図録のPollmer-Schmidtの風俗画についての序文解説はよくまとまっていて分かりやすい.一読をお勧めする.
風俗画と室内画 | |
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◎フェルメール「地理学者」1669年 あえて書くことはあまりない.久しぶりに見て手前に置かれた織物の中の青がやはり鮮やかであるのに気づいた.虚空を見つめる視線は上野で展示されているレンブラントの銅版画「書斎の学者(ファウスト)」を連想させる. リアルな質感のホンディウスの地球儀についても解説で述べられているが,「地理学者」の両脇に,その100年後に製作された松浦史料博物館に所蔵されている天球儀・地球儀が特別出品として展示されている. これらはファルク父子(父Gerard & 子Leonard Valk)がホンディウスの工房のあった建物に移った年である1700年の年記があり,これは同年に製作された銅版を使用していることを意味するだけだが,天球儀の子午線環に8の刻印があるので比較的初期の製作のようである.球径31.0cm・高さ46.3cmとサイズは比較的大きめで,天球儀はポーランド出身のヘヴェリウスが猟犬・小獅子・蜥蜴座など7星座を追加して1690年出版した星図に基づいている. 一度是非拝見したかったところで心待ちにしていた.展示品は確かに色彩がよく残っているが,実物は写真よりもややくすんで紙のニスもやや褐色調だった.天球儀は獅子座を手前に向けて展示されることが多いのに対し,星座が地味な春分点のおひつじ座付近を手前にして置かれていたので,不審に思って裏を覗くとかろうじて見えたロブスターのかに座や南天の一部が少し破れているのが分かって納得した. 地球儀では日本がどう描かれているか実物を観ていただきたい. この右手に神戸市立博物館からファルク製の「ヨーロッパ壁掛地図」が展示されていた.壁地図としてはやや小ぶりな107x123cmで,銅版画6枚を継ぎ合わせた紙製で,彩色された上にニスが塗られていたため褐色に変化している.傷んだ継ぎ目には修復があるのかもしれないが,都市の名前を追うには遠目過ぎた.これは4/12までで翌日からは「アジア図」に展示替えされるらしい.写真で見る限りではこちらのほうが状態はよく,これらは1695年頃の製作とのことで5枚で一組だったらしく現存は貴重であろう. このほか,地理学者が手に持っているような当時のコンパス(東インド会社の商船で使用されていたものらしい)や,デュサールトの風俗画の楽師にちなんで監修者である木島氏所蔵のハーディガーディが展示されていた. |
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〇ヘラルト・テル・ボルフ 「ワイングラスを持つ婦人」1656/7年頃 テルボルフの代表作の一つで,その雰囲気や白い釉薬のかかかった陶製の水差しや袖口などの質感に彼の秀逸な描写力の片鱗をうかがわせるが,顔のディテールがかなり損なわれている.例えば98年のカッセル国立古典絵画館展で来日していたテルボルフの「楽器を持つ婦人と楽譜を持つ男」(部分)を下記左の画像に示すが,このように本作においても恐らく細部まで描きこんであったと思われる. ![]() ![]() 05年のワシントン・ナショナルギャラリーでテルボルフの回顧展が開催され,50数点が一堂に会していたが,一言で言えば精緻さが出色で,一瞬の表情を巧みに捉えるところに真骨頂があると思う.残念ながら彼の作品にはコンディションの良いものは極めて少ない.若い頃の作品にも才能の萌芽を認めるが,晩年の作品は細密画家に必要な視力の問題からか技量の衰えが目立つ.美人のモデルは,画家の妹であることが多かったらしい. 風俗画の読み解きとして,一人でワインを飲む行為と手紙がキーワードであるが,図録に拠れば妹のへジーナは詩人で「ワインは愛の裏切りへの対抗手段」と詠んでいるらしい.あるいは「手紙を送るときの勇気づけ」であるともいう.頭巾とショールは帰宅したところか,あるいはこれから外出することを暗示するものかどうか,机上にあるのが届いた手紙なのか書き上げた手紙なのかでワインの意味も変わってこよう. マウリッツハイスにある「手紙を書く婦人」(上記右掲1655年頃)とサイズがほぼ同じで連作または対作品と考える説もあるらしく,その場合,一杯飲んで手紙を出そうということになるのであろう. |
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〇ヘリット・ダウ「夕食の片付け」1655/60年頃 蝋燭に照らし出された横向きの娘の顔が印象的.ダウはこのように緞帳を引き上げた舞台のような設定をしばしば利用した.また,とくにこの年代にキャンドルライトに浮かび上がる作品もよく描いている. ![]() 「夜の学校」c1660 「天文学者」1650/55 アムステルダム国立美術館 ライデン市立美術館 |
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〇ピーテル・ヤンセンス・エリンハ「画家や掃除をする召使のいる室内」1665/70年頃 |
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〇ディルク・ファン・バビューレン「歌う若い男」1622年 バビューレンはユトレヒトのカラヴァジェスキの一人だが,もっとも奔放な画風で下層階級をモティーフにしたことが特徴的である.闇に浮かび上がる上半身の表現はその様式.風俗画に含めるのは広義の意味でというところか. 指の部分を注意してみると,周りを後から塗り埋めていって形を整えている.左肩にかけた青緑の衣とビレッタ帽の白い羽飾りがが全体のバランスを整えている.羽飾りの一部は緑色で,一部は白がwet in wetで塗り重ねられ混ざっている.露出した右肩から胸部の下塗りにもこの色は入っているのだろうか? ![]() バビューレン「リュート弾き」1622年(ユトレヒト中央美術館蔵) 対作品とされる. |
