intoxicated life

『戦うやだもん』がお送りする、画日記とエッセイの広場。最近はライブレビュー中心です。

僕は偏食人間(実践編:四日目)

2005-11-30 | opinion
生魚も食べられない。ナマ臭いとか飲み込むのかがわからないなど理由をあげればキリはないが、これを言うとやはり「損だね」「日本人なのに」とか言われることが多い。まあ好き嫌いの話は誰も傷つけないのだから特に怒ったりはしないが、やはり寂しさはある。ちなみにすし屋に行って食べ(られ)るのは、玉子、かんぴょう巻、穴子(火が通っていればOK)、こんなものである。ちなみにガリも食べたことがないので食べれない。福神漬けも。


全国最大級のハンセン病療養所である多磨全生園を初めて訪れる。西武池袋線清瀬駅で降り、バスで10分。周囲は病院だらけで異様な空気感が周囲を覆っていた。西武バスが「次はハンセン病資料館」となっていたのは(それ以外に表しようもないのだが)包み隠さず曝け出す行政及び西武の姿勢と受け取られた。


園内では回復者の方の「語り部」を聞き、非常に心を揺さぶられる。戦後史に興味を持ち始めたのも最近だが、今まで自分の身寄りにも戦争の話を聞かされることがほとんどなかった(今のうちに話してもらわなければ、と僭越ながら思っているが)ので、こういった機会は貴重かつ強く希望していた。結果として、空襲の記憶はもちろんハンセン病という体験を身体で感じることができて光栄だ。近・現代史を特に戦後補償の面から考える上で空白・断絶の歴史を埋めていくには、口承による後世への伝達は不可欠だ。


隣接する高松宮記念ハンセン病資料館が2001年3月23日の熊本地裁判決に対する控訴断念の決断をした小泉首相の「より国民に深い理解を」の一言で拡張が決まり、現在休館中だった。工事は2007年2月まで続くので、その間の代替措置として療養所の生活を復元した仮展示があった。ビデオによる全生園の紹介ビデオもあったが、自主制作でしかも10年以上前に作られたもの。そのため資料面では物足りない部分が否めないが、新資料館の無事の完成を祈りたい。


しかし、である。


紹介ビデオ(「語り部」さん、または園内の人の話だったかもしれない)の紹介の中で、このような趣旨のくだりがあった。


 「園内は(隔離を強制するらい予防法の廃止に前後して)一般解放され、朝の通勤・通学の時間帯には多くの人が園内の道路を日常的に利用しています。これも全生園が地域に理解され、受け入れられていることをよく示しています」


ここで我々は一歩立ち止まらなければならない。事実、東村山市は市を挙げてハンセン病に対する理解を進める教育を行っており、園の職員によると周辺の小・中学校から見学に来る生徒がひっきりなしなのだ、とも言っていた。おそらく親の立場にある近隣住民にも最低限の関心はあるだろうし、知識という面でも相対的に言って高い水準にあることは確かだろう。しかし僕が気になってしまうのは、住民が「道路を日常的に利用」していることは短絡的に「地域に理解され、受け入れられている」ことを意味するものではないように思うからである。


今はいい。高齢となり数も少なくなった患者さんがいる限り、訴訟によって勝ち得た補償は続けられなければならないのだから。だが、あと20年もすれば間違いなく全生園はその本来の役割を全うし、閉園する。資料館は戻っても、現代史の中でひっそりとしかし決して絶やすことのできない灯火として燃え続けたハンセン病の火は形の上では消える。もちろん記憶として、資料として、語り継ぐ責任が我らにはある。


とすると、地域住民でさえ「なぜこんな妙にでかい敷地に細い道路があるのだろう」「この無機質にならぶ団地はなんだろう」という意識になる。これなら疑問を持っている分まだまともかもしれないが、さらに悪くなればハンセン病療養所としての存在価値を無視した形で地域住民に「理解」され、「受け入れ」られてしまわないだろうか。つまり、人々の中からハンセン病というひとつの「意識」が無形化し、いわゆる無関心を生み出す。公用道路の話から、ふとこんな危惧を持ってしまう。


