ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

鉄道敷設法別表第52号 意外な候補は大手私鉄の超有名路線だった?

2013年02月10日 00時33分06秒 | 社会・経済

 最近、井手英策『日本財政 転換の方針』(岩波新書)を入手し、読みました。土建国家としての日本の発展とその限界を捉えた好著で、何度でも読み返そうと思っています。

 ただ、土建国家の発祥をどの時点と理解するかについては問題があると思われます。井手准教授は戦後の高度経済成長期に起点を置いていると思われるのですが、顕著になったのがその時代であるとしても、発端はさらに遡るのではないかと考えられるのです。それは、私が鉄道敷設法を読み返しているからかもしれません。

 さて、鉄道敷設法別表は、何度か改正が行われていますが、基本的には大正11年(1922年)に想定された予定路線を掲げたものと考えてよいでしょう(後年に追加なども行われてはいますが)。大日本帝国憲法下と日本国憲法下とでは政策や状況などがかなり異なります。大日本帝国憲法の時代には富国強兵および殖産興業、日本国憲法の施行下においては地域振興や雇用創出などが掲げられています。それでも決して十分とは言えない予算を広く薄くばらまくという点においては、時代の違いに無関係とも言えます。私が2月1日付の「旧国鉄宮原線の話」において「現在の全国新幹線鉄道整備法や国土開発幹線自動車道建設法のモデルというべき法律に、鉄道敷設法があります」と記したのも、仕組みがよく似ているからです。

 別表には、全国津々浦々に予定線が示されています。関東地方も同じで、首都圏にもいくつかが存在しています。そのうちのいくつかは国鉄線として実現していますし、多少とも形を変えて私鉄の路線として実現しているものもあります。

 読み進めると、第52号があります。これはかなり意外なものとも言えます。まず、規定を読んでみましょう。

 「東京府大崎ヨリ神奈川県長津田ヲ経テ松田ニ至ル鉄道」

 どんな路線なのかと思われる方もおられるでしょうが、首都圏の路線図を思い起こしてください。実際にはどの路線として実現しているか、おわかりの方もおられるでしょう。

 まず、大崎ですが、言うまでもなく山手線の大崎駅のことです。ここから、現在は湘南新宿ラインが分岐しています。以前は品鶴線とも言われた貨物路線で、正式には東海道本線の一部です。しかし、湘南新宿ラインは武蔵小杉を通って鶴見に出てしまいますので、第52号路線とは合いません。

 鉄道敷設法の予定線が実際の路線となった例では、別表に掲げられた所から起点または終点が変えられているところがあります。そこで、大崎から山手線で移動します。外回りで次の五反田に出ると東急池上線があります。実は、ここに起点を移せば長津田までは簡単です。

 当時の立法資料や行政資料が手元にありませんので、詳しいことはわかりません。しかし、五反田から長津田までであれば、東急池上線→東急大井町線→東急田園都市線というルートがあります。これなら第52号路線と適合します。

 あるいは、大崎から、別の分岐線であるりんかい線に乗ります。次の駅が大井町です。大井町から長津田までは大井町線→田園都市線です。これでも第52号路線とほぼ適合します。しかも、現在でこそ大井町線と田園都市線は別物ですが、1963年から1979年までは田園都市線として一体の路線でした。可能性としては、こちらのほうが高いかもしれません。

 但し、都営三田線の存在を忘れてはなりません。現在、同線は白金高輪を起点としており、同駅から東京メトロ南北線を経由して東急目黒線に乗り入れていますが、元来は泉岳寺を起点とすることが想定されており、田園都市線および東武東上線との乗り入れが予定されていました。泉岳寺から五反田に出て池上線に乗り入れ、旗の台から大井町線を経由して田園都市線の長津田に出ることと計画されていたのです。

 いずれにせよ、現在の大井町線のうち、少なくとも旗の台から二子玉川までの区間、および田園都市線の二子玉川から長津田までの区間は、鉄道敷設法別表第52号で予定されていたルートと考えてもよいでしょう。たしか、戦前の目黒蒲田電鉄・東京横浜電鉄の路線案内で、何故か大井町線の溝ノ口(当時の表記)から先が書かれており、現在の市が尾駅を経由して長津田のほうまで予定線なのかバス路線なのかわからない線が示されていたように記憶しています。

 長津田で第52号路線は横浜線と接続します。松田は御殿場線の駅ですが、鉄道敷設法制定当時は東海道本線の駅でした(1934年、東海道本線が熱海経由のルートに変更されたため、松田や御殿場を経由する経路は御殿場線となったのです)。その松田まで長津田から直通する鉄道路線はありません。しかし、鉄道敷設法別表には詳細が示されていませんから、立法資料や行政資料を参照することができなければ、現在の鉄道路線のルートなどで推測するしかありません(これは全く根拠のないことではないのですが、詳細を示すことは避けます)。

 現在の田園都市線は、長津田から中央林間に伸びています。小田急江ノ島線との乗換駅である中央林間が終点で、そこからの延長計画はなかったのでした。しかし、中央林間駅から田園都市線を真っ直ぐ伸ばせば、小田急小田原線の相武台前駅付近に着きます。従って、あとは小田急小田原線をたどれば、松田へ行けることとなります(小田急のほうは新松田駅ですが)。

 あるいは、別のことも考えられます。長津田駅から西へ真っ直ぐ線を引けば小田急の相模大野駅です。または、長津田から横浜線の下り電車に乗れば、二つ目が町田駅です。どちらにしても小田原線に乗り換えられます。

 従って、第52号路線の長津田~松田は、形を変えて小田原線として実現している訳です。田園都市線の長津田~中央林間も第52号路線の一部としてもよいでしょう。

 小田急は、大手私鉄では開業が新しいほうで、小田原線が昭和2年、つまり1927年に開業しています。鉄道敷設法との関係は不明ですが、無関係とも考え難いのです。新宿から御殿場まで走るあさぎり号は、鉄道敷設法で果たしえなかった夢を実現したものと言えなくもありません。

 東急田園都市線および大井町線、小田急小田原線。大手私鉄の超有名路線が、実質的に鉄道敷設法の予定路線を代替するものとなっていることに、一種の感慨を覚えました。


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