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レビュー: 『続・突破者』 その4

2010年12月12日 23時48分30秒 | Weblog
第4章は国家間の利害に翻弄される個人たちがテーマになっている。よど号ハイジャック犯が米国のシークレットサービスによってタイの刑務所送りになるところを救出するエピソードは、日本でゆでがえる状態を楽しんでいる者にとって、まさに衝撃的な事実で埋め尽くされているといえる。また、それだけで一級のサスペンス映画や小説にできてしまう内容である。ちなみに、助けられたハイジャック犯は日本へ送られ刑に服することになるが、その結末は苦いものだった。
俺たちは彼が誠実な自己批判をして、日本社会に復帰することを求めた。よど号ハイジャックを自己批判しろというのではない。北朝鮮パルチザン国家のエイジェントとなったことを自己批判して、出直せといったのだ。 (182ページ)

 だが、田中の返事は、俺たちとの決別だった。
 イデオロギーとは正当化の論理である。何かの権威があたえてくれて、自己を正当化してくれる論理をふりすてるのはむずかしいということだろうか。
 田中は、日本で裁判にかけられ、よど号事件の国外移送目的略取罪などで懲役一二年の刑を受け、最初にのべたように、ガンで死んだ。 (184ページ)

その後は著者のファンにはおなじみの、幣(パン)という独特なつながりを持つ組織をめぐるアジアの歴史と、幣の視点から見る世界について語っている。著者の(日本以外の)アジアに関する記述は、ちょっと贔屓がすぎるのではないかと思えるが、単に観光でちょっとフラフラしてみただけの僕にも共感できる理由があった。
前に、日本でフリーターやってカネを貯めると東南アジアに行って暮らしている、電脳キツネ目組の若い衆のことを述べたが、そいつが日本に帰ってきて街に降り立つと、「ああ、またここで生きていくんだ」と思うと、いたたまれなくなるという気持ち、それは俺も非常によくわかるのだ。というより、俺も、そう感じたことがたびたびあった。日本社会は、東南アジアや中国の社会に比べると、あまりにもよそよそしいクリーンさに満ちている。それは、肉感的な手応えを極力排除したつくりものの綺麗さであり、それこそが近代日本の強みの抜け殻なのだ。 (217ページ)

この「よそよそしいクリーンさ」という日本の印象を僕自身の表現にするなら、次のようになる。

こんなに年寄りがキイキイわめいてばかりいて、さらに周りがハイハイ言うことを聞いて“ワンダーランド”化進めてる国は恐らく世界中で日本だけだろう。

次回で〆。多分。
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