新しくなる資料館と、我々日本人の「無知」「思考停止」に対する関心の充実を、心から祈って止まない。


その後、韓国料理を喰らう。辛いのは苦手だが、サムゲタンがうまかった。名前がフレンドリーなので食えた感じだ。朝鮮人参が入っていて初めて食べたが、精はついたのだろうか。味はよくわからない。

僕は偏食人間(実践編:三日目)

2005-11-30 | opinion
11月29日


ANNAさん(Unknown)からまだ返事はない。


偏食人間はマイノリティだ、と中島義道は言っていた。僕に限っていえばそれだけでは言葉として十分ではないので付け足せば、やはり多かれ少なかれニヒリズムを伴うものといえそうだ。


先日、ある教授が先だって開かれたブッシュ・小泉会談の様子を見て小泉外交を「対米ストーカー外交」と評してうまいこと解説していた。話を要約すると、小泉首相による外交の貧困、無策さは、それを支える政治思想やビジョンをなおざりにしたところからきており、報道が伝えるような日米の「蜜月関係」とは形ばかりで、実際のところブッシュ始めアメリカ政府は小泉首相に愛想をつかしている、というものである。その話自体は同感するところがあるのだが、問題はそれを聞いた別のある友人だ。つまり、教授の意見に共感するばかりでその問題の本質に自らの視点を向けるという思考が停止し、鵜呑みにしたものをさぞ当然、またはこれこそが真相であると言わんばかりに「もう小泉さんはホントだめ!」と吐き捨てる。教授が我々に持論を展開したことの意図を何だと思っているのだろう。


「思考停止」で思い出したのでもうひとつ。


先週くるりの新譜が出たので、金もなかったがクレジットカードで購入し、聴いてみた。これがあまりに普通なのだ。詳しく説明すると、このCDのリリース前後、多くのファン一般またはアーティスト本人(主に岸田氏の日記)からは当然のことながらこのアルバムに対して最高の期待、賛辞、評価が与えられていた。音楽類型的にはどうやら60’sのイギリス音楽的な部分があるらしい、とは僕の耳にも入っていた。個人的な好みから言えば、この時点であまり期待はできなかった。単純にUKロックに軽いアレルギーがあるからだ。といっても、理不尽に「UKだからキライ」という短絡的なものではなく、例えばOASISやThe Whoは好きである。結局UKとかUSとかいった地域性でなく、バンドそれ自体の善し悪しで好き嫌いを決めているとも言えるが、それでもやはりいわゆる「UK」な音楽にはえもいわれぬ感覚的なNGがある。


この新譜にもそのNGな臭いがやや立ち込めてしまっていた。端的にひとつ挙げるとすれば、「ドラム」サウンドである(おそらくこれが唯一の理由だと思う)。沼澤さんもクリフ・アーモンドも素晴らしいドラマーだ。他のバンドや楽曲参加している音源も聴いたことがあるし、それぞれ彼らにしかない味があり、腕も確かだろう。しかし、僕のくるりに求めるドラムサウンドではなかった。正確に言えば、前任者のクリストファー・マグワイアに勝るドラミングではなかった。


ここで話を戻そう。概してくるりファン、いやあえて言おう。『ロッキングオン・ジャパンフリーク』みたいな人達よ、果たして自分のこよなく愛するアーティストをどこまで批判しているだろうか。どこかケチをつけたことがあるだろうか。そりゃ楽曲は素晴らしいし、ライブを見れば毎回鳥肌が立ち、曲と自分の心境が合えば泣くこともあるだろう。僕もしばしばある。しかしそんなあなたの大好きなあのバンドに、気に喰わないところはないのか。あるいはあえてそれを探ってみようと、直視してみようとしたことはないのか。


人(相手)を褒めるという行為は肝心なタイミングに限るべきでやたらめったら褒めるべきではない、というのが僕の個人的な見解であるが、別に褒めちぎることで相手に最大の尊敬を示そうとすることを否定はしない。しかし、それは「否定」や「非難」の一切をしない、ということとは違う。もしその客体(バンド)を神あるいは宗教として捉えるならば反論の余地はないが、多くの場合そうではないだろう。なぜならキリスト教もイスラム教も一神教であり、ロッキングオンに載っているアーティストはごまんといるからだ。


