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小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「日本渡航医学会」へ参加してきました。

2014年07月22日 07時26分51秒 | 感染症
 先週末、漢方の研究会に参加するために名古屋へ行ってきました。
 同時期に「第18回日本渡航医学会」が同じ名古屋で開催されていることを小耳に挟み、こちらも覗いてきました。

 聞いた主な演題とコメントを少々;

■ 「海外渡航者への節足動物媒介性感染症対策ー外来で私はこう説明しているー」(西山利正、関西医科大学公衆衛生学講座)
・蚊取り線香と昆虫忌避剤を実物写真入りで解説。
・蚊取り線香は日本製品が有効成分であるピレスロイドの濃度が一番高く有効であること、アジアの現地で販売しているものはコストを下げるためにピレスロイドの濃度を抑えていること。
・虫除けの有効成分はDEETであり、日本や欧米で発売されているものは濃度10%台、一方熱帯地方で販売されているのは20%越え。皮膚が弱い人にはレモングラス抽出物も使用可能。
・ピレスロイドは接触しなければ蚊は死なない、DEETは揮発するので虫が近寄らない。

■ (特別講演)「渡航医学における優先度の考え方ーマラリアを含む感染症を中心にー」(木村幹男、結核予防会)
・・・総論的なためになるお話でしたが、睡魔に負けました。

■ (ランチョンセミナー)「渡航外来における現状~特に小児への予防接種について~」(近利雄、THE KING CLINIC)
 小児科医の中でも有名な近先生。話がメチャクチャ面白くて退屈させないのは才能でしょう。
 内容がたくさんありすぎて・・・あれ?笑ったことしか覚えてない(苦笑)。

■ (シンポジウム)「子どもたちの海外生活心得“小児の海外長期滞在における健康管理”
 短期滞在者の興味は感染症だが、長期滞在者では日本と変わらなくなる傾向あり。
 メンタル面での不安とそれを受け入れる体制不備が印象に残りました。
 物事の二面性が実感された事例;
・発達障害児は広くゆったりした環境で「周りでなんとかしよう」という協力体制ができて日本よりいいのかなと思わせる反面、日本人コミュニティは狭い閉鎖環境であり一度話がこじれるととことん生活しづらくなる傾向あり。

「子どもの感染症~予防のしかた・治しかた~」

2010年06月26日 06時48分49秒 | 感染症
金子光延著、講談社(2008年発行)

 しばらく前に同じ著者の「よくわかる、子どもの医学」という本を読み、「自分と同じスタンス」を感じました。その時に探して購入してあった同じ著者の本を引っ張り出して読んでみました。

 実は、10年以上前の開業医は最新の医学知識を取り入れ、診療レベルを維持するのが大変でした。学会参加もままならず、大学図書館へ通って医学雑誌や論文を拾い読みする方法しかなかったのです。
 ところが、インターネットの普及に伴い、たくさんの情報を自宅にいながら入手可能な時代になりました。隔世の感があります。今時の開業小児科医は、目の前の患者さんを診療しながら最新知識をアップデートできるのです。

 この本はまさに「小児科医の現場からの声」であり、まだ分厚い教科書には載っていない新事実や、現場のノウハウが詰め込まれている内容です。これを読めば小児科医の日々の仕事がわかってしまいますね(苦笑)。

 子育て中のお母さん・お父さんのみならず、小児科標榜医(本来の専門は内科や耳鼻科の先生が「小児科も診ますよ」というスタンスで看板に表示)にも読んでいただきたいと思いました。

<ポイント>
・・・ウンウンうなづきながら読んだところを抜粋します。

■ 風邪の9割はウイルスが原因で、ウイルスに抗生物質は効きません。

■ 「熱が出たら抗生剤」の功罪:
 抗生物質が必要な感染症は、ふつう5日間以上投与が必要であり(例えば溶連菌では10日間)、「熱が下がるまで数日投与」という抗生物質の使用法は教科書には記載がありません。熱が出ただけでその度に抗生物質を使っていると、体内に抗生物質が効かない「耐性菌」を育ててしまい、本当に必要になったときに効かなくて治療困難・・・という事態が予想されます(現実に中耳炎でも入院治療が必要な例が出てきました)。

■ 「治癒証明書」が必要な感染症だけがうつるわけではありません。風邪はみんな「伝染るんです」。

■ 風邪ウイルスが体に入っても症状が出ないことがあります(不顕性感染)が、でも人にうつす力はあります。

■ 生後半年以降の子どもの発熱は風邪ウイルスによることが多いのですが、生後3ヶ月未満の赤ちゃんの発熱は、風邪ではない病気が隠れていることがあります・・・救急疾患!

