映画と音楽そして旅

主に懐かしい映画や音楽について…
時には新しい映画も…

(シネマ・タイム)「スターウオーズあらすじ」

2011-06-09 14:04:23 | 映画
 前回に引き続いて映画のあらすじです。
 この映画はストリーの展開と製作年代が、前後ばらばらで全体として、整理して見ると次のようになります。
 ストリーの続きはエピソード4-6として、70-80年代にすでに公開されているので、ご存じの方は多いと思います。
 
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 1.スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス(1999
 2.スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃(2002)
 3.スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐2005

 4.スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(1977
 5.スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲(1980
 6.スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還(1983
 (*2004年までの旧題:「ジェダイの復讐」)

 さて、映画のあらすじですが…
 遠い昔…銀河系には独立した国家を持つ、数十万の星で構成された銀河共和国が、存在していた時代がありました。
 しかし年月の経過で既成の秩序は崩壊し、共和国は分裂の危機に直面していたのです。
 その中で古えから共和国の秩序を支えて来た、騎士団ジェダイが秩序回復のために、日夜奮闘努力していました。
 その一方では悪の力を信じる、シスと云う非合法集団が、「銀河帝国」の建設を目指して、策謀をめぐらしていました。
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 そんな時に来襲した独立星系連合軍に、銀河共和国のパルパティーン議長が誘拐され、オビ=ワン・ケノービとアナキン・スカイウォーカーの、二人のジュダイが救出に向かい、首尾よく議長を奪還します。
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 帰還したアナキンは恋人のバドメから、子供が出来ることを知らされ、バドメと子供の為に更に、強大な力を求めるようになります。
 やがて救出された銀河共和国の、パルパティーン議長の恐るべき正体が、明らかになっていきます。
 
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 パルパティーン議長の正体は、実は悪の集団のシス卿ことダース・シディアスだった事が判ります。
 ダースはアナキンを悪の世界に、引きずりこむ為に言葉巧みに誘惑します
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 アナキンは共和国指導者のメイスに、事実を報告するのですが、共和国内で待遇に不満を持っていたアナキンは、ダースの説得に負けてダースの逮捕に来た、メイスを殺害してしまいます。
 
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 パルパティーン議長から、「ダース・ベイダー」と云う名を貰ったアナキンは、改めて悪の道に服従を誓います。
 やがてダース・シディアスは元老院を停止して、自らが皇帝の地位に就いて銀河帝国を、樹立することを宣言します。
 アナキンは皇帝の指示で、残存していたジェダイ達や、子供たちなど全ての人を虐殺します。
 
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 ジュダイのオビ=ワンは、襲って来たグリーバス将軍と、激闘を交えますが敏捷な将軍は、なかなか倒すことが出来ません。
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 グリーバス将軍は元は普通の生物でしたが、戦いに敗れて心臓部分だけを残して、電子頭脳を組み込まれた、節足動物に改造されていました。
 4本の手を持ちライトセーバーを、巧みに使って相手と戦いました。
 
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 オビ=ワンは必至の攻防で、グリーバス将軍の急所の心臓を、攻撃して彼を倒してしまいます。
 
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 アナキンが悪の道に墜ちたことを知った、オビ=ワンは火炎の星で、アナキンと師弟の対決をします。
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 アナキンはオビ=ワンにジュダイとして、指導されてきたのですが、平静を失った彼の眼は、師であったオビ=ワンへの、憎しみで燃えていました。
 紅蓮の炎の中で戦われた、二人の勝負は瀕死の重傷を負った、アナキンの敗退で終わります。
 
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 アナキンは銀河皇帝に命を救われて、鉄の仮面を被せられて再度登場します。
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 この不気味な鉄の仮面と独特の呼吸音…これを観るのは初めてではありません。
 生まれ変わったアナキンが悪の皇帝の補佐として、暴れる姿は既に公開済みの映画で、詳しく描写されているので、私も観た記憶があります。
 
