ensemble マーケティングの視点

日常生活と趣味を綴る個人的散文です。タイトルに反し、仕事に関する話は書きません。

耳かきは究極のリラクゼーション?

2007-07-28 15:24:17 | まち歩き

女性向けのリラクゼーションビジネスと言われるものは、大抵体験済み。でもリラックスなんて悠長に構えて利用できていた時代は過ぎて、肩こりが頭痛に移行する段階にきている最近は、ほとんど治療といった方がふさわしい気もする。従って、エステ、ネイルの類の利用頻度は急激に減少し、最近は整体・カイロプラクティックにも。

それはともかく、そんな中でも二の足を踏んでいた分野があった。1、2年前から急激に日本でもサービスが浸透してきた「耳かき」である。浴衣姿の女の子の膝の上でしてもらうパターンから、普通のマッサージやエステに近いものまで、今では幅広く展開している。

こういうビジネスがあることをはじめて知ったのは確か5年以上前、台北でのこと。ちょっぴり高級かつ怪しげなマッサージサロンに入ると、テレビモニターを観ながらのオイルマッサージの最中にさまざまなオプション提案をもって、女性が巡ってきて耳元でささやく(勧誘する)。「爪切り」「ネイル」「シャンプー」等などに続いてやってきたのが、「耳かき」。とにかくオプションは何もつけないと思っていたので、条件反射的にずっと「No」と言っていたのだが、「耳かき」にはちょっと驚いた。結局断ったが、何だか耳かきだけは少し名残惜しかった。

それからしばらくして日本にもできたわけだけど(確か関西が最初だったと思う)、いざとなるとどうも耳かきまでを他人の手に委ねるということに正直抵抗感があった。おそらく日本人女性の一般的な感覚として、他人の技術(ヘアサロン、医療系サービスなど)を買うことには抵抗はないが、奉仕を買うことに後ろめたさを感じるということがあるのではないか。エステやマッサージまでは技術として認識できる。でも耳かきって、どういう資格や技術を持ち、誰が行うのかまったく不透明だ。だからなのか、日本に入ってきた耳かきサロンは、マイクロスコープで耳の中を見せたりして、技術的な要素を強調している。それでもやっぱり抵抗があって、長く存在を無視していたのだが…。

最近ひょんなことから、耳かき専門店に入る機会があった。変なコンセプトのある店ではなく、日本でもっともメジャーなチェーン店。気持ちよくないわけではないけど、やっぱり何だかこそばゆいような居心地の悪い時間だった。もちろんこれは私の感性であって、耳かき専門店を否定するものではない。耳かきビジネスは郷愁を刺激するものと聞いたことがある。子どもの頃、母親にとってもらった気持ちよさの記憶を再び…ってこと。そういう意味では一般的には男性向けビジネスなのかもしれない。


エコバッグ、小売店にある矛盾

2007-07-22 23:54:33 | まち歩き

アニヤ・ハインドマーチの件は、想像以上にヒートアップしているようで、これに関してはもはやエコバッグ云々の話ではないと思うので、今回は別の視点から。

うちの近くの百貨店でも、くだんのエコバッグは売り出されたわけだが、その同じデパ地下では常に大量のレジ袋や紙袋が排出されている。それはエコバッグ販売前後まったく変わらない光景だ。今の多くの、特に働く消費者の行動パターンは、デパートやコンビニは最初から買い物目的で、自宅から出発するわけではないから、エコバッグが定着しにくい。従って、ベネトンなどが小さく畳めるものを販売している。それはそれで一つの大きな工夫だとは思う。

でも実際にレジ袋や包装紙の使用量を減らすのは、エコバッグかレジ袋(包装紙)かの二者択一ではないはず。もれたり湿気たりの心配のない商品なら手持ちのバッグに入れてもいいわけで(防犯対策の観点からできないということもあるだろうが、申し出れば大抵OK)、そのためのレシートでもある。それもそうだがデパ地下では集中レジではないため、複数のレジ袋がたまる。それが嫌で、一緒に入れてほしいというと、大抵の店は新たなレジ袋に、前の店でもらったレジ袋ごと入れてしまう。確かに混雑する中、詰め替えるのが面倒なのはよくわかるが、そういう配慮をしてくれる店(人)も中にはある(最近は自分でモノだけ受け取って、中に入れ込むことも多いけど)。

