泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
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The Miracles of Exodus

2011-05-15 18:34:48 | 歴史学

承前

 心待ちにしていた本が先日到着しました.普通のペーパーバックでした.

 件のナイル川が血に染まったという第一の災厄ですが,p.114-118を要約すると:

・ナイル川は白ナイル・青ナイル・アトバラ川を支流とする.青ナイルとアトバラ川はエチオピア(アビシニア)北西部の高地から下って,ビクトリア湖からの白ナイルと合流するが,前二者の流域は夏の降水が多いためアスワン・ハイ・ダムが出来る以前には頻繁に洪水を起こし,急流が斜面を下るときRoterde(独語の赤土)を削り取り,ナイルデルタの肥沃な土壌のもととなった.


wikipedia "the Nile"より引用

・赤潮が魚に致死的となることは良く知られているが,海水では一般的ではあるが淡水では知られていない.出エジプト記当時の都はRamesesと考えられ,ここはいまのQantirであるが,同地は河口のナイルデルタで(訳注 汽水域という意味だろう),ここでは魚類には致死性の植物性プランクトン(例えばCochlodinium heterolobatumやGymnodinium brebeが考えられるが,ダムが出来た現在では確認することは出来ない)が赤潮を起こし得る.

・とくに9月ごろには蓄積した赤土と希釈された海水の成分で栄養素が増え,水温も高いことがプランクトンの異常発生を引き起こしたのだろう.

・赤潮によって魚が死ぬのには数日から数週と考えられるが,聖書の記述にある第2の災厄(大量のカエルが陸に溢れる)が7日後に起こったというのは符合する.

 記載されているのはこれだけでしたので,おのちゃんさんの指摘されたように毎年起こったことではないの?という疑念には答えられていませんでした.

 私の考えではないので,これ以上は不確実ですが,あえて擁護するならば,日本近海でよく見られる赤潮も,大量発生という意味では1990年代にあった米国東部の同国最大の河口域であるチェサピーク湾での赤潮による魚の大量死と同様,頻繁にあることともいえないので,特定の条件下で見舞われたと理解出来るのではないかと思います.
 それ以前にもそれ以後の時代にも時々発生していたのかも知れませんが,たまたまそれとモーゼの時代が重なったという見方なら,あながち否定は出来ないといえるでしょう.


出エジプト記

2011-04-16 20:58:29 | 歴史学

 先日ディスカバリーチャンネルで,「出エジプト記」を科学的に解明する番組が放送されていた.これはすでにケンブリッジ大の自称アマチュアColin J. Humphreys著The Miracles of Exodus: A Scientist's Discovery of the Extraordinary Natural Causes of the Biblical Storiesとして'03年に出版されている仮説を中心に制作されている.番組の内容は基本的に推論であるが,かなりの部分はなるほどと思わせるものがあった.
 冒頭の燃える柴の話は見落としたのだが,神の与えた10の災厄は,9月頃にナイル川に溶出した赤土が増え有害な赤い藻が異常発生したため赤染して魚が死に,カエルが陸に上がって巷に溢れ,死んだカエルについたブヨが増え,サシバエが増え,それによるウィルス感染で家畜が死に,翌年に入る頃ヒトには皮膚炎が起こり,さらに加えて雹が降り,イナゴの大発生,砂嵐のため太陽が隠れ,貯蔵していた穀物の表面に菌が繁殖してマイコトキシンが生じ,長男から食事をするという習慣のため,長子が死んでいったということらしい.そういわれると,超自然現象とも言えないようだ.
 紅海渡渉も古くから考えられていたスエズ湾側ではないとのこと.当時のエジプトの都はRamesesラメセス(いまのQantir)だったらしく,当時シナイ半島もエジプトの支配下であったため,エジプト王の領地から逃れるのは最短距離でシナイ半島の北部を通ってSccoth,Ethamを通り,yam suph(葦の海:Aqabaアカバ湾)で紅海を渡ったと考えられるとのことである.このとき強風によってwater set-down現象で海が割れた(水位が下がって底の隆起した部分が現れた)ということらしいが,映像の説得力はなかった.風速30mほどの横殴りの強風の中を荷物を持って歩くことが出来たかどうかの説明が欲しい.
 十戒を授かった神の山はシナイ山ではなく,昼は煙が立ち夜は赤く光り民を導いたとあるので火山と考えられ,申命記に都から10日の距離と記述されていることから600km圏のアラビア半島の西部にあるMidianの火山しか考えられないとのことだった.

 同書にはモアブの岩など他の奇跡の記述もあるので,ぜひ一読してみたい.