泰西古典絵画紀行

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東京富士美術館 「ポーランドの至宝 レンブラントと珠玉の王室コレクション」complete

2010-09-12 20:19:16 | 古典絵画関連の美術展メモ
東京富士美術館 「ポーランドの至宝 レンブラントと珠玉の王室コレクション」

 割と混んでいると聞いたので,午後3時に時間をずらして来訪したつもりが,ひどい混み様.上野なら日を改めるところだが1時間半かけて出てきたので,図録を購入しお茶を飲んでやり過ごす.結局,比較的ゆったり鑑賞できるようになったのは,最終の4時半になってから.後で知ったのだが,今朝の新日曜美術館で放映されたためか.子供さん連れも多く学会の方も結構いらっしゃっていたようだ.


 展示は三部構成で,ここでは第一部の珠玉の王室コレクションの絵画についてだけまとめてみた.ちなみに,第二部は国立美術館所蔵の19世紀のポーランド絵画.第三部はコペルニクス,生誕200年のショパン,キュリー夫人に関連する作品・資料の展示だか,これはご愛嬌.館の展覧会サイトの下の方に展示リストが追加されていました.

 ポーランドの歴史的コレクションは以下の運命を辿ったが,今回,再建されたワルシャワ王宮と旧都クラクフの王宮ヴァヴェル城に現存する作品が公開されている.これらにはベロット作品のように同地に残されていたものもわずかながら存在するが,殆どはソ連から返還されり,寄贈された作品である.とくに重要なのはウィーンのランツコロンスキ伯爵旧蔵品で,一部はウィーン美術史美術館の所蔵になったが(多分略奪品返還の機運で[要確認])2000年に遺族に返還され,これらも含めて遺族からポーランドに寄贈された.ワルシャワ王宮現蔵のレンブラント2点もこれに含まれ,また同家はそれ以前にもイタリア絵画80点以上をヴァヴェル城に寄贈している.
 気になったこととして,ヴァヴェル城に所蔵される国立のコレクションとしてドラクロアやバルビゾン派3点も展示されているのだが,これも寄贈品だろうか.図録にはとくに何の記載もないし,解説の文献をみても,本来掲載されるべき文献リストが落ちているので詳細がわからない.解説者のイニシャルの凡例もない.

・16世紀後半,ポーランド=リトアニア共和国国王ジグムント・アウグストのブリュッセル・タペストリーのコレクション
 ポーランド分割時ロシアに略奪された後,1920年代にソ連から返却されるが,第二次大戦はカナダに疎開し1960年ごろ帰還した.ノアの物語に主題を取った作品群が有名.今回はヴァヴェル城から小ぶりの図案作品が数点のみで,物語の場面は来ていない.

・18世紀後半,同国王スタニスワフ・アウグストの絵画コレクション
 1795年に王個人で油彩画2289点(多くは教育用の模写)を収集し,レンブラント・ルーベンス・ヴァン・ダイクに傾倒するが,フランス革命後のロンドンで画商デセンファンを通じイタリア・フランス絵画も加えて,さらに購入が進められた.しかしながら,同年のポーランド分割,98年の王逝去で,追加される予定だった作品群は売却され,F・ブルジョア卿の手を経て,ロンドン郊外にあるダリッチ絵画館の核となる.
 すでにワルシャワにあった作品も略奪などにより失われたが,ベルナルド・ベロット(カナレットと通称とあるが,カナレット〔=ジョバンニ・アントニオ・カナール〕の甥.ベロットの方が影が濃くてコントラストが強い印象.カメラオブスキュラを使っていた筈.絵画的写実の極み)がワルシャワの都市風景を描いた景観画(ヴェドゥーダ)は居室の内装として残った.ここから5点が展示されていて,なかなか壮観.


 17世紀オランダ・フランドル絵画は8点.以下,展示順に気付いたことに触れる.