これが同じ百貨店ブランドの包材を使う店同士ならそれだけの話だが、ブランドショップだと自分の店の袋の中に前に買った店の袋を入れ込むのがお約束。特に化粧品などは顕著で、例えばランコムの後にシャネルに行ったとしたら、シャネルの店員が「では失礼してランコムのバッグにシャネルの商品を入れさせていただきます」とはならない。ランコムのバッグがシャネルの紙袋に隠されることになる。なぜなら自社のブランドバッグは強力な動く広告塔だから。百貨店自体がエコバッグを推奨しにくいのは、実はそういうこともあるのではないかと思う。特に買い物帰り電車を使うことが多い都市部では、車内にその百貨店の袋を持っている人がたくさんいるということの広告効果はあなどれない。

ならばアニヤ・ハインドマーチや一部のファッションブランドに任せないで、小売ブランドは自社のエコバッグのデザインを競い合えばどうだろう。今販売されているエコバッグの数々、まだまだ改良の余地はあると思う。


甘い塩

2007-07-16 01:48:03 | まち歩き

ソルト系ジェラートというのは何年も前から人気で、今では近所のスーパーでも売っているが、いわゆるアイスクリームやキャラメル、ケーキなど、本来甘さを競う味覚に、塩が使われる例はどんどん増えている。塩だけでなく、しょうゆやカレー粉、オリーブなど、本来料理に使われる刺激系のスパイスなどがスィートに進出。好奇心旺盛な人たちに評判のようだ。

うちの冷蔵庫にもフランスの塩キャラメルが入っている。もっともキャラメルはやっぱり甘いので、ほとんど減らないけれど。今日百貨店にお中元を見に行ったら、アンリ・ルルーの有塩バターキャラメルが30個入りの小さなパッケージで5,000円(税別)。一瞬そそられるものがあったが、さすがに人様に贈るものをトレンドだけで選ぶのも大人げない気がして、結局無難なモノにした。

食の創意工夫というのは無限だと感心する。何もカレーやワサビのアイスクリームを作ることはないだろうと思うのだが、これがなかなかイケるらしい。人の舌は無数の味を体験し、そして肥えていくのだろうか。

でも皮肉なことに最近のニュースでは、日本の偽牛肉に始まり、中国では豚まんにダンボールというとんでもない例も出てきて、人の舌はすっかりだまされるものということが証明されつつある。

食べるということは、生命の根源であり、欲求の基本であり、幸福感をもたらすものであり、エンターテインメントでもある。そして時にリスキーである。どこの誰だか知らない人が作ったモノを、漠然とした信頼感のもと、口に運ばないと基本的には生きていけない。

追記:前回何気なく書いた「アニヤ・ハインドマーチ」のエコバッグは、発売日には日本でも大行列、大混乱だったようで、ニュースでもとり上げられていた。といっても、実際売られる数や店が少ないから錯覚しているだけで、並んだ人の絶対数はたいしたことがないのだけど、それにしても最近の情報伝播力はバカにできない。そんなに方々にとり上げられていたとは思わないのだけど…。それと前日から雨の中並ぶというパワーもすごい。ネットオークションで売ってもせいぜい10倍なら、家で寝ていた方がいいような…。


エコバッグのブランド化

2007-07-10 02:57:54 | まち歩き

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最近ようやくスーパーのレジ袋からエコバッグへの持ち替えに、本格的に火がつき始めたようで、あらゆるブランドがエコバッグに参入している。極めつけはエルメスだが、アニヤ・ハインドマーチのエコバッグも大人気らしく、世界の大都市で行列を作っているみたい。日本でもいよいよ14日に発売されるという。このエコバッグは2,100円らしいから、人気が出るのもわかる。多分日本でも並ぶに違いない。ちなみにエルメスのエコバッグは16万円弱。お店系のものでは、DEAN & DELUCAが今は人気らしい。

