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pride and vainglory -澪標のpostmortem(ブリッジ用語です)-

初歩の文書分析と論理学モドキ(メモ)

空の翳り 第15章 雨水初候⓬

2021-02-05 07:40:17 | Λαβύρινθος
 余計な一言のお陰で、お師匠様(勿論この場合はオットー)のご指導の下、イストリア風ペスカトーレの復習をする事になった。
 なかなかおいしいパスタなのだが、イストリア風と言う名称そのものは聊か妖しい。しかも先祖伝来などと言い出すから、妖しさはいざます。家の領地はポーランド・ウクライナ辺境のガリシア、本貫はトランシルヴァニアのハンガリー系と極め付きつきの中欧人。吸血鬼や狼男には友達はいても、アドリア海沿いとはまったく縁なぞないはずではないか。
 「コーシャーやグーラッシュならともかく、アドリア海料理とは、如何なる縁で」と聞く俺に、澄ました顔で、三代前の当主がトリエステの代官を勤め、ドブロニクで大恋愛をして射止めた曾祖母直伝と答えたものだ。
 一端は鵜呑みにしたもののどうも妖しい。オットーの与太話ではないかとは眉に唾しているが、美味しいので特に文句はない。
 ホタテ、蝦、刻んだトマト、ピーマン、鷹の爪、大蒜スライスを炒めてジュノベーゼソースに合わせる(この辺りが妖しさ満開:イストリアならトマトソースのスープ仕立てのはず。)だけの、料理とも言えぬ、簡単なのものだが、火の使い方とタイミングが難しい。最初に造った時など、大蒜スライス、鷹の爪を焦がしてしまい、出来上がったパスタはイカ墨風の黒こげ。
 オットーには「これはこれで漁師風ではあるが、」とからかわれるし、居合わせてチャッカリ食卓に座っていた小春ちゃんには「オビンズルサマへのお供え」とマンマンチャンチーンをしてから一口口に含んで、「味は美味しいわよ」、とフォローにならないフォローをされる始末。
 4回目の今日は漸く合格点を貰えたようだ。ワインに手を出したいところだったが、午後からの事を考えて水で我慢しなければならないことが残念に思えるほどの出来だった。まんざら自画自賛と言う訳ではない。お師匠様(オットー)がこれなら夕御飯も任せようかと言いだしたほどだった。
 有り難い申し出ではあるが、俺には過ぎた大役、丁重にご辞退申し上げると、オットーはにやりと笑い、
 「ではこれから30分ほどで下ごしらえしますから、スキーの方の用意をお願いします。お散歩には幾らでもお付き合い申し上げますが、その代わりに帰りはテールリッジの所から滑って来たいので、その積りで装備の方を用意しておいてください。
 今朝方覘いて見たんですが、板の方も色々揃えてます。下手なスキーロッジも顔負けですよ。」
 そう言うと皿とグラスを手に持って厨房へと消えて行った。
 食堂兼リビングからドア一つ隔てて乾燥室がある。絵に描いたようなスキーロッジやペンションのようなつくりだがこれはこのコテージが作られた時からのものらしい。と言っても最初からスキーの乾燥室だった訳ではない。 元々は冬季暖房の為の石炭倉庫だったらしい。先代がまだ正気の頃、暖房設備を石油ボイラーに替えると同時に、スキーの乾燥室に衣替えしたとぼく=先生から聞いた覚えがある。

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