没落屋

吉田太郎です。没落にこだわっています。世界各地の持続可能な社会への転換の情報を提供しています。

東大話法と満州国

2012年01月21日 23時31分13秒 | 崩壊論


キューバの防災の取組みが紹介されました

 1月20日販売の雑誌「エココロ」の最新号「愛しのグランマ」に枝松麗さんが「キューバの防災と脱原発」と題し、幸せ経済社会研究所が行ったオープンセミナーのリポートを秀逸な文章でまとめていただいております。

 本の書評もそうですが、優れたルポライターやジャーナリストは、著者が潜在意識として語りたいと思っていることを言葉の断片から捉え、濃縮して二次加工した表現でアウトプットすることにより、「そうか、私はこういうことを言いたかったのか」と話した本人も再納得するような処理を行うことができます。枝松麗さんのリポートもそうした優れた濃縮事例で、わずか2Pながらキューバの防災と脱原発と幸せについて考え直す機会を与えていただきました。この場を借りてお礼をもうしあげます。

 さて、このリポートでも紹介されていただいたキューバのマリオ・アルベルト・アビラさんから、「機会があれば日本でキューバの再生エネルギーについて講演をしたい」というありがたいメッセージがはいってきました。

 また、昨年の12月29日のブログでは「海を超えて広まりゆく没落コンセプト」と題して、防災本の台湾訳が決まったと報告しましたが、韓国からも「防災本」を翻訳したいとの問合せが来ました。まだ、出版してから1月強しか経っていないのに、外国から反響があるというのはまことに嬉しい話です。

 とはいえ、「だとすると、なぜだろう。なぜ、台湾や韓国でキューバの防災やエネルギー問題が関心がもたれるのだろうか」とつい考えてしまいます。

 地震がある台湾はまだしも、安定した大陸の上に乗る韓国は原発はあるにしても地震はないではありませんか。それに、あれほどの地震被害を受けてすら日本の原発事故はすでに冷温停止し、無事収束してしまったではありませんか(1月20日の降雪では都内でセシウムが検出されたという説もありますが)。

 ということは、海外ではまったく違う形でこの日本の被害が受け止められているのではないでしょうか。そう思ってネットを検索してみると奇妙な記事がヒットします。例えば、1月17日には「Peace Philosophy Centre」に「日本政府は米軍の安全を日本市民の安全より優先させた」という記事が出ています。

 また、ニューヨークタイムズが「原発事故に関する日本政府の説明に『異議あり』」という記事を書いています。

 日本国政府の主張が海外から信用されていない。これは、まるで過去の満州国のリットン調査団を思わせるものがあって、まことに気が滅入ってきます。

利潤があがっていなかった満州国

 話が飛びますが、安冨歩東大教授の「東大話法」があまりに面白かったため、続けて、「生きるための経済学」(2008)NHKブックスや「経済学の船出、創発の海へ」(2010)NTT出版も買って読んでいます。とりわけ、面白かったのが創発の海のでている満州の指摘です。

「私は満州国の金融のなかで、満州国を巡る資金の流れを徹底的に調査したが、それは実に驚くべきものであった。戦時期に膨大な投資が満州になされたが、そこからの日本への見返りは極めて限られていたのである。満洲への投資は日本社会にとって非生産的であったばかりではない。目先の戦争の役にすら立っておらず、むしろ日本の足を引っ張っていた。何の役に立ったのかというと、軍人と官僚の出世の役に立っただけというように私は感じている」(P171)。

 この満州崩壊説は、属州が帝国の役に立っていなかった、というティンター教授のローマ崩壊説とシンクロします。安冨教授の本が面白いのは、経済学を出発点に複雑系をきちんと勉強され、それを踏まえ、社会生態学を構築されようと模索されていることです。

温暖化防止という東大話法

 さて、改めてテインターです。ベストセラー『文明崩壊・下』(2000)草思社の著者、ジャレド・ダイヤモンド教授は、第14章で、こうテインターを批判しています。

「社会の崩壊を扱った書物で、おそらく最もよく引用されるのは、考古学者ジョーセフ・テインターの『複雑な社会の崩壊』だろう。古代の崩壊に関するさまざまな解釈を検討するうえで、テインターは、それらの崩壊の原因が環境資源の枯渇にあるらしいという可能性にさえ、懐疑的な姿勢を保った(略)。つまり、テインターの理論は、複雑な社会が環境資源の管理に失敗して自滅するとは考えにくいと示唆している。しかし、本書で論じたあらゆる事例から見て、まさにそういう失敗が繰り返し起こっていることは明らかだ」(P217~218)。

 そして、ダイヤモンド教授は2012年1月3日の朝日新聞の特集記事で、原発を捨てるな、と提言しているのです。

「けっしてフクシマの悲劇を軽んじるつもりはありませんが、原発事故もまた『リスクが過大評価されがちな事故』の典型例です。私たち米国人もスリーマイル島原発の事故の後、1人の死者も出なかったのに、新しい原発の建設をやめてしまいました。それはあやまちだったと思います。原子力のかかえる問題は、石油や石炭を使い続けることで起きる問題に比べれば小さい、と考えるからです。たとえ原子力の利用をやめたとしても、しばらくは化石燃料にたよらざるをえません。放射能の危険性と同時に、化石燃料の危険性も考えるべきです。二酸化炭素による地球温暖化はすでに、大きな被害をもたらすサイクロンなどの熱帯低気圧を増やしていきます。放射性廃棄物は地下深くに封じ込められますが、放出された二酸化炭素は200年間は大気中にとどまるのです。いま一度、『現実的になろう』と言わせてください。原発事故や地震で、文明が続く可能性がそこなわれることはありませんが、二酸化炭素は現代文明の行く末を左右しかねない問題なのです」

 えっ。学生時代の愛読書であったガイア仮説の提唱者、ラブロックが原発推進論者であったことは知っていましたが、ダイヤモンド教授も原発推進論者であったことは意外でした。

 環境破壊で文明が滅びるのではないというテインターの理論は間違っている
 温暖化という環境破壊で文明は滅びる可能性がある
 原発はクリーンなエネルギーである
 したがって、文明崩壊を避けるためには原発を捨ててはならない

 どうも、これは、安冨教授の言う東大話法のように思えます。もっとも、ジャレド教授は、ハーバード大学卒で東大卒ではないのですが。

 これに対して、テインターは「私たちはどのように危機を受け入れればいいのでしょうか」というインタビューでの問いかけにこう答えています。

「こうした質問がよく寄せられます。そして、以前にそうであったほど、私は楽観的ではありません。新たなエネルギー源が必要となるのは確かです。ですが、新たにエネルギーを作り出すことはそれ自身の問題を生じさせます。時間がたてば、私たちがこれに対処することになります。私たちは原子力とその廃棄物についてこれを予測できます。いわゆる「グリーン」エネルギー源でさえ、環境的なダメージが大きくなるでしょう。私たちの適合のすべては短期的です」