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 アナキンが悪の道に墜ちたことに、心を痛めつつ恋人のバメラは、双生児を生んで世を去ります。 
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 生まれた子供は長男はルーク長女はレイアと名付けられて、争いのない平和な惑星で、それぞれ別に育てられるところでこの映画は終わります。

 この続きは既にエピソード4・5・6として、公開されているので、ご存じの方も多いと思います。
 
 この双生児の長女のレイアは成人して、レイア姫として兄のルークと共に、エピソード4で悪の集団と戦い活躍します。
 このあたりストリーが前後して、時系列的に少しややこしいようです。
  この映画の結末は70-80年代に、既に公開済みの映画のの通りです。

 ルークは悪の帝国のNo2「ダース・ベイダー」が、自分の実父アナキンであることを知り悩みますが、共和国の正義の為にあえて父に対決します。
 ルークに倒された「ダース・ベイダー」は、死の直前にジュダイだった自分を取り戻し、皇帝を殺し我が子の手で、仮面を外して貰い世を去ります。
 エピソード6「ジュダイの帰還」とは、悪の道に走ったアナキンが騎士(ジュダイ)として、精神的に復活したことを現しているようです。

 この映画の監督のジョージ・ルーカスは、日本の黒沢明氏を尊敬していたようで、黒沢作品と共通したことがあると云われます。
 ジョージ・ルーカスという監督は、1977年の第1作から、2005年の最終作に至るまで、28年間をかけて全シリーズを完結させた意欲は、実に尊敬の外ありません。
 
 そんな訳で私の記事も、2000年代から、突然に1950年代に飛んだりして、目茶苦茶に長くなりました。
 意味不明の文章を最後まで読んで戴いて、ほんとに有難うございました。
  

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映画「スター・ウオーズ」

2011-06-01 16:01:27 | 映画
長らく休眠していましたこのブログ…このたび急に思い立って再開致しました。
 タイトルも新しくスタートしましたので、今後ともよろしくお願い致します。


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壮大な銀河系宇宙を舞台として、SF映画の中でも不滅の名を残している、映画「スターウオーズシリーズが、2005年版として再び甦ったのを見ました。
 近年の作品はCG…コンピュータ・グラフィックスの、特撮技術を駆使していますので、1970-80年代の前作より迫力がありました。
 
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 この映画のタイトル・ミュージックは、民放テレビの某映画番組にも使われて、洋画フアンにはお馴染みの曲でした。

   聴いて下さい 映画音楽「スターウオーズ  テーマ曲」

 遠い昔、遥か彼方の銀河系では…
 壮大なテーマ曲と共に、このおきまりのフレーズが…

 映画のあらすじは、既に知られている内容ですが…
 遠い昔…
 銀河共和国の秩序を守る騎士団ジュダイ
 悪の力で銀河帝国の樹立を画策する悪の集団シス
 ジュダイでありながら悪の集団に、誘惑されて仲間を裏切るアナキン

 
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 アナキンの変心に心を痛めながら、彼との子供…ルークとレイアの双生児を産んで、世を去る恋人バメラ
 二人の子供は争いのない別の、平和な惑星で育てられます。

 この続きはエピソード4として、既に70年代に公開されています。
 この双生児の長女のレイアは、成人して長男のルークと共に、レイア姫として、活躍していたことは、ご存じの方は多いと思います。

     
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 ここで話題は突然50年前の、私の青春時代に遡ります。 
 70年代レイア姫を演じていたキャリー・フィッシャーは、私の20代の頃の大歌手の、エディ・フイッシャーの娘でした。
 彼が歌った「オー・マイ・パパ」は、日本では雪村いづみさんが歌って、これも国内では大ヒットしました。

           Oh My Papa  Eddie Fisher

    クリックしてね こちら オー・マイ・パパ エディ・フィッシャー          
                
そしてキャリーの母親というのは…
 MGMミュージカル映画の黄金時代を、華やかに彩った新進スターに、デビー・レイノルズがいました。
 ハリウッドでは数少ない清純可憐派で、しかも輝ける独身!と云う訳で先物買いしてたのですが…
 映画「雨に唄えば」の主役に抜擢されて、この場面で少し…

