ダリ展がまもなく終わるので、土曜日夜の観劇の前に行こうと、国立新美術館に立ち寄ったら50分待ちということで断念しました。かといって、開演時間まで3時間は長いということで、さほど関心は薄かったのですが、近くの六本木ヒルズまで行き、マリーアントワネット展を、と思ったら、ダリ展ほどではないまでも、10分以上の待ち時間で大混雑。土曜日とはいえ、かつて美術館がどこもかしこも大混雑ということがあったでしょうか。
そのあとに出かけた決してメジャーとも言いきれない本多劇場の舞台もおおかた満席。ちょっとでもメジャーな俳優(といっても、元来テレビ俳優ではない井上芳雄さんあたりでも)が出る舞台なら、チケットを取ることも難しい状況です。
2週間ほど前に所用ついでに立ち寄った京都は、テーマパーク並みの混雑で、駅前の喧騒は違う街に来たようで、東京の丸の内口の方がよほど落ち着いて感じました。
この写真の後ろには、老若男女、多国籍の人・人・人……これは外国人観光客の急増が理由と説明もつきますが、美術やあるいは日本語力が問われる舞台に関してはなおのこと、観客のほとんどが日本人です。私は行きませんが、寄席もなかなか流行っているようです。
秋口に友人に誘われて行ったTOKYO FMの音楽ライブも大盛況。ラジオ×ライブなんてアナログの極みですけどね。さらにスポンサーがJALで、飛行機に乗って旅に出ましょうという企画物ですから、いわゆるすべてがコト消費に結びついています。その友人とももとを正せば、旅先で出会いました。コトが人と人とのつながりを生む。まさにアナログな感じはしますが、その後のつながりはLINEをとおして、です。
最近はネットでまじめな出会いを求め、結婚する人もいるみたいですが、それにしても実際にどこかで会わなければ結婚には至らないでしょう。
モノ消費からコト消費へと、今さらながら時々物品が売れなくなった言い訳のように出てきますが、この現象はすでにバブル景気が陰りを見せ始めたころ、つまり四半世紀前から言われていました。そのころは身近にインターネットはありませんでした。もし本当に現代社会でコト消費が結実しているとしたら、それはIT社会がもたらした効用だと思うのです。
エンターテイメント業界は、マスメディアもメディアミックスや提携で情報力を高めていますが、それがネットで拡散することで、格段に情報量が増え、人々に共有されはじめたことで、ここに行きたい、これを見たい、という欲求に直結するようになりました。最初からこれを見たいと思っている人にとっても、その情報を簡単に得られ、ぽちっとすることでチケットが買えます。
Google Earthやストリートビューが流行り出したころに、それで満足して旅に出る人が減るという人もいましたが、そんな人は何もなくても旅には出ません。旅行をしないほかの理由があると思います。人は経験や感性の中で、リアルとバーチャルの違いをわかっているはずです。知れば、より体験したくなる方が健全であり、子どもに対してはそういう教育、大人に対してはそういうマーケティングが必要です。
若い人に車が売れなくなった理由を社会のIT化に求める向きがありますが、それは違うでしょう。社会構造や環境が変わったからです。明日必ず給料が上がる保証がない不安定化した雇用のなかで、住宅費はさほど下がっているわけでなければ、都市部の若い人が車というローンや固定費(駐車場代、保険代)がかかるものを買おうと思うわけがありません。
心が動く体験を伴わないモノや、買うことで何か我慢を伴うモノは、この先もなかなか売れないのではないでしょうか。