「フェルメール展とは呼ばないで」に始まり,シュテーデル美術館展として六回にわたって見どころに図版を交えながら,一つ一つの作品を解説してきました.
19世紀初めに開館したシュテーデル美術研究所は今回の展覧会で和名を同美術館として紹介されるようになり,欧米全体では中堅~準大手,中央集権化が進んでいないドイツ国内としては五本の指に入る美術館で,王侯コレクションほどの歴史はありませんがオランダ・フランドル絵画に良品が多いこと,そしてそのうちから多くの珠玉作が出品されていることから,この展覧会が(少なくともシュテーデル側は)単に「地理学者」だけを意図した展覧会ではないことを説明してきました.
よく17世紀のオランダ絵画はイタリア・フランス絵画と比べて,画面が暗くて色味が乏しくちまちましていると言われますが,美は細部に宿るとも言われ,実に巧みで繊細な表現がなされているかに見入ると驚異的ですし,キアロスクーロと呼ばれる明暗のコントラストは感動的でもあります.フランドル絵画のほうが色彩は明るく,家具に嵌め込まれた精緻な小画面のものから壁を彩る大画面にやや荒削りながらダイナミックに描かれたものまで様々です(今回は後者の好例となる作品は展示されていません.しいていえばルーベンス共同制作作品で,これがもっとワイドになったものを想像してください).
オランダだけをみても当時,画家が4000人いたという推計がありますが,フェルメールのように誰でも知っている超一級の画家はごくわずかで,生没年も分からないような画家も多く,結局その中で歴史が評価したいわゆる有名画家はといえば,例えばクリストファー・ライトと言う美術史家は130人余りを挙げています.多くの作品を見慣れてくれば,このくらいの画家についてなら画風の違いは分かるようになるでしょう.
絵の楽しみ方は一人一人異なると思いますが,例えば,惹かれた絵があれば,そこに込めるられた秘密について,図録の解説を読み進めるのも面白いでしょう.気に入った画家がいれば,どういうバックグラウンドの人か,活躍した土地がどこで恩師やライバルは誰であって,そこで画風がどのような影響を受けたのか,それが時代でどう変化していったのかを調べてゆくと,さらにいろいろな作品を見ていく楽しみが増します.
絵の横にある解説の小パネルは大変重宝でしたがやや言葉足らず,図録は持ち歩くのには重いし,音声ガイドで語ってもらえる作品は多くの展覧会で二十数点ほどでしょうから,今回の解説が皆様のお役に立てることを祈ります.展示作品は95点の全てが傑作というわけには行かないので,下記のような基準を作って,参考程度に記号付けしました.
◎傑作(これは独断です)または目玉作品 〇定評がある又はおすすめの作品 △それ以外の標準的な作品 無印:それ以下の作品
また,解説として書いた内容は,図録をそのまま写したのではなくて(要約したり一部引用した部分はありますが),基本的には私の受けた印象と,特定の画家についての定評のある画業研究書(モノグラフと呼びます)やGrove's Dictionary of Artの解説からの要約を出来るだけ簡潔に記したつもりです.もし記述に誤りがあればご教示いただけると幸甚です.18世紀後半に制作された風景画2点については解説を割愛しました.
使用した図版は,輝度は見やすいように,コントラストは強め気味に画像処理してあるかも知れません.色味は必ずしも正確ではありませんが,二回の観覧で少し修正をしたものもあります.
Bunkamuraのサイトに「スペシャル・ビジュアルツアー」と銘打って,動画が配信されているので,絵のサイズや色を知るのには良いかもしれません.
最後に,この展覧会では10点の作品を除くと,一般の展覧会と比べてその絵の「〇〇」が随分違った感じになっています.何か分かりますか?
これをオランダ「〇〇」というのですが.それにもまた様々な様式があります.
オランダ額は黒~褐色で,時に額幅は広く,時に帯状に小さな升目模様が入るのですが,以前取引のあった額縁屋さんはオランダの堤防の杭の木が腐食した様を模しているのではと言ってらっしゃいました.真偽のほどは未確認ですが.