■ 鼻水が続くと「蓄膿症」が心配になりますが、10日間以上青っぱなが続く場合に疑うことになっています(ガイドライン上)。サラサラの透明な鼻水が続くときは、蓄膿症ではなくアレルギー性鼻炎を疑います。

・・・個々の感染症については書ききれないので省略しますが、私が毎日の診療で説明していることと共通点がいっぱいありました。こんな内容を乳児検診などで説明できれば、子育て中のお母さん方がどれだけ安心することか・・・。


「インフルエンザ・パンデミック」

2009年12月29日 07時57分34秒 | 感染症
河岡義裕、堀本研子 著、講談社ブルーバックス(2009年発行)

河岡先生の現在の肩書きは「東京大学医科学研究所ウイルス感染分野教授、同感染症国際研究センター長」。
つまり今をときめく第一線のインフルエンザ研究者、による解説本です。

小児科医である私は、今から10年以上前にインフルエンザ脳症の患者さんを立て続けに3例経験したことがあり、その頃本で調べたり学会に参加してセミナーを聴講したり、情報集めに躍起になっていました。ほとんどが実際に患者さんを診療をしている臨床医の解説でしたが、ある時から河岡先生の名前をよく聞くようになりました。彼は純粋な研究者(出身大学では「獣医学」専攻)であり、その発言内容はクリアで聞き応えがあったことを記憶しています。
最近はTV露出も多く、ヒゲを蓄えた風貌と相まって、すっかり有名人になりましたね。

この本も自然に対する限りない興味を突き進めた内容で、さながら「ウイルスをめぐる冒険」のよう。
著者の少年のような純粋な探求心にドキドキワクワクしながら読み終えました。
なんと、”リバース・ジェネティックス”という手法を用いてインフルエンザウイルスを造ってしまうんですから、目から鱗が落ちます。

以下に「フムフム」と頷いたところをメモ書きしてみます;

・日本以外では、一部を除いてインフルエンザを治療するという発想がそもそも無いため、診断キットや抗ウイルス薬がほとんど普及していない。

・ウイルス(virus)はラテン語で「毒素」を意味する言葉で、これが転じて病気を引き起こす毒、すなわち病原体の意味を持つようになった。

・風邪症候群を起こす病原体
 30-40%:ライノウイルス
 15-20%:パラインフルエンザウイルス
 10%  :コロナウイルス
 5-15% :インフルエンザウイルス
 5-10% :RSウイルス
 3-5%  :アデノウイルス
 他(マイコプラズマ、クラミジア、肺炎球菌、モラキセラ):10%以下

・強毒性のトリインフルエンザが爆発的に広まらない理由;ウイルスが効率的に伝播するためには、ある程度病原性が弱まる必要があり、致死率60%という病原性を保ったまま大流行を起こすことはまず無い(ちなみにスペイン風邪の致死率は2-2.5%)。しかし、致死率がどの程度下がればウイルスの流行が拡大するのかはわかっていない。
 
・インフルエンザの存在は古くから知られてきたが、「インフルエンザ」という名前を付けたのは16世紀のイタリア人。当時、インフルエンザは毎年冬になると流行することから、冬の天体や寒さにより発生するモノだと考えられた。イタリアで「天の影響」を意味する「influentia coeli」がその名の由来である。

・インフルエンザウイルスの大きさは100ナノメートル(1万分の1ミリメートル)。そのゲノムは1本鎖のRNAで8本に分かれている。
 核酸とタンパク質からなる単純な構造体であるウイルスには代謝機構が無く、エネルギーを合成できない。駆動力を持たないウイルスは、宿主となる生物に自らの力で近づくことができない。従って、細胞への感染も基本的に”運任せ”ということになる。
 空気中に漂うインフルエンザウイルスは、それを吸い込んだ宿主の気道の粘膜にくっつく。そして宿主の細胞内に侵入してRNAを送り込み、代謝機構を乗っ取って大量の”子ウイルス”を作らせる。そして宿主の生体反応を利用してウイルス粒子を排出する。

・1回の咳で飛散する飛沫の数は5万個、くしゃみに至っては約10万個であり、この一つ一つの飛沫それぞれにウイルスがタップリと含まれている。

・NAはシアル酸を切断し、誕生しかけのウイルス粒子を細胞表面から切り離す。HAが宿主細胞に感染する際に必要な「接着剤」ならば、NAは宿主細胞から離れるときに必要な「ハサミ」である。
 インフルエンザウイルスが遊離する際、細胞膜の一部がウイルス粒子と一緒にもぎ取られる。これが外被膜(エンベロープ)となる。すなわち、ウイルスの外被膜とは、宿主の細胞膜をそのまま横取りしたモノなのだ。
 感染した細胞は、ウイルスに代謝機構を乗っ取られた上に、遊離する際に細胞膜を切り取られてしまうため、細胞の維持に必要な物質やエネルギーが合成できなくなり、最終的に死に至る。

