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『つばさ屋』 第三章 はじまりのつばさ

2022年03月04日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第三章 はじまりのつばさ


 世界じゅうをまきこんだ、大きな戦争が終わった年のことです。
 ある小さなまちの、小さな店の、おはなしです。
 その店は、おもてむきは、紳士服を仕立てる店でした。
 でも、そこには、わずかなひとしか、知らない、ひみつがあったのです。
 少年は、古びた地図を手に、まちを行ったり来たりしていました。
 少年は十才。
 名前はカイといいます。
 この小さなまちには、戦争が終わるまぎわに
 とてつもない大きな力をもった、おそろしい爆弾が落とされました。
 まちにはそこかしこに、なまなましいつめあとがのこっていました。
 もとは家や店やビルがならんでいたところが、広い広い焼け野原になり
 がれきの山が、あちらこちらに、つみあげられています。
 がれきをかきわけて、カイはやっと、めあての、路地を見つけました。
 小さな店数軒ならんでいる通りでした。
 この場所は、爆弾の炎からは、さいわいのがれたようでしたが
 建物はかたむいてたり、窓枠はゆがみガラスは割れたりしていました。
 花屋、菓子屋、雑貨屋、食堂などが、のきをならべていたようです。
 でも、どの店もあいているようすはありませんでした。

「ここだ。まちがいない」
 カイは、路地のおくまったところにある、ある古びた店のまえでたちどまり
 持っている地図とていねいに見くらべました。
 店のかんばんには、今にも消えそうな文字で、
『紳士服仕立てうけたまわります』
 と、書かれていました。
 ぺんきのはげかけた、かんばんでした。
 店のとびらの横にあるショーウィンドウのガラスには、大きなひびがはいっています。
 ウィンドウの中には紳士服がかざられていました。
 いかにも古そうなせびろとズボンでした。
 カイに紳士服のよしあしはわかりません。
 それでも、せびろもズボンも、色はあせているものの、とてもかっこうがよく
 いい生地で作られているように見えました。
 冷たい秋の風が、びゅうと、足もとからふきあげてきます。
 風はショーウィンドウの大きなひびから入りこみ、せびろとズボンのすそを、ひらひらとゆらしました。