  クリックしてね メトロ映画 >「雨に歌えば
」より…
    Sinnginng in the rein  Gene Keuuy&Debbie Reynolds


 レインコートを着た女の子が当時の、我がアイドルスター愛しのデビーちゃんです。
 相手役はミュージカルのトップスターの、ジーン・ケリー…フランク・シナトラと並んで、この世界ではヴェテラン・スターでした。
 彼女はタップダンスは無経験だったのに、映画ではきちんとこなしたことで高い評価を得たようです。
 私には若かりし頃の懐かしいシ-ン…勿論、この映画のDVDも手元に持っています。
   
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 このアイドルスターのデビーちゃんと、大歌手のエディ君が結婚!というニュースが流れると、全世界は二人の前途を祝福する声で溢れました。
 二人の幸せな未来を信じて、疑う者はいなかったのですが

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 エディはその後は映画にも進出して、リズことエリザベス・テイラー「バターフィルド8」で共演します。
 その頃はリズは愛する夫君の、マイケル・ドットを航空機事故で失い、悲嘆に沈んでいましたが、その哀しみを慰めに通っていたエディ恋仲になってしまいます。
 このお二人の仲の良いところ…やがてエディデビーと娘を捨てて、エリザベス・テイラー何人目かの亭主に納まりました。
 世紀のスキャンダルとして、彼の人気は急速にガタ落ちになりました。
 
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 エディと離婚したデビーは世間の同情もあり、健気にも頑張って一人娘の、キャリーを立派に育て上げます。
 キャリーも母親の才能を引き継いで、映画スターとしてデビューして、前記のように「スターウオーズ」のレイア姫で有名になりました。
 
 一方のエディとリズとの結婚生活は、5年で破綻
 リズに捨てられたエディは、歌手としてのヒットもに恵まれず、世間から忘れられ酒とドラッグ漬けの失意の日々を送ることになります。

 私がデビー・レイノルズと再会したのは、ザッツ・エンターティメント」Part3ですが、「私の歌は実は吹き替えでした…」と告白したり、老いたりとは云え可愛いところは同じで安心しました。
 1990年にはデビーとキャリーをモデルにした、映画『ハリウッドにくちづけ』が製作され、シャーリー・マクレーンとメリル・ストリープが出演したようです。
 スキャンダルが多いハリウッドでは、心暖まるエピソードです。
 E・テイラーなど50年代からの大女優が、次々と他界する中で親子共々大いに頑張って欲しいです。

 21世紀の映画でも原点を遡ると、帰り来ぬ我が青春時代の追憶に、繋がって来るのも奇縁です。

 道草を食ってるうちに、肝心の映画のことがお留守になりました。
 映画「スターウオーズ エピソード3 シスの復讐」は、稿を改めて次回に掲載しますので、よろしければご覧下さい。


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(シネマ雑記帳) 映画「キリマンジャロの雪」

2006-10-11 00:12:02 | 映画
 五十数年前から私が気になっていた映画の「鑑賞」と、「原作小説読み」を同時進行でやっと終了しました。 これもすべて写真でもお判りのように、著作権切れで安価DVDが出廻ってきたお蔭でございます。 
 イメージが壊れることが多いのと読むのに時間がかかるので、原作と映画の両方を見ることはあんまりしないのですが、ヘミングウェイの作品「キリマンジャロの雪」は幸いにして短編小説でしたから読む気になりました。
 この小説も映画も最初はお決まりの「高さ19,710フィート…アフリカ第一の高峰の頂きに、ひからびて凍りついてた一頭の豹の屍が横たわっている。そんな寒い高所に豹が何故…これは誰にも説明出来ない…と云う意味の文で始まります。
 小説でも映画でも最初から「ハゲタカ」や「ハイエナ」が「死」の象徴として登場します。
 狩猟の傷が悪化して生死の間を彷徨いながら、朦朧とした意識の中で作家で狩猟好きのハリー(グレゴリー・ペック)は、今までの出来事を回想します。
 彼の脳裏を駆け巡るのは彼に冒険を勧めた親父のこと、今まで従軍した戦闘のこと、そして狩猟のことなど…多分ヘミングウェイ自身の体験などで、過去の女性についても軽く触れられているものの、中身はラブラブ場面もなければ」大きな劇的な展開もないし退屈そのものです。
 それは小説の意図するところが「死」に向かい合っている彼の、心理状態を主眼に置いた描写のようなので当然そうなることと思われます。
 映画でも彼の世話をする女性ヘレン(スーザン・ヘイワード)は彼の云いたい放題の言葉を、上手にあしらいながら献身的に尽くします。
 でも、映画のハリーが思い出すのは…全く別の女性…シンシヤ(エヴァ・ガードナー)や、もう一人の彫刻家の女性などのことばかり…と云う風に、ハリウッド映画特有のメロドラマが展開して行きます。
 
