泰西古典絵画紀行

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リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝

2012-10-06 22:20:54 | 古典絵画関連の美術展メモ

久しぶりにオールドマスターの展覧会に行った.こころがわくわくしたのも久しぶりである.

 リヒテンシュタイン家は17世紀以来,代々の美術品蒐集で著名であるが,本拠ファドーツへは一度行ってみたいと思っているし,2004年ウィーンに美術館として再公開された夏の離宮も近々で来訪する計画があったので今回の企画展は心待ちにしていた.
 さらに,個人的にはリヒテンシュタイン・コレクションから出品されたJ・フィクトゥルスの歴史画を近年C社から購入しているので,浅からぬご縁を手前勝手に感じている.

・・・・初週の金曜の夕べだとさすがにゆったりとしていて,ドイツの中堅都市の市立美術館にいるようだ.

 「バロック・サロン」は家具や室内装飾と一体となった展示で,「臨場感を再現するために」キャプションに番号しかないのは日本の展覧会では珍しい.A・ブルマールトやデル・カイロの歴史画,ファン・ハイスムらの花卉画,プラッツァーのアトリエ画など,その様式から一目で分かるものも多いが,親イタリア派の風景画では,スヘリンクスの弟のほうとなるとさすがに難しいし,ファン・ソンとデ・ヘームを見分けるほどには静物画も得意分野ではない.入り口の手前に全点写真入のパンフレットが置いてあるのを後で知ったが,これは必携.

 名画ギャラリーには,ラファエッロの肖像画からカナレットのヴェドゥーダまでのイタリア古典絵画や,北方ルネサンスに属するクラナーハ父の縦長の扉絵「聖エウスタキウス」の佳品もあるし,P・ブリューゲルの息子達の傑作*もバランスよく展示されているが,やはりオランダ・フランドル(ここでは逆か)のバロック絵画に最も力が入っていることが分かる.
 ルーベンスはルーベンスであり,その圧倒的な迫力は筆舌に尽くしがたい.その描写力の例として二三気が付いたこととして,「キリスト哀悼」ではイエスの右足が見るものの方に向けられているが,まるで画面から飛び出しているようにリアルである.逆に狩猟画のエスキースでは,造形を引き伸ばすことで動きを強調して表現している.そうかと思えば,愛娘クララ五歳の肖像は小品ながら,駅のポスターサイズに引き伸ばしても,鑑賞に堪えるほど生気に溢れている.というか,ポスターをみていると,このサイズとは思われないだろう.
 もうひとつの今回の展示作品の特徴として,美人画(美女)ないしかわいい子供の絵が多く,ヴァン・ダイクの女性像も然り.
 オランダ絵画も点数は六点と少ないが,珠玉作ぞろいで欲しくなる作品ばかりである.レンブラントの「キューピッドとシャボン玉」は,1968年に「レンブラントとオランダ絵画巨匠展」として,1986年には「ベンティンク・ティッセン(=ボルネミッサ)・コレクション展」として,かつて二度日本で公開されたことがあり,以前は帰属作としてバオホ・ヘルソン・テュンペルらは真筆性に異を唱えていたが,ファン・デ・ヴェーテリングが1997年にレンブラントの真筆と認め,コルプスでもカテゴリーAとなっている.

 「キューピッドとシャボン玉」 画布 75x93cm レンブラント 1634年
(ティッセン展の図録から引用したが,この間にはほとんど修復の手は入っていない印象)

 今回初めてオリジナルを見る機会を得て感じたこと:佳作.愛らしい表情は同じく1634年のエルミタージュ蔵「フローラに扮したサスキア」(下図左の参考画像は部分拡大)を連想させる.
 

顔の輪郭がややゆがんでいるところも,同じ画家の手になることを示しているかもしれない.口の切れ込みは甘い・手足の仕上げが粗雑.亀裂パターンからみて修復は少なからず入っていることから,洗浄もふくめてそのためかもしれない.フリンクの可能性を指摘されてきたことはうなづける.ふくよかな肉付けは当館所蔵品「眠るキューピッド」(上図右)も含め多くのフリンク作品に類似する(レンブラント1635年のガニメデと比較が必要). 1634年の年記とサインは他の作品のそれに精通していないが,ウェット・イン・ウェットで書かれてはいないように見える(上記ティッセン展の解説でもこの署名は後代のものとされている).この制作時期は作風と見合い,フリンクの工房入りの翌年に当たる.共同制作か?

 このコレクションの核はほかに,ビーダーマイヤー期ウィーンの画家の作品で,アイエツの「復讐の誓い」の美女の氷のような眼差しには釘付けになる.また,アメリンクという画家の作品群も素晴らしく,この画家の存在を遅ればせながらも知ったのは収穫であった.

 最後に,途中で回ることになる「クンストカンマー(美術蒐集室)」の工芸品群にも注目.金銀の工芸品の中ではフリースの「牝鹿に乗るディアナ」を模った酒器でぜんまい仕掛けで自走する.ビデオが流されているが,止まったところの前にいる人が鹿の首を外して酒を注げる権利があるのだとか.
 コレクションのホームページをみると,この酒器をリヒテンシュタイン候が入手されたのは2009年らしいので,私が支払ったフィクトゥルスの絵の代金がそのごくごく一部に充当されたのかと勘繰ってしまった.

 西洋古典絵画が好きな人には必見の価値ある展覧会である."フェルメール展"のような雑踏には,いまのところ,なっていない.

*とくに次男ヤンⅠ世の「若きトビアスのいる風景」は精緻且つ色彩の鮮やかな魅力に溢れており,画面右下に視線を向ければ,トビアスを導く羽の生えた天使が小さく目に入ってくるであろう.「死の勝利」の大作はピーテルの原案を孫(ヤンⅠ世の長男)のヤンⅡ世が細部を翻案して複製したものであり,やや描写は落ちるが,そのモティーフのシニカルな壮絶さからは,あらゆる階級に死は無条件に訪れることを思い知らされる.



2 コメント

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Unknown ()
2012-11-01 00:55:56
ぶらぶら美術・博物館でもやってましたね。
 http://www.bs4.jp/guide/entame/burabura_art/
相変わらず、見方が、イマイチ不安です(笑)。
先週、観に行ったのですが、もう一度、行ってみたくなりました。

ご存じかもしれませんが、ムサ美の斎藤國靖教授が、今年で退官だそうです。NHKの美術番組でレンブラントの模写と言うか技法の再現を助手の方とやられた方です。
退官記念と言う事で、
http://mauml.musabi.ac.jp/museum/archives/1497
11月12日にアーティストトークがあるそうなので、のぞいてこようかなと思っています。
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鼎様 (toshi)
2012-11-01 20:08:49
日テレは千石先生が出演されていたのですね.

 鼎さんのおっしゃるように,この展覧会は,私もまた行きたくなるものでした.

 斉藤先生の退官記念の件は存じ上げませんでした.

いまはなかなか体が自由にならないので困ったものです.

 また何か情報がございましたら教えてください.
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