モノよりサービス消費の時代なんて、言い古されたキーワードだけれど、政府も企業も生活者に今こそ何とかお金を使ってもらいたいと思っている。モノを買ってもらうことも大事だが、一度買ったらしばらく不要になるものをお勧めするよりも、形のないものを買ってもらった方が手っ取り早いし、早期リピートも求められる。定額給付金+高速道路1千円の組み合わせで旅行をしてもらうのが、最良のシナリオというわけで、低価格の家族旅行パックが多く売り出されているようだ。
このシナリオの良し悪しはともかく、当然ツアー企画の陰で各地域に旅行者を迎え入れる宿泊施設やレストランや、その他のサービス事業者や人がいて、この好機をモノにしたいと思っている。それはもちろんチャンスだが、このときだけ急激にお客さんが増えても、格安の低い利益が瞬間風速的に通り過ぎるだけで、本当の景気浮揚にはならない。バラまき政策が事業者にとってバラまかれにならないように、それぞれの知恵で次につなげることを考えて、ようやく本当の意味でのチャンスになるのだと思う。
そして繰り返し利用したくなる顧客サービスって何だろうと考えた時、そのサービスを受けている間、まさに顧客接点の一瞬一瞬が満足できることは普通に求められることだ。しかし翌日以降に思い出に残るとか、影響を与えるといったサービス力はかなり高度で、タイミングやお客さんとの相性が良くなければかなわないことでもある。でも瞬間で忘れられては確実な繰り返し利用は見込めない。日常的に通う美容・健康サービスなら、ポイントサービスもある程度は有効だけど、旅先でそんなものを渡されても、あまり意味がない。心にポイントをためてもらう必要がある。
例えばこれはほんの一例だけど、旅と食は切り離せない。美味しいものに出会ってその瞬間感動することはよくある。そこでしか食べられない究極の美味を提供できることも、料理人のサービスや技術としては一級品で必要なこと。でもそれを後々まで覚えていてもらうほどのものとなると、そんな一級のサービスを提供できる店や旅館は一握りだと思う。しかし例えば、そのうちの一品でも普通の素材を使った特別なレシピがあって、料理好きのお客さんにさりげなくレシピを渡したり、つくり方を教えたら、その人が日常生活に戻った時に、その店や料理人を思い出す確率は増すだろう。
プロとは素人にできないことが特別にできる人だけのことを言うのではないと思う。もちろん技術的な上手さや発想力、創造力は必要だが、少なくとも一般のお客さんを相手にしたサービス業の人たちは瞬間芸を見せることより、アフターコンタクトというか、現実的なコンタクトポイントから離れた後に影響力を与える人のほうが上だと私は思う。
具体的な体験談がある。カットをする美容師には二通りいる。カットがすばやくブローに時間をかけ、美しく仕上げる人と、カットが丁寧で、ブローを簡単で誰にでもできそうな技術で仕上げる人。仮に仕上がりが同じレベルなら明らかに後者の方がプロだと私は思う。なぜならばブローは翌日以降、お客さん本人がやらなければならないからだ。
旅先の料理はそのまま日常には持ち込めない。だからフルコースや懐石料理のすべてを詳らかにする必要はない。ヘアカットの技術をお客さんに教える必要がないのと同じで、日常生活でそれほどお金をかけなくても楽しめる料理だけ、1、2品でいいのだと思う。それがその地域やその料理人独自のものであればインパクトがある。簡単にできるブローの方法を教えてくれた美容師のことは毎朝思い出すチャンスがあるように、料理のレパートリーを増やしてくれた料理人のことはその料理をつくるたびに思い出してもらえるチャンスがある。
せっかくなので単にお金を使い切ってもらうツアー企画だけではなく、次につなげるサービスプランを考える機会でもあると思う。民間事業者は政策にまんまと乗る以上に、もっとしたたかであってもいいのでは?