 この映画で私はヘレン役のスーザン・ヘイワードが、原作での立場のように主役だと勝手に思いこんでいましたが、ハリーの女性遍歴の描写は原作には全く登場しない女性…シンシァ…エヴァ・ガードナーとのことが、大半でS・ヘイワードは脇役になっていたのがどうも気になりました。
 ヘミングウェイ原作の映画化と云いながら、映画のストリーの大半は原作にない女性とのラブ・ロマンスに費やされいる訳で、なにか当時のハリウッドの商業主義やご都合主義が、露骨に表れているような気がしました。
 この映画が作られた1952年はヘミングウェイも、「老人と海」を発表するなど健在でしたから、原作者の了解の下に行われた改変と思われます。
 と、すれば映画「愚かなり我が心」が作者の意図に反して、単なるメロドラマかしているとして、代表作の「ライ麦畑…」の映画化を断ったというサリンジャーに比べてヘミングウェイは少し意識が違うのかな?と思いました。
 ヘミングウェイ自身も私生活で戦争に従軍したり、自動車や飛行機事故に遭ったりしていることはよく知られています。
 スペイン内戦に特派員として従軍した経験は「誰が為に鐘は鳴る」に、描かれていますが戦争や狩猟そして再三の事故などで、絶えず生死の境界を彷徨ってきた彼の作品には、なにか暗い影がさしているようです。
 作品の良否は別として「キリマンジャロの雪」ほど、原作と映画の違いを感じた作品は少なかったようです。
 世界的文豪の原作を豪華キャストで製作しながら、Bクラスの評価しか与えられなかったのも珍しいことですが、これも原作と映画との大きな落差にあったのかも判らないし、当然ではなかったのだろうかと思います。
 しかし原作に書かれていないキリマンジャロの頂きの「豹が何故そこにいるのか…」と云う疑問にも答えて?いるし、原作を離れて単なる作品として見れば、それなりのお値打ち品だったような気もします。


 
 


(シネマ雑記帳) 映画「モロッコ」

2006-09-11 00:02:36 | 映画
 1930年と云う私がまだ生まれる前の古い名作に、やっとお目にかかることが出来ました。
フランス本国から流れて来て男装で唄う酒場の歌姫…アミー・ジョリー(マレーネ・ディートリッヒ)には、なにか酒場に寄ってくる男達を惹き付ける不思議な魅力が…
 外人部隊に入隊して3年目の兵士トム・ブラウン(ゲーリー・クーパー)…この二人はたちまち惹かれ合う…
 彼が彼女に言った有名な殺し文句は…「もう十年早く君とめぐり合いたかった…」
 炎熱の地獄…果てしなく続く砂漠…北アフリカ・フランス領モロッコの、エキゾチックな風景を背景に展開するラブ・ストリーでした。
 物語に一抹の哀愁が漂うのを感じるのは、フランス軍隊独特の組織「外人部隊」の存在でしょう。フランスでこの制度が出来たのは海外植民地の維持に、正規軍の損害を少しでも減らす目的でナポレオン三世の頃に創設されたと云われます。
 入隊には本人の国籍・前歴などのすべてが不問にされたので、フランス本国で食い詰めたならず者や犯罪者などが、金と引き換えに軍隊に生命を預けました。
 私はまだ見ていませんが外人部隊を題材にした映画は、同名の映画の外に「ボージェスト」など多数あるようです。
  
