーそれにフレッド・アステアとかジュデイ・ガーランドなど往年のミュージカル・スターが、出演してそれは壮観だったと思います。
 元来、ジューン・アリスンはおしとやかで家庭的ムードの持主でしたが、このイメージを決定的にしたのが「グレン・ミラー物語」です。
 年中貧乏なトロンボーン奏者のミラーは、お金かないのでイミテーションの首飾りを友人のヘレンに贈ってプロポーズします。ヘレンは成功したら本物を…という彼の率直さに惹かれて結婚します。
 新しい感覚のサウンドを求めて摸索する彼を励まし力づけ、やがて彼の音楽がが世間から認められたとき、彼は感謝をこめて約束通り、本物をプレゼントをします。このときに演奏されるのが有名な「真珠の首飾り」です。
 彼の創ったグレン・ミラー・スタイルの曲は外に「月光のセレナーデ」「イン・ザ・ムード」などですが、ラルフ・フラナガンやマントヴァニーなどの楽団に引き継がれ、その後はムード音楽全盛時代が訪れ、それにまんまとハメられたのが私たち世代でした。
 共演のジエィムス・スチュアートも温厚で誠実なイメージのスターでしたが、この二人はこの作品など三度(「甦る熱球」「戦略空軍命令」)にわたり共演した意気のあったコンビでした。
 ところで気になるのはこのジューン小母さん「ザッツ・エンタテイメント」で一体何を披露したのかな?彼女のミユージカル映画…?どうもイメージがあわないのですが?「グレン・ミラー物語」の彼女しか知らない、私のお脳は只今混乱中であります。
 フレッド・アステアは「足ながおじさん」「バンド・ワゴン」などの、代表作は観ていませんでしたが、「パリの恋人」のビデオでやっと観ることが出来ました。
 これから遅まきながら旧作のミュージカルを、見直したいな…と思っています。

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(31) ある愛の詩/白い恋人たち(同名の映画)

 この映画が作られた1970年ごろは日本では、高度成長の真最中でしたがアメリカではベトナム戦争の長期化により、若者たちの反戦気分の高まりや麻薬への傾斜などの社会現象が生じていました。
 こんな時代に現れたこの純愛物語は、大人社会に反抗する若い世代の心をしっかりと捉えたといえます。一昔なら無理をしてでも映画館へ足を運んだと思われる名作を、あれから三十数年もしてからビデオで見ました。
 アメリカの大金持ちの息子とイタリア移民の娘との物語ですが、古い考えの親つまり大人社会に対して立ち向かい、やがて自立してささやかながらも、幸せな未来を夢見ていた二人を残酷な運命が襲います。
 「愛することとは後悔しないこと」 この有名な言葉は、あの頃の流行語になったそうですが、現在でも立派に通用する言葉ではないかと思います。
 この映画の雰囲気を盛り上げたのがアカデミー音楽賞を受賞した、フランシス・レイの主題曲でしょう。私の手元にはフランシス・レイの「愛のテーマ集」と「ひまわり」を作曲した巨匠のヘンリー・マンシーニ楽団演奏の二種のCDがありますが、どちらを聴いても雪の中で戯れあう二人とか、大きな彼の邸宅を始めて訪問した時の、彼女の驚きなどの情景を思い出します。
 フランシス・レイの作品では外に、1968年フランスのグルノーブルで行なわれた、冬期五輪の記録映画「白い恋人たち」の主題曲が有名ですね。
 この映画は観ていないし音楽のCDもないのでネットを探索していたら、まるでメロドラマを思わせるようなロマンチックな歌詞と、聞き覚えのある綺麗なメロデイが流れてきたので、思わずメモをしてしまいました。
  過ぎていくのね愛の生命も  白く輝く雪がやがて溶けるように
  はかなく消えたきのうの夢も あとに残るはただ冷たい涙ばかり (以下略)
               原歌詞 ルイ・パロー 日本語作詞 永田文夫
 蛇足ですが「ある愛の詩」ヒロインの女優アリ・マッグローは、その頃に結婚していた夫とその後離婚して、あの「大脱走」でバイクでの逃走シーンを演じた、スティーブ・マックイーンと結婚したそうです。
 ビデオとかいうものがなければ、永久に観られなかった作品の一つかも判りません。
                                

