昨年引っ越しをした。引っ越し会社は一度頼んで満足したところに決めていて、自分が関係している法人の引っ越しも含めて、もう何度もS社にお願いしている。
女性にとって引っ越し作業とは、プライバシーをさらけ出し、足らないところを補ってもらうこと。単にモノを壊さないとか、手際がいいのか、安いとか、そういうことでは選べない。一言でも何か気に障ることを言われたらもうダメ。若い時に一度そういうことがあり、それ以来、価格にはそれほどこだわらないようになった。もっとも仕事の資料も多く、お任せパックは利用しにくいので、値段はどこに頼んでも大差はないと思う。
マニュアル化された大手でも、引っ越しは結局は人間のやること。個性や能力が出る。リーダー格の人に追加サービスの要望を聞かれたので、テレビとDVDの配線をしてほしいと頼んだところ、どうも得意中の得意だったらしい。
テレビは5年くらい前のもので、当時も電器量販店のサービスで人にやってもらったのだが、音がイマイチ。当時はまだビデオを持っていたのだが、アナログだとまったく映りが悪く話にならなかった(結果ビデオを捨てた)。ところが友人宅で、間違ってアナログ放送をかけても鮮明だった。
テレビのメーカー、年代の違いかとも思い、初めて地デジ対応にしたものだから「まあ、こんなものか」と放置していた。ところが引っ越し会社の人に頼んで配線をしてもらった途端、音は10くらいのボリュームでもはっきり聞こえ、デジタルそのものの映りも格段よくなった。加えて配線上の問題だったという説明もしてくれた。
引っ越し会社に電気配線の特技を求めるのは本筋ではないけれど、それだけにこういうサービスは心に残る。
今、就職で苦労している新卒の学生さんは多いが、引っ越し会社の面接に行って「私は電気に詳しくて、どんな家電の説明も取り付けも完璧にできます」とはアピールしないだろう。深く考えない面接官なら「ヨドバシカメラと間違っているの?」と問い返されるかもしれない。
でもどんな業種でも、その世界で活躍するために必要なのは、本筋の技術や能力だけではないと思う。そもそも本筋の技術で、新卒や未経験者は上司や先輩に太刀打ちできない。何社も受けてダメな場合は、一度変化球も試してみてはどうかと思う。
「業種や会社の大きさを選んでいないのに就職が決まらない」という知人の学生に、よくよく話を聞くと「大学に求人が来ているところにしか応募していない」という。大学そのものに競争力があるならまだしも、それでは面接までもいけなくて当たり前だと思う。
業種こそきちんと選んで自分で調べ、良いと思う会社の社長宛に、自分の特技や特性とその会社への熱意を盛り込んだ手紙を書いた方が確率が高い。その子がその後それをやったかどうか知らないけれど、自分も苦労をしてきた中小企業の社長なら、少なくとも心は動かされるだろう。心が動かされてこそ、縁ができる。冒頭の引っ越し会社も、心を動かしてくれたから、いやな会社との比較論で選ぶのではなく、絶対的に選びたい会社になる。
就職も本質は同じような気がする。ストレートを投げてスピードという過酷な競争の中に埋もれるより、変化球ならニッチを狙えるかもしれない。