うちの実家のある京都では…といっても、うちの親族周辺だけかもしれないが、随分前から紀ノ国屋のエコバッグが大人気で、本家に行ったことのない人がほとんどなのに、よくわからずに持っている。転じて我が家の周辺(東京都心部)では、まだほとんどの人がレジ袋をもらっているように思う。私自身も1階のスーパーマーケットにはエコバッグ持参だが、少し遠方、例えばデパ地下などには持っていかない。食品購入のチャネルが多様化した今、エコバッグのブランド化は、レジ袋廃止や包装の簡素化を実体化するためには良い兆候なのかもしれない。

ブランド品のエコバッグに列を作る人の心理に眉をひそめる人もいるかもしれない。でも例えば紀ノ国屋やDEAN & DELUCAはいわゆる小売業だが、ある種のブランド企業だ。実はブランドやデザインとエコロジーというのは密接な関係があって、自然環境を守ることは、ある種ブランドを守ることにもつながるし、そもそも都市や地域のデザインを考えることとイコールでもある。いわゆる高級ブランド品のメーカーが、環境問題への取り組みや、ソトコトのような雑誌への広告出稿に熱心なのも、企業活動としては理にかなっている。

ちなみに私のエコバッグは、代官山の今はなきタベルト(現在は大丸ピーコックになっている)のものを使っている。もう今の住まいに越して4年くらいになるが、何だかあまり店そのものが好きではない1Fにあるスーパーのロゴの入ったエコバッグは持つ気持ちになれないので、昔のモノを使っている。スーパーマーケットチェーンも今は総合的なデザインセンスを問われる。自社デザインのエコバッグを持たれない店は、その店のブランドを軽視されているということ。昔は例えば百貨店の包装紙がその店のシンボルであり、ブランド力を発揮するものだったが、これからはエコバッグのデザインの真価が問われることになるのかもしれない。


ダイ・ハードのトリロジーボックス

2007-07-05 03:47:22 | まち歩き

ここのところ、映画を観ていない。久しぶりに先日の日曜日、トライしようとしたのだが、新宿バルト9は長蛇の列。考えてみたら映画の日で、レディスデーを設定していないバルト9的には貴重な1,000円デーだ。結局やめて、伊勢丹のバーゲン(こっちも超混雑)で服を買って帰ってきた。

実はこの日何となく足は「ダイ・ハード4.0に向いていた。ところが実は私は1~3は観ていない。人の3倍くらいは映画を観ているつもりだが、ダイ・ハードもスター・ウォーズも、ロッキーも、ハリウッドのメジャーなシリーズものはほとんど観ていないという天邪鬼。唯一観たのはバック・トゥ・ザ・フューチャーで、これも第1シリーズだけ。

にもかかわらず、何でダイ・ハードかというと、24-TWENTY FOUR-にはまって以来、アメリカのアクション映画にアレルギーがなくなったばかりか、むしろ魅かれるようになったという次第。でも変なところで几帳面な私は、どうも4から観るのは気持ち悪い。といっても、24も観たのはシーズン4からだが、後から思えば、先に1、2、3と順番に観た方が事情はわかりやすかったかも、というささやかな後悔もあった。

それでまんまとマーケティングの術中にはまり、買ってしまった、期間限定(らしい)トリロジーボックスを。3枚で4,000円弱だから、お得といえばお得だけど、実は私、DVDを買ったが最後、いつでも観られると思い、ほったらかしにする癖がある。ダ・ヴィンチ・コードも、発売日に買ったのに、いまだ一度も観ずにテレビの前に置いてある。このままだと、4.0は永久に映画館では観られないかもしれない。

液晶テレビを買って以来、あまり映画館に行かなくなったが、結局映画館で醍醐味は、大スクリーンや音響の良さもあるけれど、少なくとも2時間上映なら2時間は集中してその世界にはまれることだろう。作品への感動や楽しさ以上に、そういう時間そのものが意外と貴重なものなのかもしれない。

ところで買ってきたダイ・ハードは、早々と(少なくともダ・ヴィンチ・コードよりは)、1を観だしたのだが、途中で寝てしまい、気づいたらメニュー画面に戻っていた。多分観たのは半分くらいだ。別におもしろくなかったわけではないが、やっぱり最近のものと比べると、設定やアクションが緩い感じは否めないかも。それはそれで悪くないのだけど、結局20年経って、現実のテロが虚構に近づいてしまったのかもしれない。