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〇アドリアーン・ブラウエル「苦い飲み物」1636/8年 これは,ハールレムのハルスのもとで修業した後,アントワープで活動し30歳過ぎで早世にしたブラウエルの代表作.おそらく苦い薬を飲んだ一瞬の表情を表現したもので,一部の画家はこのような感情表現を「表情」を写すことで試みており,そのような習作はレンブラントが1630年頃に銅版画でさかんに製作し,一歩先行していたようだ. ブラウエルの作品は,このほかに「足の手術」〇「背中の手術」1636年頃 同じ老婆が登場しているが施術師の床屋は別人で,画家の関心は感情のほとばしりを表現することに集約しており,その意味で後者の痛がって顔をしかめている患者のほうが印象的.「酒を飲む農民」の小品は漫画のようだ. |
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△アドリアーン・ファン・オスターデ「納屋のされた豚」1643年 オスターデもハールレムでブラウエルとともにハルスに学んだ.このような開かれた家畜の絵は半世紀前からアールツェンなどのフランドル絵画に登場するが,とくにアドリアーンの弟イサークはこの主題を頻繁に描いており,アムステルダムで1655年にレンブラントもやはり強いキアロスクーロで同題の傑作を描いた.ニワトリや葡萄の蔦は当初から予定されたものかどうか?素描があると分かるが. 次の作品の「納屋の内部」を観ると人物が描かれていないといかに寂しい絵であるかが分かる.じつは奥と右に小さく農民が描かれているのだが.これで完成作なのか,この後,前景に人物が描かれる予定だったのか,あるいは板目は分かりにくいが半分ほどの断片か.全体の構図からは断片の可能性は低く,署名と年記が入っていることから,やはり完成作と考えるのが妥当であろう. この辺りの下層階級を描いた小品群は褐色調に支配されており,作風は荒く画家による差は分かりにくいかもしれないが,フランドル派のブラウエルやテニールスに比べて,ハールレムのオスターデはコントラストが高くてハイライト部はより細かく仕上げている. |
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〇ダーフィト・テニールスII世「居酒屋でタバコを吸う男」1659年頃 喫煙は当時の民衆にとって悪徳とされており,クレイパイプで喫煙する左の男性は口から煙をふーッと吐いているが人相はよくない.背後で立ち小便をする男の帽子は,壁に貼ってある素描の人相書きのそれと同一なので,こちらがお訪ね者か?彼らは右の方に座っている人々とは明らかに隔てられている. この作品はブリュッセルの宮廷画家として活躍した頃の作品で,描画もしっかりしていて質は高い. これに対し,一つ置いて 「タバコをすう農民達」は1634年頃)の初期の小品で,アントワープにいた1640年代前半までの特徴としては抑えられた配色で薄塗りの技法で,テニールス独特の猫背の小男が描かれている.そして父の作品と区別するために署名TENIERの末尾にSをつけるようになったという. |
画像無し | ・トーマス・ウェイク「裁縫する女性」 ウェイクの中でも並品だろう △ピーテル・コッデ「音楽の集い」 中央の男性の顔はよく描かれている.レンブラントの時代のアムステルダムの風俗画家コッデのモチーフを含めて淡色調の標準作.画中画としてやはり淡色調の風景画を配している. ・パラメデスゾーン「音楽の集い」 フェルメールの前の世代で市民階級をよく描いたデルフトの画家の並品. ・デュサールト「宿屋の前の辻音楽師」 モチーフも,例えば子供の顔つきも師のアドリアーン・ファン・オスターデに類似するが,1681年と時代は下っているので,色調はやや豊かになり,ライスダールの風景画から借用したような空の青,木々に灰色のフェンスが背景に描かれている. ・ヤン・ステーン「宿屋の客と女中」 並品でコンディションもよくない.このような作品は好きではない. ・ヤン・バプティスト・ウェーニクス「ローマの鋳掛師」 褐色に支配された画面にキアロスクーロで左半身が浮かび上がった若者のこちらを見つめるまなざしにはややあどけなさを感じる.親イタリア派的表現.個人的にはあまり惹かれなかったが. |
『苦い飲み物』があんまり享けるんで、ブラウエルの絵を検索してみました。
ちょっとアメリカのノーマン・ロックウェルのように、愛すべき人々を愛情をこめて描いていると感じました。
観て楽しくなります。
リュートを弾く男の絵は、フランス・ハルスやテルブリュッヘンなどもありますが、どんな歌を歌っているのか聴いてみたいものです。
きっと即興で下世話な歌詞を、表情豊かに歌って、周りを盛り上げていたんでしょうね。
当時の音楽は,絵にも描かれていますが出版された曲集などがいまでも残っていて,バロック・アンサンブルが演目に取り上げています.上野のレンブラント展でコンサートが行われる予定だったのですが,3/18のチェンバロは地震で中止になったようです.イベント情報からは消されていますが,「ファン・エイクの《笛の楽園》~リコーダー三昧」が4/2催されるかもしれません.
http://www.tokyo-harusai.com/program/page_684.html
やっぱり、ダウの作品は秀逸です。
白い馬はイサーク・ファン・オスターデやフィリップス・ワウエルマンの風景画(あるいは風俗画的)作品によく登場します.
オランダの豚は何色でしょうね.白いというかピンクというか,あるいは野豚は黒豚なのか,どうかな?
当時の子供達は豚の膀胱を風船代わりにして遊んだり浮き輪の代わりにしたという話はご存知ですか?
気をつけて,ぜひ会場に足をはこんで観てください.期待は裏切らないと思います.