はっきり言おう。つまり、このようなバンド妄信者にはいわば「ロッキングオン的全体主義」思想が働いているのだ。ロッキングオンに載っていれば好きだとか、くるりが好きならあのバンドも好きだとか、みな同じ(だと思い込んでいる)価値観で何となく枠付けをする(ように見えて仕方ない)。そこには自己批判も他者(アーティストら)否定も存在せず、疑いもない。その大好きなアーティスト達があなたにとっての神でない限り、しかしながら、ポジティブな事ばかり羅列して「こんなに最高なんだ!」と叫ぶことはおかしくはないか。あらさがしをしてみようとしている人はどのくらいいるのだろう。教えてもらいたい。


例を示すために前述したアーティストについて僕なりの「評価」をしてみたい。OASISは7分など長い曲をメロディの良さで感じさせないところがかっこいいが、ライブで新譜から曲をやりすぎて聴きたい曲が聴けないことがある。The Whoはハーモニーがキレイすぎて怖いことがしばしばあるがキースムーンはやっぱりすごい。クリストファーのドラミングは「歌って」いる。しかしたまに「唸って」しまう。


母親がはとサブレを買ってきた。たまらなく好きだ。子供の頃いとこの家で繰り返し食べていたといいう刷り込みがあるせいだろうが、牛乳とのコンビネーションにも関連があるようだ。ちなみにうちの冷蔵庫の飲料は基本的に牛乳しか入っていないので、これも刷り込みと言えるかもしれない。

僕は偏食人間(実践編:二日目)

2005-11-28 | opinion
11月28日


長文になるが、まずはこのメッセンジャーの会話をご覧下さい。


一日一BEAT の発言:
たいへんなことがおこった

hs_24hpp の発言:
ど、どうしたの

一日一BEAT の発言:
http://blog.goo.ne.jp/eight_beater_pc/e/2584f995ea5ca7f7e18ca5baa438006f

一日一BEAT の発言:
これをみてくれ

一日一BEAT の発言:
おれの興奮がわかる

一日一BEAT の発言:
なんなんだこれは

hs_24hpp の発言:
こ、これ、本人なのか?

一日一BEAT の発言:
だから怖いのだ

hs_24hpp の発言:
偶然じゃないのか?

一日一BEAT の発言:
偶然とは思えんな。

hs_24hpp の発言:
なんで?笑

一日一BEAT の発言:
http://blog.goo.ne.jp/eight_beater_pc

一日一BEAT の発言:
トップをみてみろ

一日一BEAT の発言:
11月27日 (http://blog.goo.ne.jp/eight_beater_pc/e/891f602aa67a33077f1cabbc5f00e593)

一日一BEAT の発言:
「乗車中、ラジオを聴く。大好きなパーソナリティであるANNAさんが担当するT-FMのカウントダウン番組だ。」

hs_24hpp の発言:
ああ、ああ

一日一BEAT の発言:
SASAYAKANA SHIAWASE (http://blog.goo.ne.jp/eight_beater_pc/e/b8d32caf84c76b5432928ec8adddbdda)

一日一BEAT の発言:
モデルのANNAさんがVJのHappy Go Luckyを今年の夏から聴き始めた

一日一BEAT の発言:
これはどう考えても、本人ではないだろうか。

hs_24hpp の発言:
なるほど、検索で飛んできたと。

hs_24hpp の発言:
そして夢の性癖日記を見たと。

一日一BEAT の発言:
ありえはしないだろうか

hs_24hpp の発言:
おおいにありえる話ではあるな

一日一BEAT の発言:
うううううう

一日一BEAT の発言:
ストップ

一日一BEAT の発言:
!!!!

一日一BEAT の発言:
ちがうかも……

一日一BEAT の発言:
スゴイいやな予感

hs_24hpp の発言:
ん、どうしたの??