  …唄ってあげましょ故郷の歌を  セーヌのたそがれ瞼の都
  花はマロニエ シャンゼリゼ   赤い風車の踊り子の… 
  男と同じく本国から流れ着いた女性も多くいたようで、お互いの胸を横切るのは…異国で出合った二人の胸に去来するのは、故郷への望郷の思いだったのでしょう。
 別の邦画の主題歌で「ここは地の果てアルジェリア…」と少し違いますが、エト邦枝が歌った大高ひさをの歌詞は遠く離れた異国で、懐かしい祖国の風景を夢見る二人の気持が伝わって来ます。
一時はトムは軍を脱走してアミーと国外脱出を考えますが、金持ちに求婚されていた彼女の幸せを考え身を引きます。
 上官との間にもいろいろの事件もあって、彼は再び生きて帰れないかも判らない砂漠の彼方…最前線へと向かいます。

  あなたも私も買われた命   恋してみたとて一夜の火花
  明日はチュニスかモロッコか……        
   芸術プロ作品(1955年 日本)「深夜の女」主題歌「カスバの女」より
 そして…あの有名なラスト・シーンになるのですが…
 ご存知の方は瞼の奥に焼きついているあの感動的な場面を思い出してみて下さい。
 ご存知でない方は…この歌詞と(少し写りの悪い)スチール写真で適当にイメージして見て下さいね。
 部隊が去って行く時の太鼓の音と彼らを追う女たち…砂漠を吹き抜ける熱い風が作る風紋が…詩的な情景描写に仄かな哀感が漂うようなラストでした。
 二人の思いはこの最後のシーンに凝縮されているのではないか…と感じました。
 
 
 
 



(シネマ雑記帳)(97) 映画 「トラ!トラ!トラ!(2)

2006-09-07 00:07:04 | 映画
、ハワイ作戦を指導した山本連合艦隊司令長官については、映画でもかなり好意的に描いているように思われました。
 彼が主唱した空母と航空機を基本戦力とした構想は、当時は画期的なものだっただけに抵抗も根強く、戦艦大和を中心とした大艦巨砲主義や古めかしい艦隊決戦主義から抜け切れませんでした。
 結局は優れた持ち駒を十分使いこなすことが出来ずに、日本軍のハワイ奇襲に学んだ米国機動艦隊に全滅させられたのは皮肉なことです。
 この映画ででも「アメリカは大国の威信にかけて反撃してくるだろう」と戦局の行方を達観していた彼の思想は正しいものでしたが、暗号解読により待ち伏せしていた米軍機により、ブーゲンビル島上空で戦死しました。
 「初戦の大勝利を挙げ早期講和に持ち込む」と云う、彼の考えは生かされず壊滅的敗北を受けるに至ったこと歴史が示す通りです。
 しかし冷めた見方かも判りませんが、緒戦の大勝利の栄光を担ったのも、戦局の転換点になったミッドウェイ海戦を指揮したのも、同じ山本長官でしたから長期的に見ればこの点評価は分かれるところです。
 
 ところであの懐かしいスターが一人…「第三の男」「旅愁」「ナイヤガラ」と云えば…ジョセフ・コットン…彼が陸軍長官の役で出てました。あの二枚目も…何分二十五年ですからねぇ…仕方ありませんわ…
 1970年当時にこの映画が公開されて、アメリカ本国では散々の不評だったそうですが、アメリカにとって最大の屈辱の事実…これはが当然だったと思います。
 日本では…戦後すでに二十五年も経過して、時あたかも大阪万博の真っ最中…この映画が巷でどの程度話題になったのか…子育てやマイカー・ローンに多忙で全くシネマ離れしていた私には、全く記憶がないのは残念なことです。
 
 1970年 アメリカ/日本 145分
監督■リチャード・フライシャー/舛田利雄/深作欣二
脚本■ラリー・フォレスター/小国秀男/菊島隆三
出演■マーチン・バルサム/ジョセフ・コットン/E.G.マーシャル
   山村聡/田村高廣/東野英次郎