 そこで、エネルギー問題について、テインターが最近何を考えているのかを調べてみました。

 すると、さすが、テインターです。バズ・ホリングの複雑系理論に言及しているだけでなく、ローマ崩壊とビーバーの巣づくり、そして、葉を原料にキノコを栽培するハキリアリをエネルギー収支率(EROI=Energy Return On Investment)から分析した論文も見つかりました。ハキリアリについては拙著「知らなきゃヤバイ!“食料自給率40%”が意味する日本の危機」(2010)日刊工業新聞で紹介したことがありますし、山内昶さんの「経済人類学への招待―ヒトはどう生きてきたか(1994)ちくま新書に登場する先住民たちの労働時間や暮らしにもふれています。

 さらに、崩壊した西ローマ帝国に比べ、ビザンチン帝国が存続した理由は、組織のシンプル化であったと分析しています。

 テインターによれば、西ローマ帝国はその膨れ上がった莫大な軍を維持するため、帝国全土に増税を行い、結局軍事費に耐えきれず崩壊してしまったのですが、ビザンチン帝国も同じく軍事費の負担に耐えられなくなったとき、驚くべき戦略を取ります。

 高等教育をあきらめ基礎的な識字力と算術だけにし、同時に兵士には自給農地を配布し、いわゆる屯田兵制度による軍事費削減と防衛力、愛国心を育成したのでした。

 テインターによれば、複雑化した社会がたどる方向性は三つしかありません。

 ① 複雑さをますます高め、ある日、想定外の事態によって破局的に崩壊する(西ローマ帝国)
 ② 複雑さを維持するため、他国から資源を奪うかエネルギー補助金に頼る(西ヨーロッパ→これからはピーク・オイルで無理、原発も資源枯渇と廃棄物処理で同じ)
 ③ 複雑さを投資見返りがある程度まで、シンプル化する(ビザンチン帝国)

 経済危機当時に、当時の軍務大臣であったラウルによるキューバの軍事パレードのフィルムは見たことがあるのですが、驚くべきことにその時登場したのは、ミサイルでも戦車でもなく、自転車に乗った兵士たちでした。まるで、旧我が帝国陸軍の銀輪部隊です。これもテインターのビザンチン帝国サバイバルの戦略を想起させます。

 複雑系を意識しているかどうか。これが、東大話法であるかどうかをチェックするひとつのキーワードになるかもしれません。

 とにかく、テインターは持続性についてもまったく独自の見解を持っているので、続けて勉強しなければならないと思っています。


崩壊論・間奏曲(3)

2012年01月18日 00時22分45秒 | 崩壊論

 カタストロフィー論の補足です。2012年1月16日に行われた東京電力福島第一原子力発電所の事故原因を究明する国会の「事故調査委員会」の質疑で、文部省は、放射性物質の拡散状況を予測する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)による予測データを事故直後に米国に提供していたことを明らかにした」という情報がでていました。

 また、ミノア文明(クレタ島)は、火山噴火によって崩壊したようではなさそうですが、噴火したテラ島(サントリーニ島)そのものは、火山の大爆発によって実に島の半分が吹き飛んでしまっています。そして、残された島の南部には、クレタ島に匹敵する大規模な都市遺跡「アクロティリ遺跡」があったことが知られています。

 そこで、こんなフィクションを作ってみました。

 昔むかし。タラ島にはアクロティリと呼ばれる都がありました。都には、「韋駄天」と呼ばれる火山噴火の警戒システムがありました。火山のすぐ近くにはたえず見張り所があり、煙や地鳴りに異常があれば、島で一番の足の速い若者が宮殿へと駆け込み、その宮殿の指令によって各町々の半鐘を鳴らして、島民たちに警戒を呼びかけるというものでした。

 実際にはるか昔の噴火では、この「韋駄天」によって島民たちが未然に火山弾が飛んでこない安全地帯まで避難し、女子どもすらも怪我をすることもなかったという長老たちの言い伝えが残されていました。そこで、島民たちは昔からの慣わしを大切に守ってきたのです。「韋駄天」は島人から命の守り神として讃えられ、多くの若者が「韋駄天」に選ばれることを誇りに思っていました。そして、ある日、この見張り所の警戒網が鳴り響きます。

 大地のゆれで何度も転び、手足を擦りむきながらも必死となって宮殿に駆け込んだ若者は、昔のおつげどおり直ちに半鐘をならすよう宮殿の指導者たちに訴えました。

「神の怒りです。昔のおつげどおり、大地が呻き、夜には赤い火すら見えるのです」

 ところが、宮殿の指導者たちは奇妙なことにこれを無視しました。「直ちには問題ない。島民は避難するに及ばず」というのが、指導者たちの判断でした。ところが、そういって住民たちを安心させる一方で、はるか離れたクレタ島にはなぜか「もしかしたら、うちの島が噴火して、その火山灰の影響があるかもしれない」とまず一報を入れたのです。

 もちろん、噴火にはまだ数日間の余地がありました。ですから、適切な避難指示があれば島民たちは逃げられたのです。ですが、安全といわれたために住民は逃げませんでした。そして、実際に噴火が起き、数多くの子どもや女性たちが死んでしまうのです。

 この噴火に衝撃を受けた島の古老は警告を発しました。

「わがテラ島への神の怒りはいまだにおさまっていない。いまも大地は安定せず、日々うち震えているではないか。必ず第二、第三の神の怒りがあるに違いない」

 ところが、宮殿の指導者たちは、またしても、この古老の警告を無視しました。

「過去の記録を見てみるがいい。一千年の永きに及び噴火の記録はないではないか。つまり、今回の噴火は千年に一度の例外的なものであったのだ。我が文明の繁栄を見るがいい。神の怒りが再び落ちることは断じてない」

 安定しない大地の上で不安におびえる住民たちをなだめるため、宮殿の主催によって噴煙がまだおさまらない爆裂地の近くでわざわざ祭りを開いたり、巫女や神官が呼び出され、毎日のように「島はもう安全である」という根拠なきお告げが繰り広げられました。

 島から逃れようとする島民は罵しられたり、石をぶつけられたりし、噴煙をあげる火口の近くにわざわざ移り住んで、居を構える者が英雄として讃えられました。もっとも、宮殿の指導者たちは誰一人として移り住まなかったのですが。。。。。

 そして、壊れた見張り所や半鐘も直しませんでした。そんな余計なことをすれば、余計住民が不安がるに違いなかったからです。韋駄天であった若者もその仕事を失ってしまいました。

 そこで、古老は韋駄天であった若者と一緒に、神官や巫女たちの罵倒に屈することもなく、毎日のように辻に立っては、島人たちに神の怒りが近いことを訴え続けていました。そして、この古老の予言は不幸にも的中してしまいます。

 一年もたたずして、島はさらに大きな噴火を引き起こし、半分が吹き飛んでしまったのです。日々警告をしていた古老や韋駄天であった若者を含め、ほとんどの島民たちはこの噴火の巻き添えを食って死にました。もちろん、宮殿の指導者や神の怒りはおさまったとでまかせのお告げを口にしていた神官や巫女たちが、ひそかにクレタ島へと逃げ去った後のことでした。こうして、アクロティリ文明はアトランティスの逸話だけを残し、歴史から永遠に消え去ってしまったのです。

 はい。もちろん、これは作り話です。ですが、もしこのような事実が仮にあったとするならば、後世の歴史家たちは、アクロティリ文明の指導者、エリートたちのことを「アンポンタンのノータリンのクルクルパー」と評価するにちがいありません。この想定の物語は、まさにカタストロフィーが仮にあったとしても、それで文明が崩壊するとするならば、それは「天災」ではなく「人災」のためであることを例証しています。であるとするならば、文明はエリートたちのミスマネジメント、すなわち、人災によって滅びてしまうのではないでしょうか。

 ところが、テインター教授は、「文明はたかがエリートたちのミスマネジメント程度で滅びるような代物ではない」と述べているのです。なぜなのでしょうか(続)。


崩壊論(4) カタストロフィーで文明は崩壊する?