一日一BEAT の発言:
ミクシーに足跡があった

一日一BEAT の発言:
AN NA とかいうやつが

一日一BEAT の発言:
ものすごいタイミングよく

一日一BEAT の発言:
オレのサイトにアクセスしている…

一日一BEAT の発言:
うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一日一BEAT の発言:
クソーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

hs_24hpp の発言:
コメント消しときな!!

hs_24hpp の発言:
おがっちゃんのを!!

hs_24hpp の発言:
ミクシーのシステムがどうにもわからんけど

一日一BEAT の発言:
今大至急やっとる!!

一日一BEAT の発言:
けした

hs_24hpp の発言:
よし!全裸で相撲とるほうがマダましだぜ!

一日一BEAT の発言:
センキュー もっかい精査してみるわ

一日一BEAT の発言:
つまり、書き込まれた時刻と

一日一BEAT の発言:
AN NAがオレのミクシーにきた時間を測ればいいのだ(ちなみにこいつは○○生で×××(友人)のリンクからきたらしい)

hs_24hpp の発言:
うん。

[略:ANNA(ミクシー)さん、失礼な表現が多くてすいません…]

一日一BEAT の発言:
まてまてまてまてまてまてまて

hs_24hpp の発言:
おやおやおや??

一日一BEAT の発言:
足跡は27日の20:56

一日一BEAT の発言:
コメントは、28日13:51………

hs_24hpp の発言:
・・・・・・

一日一BEAT の発言:
結論、すっごい微妙。

hs_24hpp の発言:
何だそのタイムラグは・・・

hs_24hpp の発言:
それが逆なら大喜びだったんだがね

一日一BEAT の発言:
そのとおりだ

一日一BEAT の発言:
しかし、文をよく見てみよう

hs_24hpp の発言:
偶然

一日一BEAT の発言:
(ごめんね。”噴出した”なんて気に触らなきゃいいんだけど)

一日一BEAT の発言:
これはどういう意味だろう

hs_24hpp の発言:
おがっちゃんがマジだからじゃないか?

一日一BEAT の発言:
噴出、ってなに?

一日一BEAT の発言:
(冷静を失っている)

hs_24hpp の発言:
ふきだした、でしょ?

一日一BEAT の発言:
「吹き出した!!!!」

一日一BEAT の発言:
わかんねーよもう

hs_24hpp の発言:
うんうん、おちつけ

hs_24hpp の発言:
それよりも俺が気になったのは

hs_24hpp の発言:
たまたま 立ち寄ったってのなんだけどな

一日一BEAT の発言:
うん たしかに

hs_24hpp の発言:
ミクシーから来たならミクシーからって言わないかい?

一日一BEAT の発言:
そうだな…しかし

一日一BEAT の発言:
前日、ANNA(ミクシー)とオレは×××くんの同じ記事にカキコをしておる。これから考えれば俺のブログへの書き込みはこいつである可能性も高い。

一日一BEAT の発言:
しかし、タイムラグがあるのだ………!

一日一BEAT の発言:
ああっ、わっかんねーーーーー

hs_24hpp の発言:
八割そいつだろうな。しかしその半日のタイムラグは不自然だね

hs_24hpp の発言:
つまり ミクシーからおがっちゃんのブログに行くわけでしょう?

一日一BEAT の発言:
アドレスを控えておかないでもしないかぎり、そういうことになる

hs_24hpp の発言:
ミクシーに最後にアクセスした時が足跡の時刻なの?

一日一BEAT の発言:
いや

一日一BEAT の発言:
一回につき一足跡

hs_24hpp の発言:
一回、というのは?その時間以外におがっちゃんのミクシーには来てないってこと?

一日一BEAT の発言:
あるいは一日一アクセスで、その日の一番最後のアクセスが最終的に残るシステム

一日一BEAT の発言:
ANNAはたぶん27日に初めてオレのページに跳んできているから、生涯通算その一回のみだ。

hs_24hpp の発言:
なおさら半日がおかしいね。たまたまも気になるし・・・。

一日一BEAT の発言:
んんんんん

一日一BEAT の発言:
オレは決意した。

hs_24hpp の発言:


hs_24hpp の発言:
どうするんだ

一日一BEAT の発言:
この会話を

一日一BEAT の発言:
(たのむ、「まさか…?」って打ってくれ)

hs_24hpp の発言:
まさか・・・?