(シネマ雑記帳)(97) 映画 「トラ!トラ!トラ!」(1)

2006-09-06 00:22:18 | 映画
 この映画は一度見たような気がしますが、NHKーBSで放映していたので少し気になることもあって見て見ました。
 私が以前から気になっていたのは、アメリカが日本の攻撃をどの程度まで真珠湾攻撃を、察知していたのか?と云うことでした。
 それはルーズベルト大統領は日本の攻撃意図を知っていたのに、ハワイの防衛を強化せずそのまま放置して却って損害を大きくし、日本への敵愾心を煽り立てるのに利用した…と云う説が真実なのか、単なる憶測にすぎなかのったかどうか…と云う疑問でした。
 当時の時代背景として日本もアメリカも三国同盟締結 ヨーロッパ戦線でのドイツの優勢 日本の仏印進駐 対日禁輸など一連の状況から、いずれ遅かれ早かれ一戦 交えねばならないような雰囲気にあったようです。
 この映画では外交交渉などで一応は、平和解決が模索されたようですが、日本側がすでにハワイ攻撃をを前提にして艦隊を出港させている以上、開戦は避けられなかったようです。
 交渉妥結の時は直ちに引き返せ…との指示も、血気盛んな士官たちを納得させられたかどうか…これも大いに疑問です。
アメリカが日本側の暗号解読などでかなり先行していながら、ほんとにハワイへの攻撃を予測できなかったのか…という点ですが、映画で見る限りアメリカは日本の攻撃は南方方面と予想していたようで、空母のハワイ不在も南方を警戒していたからのように思われます。
 日本海軍は戦術的には成功を収めたにも拘わらず、外交面での遅れで「だまし討ちの結果になり、やがて日本本土が徹底的な報復として、非戦闘員を巻き込んだ悲惨な無差別爆撃を受けたことを忘れてはならないようです。
 大局的にはアメリカの潜在的な国力を過小評価して、精神力や天佑など神がかり的な時代錯誤の指導を行っていた、当時の為政者たちの責任は大きいと思います。
  (続く)
 


(シネマ)「丹後路…映画山椒大夫」

2006-09-04 00:08:52 | 映画
 丹後路を舞台にした映画(山椒大夫」を見ました。
 私が始めてこの地を訪ねたのは二十代の頃…勤め先の先輩が丹後の人だったので誘われて訪問しました。京都から「丹後海陸」通称「丹海バス」の夜行バスで一晩かかって行きました。
 朝、目覚めた頃バスは大きな川の畔を走っていました。先輩が「これが由良川で『山椒大夫』の舞台になったとこやで…」と教えてくれました。
 森鴎外のこの有名な作品はちょうどこの頃に読んだ作品でした。
 由良川が海に近づくあたりにある由良ケ岳は、標高640mほどの山でそれ程高くはありませんが山椒大夫が根城にしたと云う山地です。
 溝口健二の映画も母玉木(田中絹代)と子の別れや、大夫の下での牢獄みたいな環境での苦難の日々や、厨子王(花柳喜章)の脱出と姉の安寿(香川京子)が入水するまでの経緯は森鴎外の原作を冷静に追っています。
 関白の推挙で丹後の国守に任じられた厨子王は、人身売買を禁じ山椒大夫に使役されていた者の解放を断行しますが、森鴎外の原作ではこれによって生産も上がり大夫の一族は益々富み栄えた…と云う風に、簡単にしかも大夫に好意的に記述されています。
 溝口映画は原作にない部分を追加して、かなり現在風に理想化して描いているように感じられます。
 母との再会のため佐渡へ渡って地元の役人に、母の行方を調べさせても全く掴めない…これはひょっとしたら神仏のお気に召さないのでは…と思った彼は、自ら足を運んで母を捜し求めやがて歌に託して、我が子の名を呼び続ける年老いた母と再会します。
 そして二人がしっかりと抱き合うラストは同じです。
 