2012年01月18日 00時05分00秒 | 崩壊論

カタストロフィー論へのプロローグ

 今回の崩壊論のお題は、カタストロフィーがテーマですが、今日もチェ・ゲバラからお話を始めたいと思います。有名なゲバラの霊廟はビジャ・クララ州の州都サンタ・クララにあるのですが、この近郊の山地から白亜紀末にユカタン半島に激突した隕石の痕跡をとどめる地層が、東大の松井名誉教授のグループの調査によって発見されています(2010年5月13日のブログ、隕石衝突事件参照)。この隕石激突により恐竜は絶滅したといわれています。

 もっとも、『オックスフォード・サイエンス・ガイド』(2007) 築地書館を読むとこの隕石激突とほぼ時代を同じくしてインドでデカン高原を産み出した大噴火が起きているとの興味深い記述が出てきます。インドとメキシコはちょうど反対側。こちら側に隕石がぶつかったため、あちら側が衝撃で割れてマグマが噴出したのではないか、と素人ながら勘ぐりたくなっていたのですが、2009年10月19日のナショナル・ジオグラフィックには『恐竜絶滅の決定打はインドの隕石?』という記事が出ています。

 この説によれば、ユカタンに直径10キロの隕石が激突した約30万年後に、今度はインドの西岸沖に直径40キロの隕石が激突。地球上で確認された最大のシヴァ・クレータを形成したといいます。衝突カ所の地殻はたちまち蒸発。高温のマントル物質が噴きあがり、既に盛んになっていた噴火活動もこの激突で促進されたらしいのです。

 今度は別のキューバの話題を紹介します。キューバの有機農業を邪魔するため、以前に米国が害虫ミナミキイロアザミウマを飛行機で空から散布したという話があります(2006年9月27日のブログ、ミナミキイロアザミウマ参照)。都市伝説ではないかと勘ぐりたくもなりますが、世界的な病害虫の研究者、桐谷圭治さんの『ただの虫を無視しない農業』(2004)築地書館を読むと、「まさかそんなことが」と疑問に思った博士が米国の研究者に確認したところ、「意外にも『パシブルだ』という答えが戻ってきた」というエピソードも出ています。もっとも、アザミウマが発生したことは事実だが、ハリケーンによって運ばれたのではないか、という判断もあります。

 さて、この二つのキューバのエピソードによって、今日のテーマ、カタストロフィー崩壊論への準備が整いました。

病気が文明を崩壊させる

 大ローマはマラリアによって崩壊したという説があります。紀元前218~204年のハンニバルの侵攻でイタリアが荒廃し、これに引き続く広大なエリアで農業が放棄されたことが、マラリア蔓延につながり、これが帝国を衰退させたというのです。1月16日のブログではローマが美徳を失ったため崩壊したとの説をご紹介しましたが、この主張によれば、ローマ人たちがモラルを失い退廃したそもそもの原因はマラリアのせいなのです。

 また、マヤ文明も病気の蔓延で崩壊したのではないか、という説もあります。例えば、ブリューベーカーは、東部カリブ海からマヤ低地地帯へとハリケーンによってもたらされたトウモロコシ・モザイク・ウィルスが凶作を引き起こした。そのためにマヤは崩壊したのだ、と主張しています。そして、参考としてアイルランドで400万人もの住民の死や移住につながった1845年のジャガイモ胴枯れ病を引用しています。

ミノア文明は火山噴火では滅んだ?

 ハリケーン、火山の噴火、地震、そして、病気が文明を崩壊させるという理論は過去から提唱されてきました。古くは、プラトンの「クリティアス」と「ティマイオス」でアトランティスの滅亡が登場しますし、聖書の洪水の物語もこのテーマです。

 火山の爆発による文明崩壊説は、1939年にマリナトスからも提唱されました。エーゲ海の地図を広げてみると、ミノア文明の中心地、クレタ島の近くにテラ島が浮かんでいます。このテラ島が大噴火を引き起こしたことは知られています。おそらく爆発前後の地震でクレタ内部の宮殿は破壊されたでしょうが、火山灰や津波のクレタへの影響はおそらく悲惨なものであったことでしょう。

 「クレタは回復不能なまでの大打撃を受けた。その後、次第に衰退し、その繁栄と力を失ったのだ」

 マリナトスはこう主張します。この説はその後も様々な形で継承されていきます。例えば、カーペンターは、クノッソスを侵略したのはギリシャ本土からの攻撃だが、爆発によって打撃を受けたクレタは、それを防げなかったのだ、と主張していますし、チャドウィックは侵略軍こそ想定しませんが、火山灰によりクレタ東部が不毛化し、津波がミノア文明の艦隊を破壊したと提唱しています。

 ミノア文明は本当に火山の噴火によって崩壊してしまったのでしょうか。テインター教授は、こうした説をいずれも否定します。例えば、アイルランドは確かにジャガイモ病で大打撃を受けましたが、それで絶滅はしていません。また、テラの爆発は19世紀後期に南太平洋で起きたクラカトアの大爆発とよく比較されますが、クラカトアの大爆発によって崩壊した文明はただのひとつもないではないか、と指摘します。

「私は地形学者ではないのだが、火山灰でクレタが不毛となったという議論は、北東アリゾナ州の火山灰の影響と比べ奇妙に思える。そこでは、有史以前のサンセット・クレーターの噴火が地元農業をかなり改善させているのである」

 さらに、年代についても突っ込みをいれています。

「現在では爆発は後期ミノア文明IA期末頃(紀元約1500年)にあったとされているのだが、クレタで広範な破壊が生じたのは、後期ミノア文明IE(紀元前約1450年)なのである。それ以前はテラの爆発を監視していなかったクレタ人たちも、それからは防災の準備をしたであろう。そして、それは、何よりも優先されたはずである」

 テインター教授は、恐竜絶滅の理由を説明するため古生物学者たちがシンプルなカタストロフィー論に魅了されるように、社会科学者たちも文明崩壊を理解するために破局論を持ち出すことは興味深い、と皮肉を言い、カタストロフィー論では崩壊を説明できないと判断します。

「このシナリオは明解で好まれてはいる。とはいえ、崩壊についての説明としては最も弱いもののひとつだ。根本的な問題は、複雑な社会が崩壊もせずにカタストロフィーに耐えていることだ。人間社会は、四六時中カタストロフィーに遭遇している。それは十分に想定可能なものであり、定期的な防災手段が講じられている。事故に遭遇しても崩壊もせずにある社会があまりにも多い。すべての社会が、あるカタストロフィーによって屈服したと考えることは疑わしい」