一日一BEAT の発言:
公開する。


コメントをくれたANNAさん、あなたは誰ですか。


昨日書いた牛乳についてひとつ補足。透明なグラスで飲む牛乳はまずくなる。ヘンに白いあとがグラスに付くため何かクスリを飲んでいるような気がして悪くなる。


授業でinternational herald tribuneを読んだ。今日はロシアのバレリーナ、Plisetskaya(プリセツカヤ)さんの話だったが、何度も名前を読み間違えてしまった。なぜこうも読みにくいのか。「ピ」とかの方が楽ではないか。


中島義道「私の嫌いな10の言葉」を半分ほどまで読む。彼は人に褒められるのがキライらしいのでムリに嫌がることはしない。ただし以下の文脈に対してだけは、さすがに違和感を覚えた。


 「私はあまり人助けをした覚えはないのですが、それでも少々はある。その誰からも感謝されたくはない。少しでも感謝されると身体中がこそばゆく、居心地が悪く、逃げ出したくなる。これって、「感謝アレルギー」なんでしょうかね。ともかく、自然な善意の表出はそれだけで自分も気持ちがよく、つまりそれだけでもう充分報われており、それ以上当人から感謝される必要はないと思っております。」(p.71)


後半に力点をおけば納得できないこともないが、なぜか呑み込めない。ホワイトバンドなどして何の意味があるのだ、という話と同じように反論しづらい(といっても後者についてはだいぶその論理的根拠を構築できつつあるが)。


僕の思う偏食家は、基本的に変化を好まない。あえてキライなものを食べようとしないし、友人の家に泊まって食事などをもてなされるのほど辛いことはない。この点では中島氏と同様である。一歩進んで考えてみると、食に対して好意的なこだわりが特にないことの証左なのかもしれない。例えばガムは大学二年から噛むようになったが、一度口の中に入れても大丈夫だ、とわかったもの以外は口にしたことがない。ちなみにそれはロッテのグリーンアップルとキシリトール(ミント)であり、きっかけは友人からひとつもらった時に本当にたまたま「食べてみよう」という気になったからである。その他多くの場合、アメやガムなどをもらってもポケットに入れたままどこかに捨ててしまう。辛いようでもあるが、仕方ない。


もう何点かネタがあった気がするが、アワのように消えていった。「ANNA」というコトバに振り回されたからだ!ただ決して迷惑ではなく、結果よいネタになったのでよかったと思う。

僕は偏食人間(実践編:一日目)

2005-11-28 | opinion
11月27日


昼頃、ドラムをひと叩きして学校へ。途中ブックオフに寄るため途中下車する。文庫本を買うのに便利なブックオフだが、当然100円コーナーにしか足を運ばない。中島義道著『私が嫌いな10の言葉』鷲田小彌太著『大学教授になる方法』『同:実践編』の3冊を購入。


調布から学校に行くとき、電車のチョイスは3種類ある。必ず毎回考えてから乗車することに意義がある(と思うこと自体が「偏って」いる)。


①最寄り駅から乗ってきた各駅でそのまま明大前まで行く。時間に余裕があり、読書か睡眠をするとき。
②各駅を降り、~9分台(毎時)に来る特急及び準特急に飛び乗る。混雑は必死だが、時間には代えられない場合。
③(準)特急の隣に停車し、~0分台に発着する都営地下鉄線直通の快速及び急行。特急に人が流れるため各駅並みの乗車率だが、そこそこ早い。快速だと八幡山にまで止まるのでやや萎える。


今日は特急に乗った気がする。


乗車中、ラジオを聴く。大好きなパーソナリティであるANNAさんが担当するT-FMのカウントダウン番組だ。渋谷に着くと、「今日は原宿から公開生放送」との話。ちょうどブックオフに行きたかったので、明治通りを歩いて北上。会場を発見するとそこにはゲストと共に生放送をこなす仕事中の彼女がいた。あくまでラジオを通して、その声に恋しているとはいえ、3分後には決して好みでないと思っていた容姿にも簡単に恋していた。


