「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

『環境倫理学のすすめ』、『新・環境倫理学のすすめ』

2008年12月12日 | Ecology
『環境倫理学のすすめ』(加藤尚武・著、丸善ライブラリー)、『新・環境倫理学のすすめ』(加藤尚武・著、丸善ライブラリー)

  先日、加藤尚武先生の講演を聴いた。加藤先生はわれわれの“業界”では超有名人である。環境倫理や環境思想を学ぼうと思うならば、まず『環境倫理学のすすめ』に入門するのが定番であり必須といえるだろう。実際、自分の場合もいまの大学院を受験するとき、参考書としてもっとも役立った本の一冊になった。1991年に出版されたこの本は日本で初めての環境倫理・環境思想の入門書だった。それから14年後の2005年に出版されたのが『新・環境倫理学のすすめ』である。加藤先生の基本的な主張は三つにまとめられる。すなわち①自然の生存権(生物種の生存権)、②世代間倫理、③地球全体主義(世界の有限性)である。基本的な考えは14年前とまったく変わりはないが、気分的には大きなちがいがあると加藤先生はいう。前著は「京都議定書のような国際協力体制が生まれることを同世代人に向かった期待しながら書いた」が、新しいすすめは「京都議定書が誕生すると同時に傷だらけになっている現状で書いた」からだ。それでも「さらに深刻になる環境問題に直面する若い世代に向けて、重い課題を投げ出さないで引き受けてほしいと願う気持ち」で新しいすすめは執筆された。
  講演はこの『新・環境倫理学のすすめ』の主題に沿って進められていたように思う。加藤先生の近著である『資源クライシス』(丸善、2008年)の内容にも触れていたかもしれないが、まだ手に入れていないのではっきりとはわからない。話題はそれこそ多種多様にわたっていたが、まず資源(石油)枯渇説批判の話がおもしろかった。石油の埋蔵量(予測)というものは変化するものであって、それも年々増加しているという。それは存在の確率レベルでのちがい(低い確率を採用すれば埋蔵量は増加する)や、技術レベルでのちがい(採掘方法によって採掘可能な概念が変化する)や、さらに経済レベルでのちがい(たとえば1バレル20ドル以下で採掘できる石油というように価格との相関関係でしか決定できない)から生じる。このようなデータは恣意的なものであってまったく当てにならない。さらに驚かされるのは、捏造されたデータが環境経済学の本に引用されている事実である。データに関わる話でもう一つとくに興味深かったのはデータの歴史的摩耗である。たとえば核廃棄物の管理で1000年間の安全を保証する設計などと喧伝されるが、現在知られているデータに基づいた外装法によるものである。しかし、その基礎となった科学的データが今後1000年間有効で不変である保証はない。「技術開発の可能性を示す原理の発見とその応用例の開発の時間差は短縮される傾向にある」という技術予測の「法則」もあるという。加藤先生はノーベル物理学賞の受賞者から直接聞かされたそうだが、これもデータの恣意的な配列によって作成された気休めにすぎないと断じている。もともと科学や技術に興味を持っていた人間が、あるとき何かのきっかけで科学者や技術者のあまりに楽観的な認識に疑問を持ち、もっと高所大所から見てみようと思うことがある。理系から「文転」する人間にはそんな心の動きがあるのではないかと思う。結果的に完全に理系から足を洗ってしまう人もいる。一方で科学や技術への夢が捨てきれず、いまだに両者の間を彷徨している自分のような人間もいる。
  講演では市場経済と「見えざる手」の話やハーディンの「共有地の悲劇」・「救命艇の倫理」といったオーソドックスな話題にもふれられていた。聞き手のほとんどは環境倫理や周辺領域の専門家あるいはそれに準ずる人たちだったはずで、その意味では環境倫理学の再入門的な講演だったといえる。しかし、自分にとってはむしろ科学技術(とくに環境や資源に関わる科学技術)のあり方(倫理)についてあらためて考えさせられたひと時だった。加藤先生は1937年生まれで古希を超えていらっしゃるが矍鑠(かくしゃく)としていて、質疑応答も実に丁寧な受け答えをされていた。権威主義的なところも感じられず、本当の学者とはそういうものなのかもしれない。加藤先生は明確な答えを提示しないとういう批判も一部にあるが、そもそも環境問題にそうたやすく答えが見出せるとは思われない。変にアジテーション的な態度をとるよりもよほど良心的だと思うのは自分だけだろうか。

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