 テインター教授は、核だけは別だ。つまり、防ぎようがない核によって文明は滅びるかもしれないと留保をおきつつ、それ以外の災害であれば、たとえいくら想定外であっても、それ以降は必ず防災の準備をしたはずである、と考えます。そして、こう続けます。

「本来、災害を乗り越え、そして、災害から復旧する能力を持つのが複雑な社会であるはずである。ところが、問題とされるカタストロフィーは、どうしたわけかその規模を越えていることにならなければならない。この基本想定についてはめったに説明がされることがないし、仮にこの想定がもし正しいとしても、崩壊の要因は、カタストロフィーではなく社会になってしまうのだ」

 まさに、テインター教授の指摘のとおりです。どうやらミノア文明(クレタ島)は、火山噴火によって崩壊したようではなさそうです。カタストフィック崩壊論は、結局、ある社会が災害に対して、きちんと対応をするかどうかという防災論にゆきついてしまうのです(続)。


崩壊論(3) モラル低下と文明崩壊

2012年01月16日 23時33分51秒 | 崩壊論


階級闘争では文明崩壊は説明できない

 明日、1月17日午後8時からBSプレミアムで、ベストセラー作家、海堂尊さんによるキューバ医療のドキュメンタリーが放映されます。題して、旅のチカラ「医師ゲバラの夢を追う」。前回のブログで、ゲバラの影響力は今も大きいと書きましたが、キューバ医療の紹介でもいまだにゲバラは顔を出すのでしょうか。

 それは、さておき、崩壊論を続けましょう。なぜ、国家が崩壊してしまうのか。その理由を多くの人々が考え、実に様々な珍説や怪説が提唱されてきました。うち、なんといって一番人気があるのは闘争理論です。つまり、腐敗した政権が正義感あふれるリーダーの下、虐げられた人民たちの武装蜂起、すなわち、革命によって打倒されてしまうというストーリーです。闘争理論は、マルクスやエンゲレスにより精緻化されるのですが、少なくともプラトンの時代までたどることができると、テインター教授は言います。そして、闘争理論として分類できる文明の周期論を発展させた14世紀のアラビアの大歴史家、イブン・ハルドゥーンの説を紹介しています。

 ハルドゥーンは、どの王朝も3~4世代で崩壊への自然な経過をたどると主張します。抜粋してみましょう。

「創立者は最高の権力を取得するうえで必要とされる個人的資質を手にしている。その息子は創立者と個人的にコンタクトしているから、その資質を学んでいる。とはいえ、三代目は創立者のことを知らない。ただ模倣に満足し、伝統に依存するにちがいない(略)。さて、事が進むうち、統治者は贅沢や保身に中毒されていく。このコストを支払うためになされるのが増税だ。税が少なければ人民は生産的となって税収も大きい。とはいえ、贅沢への出費が増税へと結びつく。つまるところ、税は大変な重荷となり、まず生産性が低下し、次には生産が押さえ込まれる。これを逆転させるため、さらに多くの税が設けられ、最終的には政治体制が破壊されるポイントにまで増税されてしまうのだ・・・・」

 ああっ、とても14世紀に書いたとは思えない予言力です。少し遊んでみましょう。

「偉大なる首領様、金日成は最高の権力を取得するうえで必要とされる個人的資質を手にしていた。その息子、金正日は創立者と個人的にコンタクトしているから、その資質を学んでいる。とはいえ、三代目の金正恩は創立者のことをろくに知らない。ただ模倣に満足し、伝統に依存するにちがいない・・・・・(略)。そして、、、」

 で、○○は崩壊してしまうのでしょうか。

 テインター教授は、キューバや北朝鮮のような近代独裁国家は扱っておらず、古代文明だけを対象としているのですが、結論から言うと、

「こんな理論ではとうてい崩壊を説明できない」

 と、闘争論を一蹴してしまっています。

文明崩壊トンデモ論の登場

 では、二番目に人気がある崩壊論は何かというと、ミステリー説です。1月11日のブログで少しだけ紹介したように、テインター教授は著作『複雑な社会の崩壊』の第Ⅲ章で、主な崩壊論11をひとつひとつ検討していくのですが、最も紙数を費やし執拗に分析しているのが、このミステリー崩壊論なのです。で、結論から言うと、

「この崩壊論は、科学的に崩壊を説明することに失敗している。生物成長のアナロジーに依存したり、自分の価値観を重視したりすることで、どれも信頼がおけない」

 と、やはり教授から一蹴されてしまっています。

宇宙から不死鳥、不感症まで

 そこで、まず、トンデモ崩壊論ともいうべき、ミステリー崩壊論からみていくこととしましょう。

 私は「と学会」の一連のトンデモ本シリーズを愛読しているのですが、「と学会」の目的は「あくまでもトンデモ本を楽しむことにある」とされていますが、崩壊論にもトンデモ本があります。

「人間というのは、よくもまあ、これほど多くの崩壊理由を考え出せるものだ」

 というのが、テインター教授の分析を見て感じた私の第一印象です。

 例えば、コペルニクスは、文明の隆盛と衰退を地球の軌道と太陽との偏心に結びつけていました。フランスの経済学者、ジャン・ボダンは、国家の誕生と死が、完全数496により規定されるとしていました。また、ケトレは、エジプトの数秘学における不死鳥の寿命、1461年続いたとされる五つの古代帝国について著作を書いています。ローウラーも1470年の隆盛と崩壊のパターンで歴史は周期すると信じていました。そして、米国が2040年に崩壊すると予言しています。一方、ヘンリー・アダムズは、電流のアナロジーから人間の思想進化は現在その頂点にあって、2025年に消滅すると予言しています。

 いずれも2012年より10~30年長いのです。彼らの説を信じれば、マヤの予言によるアセンションはなさそうです。

 一方、タウナーは「文明とともに神経系が増大し知性が発展し、スピリチュアルのレベルが増幅される」と述べています。おまけに、これを性的不感症と結びつけ、このような「神経組織」を持つ女性は天才を生む傾向があると示唆しています。文明が進むと、このような女性は、妊娠することをさほど強いられなくなるため、天才の割合が次第に低下し、文明は弱体化してしまうというのです。

美徳が失われると文明は崩壊する

 いずれも奇妙で笑えます。もう少し、まともなトンデモ崩壊論を見てみましょう。次に多く提唱されているのが、「美徳」の喪失です。

 この最古のミステリー崩壊論を提唱したのはメソポタミアの作家たちです。彼らはアッカドのサルゴン王やウルの第3王朝の瓦解が、統治の質の低下により、神から罰としてつかわされた敵の略奪のせいだ、と考えていました。

「良き王の下では都市は繁栄し、不敬虔な王の下では苦しむ」

と述べています。

 プラトンも美徳に着目しました。

「..創造されしすべてのものは、衰えていくにちがいない。社会秩序さえもだ...。永遠に続くことができず衰退していくであろう」

 プラトンは、愚かな指導者、利潤を追求するものと美徳を求めるものとの間で憎悪と争いの戦いが起こる、と見ていました。

 キリスト教もローマ崩壊の点から、美徳に着目します。西暦426年に『神の国」を執筆した聖アウグスティヌスは、神により浄化される「神の国」に住むよき人間と世俗的なものを好む邪悪な人間とに人間を二分しました。『衰退と崩壊』を執筆したフラヴィオ・ビオンドは、キリスト教徒を迫害したり、モラル的な生活が退廃したことがローマ崩壊の原因であると主張しました。レオナルド・ブルーニ・アレティーノも、政府が悪魔の手に委ねられたため、崩壊したと判断しました。