女性の好みについて聞かれると必ず引き合いに出すのは「まゆげ」だ。程よく丸みを帯び、決して細くはない、といってまったく整っていないわけではない、というもの。単なるフェティシズムであると思われるかもしれないが、おそらくそういう定義を持っている自分に酔っているのではないか、と今感じた。


渡辺清『砕かれた神』(岩波現代文庫)を読んでいる。これは副題にもあるように「ある復員兵の手記」なのだが、もしこれが本当に著者によって当時書かれたものであるならば、この洞察力を我々はどう評価し得るのだろう。


 「おれは以前から天皇がその責任をとる方法としては、まずすみやかに退位することだと思っている。(略)そして退位したあとは頭を剃って仏門にはいり、戦没者の墓参りをする。(略)いずれにせよ天皇はなんらかの形で責任をとらなければならない」(昭和二十一年三月二十五日)(pp.286-287)

 「だが、かりにそんなこと(再び戦争が始まる)になっても、おれはこんどこそ戦争には絶対に参加しない。たとえ日本という国が亡びようとも、おれはそのために自分を犠牲にしたくない。おれはこんどの戦争には終始全面的に協力したが、戦争に協力した責任は、今後いかなる戦争の企てにも協力しないということによってしか償うことはできないのではないかとおれは思う」(昭和二十一年三月十一日)(p.270)


最も嫌いなトマトは僕にとって食べ物ではない。当然の如く、小学校の給食ではこれが食べられずに掃除の時間まで残って食べさせられた。野菜・果物類のあのグチュグチュした感じの食物はすべて受けつけない。よってナス、キウイなども食べられないということになるが、トマトは別格であり家系的にも食べない。しかしスパゲティはミートソースしか食べないし、ケチャップは大好きである。加工すればいいのかというとそうでもなくて、例えば牛乳は(妙に濃かったり、ミルクそのものの味がしないもの、また無調整のものに限るが)夏場なら1リットルは飲めるほど大好きだが、チーズは嫌いだ。トマトとチーズが多く組み合わされる西洋料理店などには自ずと入ったことがない、ということになる。


I keep not saying so long..

2005-11-23 | music
工学院大学学園祭。私設アメリカロック界三本柱のひとつ、MOCK ORANGEを初拝聴。翌々週のAXの予習にはもってこいのフリーライブ!


1.Payroll
2.新曲
3.Stuck In
4.I Keep Saying So Long
5.新曲
6.Old Man
7.Mind Is Not Brain
8.Do You Want Out
9.This Nation


細かい話はまた次回にするが、東京のオーディエンスのノリの悪さはここ新宿で特に顕著だ。タワレコのインストアなどでもいつもシャイな人が多いのだが、必死に話を取り繕うとするモックのメンバーたちも惨めだった。the band apartという単語もネイティブ発音では誰一人理解できず、本人達も苦笑い。せめて"awesome!"くらい言ってあげたかったが、相当知名度がないらしいな。


学校のロビーで行われたため音像は割れていたが、ラウドな感じもして結果OKだったのかもしれない。M6でふーらふらになった。その他変拍子にノッてたのはオレただ一人だった。

SASAYAKANA SHIAWASE

2005-11-17 | ライフサイクル
1995年の正月に坂上みきがウルフルズ「ガッツだぜ!」を推していたのを聴いて以来TOKYO-FMが贔屓なのだが、今日初めて「メッセージ」なるものを送ってみた。モデルのANNAさんがVJのHappy Go Luckyを今年の夏から聴き始めた僕は、ハスキーな声を何度も聞いて覚えてしまった番組のメールアドレスを携帯電話に打ち込み、「木曜日は学校が4限からなので聴けるのでたのしみです」「前日のサッカーで負った筋肉痛をほぐしながらキャンパス内の芝生で聴いてます」と添えた。