 
 
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(30) セプテンバー・ソング(映画「旅愁」)

 最近はあまり聴かれなくなったようですが、私たちの若い頃は九月になると、「セプテンバー・ソング」のメロディがあちこちで流れていました。この曲に耳を傾けながら駆け足で去っていった夏の日を思い出しては、なんとなく感傷的な気分になって落ち込むのが恒例でした。
 1952年公開の映画「旅愁」を観たのは私の十代末期、すり切れた古いフイルムを三番館で観た記憶が蘇ってきます。「誰が為に鐘は鳴る」のように映画館の看板に誘われて観たことや、宣伝文句を今でも覚えているのも全く同じでした。
  情熱のパラダイス ナポリ フィレンツェ 
       そしてカプリの島に 燃え上がった熱い熱い 恋物語…
を最近になって、数十年ぶりにビデオで見ることにしました。
 主演女優のジョーン・フオンティーンはこの作品が初めてではなく、以前にビング・クロスビーと共演した「皇帝円舞曲」という作品で見ているのですが、何故か全く印象に残っていませんでした。しかしこの「旅愁」での彼女は見違えるほど魅力的で,共演男優の
ジョセフ・コットンは名前が面白いのと、親しみ易い顔立ちですぐに気に入りました。
 ローマからアメリカへ向かう飛行機が、修理のためナポリへ寄航しました。待ち時間にナポリ見物していた二人は出発時刻に遅れたので、現地に留まり観光を続けました。
 しかし乗り遅れた飛行機が墜落して、乗客名簿に載っていた二人は死亡者扱いされていることを新聞で知りました。そこで二人は全く同じあること…を考え始めます。[二人の愛が奇跡を起したのだ…」と二人は風光明媚なフィレンツェで、新居を借り新しい生活を始めるのですが…
 イタリア各地の観光地を舞台に、旅先での出会い、芽生え始める愛、そして切ない別れ 秋のもの悲しさを思わせる主題曲、感傷的なムードを演出するようなタイトル…などの、メロドラマの諸条件がすべて揃った作品でした。
 これらの要素は後年の「慕情」「旅情」など、私がすでに触れた1950年代の作品に受け継がれ、[哀愁」などと並んでメロドラマの原点とも言えます。
 イタリア各地の観光地で、私が最も惹かれたのがカプリ島です。確か同名のヨーロッパタンゴがあったような気がするのですが…。この島には有名な「青の洞窟」があり、水面下に太陽光が反射して洞窟内を青色に染め、満潮時には水中に沈むのでこの洞窟を、訪れることが出来るのは僅かな時間だといわれます。
 火山灰に埋もれていたポンペイ遺跡、花の都フィレンツェ ダヴィデ像 天国への階段等々観光資源の紹介も忘れていません。
 モノクロ作品ですがこれが光と影の鮮烈なコントラストで、彼女の美しさを一層引き立てていたような気がします
 彼女が戦前の東京育ちであることや、「風と共に去りぬ」のメラニィ役 オリヴァー。デ・ハヴィランドの妹であることや、女優としてもこの二人はライバル同士だった事は有名な話です。
 主題歌の「セプテンバー。ソング」は二人がナポリに着いて、景色を眺めながら「最高の食事とワインと音楽が一度に味わえるなんて…」という華やいだシーンと、フィレンツェの酒場で出会ったアメリカ人が歌う場面などで挿入され、旅先でのうたかたの恋の哀しさを象徴しているように感じました。
   残された月日もあとわずか 九月 十一月
   ワインの香りもあとわずか 残された時間もあとわずか
   この大切な年月を 君といっしょに過ごしたい (画面スーパーより)
 主題曲「Seputenbar Song」はヴィクター・ヤングの初期の作品ですが、私のCD Boxの中のフランク・シナトラの歌は、虫の音と共に忍び寄る秋の感触を、尚一層確かなものにしているように感じるのです。
                                    たそがれ


 
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