「こんにちは」
 カイは、そっと店のとびらをあけました。
 店のおくには、めがねをかけた、三十才くらいの男のひとがいました。
 店の主人のようでした。
 手ざわりのよさそうな、紺色の生地やら銀色の生地やらを、両手にいっぱいかかえていました。
 店の主人は、生地のあいだから顔を出し、
「いらっしゃいませ」
 と言いました。
「あのう、ききたいことがあるんです」
「何でしょう。紳士服の仕立てですか?
 ぼちぼちとはじめたところですよ。
 倉庫のおくにしまっておいた生地を、ひっぱりだしているところなんです」
「おもてに、とてもかっこうのいいせびろとズボンがかざられていましたね」
「ああ、ありがとう。あれは、以前わたしの父がつくったものでしてね。
 店を始めるしるしとして、かざったんです。で、ききたいことって、なんでしょう」
「あの、ぼく、カイっていいます。
 ぼくの父さんから、こちらのつばさ屋さんにと、あずかってきたものがあるんです」
 カイはズボンのポケットから小さな布きれをとりだしました。
 布のはしには、こげたようなあとがついていました。
 すきとおった青色の生地でした。
「こ、これは」
 店の主人はたいそうおどろいたようすで、両手にかかえていた生地を
 あわててそばのつくえの上におきました。
 そして、カイが見せた生地を手にとって、かんしょくをたしかめたり
 窓から入る光にすかしてみたりしました。
「カ、カイくんといったね。これは、つ、つばさの、つばさの生地じゃないですか」
 カイはうなずきました。
「そうです。ぼくの父さんが、こちらで、この『つばさ屋』さんが、作ったつばさで、空を……」
 カイのことばをさえぎるように、つばさ屋は、感がい深い声を出しました。
「つばさ、つばさ屋……ああ、ひさびさにきくことばだ」
「父さんは、この布でできたつばさで、空を飛んだそうです」
「……確かに、これはわたしの父が作った、つばさの布の切れはしです。
 父が作っていたのを少しだけ手伝ったので、生地には、見おぼえがあります。
 特別な地方から仕入れている生地なので、なかなか手に入りにくいのですよ。
 どうして、これを、きみが?」
「ぼくの父さんが、ツバサさんにたのまれたそうです。形見として
 『つばさ屋』にいる、じぶんの息子にわたしてくれないかと」
「ツバサはわたしの父の名前です。飛行士として戦争に行ったきり、もどってきませんでした」
「ぼくの父さんも、飛行機乗りでした。ふたりは、航空基地で知り合ったみたいです」
「そうなんですね……カイくんのお父さんは? ご無事ですか?」
 カイは力なく首をよこにふりました。
「飛行機で南の島沖に行き、行方知れずのままです」
「……そうですか……カイくん、お母さんは?」
 カイはまた力なく首をふりました。
「母は……あの大きな爆弾にやかれて、なくなりました」
 つばさ屋は、長いかなしそうなためいきをつき
 しぼりだすように言いました。
「ああ、なんてひどいことだ。わたしもです。妻も五才だった子どもも……
 家族はみんな、爆弾に焼かれてしまったんですよ。わたしはひとりになってしまった……」
「……これは父さんから、あずかったつばさと地図。すみません。つばさは、ほとんど焼けて、この切れはししか、見つかりませんでした」
「気にしないでください。いいんですよ。こうしてたずねてきてくれただけでありがたいことです」
「地図は、ほとんど読み取れるくらい無事でした。それでここに来ることができました」
「こうして、父とつながりのあるきみに会えて、とてもうれしいですよ」
「父さんは一度だけ、つばさ屋さんのつばさで飛んだことがあるそうです。
 夢みごこちで、空を飛んだことを、とても楽しそうに話してくれました」
「楽しそうに……」 
「でも、ぼく、ひとがつばさをつけて空を飛ぶなんて、信じられなかったんです。
 でも焼けのこった、つばさの切れはしと地図。これを見て、父さんが、最後、つばさのはなしをしていたときの
 とびきり楽しそうな顔を思い出しました。それが本当だったのなら、ぼくも、つばさをつけてみたいなあ、と、」
「そう言ってもらえてうれしいですよ。つばさを作るのは宣伝はしていないんですよ。
 材料をそろえるのも、設計をして仕立てをするのも、複雑でたいへんな作業なんです。
 たくさんは作れないですから。わたしひとりでは、なかなか……」
「そうなんですか。さっきも言ったけど、ぼく、つばさの話なんて信じられなかったんです。
 でも、地図にあったとおり、店がありました。うれしいです。
 父さんの言っていたことは、本当だったんだって」
「戦争中は、ずっと、『つばさ屋』という看板は下ろしていたんですよ。
 父もいないですしね。それに、戦闘機が飛びかう空でなんて、危険だし
 楽しく飛べるはずもないですから」
 つばさ屋は、肩をおとして、つばさの切れはしをカイにもどしました。
「あの……もう、つばさは作らないんですか?」
「まよっているんですよ」
 目をふせて、つばさ屋は考えこんでいるようでした。
「父さんの言っていた、夢みごこちで空を飛べるつばさ、この世にあるなら
 ぼく、見てみたいです。いつか背中につけて飛んでみたいです!」
 カイの、きらきらしたひとみを見て、つばさ屋の、まよっている心がゆれ動きました。
「わたしのなくなった妻も、よく言っていました。いつか、あなたの作ったつばさを見てみたい、わたしも飛んでみたい、と」
 家族を思い出すつばさ屋の目に、うっすらと、涙がにじんでいました。
「ぼく、お金がたまったら、つばさを作りにきます。だから」
「……いや、その必要は、ないですよ」
「え?」
「決心しました。こうして、父の形見をカイくんが持ってきてくれたのも、何かの縁でしょう。
 カイくんには、つばさ屋の再開、いちばんめのお客さまになってもらいたいです」
「じゃあ、またつばさを作るんですね」
 カイはうれしくて、飛び上がりそうになりました。
「ええ、なくなった父親からうけついだ技術を思い出して、がんばってみますよ」
 つばさ屋は、力強く、うなずきました。
「でも、あの、ぼく、お金は……」
「カイくんは、つばさ屋にとって記念すべき、お客さま。お金はいらないですよ。
 さあて、カイくんにはどんなつばさがにあうかなあ……」
 つばさ屋は、店のとびらをあけて、カイを手まねきしました。
「カイくん、いっしょに空を見てみましょうか」
「はい」
「どんなつばさをつけてあの空を飛ぼうかと、想像することから、つばさ屋の仕事は、始まるんだって
 父はよく言っていました」

 ふたりは外へ出て、空を見上げました。
 空は高く、空気は、すんでいます。
 すきとおった青い空が、どこまでもどこまでも、広がっていました。


(第四章に続く)