「描く」仕事の現場から

イラストレーター兼デザイナー兼ディレクターTETSUの独り言

テンプレートの訳

2005年08月30日 | コラム
気ままにサッカー日記とかやっていながら、
なぜ卓球?と思われる方もいらっしゃるであろう。

カミングアウトすると、
小学4年生から卓球をはじめて、
高校の3年間に至るまでの9年、
どっぷり卓球部だった。
朝から晩まで走って、筋トレして、
ボールを追っかけて試合に勝つことばかり
練習してたが、スポーツにおける頭が悪くて
そのうえ、応用力がなかったものだから
(平たく言えば、才能がなかった)
人はまとめるものの中途半端にしか
試合で活躍出来ない人だったように思う。
いつも副部長とかやってたっけ。
周りはオリンピックに行くような選手も後輩に
何人かいるような環境だったから、
余計に勝てないストレスはコンプレックスとして
強かった。

緊張から解放されて、
半分冷やかしで誘われた大学の卓球部は
レベルもそんなに高くなくて、
気も楽だったせいか、割と楽しめたが
その頃は、もうマラソン競技に取り付かれていて、
卓球はほとんど熱が冷めていた。
(とかいいながら、大学の間ほとんど
かけもち部員だったんだけど。)

で、卒業して又何年かブランクがあって
30になってから、5~6年、
某埼玉のある市の卓球連盟とかに
縁あって所属させてもらうことがあり
そこで今さらだが、競技の卓球の面白さを
再認識して、いろいろな人に教えてもらい
ある程度リハビリするところまでいったのだが、
仕事との折り合いや、その土地を離れることになった
関係で、またここ数年やる機会を失っている。

考えてみると40年くらいの人生のうち
卓球やってる時間が20年近くになる。

この競技になかなか勝てないことで
僕はいろいろなことを学んだ。
向き不向きや限界まで努力することや
工夫することは尽きないことや、
やってもやっても上がいることや。
また、スポーツはやることはとても楽しい
けれど、勝ちたいと思わなくなったら
やっぱり伸びないのだということや
もうさまざまな、未だ、答えの分からない
ことも含め僕の中の大きなブラックボックスを
この競技は育んできた。

たぶん今後も、また競技としての卓球に
どこかで興味を持つのかもしれないが、
また勝てないことで何かを教わるのかもしれない。

僕にとって
そんな熱くて苦い想いが卓球には付きまとう。