 私のイメージは高位高官に登った厨子王と母の感動の再会…だったので、溝口作品の大胆な解釈とストリーには少し意外に思いました。
 治外法権的な「右大臣家」の荘園などの筋書きの付加で、官を辞した彼の行動は原作を離れて独立した作品と考えれば「格好いい」し、あまり違和感も感じないかも知れません。
 しかし原作が書かれた明治時代は立身出世を夢見るのが普通の時代でしから、このあたりに親子の別れやその後の苦難などの描写に重点を置いた原作と、山椒大夫の非人道的で抑圧された世界からの解放…と云う点に比重をかけた映画との違いを見たような気がします。
 日本映画が国際的な舞台に進出するには、世界中で通用する解釈が必要だと思いますが、古い時代に創られた原作を映像化する場合には、原作の持味を生かすためにも、ストリーの扱いや解釈の仕方が大切なようにも感じられました。
 
 

(シネマ雑記帳)(95)「悪魔のような女」

2006-08-31 00:14:29 | 映画
 この映画はここ数十年間にわたり気になっていた映画の一つなのですが、幸いにしてNHK-BSで放映していたのを録画することが出来ました。
 この作品は以前にもフランス映画「恐怖の報酬」と同じ監督でしたので、この映画のブログででも触れていますので引用します。<>の部分です。 

 <「恐怖の報酬」のアンリ・ジョルジュ・クルーゾウ監督の次作「悪魔のような女」では、観客に『結末を言わないで』と云う異例の『お願い』が出されました。しかしその割合に評判ほど面白くないと不評に終わりました。
 そこそこの映画だったのでしょうが、「恐怖の報酬」の印象があまりにも強烈だっただけに、同じ監督の作品でも損をした映画だったようです。
 私も当時この映画を見たと云う友人に聞きました。「これどんなラストやねん?」「それは云うたらあかんことになってる‥内緒や‥」と友人は映画の配給会社との約束を頑なに守るのでした。>

 学校の経営者の正妻と愛人が共謀して夫を殺害する…と云う、別に目新しい内容でもないのですが、当時の話題はこの「ネタバレ禁止令」に集中しました。
 あの頃は洋画専門誌としては「スクリーン」「映画の友」などが私の愛読誌でしたが、これとは別に「筋書き紹介」専門の「映画ストリー」と云う雑誌もあリましたが、この種の雑誌も一応協力したようで具体的な内容については概ね秘密は守られ、そのうち話題にもならなくなったようで、詳しい結末は私も知らないまま現在に至っています。
 「留守録画」してあった映像を見て、もう「時効」だろうからネタバレを…と思ったのですが、丁度 著作権切れの作品リストの270作品の「あ行」に掲載されているので、「ネタバレ解禁」は見送ることにしました。
 この映画でFIN…が出ると、すかさず
 「悪魔を憎むとも 後から見る人の興味をそがぬ為にも、
 あなたが見たことは口外しないように…」と云う文言が出ます。
 なにかこの事件のすべてを知っている目撃者…あるいは共犯者にされたような奇妙な気分になりました。
 私の五十数年前の記憶はやっぱり「ほんまもん」でした…記憶違いでなくってよかった…です。
 
 ところでこの映画で愛人役のシモーヌ・シニョレと云えば、フランス映画界では名高い「悪女」スターでしたが、この映画でやっとお目にかかることが出来ました。
 私生活では「恐怖の報酬」に主演したシャンソン歌手イブ・モンタンの夫人…かのマリリン・モンローとの浮気事件で自殺未遂…あれ…「悪女」のイメージにに相応しくない繊細な心臓してはるな…と感心したのを思い出しました。
 本妻役のヴェラ・クルーゾウは監督の奥さん…でしたか?少し気弱で良心的…殺しに加担するには少し…と云う感じでしたが…
 ご存知の方いられましたらお教え下さい。

