小うつな人・ケアマネな人、を応援する日記

小うつな方・ケアマネな方、どっちでもある方のために捧げる、ネタのたわごとです。めざそう癒し人!?

独断と偏見の2009年追悼。

2009-12-31 10:30:40 | 日記
今年も様々な方々が亡くなりました。
森繁、円楽、南田洋子、マイケル・ジャクソンさんなどは他の方々にお願いして、個人的に悲しい方々のご冥福をお祈りしつつ、独断に満ちた追悼を。偶然にもほとんど日本人になってしまった。

1月22日 - 三浦洋一、ピアニスト(* 1933年)
プロの合唱団(というものが日本に存在するか否かは別として)のピアノ伴奏といえばこの方。でしゃばらず、しかし主張のある音はとても印象的で、レコードを聴くときは合唱よりもピアノの音を聞いてしまった。

2月17日 - 今井壽惠、競走馬写真家(* 1931年)
競走馬の女性写真家としては先駆者。とても愛着のある瞬間を捉える才能がすばらしく、こういう美しい写真を撮りたいと思う。ニジンスキーという競走馬が凱旋門賞で負けたとき「泣いたように見えた」という話は「もしかすると競走馬にも悔しさがあるのかも」と感じた。

3月29日 - モーリス・ジャール、フランスの作曲家(* 1924年)
フランスの作曲家。映画音楽が有名(「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバコ」など)だが、実は実験音楽と呼ばれるものも作っている。こちらのほうが魅力的。

4月3日 - 蛯名信広、日本中央競馬会美浦トレーニングセンター所属調教師(* 1952年)
騎手時代は乗り馬に恵まれなかったけれど、それでもホワイトフォンテンやニッポーテイオーに乗っていた。時々万馬券を取らせてもらった。調教師としてはタイキヘラクレスでG1勝利。調教中に馬に蹴られて亡くなるというのが悲しくもあり、同時に本望でもあったかな…自分もそういう生き方がしたいと思う。

4月20日 - 清水由貴子、元歌手(* 1959年)
「欽ちゃんバンド」が懐かしい。何よりも介護疲れで自殺は、とても悲しい。

5月2日 - 忌野清志郎、ロックミュージシャン(* 1951年)
省略。「トランジスターラジオ」が大好き。個人的に幼少の頃は、あこがれのヒーロー。

5月3日 - 小池和夫、湖池屋創業者(* 1927年)
ポテトチップといえばコイケヤでした。いまやカルビーに席巻されていますが。

5月5日 - やまだ紫、漫画家(* 1948年)
「性悪猫」を残してくれてありがとう。絵に、柔らかさと神経質さが同居しているのがとても魅力的。

6月13日 - 三沢光晴、プロレスラー、プロレスリング・ノア社長兼選手(* 1962年)
三沢が自分よりも先に亡くなるとは思っていなかった。川田との主導権争いが全日本プロレスの全盛期だった気がする(馬場さんは別)。

7月5日 - 土居健郎、精神医学者、元東京大学教授・国立精神衛生研究所所長(* 1920年)
省略。「甘えの構造」の著者。思考するにあたって、とても影響を受けた。

7月21日 - 若杉弘、指揮者(* 1935年)
子どもの頃、ケルン放送交響楽団を率いて、日本でコンサートをしたときのNHK番組が忘れられない。曲は、ブラームスの交響曲第1番だった。たぶん、ドイツ語圏で初のアジア人・日本人指揮者ではないかしら…

7月22日 - 高久進、脚本家(* 1933年)
「Gメン75」の脚本家として覚えていた。スタイリッシュかつドライな内容が、70年代には新鮮であった。

7月28日 - 川村カオリ、歌手(* 1971年)
省略。幼い子どもを残して亡くなるなんて、母としてはとても残念でならないだろう…と思うと、悲しい。

9月27日 - 永井秀樹、オートレース選手(* 1973年)
競走中に、事故で亡くなった。まだ伸びると思っていただけにとても悔しい。

10月10日 - 江畑謙介、軍事評論家(* 1949年)
湾岸戦争のとき、CNNの映像を観ながら滔々と解説していたのが初認識。髪形が、爆発実験で失敗した博士みたいで印象深い。簡単に言えば軍事オタクのおっさんだろう。後継者はいるのだろうか。


こうやってみると、やっぱり、生きていることは奇跡的なんだ、としみじみ思う。
来年も、よいことが、みなさまにありますように。そして、生きていきましょう。
年内、ありがとうございました。

ミラレパのことば

2009-12-29 08:28:02 | 日記
11世紀のチベットの思想家ミラレパが3つの質問を受けた。

一番大切なときはいつか?
一番大切な人はだれか?
一番大切なことはなにか?

