今年の漢字(日本漢字能力検定協会)「偽」が1年間をもっとも表すのだとしたら、誰もが今の社会を嘆く気持ちはわかる。それにしても、例年わりとムリムリにでもポジティブ、あるいはどっちにでもとれるような漢字が選ばれたことが多かったのに、今年は随分ストレートだったと思う。単にマスコミ報道が同質化しているだけでないか。
この社会は言われるほど劣化しているのだろうか。確かに環境やエネルギー問題は深刻さを増しているが、ほんの20年ほど前は多くの人はそれをテーマにすらしなかった。子どもたちはゲームやマンガばかりで、活字を読まず学力が落ちているというが、私の子どもの頃からファミコンはあったし、今の大学生は以前よりマジメに勉強しているように思う。
こと日本だけを見れば戦争の歴史に目を背けてはいけないが、その時代を生きた人より幸福だし、今のこの国の風景のほうが幾分いいはずだ。高度成長期やバブルを知らない若い人が堅実に生きる、あるいはひたむきに自分の能力を高みにあげようとする姿には、むしろ教えられることもある。スポーツが団体球技や伝統を重んじる相撲などが中心だった時代から、個の精神と向き合うマラソンやスケート、レスリングなどの個人競技に秀でた人が増えてきている。団体競技でもイチローやサッカーの中田のように孤高の人が称えられるようになってきた。和を重んじる日本独自の精神性も嫌いではないが、むやみに何かに寄りかからずわが道をゆき、戦う強さも尊いと思う。
音楽ではここ数年抜きん出て売れる曲、評価される曲には、命や人生を切々と歌い上げたものが多い。コブクロの「蕾」も「千の風になって」も「涙そうそう」(←古いか…)も。命の尊さを蔑ろにする時代の反動だと言われればそれまでだが、このままではいけないと誰もが思っているとしたら、まだ現時点ではこの国には余力や温かみがあるのだろう。
私はバブルの頃をギリギリ少し知っている世代だが、少なくともあの頃より今の日本や人々の心は健全なように思う。もちろん今、進みゆく格差や悪化する治安や環境、IT社会の歪、質の低い政治をあるがままに受け入れることはできない。けれどもただ嘆くのはあまり意味がなく、一筋の希望を持って生きたほうが、絶望して生きることと比べれば少しは人生や世の中はマシになると思う。
今日は大晦日…。