 そして、ルネッサンスの思想家たちも大半が、ローマ衰退を古代の美徳の放棄によるものと見ていました。例えば、マキャヴエリは、ローマ人たちは美徳によって初期の戦争に勝利をしたが、その後に美徳を欠き、古代の勇気を失った時、西ローマ帝国が破壊されたと論じました。

 モンテスキューもローマの力はローマ美徳に由来し、これが低下したときにローマの力は弱体化したと考えました。ヘーゲルすらも『歴史哲学』の中で、国家は高潔なモラルを持ち、壮大な目標を追求するが、これが実現されてしまえば人々の精神も消え失せると主張しています。また、アルベール・シュヴァイツァーも倫理的基礎が欠落していれば、文明は崩壊すると主張していました。

文明は草木のように栄枯盛衰を繰り返す

 種を撒くと作物は芽吹き、成長し、花を咲かせ、実をつけ、やがて枯れていきます。この植物の一生を文明になぞらえた人も多くでました。

 例えば、紀元前2世紀にポリュビオスは、
「あらゆる生命体、あらゆる状態、そして、あらゆる活動は、まず成長、次に成熟、そして、最後には衰退という自然のサイクルを通り抜けていく」と述べ、約600年後にローマが崩壊することを予言しました。ポリュビオスによれば、ローマがカルタゴに勝利できたのも、ローマがこのサイクルの上り坂にあり、カルタゴは下り坂であったからでした。サルスティウスは、「産まれしすべてのものは死ぬ」と生物的なサイクルがローマ「退廃」の理由だとみていましたし、4世紀のアミアヌス・マルケリヌスも近隣諸国との勝利をその幼年期、アルプス山脈や海洋を超えた時期を青年期、大勝利の時を成人期とし、いまやローマは老年期へと没落していると憂えていました。

 生物理論は近年にも顔を出します。ロシアの生物学者でスラブナショナリズムの推進者であったニコライ・ダニレフスキーは『ロシアとヨーロッパ』(1869)で「文明は多年生植物の一生のコースと似ている。その成長期は長く続くが、開花と結実の期間は比較的短く、次に、それを消耗する」と述べ、文明を歴史文化の最終フェーズだと見ていました。

「...すべての人々が創造的を使い果たしている... 」

 このビジョンから彼はで西欧文明の衰退とスラブの隆盛を予想したのです。

 アルフレッド・クローバーも、芸術、科学、哲学といった部門での創造性のサイクルを分析します。クローバー派の人類学者コルボーンは、どの社会も、信頼の時代、理性の時代、成就の時代、そして、没落があると述べ、チャールズ・グレイも形成、発展、開花、退化のプロセスにあると考えました。

 同じく、クローバー学派の社会学者、ピティリム・ソローキンは、リアリティを非物質的なものとして知覚する観念文化と、フィーリングで感じる感覚文化という二つの文化モードを定義します。全体主義国家は後者の感覚知の文化とともに隆盛し衰退しました。この感覚主義は、紀元前2世紀以降にローマで盛んとなり、その後、国家は全体主義となりましたが、西暦5世紀にキリスト教の観念的文化が優勢となり、ローマは解体したというのです。

 これら、トンデモ崩壊論をテインター教授はこう評価します。

「生物的成長や腐敗のアナロジーは、古代から今も用いられ続けている(略)。誕生、成長、腐敗、そして、死という経路で生物を模倣しているのだ(略)。あるミステリアスな内的、ダイナミックなパワーが文明の「開花と衰退」につながると「活力説」を提唱しているのだが、そのような内的パワーは知られておらず、特定できず、説明もできない(略)。ミステリーに言及することでミステリーを説明している。つまり、何も説明していない。

 価値的な判断も問題だ。「デカダンス」は、ローマ帝国の崩壊で頻繁に適用されるが、「上昇」、「低下」、「衰退」、「活力」のように一見無害に思えるような言葉でさえ、価値観を意味している(略)。「デカダンス」の概念は、とりわけ、有害に思える(略)。モラルある立ち振る舞いと政治生命との間には、明瞭な因果関係はない。例えば、いわゆるローマの美徳の衰退によって、早期のこうした美徳の欠乏がローマ拡大を妨害したことは明らかではなく(ポリュビオスの指摘にもかかわらず)、その存在がその後に蛮族を寄せつけなかったわけでもない」


 保守派の京都大学の佐伯啓思教授は、「シヴィック・リベラリズム」を提唱されています。今も、こうした崩壊論は生きていると言えましょう。人々が価値観やモラルを失い、先行きが見えなくなれば、文明は崩壊していくように思えます。

 ですが、テインター教授は「暴飲暴食したり、性のモラルが乱れたからといって、それがどうして国家崩壊につながるのだろうか」と疑問視する見解を引用しています。

 要するに、文明崩壊は美徳(シヴィック・バーチュー)の喪失程度では説明がつかない現象なのです(続)。


崩壊論・間奏曲(2)

2012年01月14日 12時36分45秒 | インポート


ラテンアメリカは世界の予言者

 キューバを含め、驚嘆すべきラテンアメリカの分析力を備えた八木啓代さんは『リアルタイムメディアが動かす社会』東京書籍(2100)で、次のように興味深い指摘をされています。

「ラテンアメリカで起こったことは、必ず数年後に世界の他の場所で起こる傾向がある (P12)」

 さらに、八木さんは社会を変えた例として、1994年にメキシコで武装蜂起したサパティスタ民族解放軍のマルコス副司令官の戦略をとりあげます。

 ただし、八木さんによれば、武装蜂起といっても、サパティスタは1994年1月1日の早朝に、田舎町の村役場を占拠しただけでした。しかも、正月の朝4時ですから警備員すらいない。日本のアクション映画「SP革命編」の国会議事堂占拠とはわけが違うのです。

 ところが、翌日にはこの占拠が国際的な大事件となりました。蜂起の瞬間に国際的に著名な報道カメラマンが「なぜか」居合わせたからです。おまけに誰もいない村役場から、メキシコ政府に内戦布告宣言を行います。1月1日にはニュースがありません。そこで、その写真がトップ記事として世界に流れます。

 首謀者マルコス副司令官は、イタリアの新聞と単独会見し、メキシコ政府があわてて追討軍を出しますが、村役場には誰もいない。結果として、田舎の誰もいない村役場を朝占拠したという話が、国際的大事件となり、サパティスタは戦争すらしていないのに、メキシコ政府と和平交渉を求め、ついには、憲法改正までしてしまうのです。

 軍事的戦闘をすることなく、国家に対して、内戦布告を行い知らず知らずのうちに、自分たちの望むように国家そのものを変えてしまう。革命の目的が国家変容であるとするならば、まさにマルコス副司令官は、情報化時代の申し子と言えましょう。