 50年前にこの映画をご覧になった方…この映画のネタ…今でも覚えていますか?
 あとからこの作品を見られる方のために…ネタバレはやっぱり止めましょうね。

(シネマ雑記帳)(90)「二十四の瞳」

2006-08-18 00:03:44 | 映画
 お盆にテレビで放送されていたこの映画を見て、私は幼少時代に立ち戻ったような気分になりました。
 映画で子供達が楽しみにしていた修学旅行は対岸の四国の高松でした。金比羅さんのあの長ーい石段…元気いっぱいの子供達には、なんの苦にもならなかったのでしょう。
 戦争を挟んでの二十年近くの歳月の間に、大石先生(高峰秀子)は愛する夫と教え子を失いました。
 瀬戸内海に浮かぶ小豆島の風景を叙情的に描きながら、その一方で戦争の深い傷跡と非情さを余すところなく抉り出します。
 あの頃に生きた年代の人なら判るのですが、あの戦争に疑問を持ったとしても、口にすることは不可能な状況でした。私の知ってる限りでは、そのようなな先生は記憶にありませんでした。
 以前にもブログで触れたと思いますが担任の先生が、戦場へ赴く前にはなむけとして「軍歌」の代わりに、「流行歌」を歌うことを所望した…ぐらいが、ささやかな…そして、せいいっぱいの抵抗だったのかも判りません。 
 もし、もしも…ですが、日本中に大石先生みたいな人が大勢いたら、歴史の流れも少しは変わっていたのではないでしょうか。
 ここで想起するのは「国賊」として批判されながらも、断固として信念を曲げなかった与謝野晶子の存在です。
 最終的には世間もあの「君死にたまふ勿れ」を許容せざるを得ず、この詩は不朽の名作として現在も生きています。
 その後も大正時代デモクラシーの時代にかけて、平塚明…らいてうと共に「青鞜」「新しい女」の一時代を形成した私が敬愛する女性の一人でもあります
 
 少し古い考えかも判りませんが発展途上にあったとは云え、明治時代の方があらゆる言論が封殺されていた昭和の一時期に比べれば、まだまだ余程おおらかな時代だったのでは…などと思うのです。
 
 


〔シネマ雑記帳)(88) 「四月の雪」

2006-08-03 00:08:38 | 映画
   それははかない恋だった
   どんなに舞い降りても積ることのない
   四月の雪のように… (韓国映画「四月の恋」公式ホーム・ページより)
 
 こんなに内容と単純に一致した判り易いタイトルや宣伝コピイは珍しいようです。
結末はどうなるのだろうか?などと、はらはらどきどきする必要ははありませんね。最初から「悲恋」だ…と判っているのですから…
 私はこれとよく似たフレーズを思い出しました。それはフランス映画「ガラスの城」の宣伝コピーでしたが
   ガラスの城のように
   美しくも はかない悲恋の末路…
 当時のフランス映画界のトップ・スターのジャン・マレエとミシエル・モルガンのラブ・シーンがあって…観る前から、内容と結末が判って仕舞いそうな映画でした。結局は予告編を見ただけで終わりましたが、昔の映画はタイトルと宣伝文句で、お客を寄せ集めたり、こちらも乗せられたものでしたが…。
 最近はタイトルを見たり聞いたりしただけでは、内容は勿論のことジャンルすら」判らず、DVDなどのケースをチラリと見てから「ああ、止めとこか…」と云うこともも多いようです。
 
 冷めた視点で見ればこの映画のようなケースが、実際にあるのかどうかは疑問ですが、普通は自分の夫や妻を奪った相手には、憎しみを持つものじゃないかな…?よく判りませんね。
 でもこの映画では不思議な運命に引き寄せられるように、二人が愛し合っていく経過にそれ程不自然さはや違和感は感じませんでした。
 自らの夫や妻が起こした事故で亡くなった人の家を訪れて、遺族から責め立てられる場面は妙に生々しくて、なにかやりきれない思いになりました。
 偶然の出会い…事故を起こした二人の配偶者の一方は意識を取り戻し、もう一方はこの世を去り…やがて訪れて来た別れ…でもそれ程深刻さがなくて、サラリとした別れだったような気がしました。
 セリフが少ない…というのが共通した見方のようでしたが、私はストリーが判れば別にそれでもいいのでは…と云うような気がしましたが…。
 それにしてもストリーが単純で判り易かった…私にはこれが一番有難かったです。

  「清水・鞍馬」も見て下さいね。
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