「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

本棚

2015年12月26日 | Monologue & Essay
  本棚は懐かしい。とくに実家の本棚は、これまで歩んできた道を振り返るようで、さまざまな想いがよみがえってくる。本の数も本棚の数も、いまでは実家よりも住んでいるアパートの方が多いだろう。実家ではダンボール箱に詰めて押し入れの奥にしまった本も多いから、部屋にある本棚の数は少ない。本棚に本を並べるとき、何らかの基準にしたがって並べるのがふつうだ。そうはいっても、本が増えてくれば、なかなか整然とした並びにはならないものだ。
  それでも、ここにある天文関係の本たちは、けっこう整然と並んでいる。正確には「天文」関係ではなく、「天体観測」関係の本というべきだろう。子どもの頃から趣味といえば「鉄道」(いまふうにいえば「撮り鉄」プラス「乗り鉄」)と「天文」だったので、「天文」関係の本は少なくない。いま実家では「天文学」の本は押し入れの奥に収まり、「天体観測」の本だけが本棚に並んでいる。年代的には1960年代から1970年代初めくらいの本だと思う。それにしても、どれもこれも見事にハダカだ。若かったころ(子どものころというべきかもしれないが)何を思ったのか、本のカバーをすべて剥いでしまうクセがあった。いまとなってはそんな行為に及んだ自分が理解できず、後悔ばかりしている。本をハダカにして辱めた自分が本当に恥ずかしい。天文計算や天体望遠鏡の作り方の本も並んでいる。数学に関心はあっても計算が嫌いだった自分に、地道な天文計算などできるはずがない。作ってみたい気持ちはあっても、中学の「技術家庭」の授業にさえ四苦八苦していた自分に望遠鏡など作れるはずがない。どれもこれもツンドクで終わってしまった。これまた恥ずかしい過去である。



  少しマジメな話になるが、自分の障害を意識して、自分を「弱者」と認識したとき、ごく自然にマイノリティやフェミニズムへの関心が開けていった。その延長線上で、あるとき松本侑子という作家を知った。このあたりのことは、このブログで何度もふれた。そして、彼女の第二作『植物性恋愛』を読んで完全にはまってしまった。恥ずかしいけれど、知的な美人然とした肖像写真(「著者近影」)にもはまった。それからデビュー作の『拒食症の明けない夜明け』を読み、その後は出る本すべてを読んでいった。ただの美人ならば「三日で飽きる」が、ただの美人ではなかった。ちなみに『こころの病の文化史』は松本侑子さんの著書ではないが、『拒食症の明けない夜明け』を題材とした論説が所収されている。いまでこそ「赤毛のアン」の翻訳家として知られている松本侑子さんだが、デビュー作から「赤毛のアン」関連以外の本もほとんどすべて、ずっと読み続けてきたことは自負している。だから、この本棚には誇らしい思いもある。ここにはない「赤毛のアン」に関連した本と文庫本などは、ほぼすべてアパートの本棚に並んでいる。



  本は人が作った。ヒトが人となってなしえた偉大な発明だ。だからといって、本を読む人間が必ずしもえらいわけでは、もちろんない。本を読むことをひけらかす輩など鼻持ちならないし、むしろはた迷惑だったりもする。それでもやっぱり、本を読まない人間はどこか薄っぺらな感じがしてしまう。本は人を作る。食物は身体を作る血肉となる。本は精神を作る血肉となる。一枚の紙はわずかな風にも吹き飛んでしまうが、紙を束ねた本は―ダジャレのようだが―思いのほか重い。本の1ページも“食せぬ”人は、わずかな風にも揺らいでしまうかもしれない。大量の本を“食して”いても、思わぬ風に翻弄されることはあるだろう。それでも、自分がなぜ飛ばされたのかを知ることができるかもしれない(パスカルのあの名言のパクリかも)。しかし、何を食べたかによって身体のつくりも異なるように、何を読んだかによって精神のつくりも異なってくる。読んだ本を見れば、その人の心性や感性が見えてくる。本棚に並ぶ本は、食卓に並ぶ食事のようなものだ。わが家の食卓を他人に見られると恥ずかしく思うことがあるように、自分の本棚を見せるのもまた恥ずかしく思うことがある。『私の本棚』で松本侑子さんも書いているように、本棚は恥ずかしい。

(※)タイトルの写真は本文と無関係です。

  

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