1時間後、僕の初「メッセージ」はざーざー気味の電波に乗っていた。



MUSIC:carnival / the Cardigans

夢から出た真の性癖

2005-11-10 | ライフサイクル
今朝、かつてないレベルの夢を見た。


あるオニギリに恋焦がれる僕は、ある日友人と小学校の裏山(「たまっこ山」といった)の洞窟の拡張を記念した式典に参加した。友人は同じ小学出身ではない。


式典が終わると、オニギリが僕の女友達と(二人は本来知り合いではないが)歩いている後姿が遠巻きに確認できたので、「よし、しめた」と思った。何かオニギリについて情報を得たに違いない、と確信したからである。


横目で友人が僕に気がついて、駆け寄ってきた。


「ねね、ちょっとすごいことがわかったよ」

「もったいぶらんとはよ教えい」

「彼女、普段はスガコちゃんっていうらしいけど、本名はチョ・ソンジンっていうんだって」


ペンで名前をすぐ書き写したが、「これは夢」と気付き慌ててこれをこじ開け、現実世界で再度それを実行した。





僕にはハーフ好きな友人がいるが、誤解を恐れずに言えば僕は「在日」好きだ、ということになろうか。



MUSIC:Toisu!/POLYSICS

両毛線

2005-11-08 | railway
カテゴリーを増やしてみた。鉄道とはこれからも長く付き合うことになるが故、「自分が乗ってきた路線について纏めるということをやっておくがよかろう」と判断した。今日は栃木県と群馬県を東西に横断する両毛線を取り上げる。


宇都宮から20分ほどで到着する小山駅は宇都宮線(東北本線)の他に水戸線とこの両毛線が発着する。JR東日本の東京近郊路線図でも最も北に位置する路線で、そばやラーメンなど「めん」を売りとしているローカル線である。


小山を出ると視界にすぐ広がるのは次の駅名にもなっている思川である。延々と盆地を行く両毛線の魅力は、その河川の多さにある。路線全体で大小問わず20本あまりの川が流れており、おすすめは桐生~岩宿間の渡良瀬川だ。話を思川に戻すと、思川駅から川まではかなりの距離があり地元の人でもなかなか足を踏み入れないという。しかし付近には古墳などもありスーパーのおばちゃんは「子供ンときはハニワがごろごろころがってたんだー」と言っていた。なおこの思川駅の駅舎は関東の駅100選に入っている。景色もここが最大の見所、といってもよい。まっすぐの線路に田んぼが転がり、東北本線沿いの都市の喧騒から5分で離れることが出来るという面では、非常に視覚的に訴えるものがある。


この後、岩舟あたりまでは典型的な田園風景が続く。ここがわずか40%の食料自給率の一端を担っているが、アムトラックから覗いたカリフォルニアとの差は歴然だ。


ここは佐賀県か、とばかりにヘルメットをかぶった小中学生を多く目撃できるのもローカルならではだ。夕方には富田辺あたりから学生がぐっと増えてくる。


この路線には歴史上重要な地名が多く登場する。1949年に相沢忠洋が石器を発見した岩宿、高校野球でも有名な桐生からはわたらせ渓谷鉄道が発着し、終点は田中正造の天皇直訴で知られる足尾である。


高崎寄りの各駅は住宅街が広がっているため、ローカル線としての見所は小山から岩舟あたりの無人駅地帯に限定されるだろう。観光で行く場合は伊勢崎や佐野に寄って麺類に興じるのもいいが、景色の変化は乏しい。


しかし、一番強調しなければならないのは、上越線などと同じ緑とオレンジの115系ならばボックス席があり1時間半に渡る車窓の旅も楽しめるが、通勤用の107系(日光線、信越線など。白地に緑とピンク)や高崎線などでも見られる比較的新しい211系(しかしやはり通勤用)を昼間に平気で走らせていることである。飯田線などローカル線にもロングシートの波が押し寄せているというが、この路線にもその傾向は色濃い。


ともかく、乗ってみたいと興味を持たれた方は、時間がなければ小山から思川で一度下車し、近くの田んぼや学校を覗いてみてほしい。それで引き返してもそこまで支障はない。


写真:思川駅陸橋より