『名画で読み解く ロマノフ家 12の物語』
中野京子
光文社
2014
[以下、括弧内の数字は本書のページ番号を指す]
ロシア絵画が西洋美術史の枠組みのなかで論じられることはきわめて限定的だ。
そもそも西洋史家のなかには「ロシアをヨーロッパとカウントしない」(225)者も少なくなく、加えて「文学も音楽も絵画も政治を主題とするロシア」(191)のお国柄を踏まえれば、伝統的な西洋美術と接続させて論じることが難しいというのも無理からぬことのように思う。
1054年に東西教会が分裂して以降、ギリシアやロシアら東方正教会(ギリシア正教会)の文化圏ではイコン画の伝統が着々と発展していった。
ギリシアで生まれたエル・グレコも若き日にイコン画を制作している。
こうして西方教会の文化圏とは趣を異にする文化遺産を積み上げていったロシアでは、結果的にその独自路線が裏目に出たとでもいおうか、先進的な西洋諸国の美術作品の完成度に大きく立ち遅れていることへの危機感がしだいに募りはじめる。
やがてこうした危機意識に促されたピョートル大帝は、西欧諸国の視察を行い、数多くの美術品を収集することに力を注いだ。
そして、のちの啓蒙専制君主エカチェリーナ二世は西洋名画の購入に資金をどんどんとつぎ込み、こうしてロシアの地に集められた傑作群の数々が、「今や世界三大美術館の一つに数えられる」(109)エルミタージュ美術館のコレクションの基礎を築くこととなる。
西洋美術史の文脈のなかで言及されるロシア関連の事項となると、こんなところだろうか。
ピョートル大帝やエカチェリーナ二世がとりわけ危機感を抱いていた「文化的後進国」ロシアの現状は、19世紀に急転する。
まさに、「まるで長い眠りからふいに目覚めたように、凍土を押し上げて芸術がいっせいに花開く」(161)のがこの時代。
文学でいえばツルゲーネフやドストエフスキー、トルストイ、音楽ではチャイコフスキー、そして絵画では「ロシア屈指の画家」(156)レーピンが活躍し、こうした〈巨大河川〉が一気に「ヨーロッパへ逆流しだす」(161)。
このような文化的発展の背後に存在したロマノフ王朝の陰惨な歴史を紐解いていくのが、本書『名画で読み解く ロマノフ家 12の物語』である。
「怖い絵」シリーズで有名な著者の中野京子氏は、もともと美術畑の人というよりは、ドイツ文学や西洋史を専門とされている方である。
このブログでも何度か中野氏の著作を取り上げてきたが、やはり歴史に関する確かな知識と理解に裏づけられた名画の解説は唸らされるものがある。
中野氏の視点と語り口は、本書においても名画とその背後の歴史の「怖さ」を増幅させる。
ロシアと絵画。
これまでスポットライトがあてられることは決して多くなかったが、掘り下げてみるとなかなか興味深い。
中野氏自身もブログでこう述べている。
「ロシア絵画はあまり知られていませんが、それは長いソ連時代があったせいです。レーピンをはじめ、すばらしい画家が実はたくさんいるんですよ。これを機会に興味をもってもらえますよう!」
最後に、レーピンの名画を三点載せておこう。
ロマノフ王朝。
その恐ろしさ。
"There is a mystery about this which stimulates the imagination; where there is no imagination there is no horror."
---Sherlock Holmes (Conan Doyle, A Study in Scarlet, Ch.5)
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