5.「王太子ヴワディスワフ・ジグムント・ヴァーサの美術蒐集室」1626年

 72.2×104cmとそこそこのサイズがあるので,小ぶりの写真では大変細密に書いてあるように見える.上部中央のヤン・ブリューゲルの風景画など実際細密には書いてあるのだが,超絶技巧ではない.ただし,右端の黄金の彫像の質感は実物も素晴らしく,写真では驚異的である.ルーベンスの時代のアントワープには細密画で傑出した才能の画家がいたのは確かで,オークションでも時々出品されているが,年記もあって製作依頼者もはっきりしているのに,逸名画家となってしまっているのは残念である[要調査].王太子は先年にルーベンスの工房で画中画に描かれている「シレノスの酩酊」を購入しているが,この作品が唯一その証となっているそうだ.

10.メツーの「窓辺で洗濯をする女」(17c半ば)

 ダウ以来の風俗画として一般的な主題で「仕事に精を出す働き者のオランダ女性の美徳」を表し,メツーらしい質感豊かな細かい描写ではあるが,人物の繊細さは今ひとつ.多分肌には修復がそこそこ入っていると思う.
 スタニスワフ・アウグストが購入した作品でロシアに売却したが,ソ連から返還.第二次大戦で所在不明となったが,93年サザビーズのオークションで再発見され,寄贈された.

11.ヤン・フェルコリエの「ヴィオラ・ダ・ガンバを持つ若者」(1670年代)

 図録の写真などではわからないが,現物を間近で見ると画布で結構擦れていて,顔の補彩も目立つ.とくに切れ長の目の上下の瞼があまりに直線的で,これも補彩なのかと疑ってしまった.
 ヴァージナルに刻まれているのは「この世の栄光は過ぎ去る」とのことで,若さと芸術の儚さ(ヴァニタス)を示している.
・・・この2点と下記ド・リヨンなどの小品は,カバーで覆っているだけなので間近で見られるが,それ以外の比較的大きい作品は,レンブラントを含めてガラスの向こう1m以上のところにあるので,細部が良く見えない.単眼鏡などが必須必要で,肉眼派は他の巡回先で見たほうがいいかもしれない.

9.ヘイスブレヒツの「ヴァイオリン,画材,自画像のだまし絵」(1675年)
 騙し絵の大家の作品で佳作.これも画布なので,擦れの目立つところはあるが.

8.《机の前の学者 油彩・板 105.7×76.4cm 1641年》

7.《額縁の中の少女 油彩・板 105.5×76.3cm 1641年》「レンブラントのモナリザ」と呼ばれるらしい.

 これら2点はスタニスワフ・アウグストが1777年に入手した最重要の名画で,当時は同じサイズであることからも「ユダヤの花嫁」とその「持参金を見積もる父親」を描いた対作品であると考えられていた.王の死後人手に渡ったものをランツコロンスキ伯爵が買取り,1994年にその遺族がワルシャワ王宮に寄贈したとのこと.これらはBredius/Gersonの359・219番で1969年版のレゾネには,対作品としては人物のプロポーションが異なっていること,両作品とも第二次大戦後所在不明で写真で見る限りはレンブラントとは考えにくいと記載されていた.Tumpelはこれらについて記載さえしていない.これらの作品が脚光を浴びたのは,E・ファン・デ・ヴェーテリングが2006年"Rembrandt:Quest of a Genius"を刊行してからであろう.そして,おそらくその中で,対作品ではないが同時期の作品で真筆と考えられていると述べられているのであろう[要確認]

"Rembrandt:Quest of a Genius"表紙 レンブラント「1640年の自画像」ロンドンNG
 これら2点がヘイスブレヒツに続いて展示されているのは,その騙し絵的な効果をアピールするもののようだ.「机の前の学者」では鮮烈なコントラストの効果によって左下に置かれた書類の端が飛び出しているかのように見え,「額縁の中の少女」のほうはもっと直接的に周囲にオランダ様式の黒縁額が描かれ(右上や左下の白い光の反射線は描き込み),少女の手は確かに額縁から手前に出ている.レンブラントの自画像には,ラファェルロに触発されティツィアーノの肘を突いたポーズに模したロンドンナショナルギャラリーの作品Br.34があるがこれも1640年の作である.
私見では,「学者」の方は肌の仕上げがこの自画像に近く蝋のような透明感がある(髭は筆軸でのスクラッチ)が,「少女」のエンヂ色の衣装の仕上げは荒く,こちらはもう少しあとの作風に近い気がする.好みからいえば「学者」に軍配を上げたいが,ともにレンブラントの真筆であろう.この2点だけを見に行くとしても,八王子に行く価値は大いにある.ウェブの画像では気づかなかったが,図録の写真の「少女」の頭部の右上方や顔の左の背景には,構図を変更した塗りつぶしが見て取れるが,多分こちらが修復後で,帽子の角度の変更が明らかとなったようだ[要確認].