ミラレパはこう答えた。

一番大切なときは今。
一番大切な人は、今、ここにいる人。
一番大切なことは、今、ここにいる人によくあること。

年末になると、なぜか、忙しく慌しくイライラして行動する方が多い。事故に遭っている現場も目撃した。
地球最後の日ではないのだから、急いて、気分を悪くするのも、もったいないと感じる。
今、ここにいることを大切と感じ、今、側にいる人に良い行いができれば、ゆったりまったりと過ごせると思う。ちょっと急いだところであんまり時間的には大差ないのだから、余裕を持つて、イラつかないことのほうが大切。

今年も、終わろうとしている。
何人もの方々が亡くなった。
「今、ここにいる」ということは一番大切で奇跡的と感じる。

なお、ミラレパについて知りたい方は、マンガが簡単かと。

「神秘家列伝 其乃壱」水木しげる:著 (角川文庫)

これに描かれているので参照を。ついでに、スウェーデンボルグと明恵についても読めます。

夢の種類

2009-12-28 09:42:02 | 日記
この「夢」とは、将来のヴィジョンではなく、寝ている時に見る夢である。
パトリシア・ガーフィールドという女性の研究家が、国籍・貧富・宗教・人種・年齢・性別などの区別なく統計を取ったところ、全て12種類に集約される、と発表した。さらに大別すると4つとなる。

12種別

1.あこがれの人と会っているのに、猛獣などに追いかけられる。
2.大病・大怪我(現実はそうではない)
3.車や自転車等のコントロールしている乗り物のブレーキがきかない。
4.高級品を得たのに大破する。
5.試験の合格 or 不合格。
6.空を飛ぶが、落下する。
7.きれいな衣服を身につけていたのに、公衆の面前で裸になる。
8.乗り物に乗り遅れる。
9.亡くなった人と話をしていたが、とぎれる。
10・楽しく観光をしていたのに、災害に巻き込まれる。
11・欲しかったものを落としてしまい、みつからない。
12・亡くなった知人が出てくる。(9に近いが会話しない)

大別すると
1.追いかけられる
2.迷う
3.高いところから落下
4.大勢の人の前で恥をかく

となる。
だいたいほとんどが悪夢であり、そこで目が覚めるということが基本である。
ガーフィールド氏は「夢というのは恐怖体験の表れであり、それにさらされた際の人々の対応」と伝えている。同時に「太古の記憶」の表出であるとのことである。太古の記憶ということは、遺伝子に書き込まれているということなのだろうか。そこまでは確認できなかったが、もしかすると、祖先がマンモスやサーベルタイガーに追いかけれて、さらに崖から落下した…という記憶が、刷り込まれているのかもしれない。

そろそろ、お正月。
初夢などを見ると思われる。みなさま、悪夢ではなく、いい夢を。

弱さ研究(14)

2009-12-25 20:58:43 | 弱さへの思考
「自立」について(その2)。
前回、自立の定義を「自立とは、単に家族や施設の世話にならないで暮らすということを意味するのではなく、生活形態を自分から積極的に選ぶことの根底にある物事の考え方、ないしは、社会的な運動を指す」とした。
施設においては、その建物の中で社会統制が行われている。依存性を生み出すシステムがあることを考えた。