 とはいえ、写真をご覧ください。私からすれば、マルコスのイメージはゲバラそのものです。ゲバラという「赤きキリスト」のイメージがラテンアメリカに流布していなければ、いかにマルコスがネットを駆使した現代的な情報革命戦を展開したとしても、その成功はおぼつかなかったかもしれません。

キューバに関心を持つ台湾

 さて、先日、台湾の余尚儒医師から「Aging society and energy crisis, is Cuban primary care system a model for Taiwan」という論文とともに次のようなメッセージが入ってきました。

「プライマリ・ケアについてアジア会議WONCA2012が開催されます。今年は韓国です。そこで、キューバに着目しています」  

 余医師の論文の要旨はシンプルでわかりやすいものです。まとめてみます。
 
「キューバの65歳以上の高齢化率は16.5%、台湾は11% 。2010年の平均寿命はキューバが77.7歳。台湾は78.3歳。両国とも資源がない中で高齢化社会問題に直面している。だが、キューバの医師は1000人当たり6人もいるのに、台湾は1.7人しかいない。1000人当たりの乳幼児死亡率はキューバが4.9人、台湾は5.18人。

 台湾は経済成長した豊かな国であり、大量のエネルギーを消費している。だが、キューバは台湾よりもはるかに貧しい国なのに、台湾に匹敵する医療指標を達成している。そして、科学者たちはピークオイルを予測している。台湾のように大量のエネルギーを輸入する国は、ピークオイルとともに、深刻な食料や医療の危機が予想される。なればこそ、大量の石油資源に依存せずとも、国民の安全性を守っているキューバのプライマリケアを台湾は参考とすべきではないか」


 余医師は、日本語にも堪能で私の「医療本」を購入して読んでくれています。とはいえ、拙著だけを元にキューバ医療を評価したのではなく、それ以外の欧米の諸文献を読み漁る中から、日本人の著作もたまたま参考として見つけただけなのです。そのうえで、上のように判断しているのです。さらに余医師は、自らの国の医療制度を批判し、こうも続けてます。

「台湾の病院は、患者と接するよりも、費用対効果の数字ばかり追い求めています。本末転倒です。キューバは違うのではないでしょうか」

 もちろん、キューバの実情は、余医師が読み漁ったであろう英語文献に描かれたほど理想的なものではないのかもしれません。キューバの医療実情に詳しいアカデミックは、こうした一医師の理想主義と滑稽ぶりを哀れむかもしれません。

「なんという単純で馬鹿な男だ。一部のデマゴーグに扇動され、勝手にキューバを理想化しおって。つぶらな瞳で現実のキューバを見てみるがいい。経済的に疲弊しきっているではないか。君が頭で描くような実情にはないのだよ。形而上的観念に毒された君には何もみえていないのだね。可愛そうに」

 ミネルヴァの梟の如く、第三者的、客観的に真理を追求していくこの余裕。これこそが、すでに大国化した日本の凄みと言えましょう。ちなみに、この文章は誰かを具体的に批判しているわけではありません。この客観性と評論家立場というのが、現代の危機につながるひとつであって、安冨歩東大教授は、「東大話法」として批判されているからなのです。ちなみに、余医師は、鄭成功にちなんで「成功」という名を冠することとなった「成功大学」の出身であって、東大卒ではありません。

医療、教育、エネルギー、地方分権問題をなで斬りにする崩壊論

 先が見えないこのような時代には、客観的な学問の真理を追究している余裕はない。とにかく、役立つものであるならば、何でもかんでも取り入れてみて、まずはやってみることだ。

 余医師がわざわざ韓国での会議でキューバを取りあげることに私は非常にシンパシーを覚えます。なぜならば、米国に象徴される費用対効果ばかりを求める戦略のゆきつく先の危険性をおそらく、余医師は直感でわかっていて、それとは別のオルタナティブの臭いをキューバから感じ取っているからではないかと私は想像するからなのです。

 さて、ここで、テインター教授の崩壊論が生きてきます。私は、自分の個人的な関心から、キューバの農業、医療、教育、エネルギー、防災、文化に立脚した国づくりを調べてきました。そして、そのコアにあるのがコミュニティの強さであると見てきました。

 また、直接キューバと関係するわけではありませんが、アグロエコロジーや防災から、レジリアンスと複雑系にも興味をいだいてきました。

 私は何か全体的な枠組みが脳裏にあって、農業、医療、教育と調べてきたわけではありません。ですが、意外というか、偶然なのですが、テインター教授の『複雑な社会の崩壊』は、その第4章で、農業、医療、教育、エネルギー、軍事(防災)、地方分権(コミュニティ)と項目別に分析していくのです。医療についての一部を抜粋してみます。

「医学は、科学分野での投資拡大の限界収益の低下の好例である。ひとつの確かな指標は平均寿命である。残念ながら、医療にさらに投資しても、それに比例して寿命が延びるわけではないのだ(略)。医療の生産性の低下は、コストがかからない病気がまず克服され(ペニシリンの基礎研究はたった2万ドル)、残され病気を解決することはより困難で経費もかかるからなのだ。経費がかかる病気が克服されれば、平均寿命へのメリットはさらに小さくなる。後天性免疫不全症候群のような新たな病気を治療し、平均寿命を伸ばそうと試みるだけで多額の資金が費やされてしまう」

 複雑化したシステムは効率を落す。医療だけでなく、教育、エネルギー、軍事とすべてがそうだとタインター教授は分析します。ですが、効率が落ちても既得権益に縛られて中央政府は、これをシンプル化することができません。そのため、複雑化したシステムを維持するために増税がなされます。この増税に国家を構成する国民が耐えられなくなり、中央国家の縛りから逃げ出した方がいい。そう多くの国民が判断したとき、国家構成の元となっていた各属州や地方州は反乱し離反していく。その時、中央政府の国民は消滅し、州民となっていくのです。これはまさに地方分権そのものではありませんか。

 過ぎたるは及ばざるがごとし。

 テインター教授の主張は、出来過ぎ君であった子頁に対して、孔子が諭したつぶやきに集約されるかもしれません。

 プライマリ医療、初等教育の重視、エネルギー分権化、国防軍から民兵を主体としたゲリラ。意図せると意図せざるとにかかわらず、キューバはまさに複雑化を回避する方向にシフトしているかのようにも思えます。これが、テインター教授の崩壊論を読まなければならないと私が考えている理由なのです(続)。


崩壊論・間奏曲

2012年01月14日 10時56分58秒 | 崩壊論


プレッパーという選択肢

 前回に引き続いて、国家崩壊論を書きます。とはいえ、いくら個人の道楽であるとしても、学術研究者でも政治家でもない、ただ一介のサラリーマンが、なぜ、国家崩壊論などという壮大なテーマにこだわり、大風呂敷を広げなければならないのでしょうか。

 残雪が残るある暖かな小春日に、縁側で膝の上に猫を載せながら、あまりの心地よさにふと意識が途絶え、そのまま逝ってしまう。そんな死を迎えたいから。

 これが私の答えです。

 3ヵ月、半年、あるいは1年後も、マネー経済がクラッシュすることもなく、4号機が倒壊することもなく、はたまた地震に見舞われることもなく、平穏無事なこの日々を続けられるのであれば、私の興味や関心はまた変わっているかもしれません。ですが、いまは、