・ウイルスそのものには「毒性」はない。ウイルスの増殖が進むと「サイトカイン」という物質が分泌される。サイトカインは細胞から放出されて、免疫や抗ウイルスなどの生体防御に関わる物質で、全身に向けてウイルスの増殖を抑えるよう指令を出す。その生体反応の副作用として、発熱・悪寒・筋肉痛・関節痛が起きる・・・つまりこれが「病原性」である。
 病原性の違いはウイルスが増殖できる臓器の種類と増殖速度の違いによる。
 低病原性トリインフルエンザウイルスはニワトリの呼吸器や腸管でしか増えない(局所感染)のに対して、高病原性トリインフルエンザウイルスはニワトリの脳を含む全身の細胞で増殖する(全身感染)。ウイルスが増殖できる組織が多ければ多いほど、宿主が大きなダメージを受けることになる。

・「ブタインフルエンザ」は豚の間では定期的に流行を繰り返している。年間を通じて発症し、晩秋から冬にはしばしば集団感染を起こす。ただし、症状は軽く、致死率も高くない。豚から主として分離されるインフルエンザウイルスはH1N1, H1N2, H3N2, H3N1亜型である。

・RNAウイルスであるインフルエンザウイルスは、他の生物種であれば何百万年もかかるような進化を、年単位・月単位でやり遂げる。
 生物はDNAやRNAを複製しながら子孫を増やしていくが、その際に一定の割合でコピーミスが生じる。DNAの場合は、DNAを複製するDNAポリメラーゼという酵素にコピーミスを修復する機能があるが、RNAを複製するRNAポリメラーゼにはそれに相当する機能がない。そのため、RNAウイルスではDNAをもつヒトに比べて1000倍~1万倍の確率で遺伝子変異が生じる。

・1918年に大流行したスペイン風邪ウイルスのRNA解析によると、もともとは水禽類で流行していたトリインフルエンザウイルス(H1N1亜型)を構成する8本のRNA分節に由来することが判明した。スペイン風邪による死亡者数は、第一次世界大戦による死亡者数(戦死者900万人、非戦闘員死者1000万人)を上回る2000万~4000万人に達した。
 ところが1957年、このスペイン風邪の末裔(H1N1亜型)と低病原性トリインフルエンザウイルス(H2N2亜型)が遺伝子再集合してH2N2亜型のアジア風邪ウイルスという新型インフルエンザが生まれた。
 そして1968年、今度はアジア風邪ウイルス(H2N2亜型)とトリインフルエンザウイルス(H3亜型、NAは不明)とが遺伝子再集合して香港風邪ウイルス(H3N2亜型)が誕生した。
 歴史的に新型インフルエンザが大流行(パンデミック)すると、それまで勢いのあったウイルスが消えてしまう現象が観察されているが、その理由は科学的に解明されていない。

・2009年春に発生した新型インフルエンザは鳥・ヒト・豚由来のインフルエンザウイルスの遺伝子再集合により誕生した。その遺伝子構成は・・・
 PB2とPA分節:北米の鳥ウイルス由来
 PB1分節:ヒトのH3N2亜型ウイルス由来
 HA(H1)、NP、NS分節:古くから豚で蔓延していたウイルス由来
 NA(N1)とM分節:ユーラシアのトリインフルエンザウイルスが豚に適合し蔓延していたウイルス由来
 と、4種類のウイルスが遺伝し再集合を起こして誕生したもの。

・スペイン風邪の致死率は、流行が始まった春先にはそれほど高くなかったが、第二波の流行がやってきた秋には5倍になった。

・・・続きは後ほど・・・

「麻疹が流行する国で新型インフルエンザは防げるのか」

2009年06月07日 12時16分53秒 | 感染症
岩田健太郎著、亜紀書房、2009年発行。

著者は新進気鋭の感染症学者です。
現在騒いでいる新型インフルエンザへの政府の対応は端で見ていてもやきもきするレベルでしたが、岩田先生がブレインになって少し落ち着いてきたとの噂もあります。

小児科の開業医を受診する患者さんの約8割は風邪を含めた感染症です。
しかし、医学生時代の講義は珍しい代謝異常などの解説がメインで、感染症にあまり重きを置かれていませんでした。
なぜなんだろう?
その答えの一つがこの本に書かれていました。
それは感染症の「あいまいさ」。
「病原微生物に触れたからといって感染するとは限らない。感染したとしても必ずしも発症しない。発病したとしても極めて大きな個人差がある」ということ。
一方、先天性代謝異常疾患では発症の確率が数字で出せますし、疾患のメカニズムも解明され、治療法も明確です。

実際、感染症に関する知識は、医者になって現場で患者さんと対峙しながら勉強して知識を増やしていく要素が大きいのです。
小児科医の私自身、自分の診療内容が5年前、10年前とは少しずつ異なってきていると自覚しているくらい。
抗生物質の処方率も随分減りましたし、西洋医学では解決できない訴えには漢方薬の力を借りるようにもなりました。

され、本書は日本における矛盾に満ちた感染症治療の現場からの報告、といった内容です。
日本以外での診療経験もある著者は、日本の感染症行政の欠点も見事に指摘しています。
現場の私には「ウンウン」と頷けることばかりで「よくぞ言ってくれた!」と拍手したいところも多々あります。
一般読者の他、感染症治療に関わるすべての医師に読んでいただきたいお薦めの本です。