小うつな人・ケアマネな人、を応援する日記

小うつな方・ケアマネな方、どっちでもある方のために捧げる、ネタのたわごとです。めざそう癒し人!?

動いていた招き猫

2010-07-31 10:38:07 | 日記
この招き猫は左手(左前足か)が動いていました。
思わず寄ってしまいます。

週末です。7月も終わりです。
ゆっくりいたしましょ。

お仕事の方は、無事でありますように。

教師はなぜぼけるのか(7)

2010-07-30 07:28:51 | 日記
教師はなぜぼけるのか(7)

ぼけやすい傾向の方々として、ヒューマニストをあげる。
この業界に関わろうとする人々は「自分たちは真心込めてやっているんだから、向こうも倫理的な存在でないといけない」という押し付けが目立つ。障害者に対する見方が倫理的すぎる人は危険だ。特にボランティアさんたちは危険だ。
女性の場合は、ボランティアの人々。
「自分が人間らしい人間」であることを確認するために、その道具として、障害者や高齢者を利用している(そうではない人が大半ではある、と思いたいが)。
男性の場合は「会社人間」が危ない。「俺は家族を養ってきた」という自負が、養われる側に回った時、自分との関係が取りづらくなり、人生を投げる。


これまで、考察してみたが、このようにまとめられる。
つまり「教師」というのはある種の比喩であり(現実は、やっぱり多いけど、全員ではない)「元々の価値観がプラス志向単一であり、老いを敗北とし、自らが老いとなった時、自分との関係をうまくとれない人々」と言える。このような人々全員がぼけるわけではないと思うが、現場ではこの傾向は否めない。
人は「場」「関係」「個体」で成っている。とするなら「場」が「老いを受け入れやすい環境」を作ることが大切なのではないか。

教師はなぜぼけるのか(6)

2010-07-29 10:21:12 | 日記
教師はなぜぼけるのか(6)

これまた、ケアマネジャーさんは実感していると思うが、家族が教師という高齢者も認知症になることがある。
その他、警官や医療職や聖職者も、本人や家族の中にいる場合の認知症率は高い。
これはなぜか?
これらの職業はマイナスになることを否定する傾向があり、高齢者本人を励ましたり、怒ったりする。家族にこれらの価値観を持ち行動された場合、本人はつらいのではなかろうか?
高齢者は若い人と比較してしまえば、「明日があるのかわからない」。
今が一番いい条件で生きている。
よって「自然な流れ」=「自然に老い」を作ることが大切なのだ。
認知症にさせないためには、老いを受け入れやすい条件、環境を作ることが大切。
教師のマイナス排除、医療の死は敗北、リハビリのやらない人はダメ、聖職者の排他的姿勢が認知症を作っている(もちろん、そういう人ばかりではないのですが)。

教師はなぜぼけるのか(5)

2010-07-28 07:30:29 | 日記
教師はなぜぼけるのか(5)

いよいよタイトルに迫る。
教師は、人の一生のうち、発達過程に主に関わっている。早く発達するのはいい子。遅く発達するのはよろしくない。しかも発達遅延やしない子は別教育になっている。
この教師生活、価値観がプラスしかない。
しかし、人の一生はプラスでもマイナスでもない、自然過程であるはず。
教師は、忘れ物をしたら立たせるなど、マイナス行動にはペナルティを課す。この生活価値観が、自分にも適応し、自分が失禁をしたらマイナスをつけてしまう。
「人は常に進歩していく」と考えている人が失禁。すると自分を許せなくなる。すると自分と付き合えなくなる。すると自分自身との関係が悪化し、ぼける(自己現実の否定)。
よって劣等生に厳しい人ほど、認知症になる…ということがあるかもしれない。
ケアマネの方々は、気づいているだろう。元教師の認知症が多いことに。