「今の日々の余力のすべてを注ぎ込み、春までにタインターの没落論をまとめてしまわなければなるまい」

 と思って、はやる気持ちを猫の背をなでるように抑えつつ、テインター教授の本を精一杯、読んでいます。

 私のこの焦燥感は、ある種の精神異常なのでしょうか。以前、「オタクになりたい」と誤解を招くような表現をしたことがありましたが、自分ではいまのところ精神異常はない、と思っています。

 例えば、香山リカ氏が「原発にこだわるのはオタクではないか」と述べたことに対し、安冨歩東京教授は2011年7月7日の『福島原発:香山リカ氏のブログ(2)』で次のように反論されています。

「メチャメチャ怖いからである。東電も政府もマスコミも滅茶苦茶しているからである。こんなとんでもないものを見たら、普通の人間は、発狂しそうになる。そして、何が起きているのか調べようとするし、どうしたらいいのか考えようとするだろう。そういう一般社会に住む普通の人間の普通の反応が、昨今のネット上での原発論議なのだと私は思う」

 この感想に「そのとおりだ」と思わず膝をたたきたくなるほど私は共感します。

 例えば、田中優氏という素敵な人物がいます。以前に東京にいたときにお目にかかったこともあります。どちらかといえば楽観主義者で、氏の講演はユー・チューブ等でしか見ていないのですが、その前向きな世界観にいつも勇気をもらっています。ですが、『クマのプーさん』というブログの11月12日の記事を見てみると、田中優氏の「新年の憂うつ」と題するメルマガの一部が転載されています。抜粋してみましょう。

「新年、あけましておめでとうございます。今年は「おめでとう」と言いにくいという賀状もたくさんありましたね。でも、新たな年を生きて迎えられたことを喜ぶ意図でしょうから、おめでとうございます(略)。とりあえず、避難できる準備をしてください。仕事も学校も家も何も捨て去る準備を。今の福島第一4号炉の状態は、それほど危ういと思います」

 ええっ、仕事も家も何もかも放り出して避難ですって。ああ、まるでプレッパーです。楽観的な田中氏すらも、こういう発言をせざるをえないということは、それほど状況が危機だということなのではないでしょうか。

 もっとも、「福島原発災害の見方」というサイトを見ると、1月6日に「4号機は倒壊していいと思います」という記事が出ています。
 
皆さんは、どう判断されるでしょうか。

崩壊した帝国の文化は継承される

 さて、今日は崩壊論の間奏曲です。まず、キューバから話を始めましょう。ハバナのオビスポ通りを抜けていくと、ヘミングウェイの定宿であったホテル、アンボス・ムンドスの近くにガラス張りのきれいな建物に出くわします。美術館なのですが、以前にはハバナ大学であったところです。

 この隣には美味しいイタリアレストランがあるので、私は何度も通い、この前を通っているのですが、昨年の5月に中村八郎氏と一緒にこの前を歩いたときに氏はこんなセリフをふともらされました。

「ハバナは面白いね。例えば、この通りの一部だけが少しだけ幅広くしてあるでしょう。これだけで、直線の道がまるで広場になったように感じられるでしょう。これはね、ローマの街づくりの遺産なんですよ。ハバナには、ブロックを切る斜めの道もありますよね。これもローマの伝統です。ローマの遺産を継承しなかったゲルマンの街、ドイツやイギリスには、こんな街づくりはまったく見られないね」

 専門家と一緒に歩くと、同じ風景を見ていても、見えていないものが見えてくるのです。大ローマの遺産が、ラテン系であるスペインを経由し、ハバナにまで及んでいることは驚きでした。

 タインター教授は、たとえ、文明が崩壊しても、その文化は連続し、かつ、継承されると主張されていますが、まさにこれもその一事例だと私は考えます。

 同じことは、もうひとつの帝国にも言えます。昨年の暮れに台湾を訪れたとき、ある老夫婦が「日本人が話をすると耳にしたので」とわざわざ私の話を聞きに来てくださいました。

 そのたたずまいからは、気品としか形容しようがないオーラが出ていました。まさに、東京物語に登場する笠智衆や原節子のような雰囲気と言えばいいでしょうか。格調高い古語の如き日本語を話されていましたが、もちろん台湾人です。戦前に日本の教育を受けたのだそうです。

「戦前の帝国教育とは、こういう人間を育むものであったのか」

 すでに、日本ではこうした夫婦の姿は見られません。

 また、台北帝国大学を元に作られた台湾大学のキャンパスも東大を思わせる赤レンガの西洋建築にキューバを思わせるヤシ並木が続いており、まるで、キューバと旧大日本帝国のハイブリッドのようでした。時空の壁を超え、旧帝国の香りがただよってきたような気がしました。戦後の日本は、米国の影響により、明治・大正の文化が断続してしまいましたが、崩壊し消え去った旧宗主国の残像をまさに異国で見たような気がしたのです。

死せるゲバラTPPを走らす

 さて、話がまた飛びます。前出の安冨歩東大教授は、ベストセラー『原発危機と「東大話法」』を上梓されたのですが、教授のサイトを見ていると、「Club Cuba主催のアレイダ・ゲバラ講演会」と題して、2011年8月5日にゲバラについて書かれた雑文がヒットしました。
安冨教授は、こう書いています。

「さて、ゲバラについて少し書いておきたいことがある(略)。本当にアメリカは、馬鹿な事をしたものだと思う。なぜならこの39歳の男を殺すことで、真の英雄にしてしまったからである。生きたままアメリカに連れて行って、贅沢三昧させて、セレブリティにしてしまえば、人間であるから、色々ヘマをして、評判を落とすこともあったであろうに(略)。銃殺されたゲバラの遺体とマンテーニャの絵画『死せるキリスト』は本当にそっくりなのである。このイメージによってゲバラは、『赤いキリスト』となった。カソリック信仰の強い南米で、このイメージは強烈な影響力を持っている。そういうわけで、アメリカはゲバラを殺して、『赤いキリスト』を産み出してしまったのである」

 そして、ゲバラのイメージによって中南米で左翼政権が次々と誕生し、さらには、国内でもラテン系がオバマを支持していることについてこう書いています。

「多くが貧困層にいる彼らの求める政策は、福祉や教育の充実であり、軍備の拡大や世界戦略の遂行ではない。それゆえ、アメリカは必然的に、社会民主主義的政策へと移行せざるを得ないだろう。破綻した財政で両方を維持することはできない。そうなると、巨大な軍備を保持するのは不可能になるにちがいない。そうすると、日米同盟など、いつまで続くのか、知れたものではない(略)。チェ・ゲバラの影響は、ひしひしと我々にも及んでいるのである」

 ひええ、ゲバラは日米同盟にまで影響していたのか。このような斬新な分析は、キューバやゲバラだけにこだわっているとなかなかできません。

 そして、続けて、2011年の12月3日の「中南米共同体」が誕生というブログの記事では、こう書いています。

「これは日本にとって、非常に重大なニュースである。現在、世界の成長拠点は、中国、中南米、インドである(略)。成長拠点は中国から中南米に移行しつつある。しかも前に書いたように、アメリカの選挙民のラテン系比率が急激に上昇している。そういう条件から考えて、アメリカは中南米に擦り寄る以外に進む道はない。