6.ホーファールト・フリンクの「若い男性の肖像」(1637年)

 濃密なレンブラントを見せられた後では大いに技量の低さを見せ付けられてしまう.顔面はややゆがんでいるが,エルミタージュにあるレンブラントの「フローラに扮したサスキア」も同じ輪郭だったと記憶している.顔の色表現はやや暗くかつ硬いことも初期の特徴であり,富士美の「犬を抱く少女」とも共通点を感じる.フリンク22歳の年記があるそうだが,もっと若描きではないだろうか.工房に所属した時期(1633年から40年頃)に自分の名前を署名できるかどうかは疑問もある.モルトケのレゾネをレビューすると,本作品は掲載されていないらしいが,エルミタージュにフリンクの同名作品があり,本作品とはモデルも似ているが,エルミタージュ作品のほうが質は高く,これにも1637年の年記が入っていることがわかった.結局,署名が後から追加されたものなのかどうか,間近で見ないとなんともいえないのだが.口元のわずかな微笑みがその後のフリンクの特性となっており,稚拙ながら真筆であることは多分間違いないであろう.

フリンク「若い男性の肖像」(1637年)  レンブラント「フローラに扮したサスキア」部分(1634年)共にエルミタージュ美術館蔵

12.ルドルフ・バックハイセンの「海の嵐」(1702年)
 著名な海景画家晩年の平均的な大作作品.これもスタニスワフ・アウグストが購入し,ランツコロンスキ伯爵の手に渡っていた.

 それ以外の18世紀までの絵画としては,
・ドッシの歴史画(1524年頃)
・コルネイユ・ド・リヨンの王太子肖像(1548年)・・・携行できる小品の肖像画の大家の作品.コンディションはお顔はまあまあ.
・グェルチーノ派のアレゴリー(17c前半)
・ロレーヌ派の音楽の集い(1600-30頃)・・・顔の表現で数人の目が寄っていて解剖学的に破綻しているが,右から二人目のきつい目をした男性の横顔は,トゥールズ・ロートレック美術館にあるラ・トゥールの聖ダダイを想起させる.
・ヴィジェ=ルブランの公妃肖像(1794年)・・・ウェブの画像では顔がのっぺりに見えたのだが,実物はルブランらしい(結構修復が入っているので画像にすると頬の紅さが目立つのだろう).ヴェスビオ山を背景に大気を意識した構図とみたが,解説ではバッカンテとして女神に模して踊るポーズとのこと.肖像画としては珍しいのではないか?
・ほか,例のベロットと,風景や肖像6点ほど

3 コメント

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ポーランドの至宝 (とら)
2010-09-13 08:59:27
こんにちは。早めに行ったので、割合ゆっくり見られました。ただし双眼鏡を持っていかなかったのは失敗でした。リストもアップされたのですね。
今回の展覧会のように、画の来歴が気になったのは初めてでした。それぞれの画がそれぞれの物語と歴史を持っているのは当然ですが、ポーランドの王宮・王城の美術品となると特別の感がありました。
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とら様,こんばんは (toshi)
2010-09-14 01:48:32
 祖国が地図から消えるという体験は想像を超えていますね.
 家内がショパン好きなのでポーランド旅行をしようかという話も出たのですが,まだ実現できずにいます.
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カタログ見てて (おのちゃん)
2011-03-11 14:40:09
ベロットの通称がカナレットとありましたがホントですか〓素人でよくわからないんですけど不思議な気がしました。それとレンブラントも本物が偽物になったり偽物が本物になったり大変ですねだいたい何年か前大阪で見つかったって毎日新聞が一面ですっぱ抜いたけどどうなったんでしょうねぇ。ベルリンは偽物だってたんかきってましたけど!知り合いの画家が持ってるレンブラントの版画もわからないのかなぁ。
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