では家庭ではどうか。
実は、在宅では「規範化された愛情」が一方的な依存関係を作り出している。
例えば、家庭における障がい者とその家族(親、特に母親)との関係をみると、たいていは障がい者は「弱者」であり「保護すべき」であるという思想が家族愛の理念と融合し、母子関係に至っては子どもをいたわる必要性が過度に意識される傾向にある。その結果、親、特に母親は子どもを囲い込み、自分の監視下に置き、全ての責任を自分が負おうとし、一方的な依存関係が発生する。それは「あるべき愛情の姿」として時には涙を誘い、同情などを受ける。それらにより社会的に要請され、承認されたものとして、よりいっそう、強化される。

社会学上、価値の大きさは、与える側ではなく、受ける側が決める、という考えがある。友情もそんな気がする。恋愛もそうかもしれない。夫婦も家族関係もそうかもしれない。もしかすると、会社内人間関係もそうかもしれない。パートナーアニマルとの関係もそうかもしれない。さらに、公共交通機関等における席を譲る・道を譲るなどという行為もそうかもしれない。
よって、このやりとりの後、双方にアンバランスが残る。与えた側は「せっかく与えたのに」という感情が時には生まれることもあるが、受けた側が「全然ダメ」と判断することがあるかもしれない。もちろん、その反対もある。むしろその方が、多いかもしれない。
この不均衡によって、交換関係が継続するのである。

デジョンは「障がい者が、他の人間の手助けを他の人より余計に必要するからといって、その人が他の人以上に依存的であるとは限らない。人の助けを借りて15分かかって衣服を着て仕事に出かけられる障がい者は、自分で服を着るのに2時間かかるため、家にいるほかはない人よりも自立している」と言った。

つまり、こういうことだ。
全てを自分でできるということが自立ではなく、自分の生活に関して可能な範囲で自己決定をすることが「自立」という単語の意味するところ、考え方である。
自己決定とは、これまでも言ってきたように、自分で自分の生活の仕方を選ぶこと。ということは、その結果が「失敗」と呼ばれるものになることも含め、あらゆる可能性を全て受け入れることを意味する。

メリークリスマス

2009-12-24 17:39:06 | 弱さへの思考
街中の人々はマスコミに踊らされ、彼とどう過ごすかを考えたり、誰と一緒にいるべきか悩んだり、イベントに参加したり、いつもより高いレストランに行ったり…様々な欲望が渦巻いていると思う。
そして、家族は、暖かい時間を過ごすため、就業を早く切り上げたり、または仕事を継続したり、高いケーキを買ったり…だろう。

これを読んでいる、1人ぼっちのあなたがいたならば大丈夫。1人じゃないから。
あなたは見ず知らずだけれど、これを読んでくださる、あなたの幸せを祈ります。私にとって、あなたが読者である、というだけで感謝する価値は十分すぎる。
これを読んでいるということは、ブルース・ウィリスのようにテロリストと対峙しているはずはないし、アーノルド・シュワルツネッガーのように子どもへのプレゼント(ターボマンの人形)探しに奔走していることもないだろう。それだけでもラッキーだと思う。


思いめぐらすのは、聖書。

ルカによる福音書;第2章8節から20節。
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その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。
そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。
しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。
羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
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私に天使が現れたならば、凍りつく。羊飼いたち同様に。
2000年以上前の今宵、それがおこなわれたとしたら…そして、生まれたのが救い主だとしたら…
羊飼いたちは、これらを信じたことにより、この冬にあるはずのない春の訪れのような、暖かく喜びに満ちた「何か」を得たと思う。
そして今、1人ぼっちのクリスマスを過ごしている人々にこそ、クリスマスがある。
独居者、障がい者、病で床にある人、精神障がい者、アイヌ民族、外国人、戸籍上の差別、ホームレス、宗教の違い、性的マイノリティ、暴力を受けている男女、母子家庭・父子家庭、事故にあった人とその家族…
その他、様々な方々のためにクリスマスはあるはずだ。
教会で祈っている人々と同様に、孤独で辛い人や食べ物に困っている人にも、ある。

誰かと過ごしたいと願えば、いつか叶う。
どうしてもさみしかったら、今日から明日にかけて放送中のラジオ番組、ニッポン放送「チャリティー・ミュージックソン」へ募金の電話を。1人ぼっちではないことがわかる。


メリークリスマス
そして、謹賀新年
あなたがそれを望むなら、私はとても嬉しい(ある歌の歌詞より)