 しかし大嫌いなベネズエラのチャベス大統領が主導する「中南米共同体」に膝を屈して入れてもらうのは悔しくてたまらない。アメリカがTPPなどという茶番を開始したのは、「中南米共同体」へのバーゲニングのためだったのだと考えればよくわかる。
TPPをチラつかせて、「私を排斥するなら、アジア太平洋の方に行っちゃうよ」と言って、体裁良く「ぜひアメリカさんもお入りください」と言ってもらおう、というのであろう。つまりTPPはアテ馬なのである」


 ああ、安富教授によれば、TPPもゲバラのせいだったのです。TPPに象徴される新自由資本主義が大ローマを継承しなかったゲルマン蛮族のプロテスタントにあるとするならば、TPPを動かしていたのは、大ローマを継承したカトリックのキリスト、ゲバラというアイコンだったのです。まさに、死せるゲバラ、TPPを走らす、といえましょう。

敵の敵は味方
 安冨教授は続けます。

「ということは、日本が採るべき戦略は明らかである。中南米共同体に接近するのである。あちらには幸いにも多数の日系人がいるのだから、そのコネクションをフル稼働させて、中南米共同体を支援すれば良い。日本のイメージは一般に悪くないので、彼らは歓迎するだろう。そうするとそれは、アメリカに対する強力なバーゲニングパワーを日本に与える。その上、中国も大いに気になるだろう」

 さて、大ローマ帝国は解体しましたが、そのラテン部分の文化はラテンアメリカへと継承され、北方蛮族であったゲルマンの末裔である米国と対立しているという見方が可能であることを書いてきました。
 では、崩壊した大日本帝国はどうなったのでしょうか。韓国の金完燮氏は『親日派のための弁明』(荒木 和博・荒木信子)(2002)草思社で、こう述べています。

「私たちは戦後、朝鮮半島はふたつに分断されたが、日本は運よく分断をまぬがれたと考えてきた。統一を語るときも南北朝鮮の統一をいうだけで、日本や台湾との統一をいう人はいなかった。しかし、敗戦によって日本は五つの地域に分割・占領されたのであり、朝鮮が南北に分割されたのではない」(P18)

 金氏はドイツが南北に分割されたように、大日本帝国も、樺太、北朝鮮、韓国、台湾、日本と5地域に分割解体された、と指摘しています。金氏は指摘していませんが、この解体地域には旧満州やラバウル等の南洋諸島も入るかもしれません。
 そして、戦後の米国の統治は、歴史教育を通じて解体されたそれぞれの国家を互いに憎み争わせるようにし、脆弱化させるというものでした。

 ですが、この政策は大陸では成功しましたが、台湾では失敗しました。小林よしのり氏のような保守派は、それが戦後進駐してきた蒋介石が「白色テロ」を行う等、あまりにも苛烈な弾圧政治を行ったからで、戦前の日本の統治の方がはるかに優れていたからだと分析していますが、在台湾のジャーナリスト酒井亨氏は『台湾人にはご用心!』三五館(2011)の中で、「台湾人が二音統治時代の過去を悪くいわず、新日的な姿勢を示してくれるのは、昔のことなどどうでもいいからだ(略)。これが原住民族となると、マレー系の文化を保っているだけに、さらに過去のことはどうでもいいという傾向が強い」(P107,108)と述べ、「一部保守派が台湾人の日本賛美に対して必要以上に舞い上がっているのを見ると、極めて滑稽だと思う」(P143)と淡々と指摘されています。

 とはいえ、理由がなんであれ、いま、韓国も台湾もグローバリゼーションで問題を抱えていることは確かです。となると、「敵」の「敵」は味方という論理によって、旧大日本帝国文化圏に属していたことのある台湾と韓国がラテンアメリカに関心を持ち、米国に反発し、中南米共同体に接近するという戦略はありえるのかもしれません。親米戦略を続ける宗主国日本にはそうした動きはもちろんないわけですが(続)。


崩壊論(2)

2012年01月11日 01時13分46秒 | 日記

崩壊は全世界で昔から起きてきた

 さて、前回に続き、崩壊論です。テインター教授は、名著「複雑な社会の崩壊」の第Ⅰ章で、1918年にオスマン・トルコが崩壊した後、イスタンブールで起きた秩序崩壊を目にした詩人の言葉を引用しています。

「都市が死んでいることがわかった。トルコ政府はまさに機能するのことを止めた。電気は停電し電車が働かず廃棄された電車が道に散らばった。警察は強盗となり市民からの恐喝で暮らしていた。街角には死体が横たわり、道角にはどこにも死んだ馬がいて、それを片付ける組織はなかった。下水も機能せず水も安全ではなかった。これはすべてたった3週間だけ行政当局がその義務を放棄した結果だった」

 実は、崩壊は最近のことに限らず、はるか昔から何度も繰り返し起きています。例えば、ローマに滅ぼされるまでずっと繁栄してきたように思えるエジプトですが、紀元前2181年の第6王朝の終焉から紀元前2131年に第11王朝が始まるまでは、第1中間期と称される混乱の時代が続いています。テインター教授はこう書きます。

「無数の統治者がいてその統治期間はどれもごく短かった。地区同士の争い、略奪、殺人、革命、アナーキー。墓は略奪され、女王はボロ着で、官僚は侮辱された。海外貿易量は低下し、飢餓が再発し、平均寿命は低下した」

 ええっ、女王がボロ着。クレオパトラのイメージと全然ちがうではないですか。

残されし人々

 古代エジプト王朝に限らず、中国の西周帝国、ヒッタイト帝国、ミノア文明、ミケーネ文明、西ローマ帝国、オルメカ(メキシコの最古の文明)、マヤ文明、テオティワカン、トゥーラ、オアハカのモンテ・アルバン、カサス・グランデス、ニューメキシコ北西部にあるサン・ファン盆地のチャコ、南部アリゾナ砂漠のホホカム、五大湖のエリアで発展したホープウェルやミシシッピのカホキア、ラテンアメリカのワリ帝国、ティアワナコ帝国。テインター教授は世界各地の崩壊事例をあげながら、崩壊後のイメージについてこう書いています。

「人気作家や映画製作者は、工業化社会が崩壊後の暮らしがどうなるかについて一貫したイメージを発展させている。バリエーションはいくつかあるが、出現する姿はホッブズの「万人による万人のための戦い」だ。強い者だけが生き残り、弱い者は犠牲となり、奪われ、殺される。食料や燃料のための戦いがあり、残されたどのような中央権力も再び秩序を科すだけの資源を欠いている。哀れで不具者となった生き残った人々の群れが、壮大の廃墟の中でゴミをあさる。通りには草が生え、サバイバル以上の目標はない」

 ああ、なんと崩壊の悲惨なことでしょうか。日本のアニメや漫画だってイメージは同じです。

 風の谷のナウシカは、火の七日間という核戦争によって崩壊した世界の中で生きのびた人々の物語です。未来少年コナンも2008年に核兵器をはるかに上回る「超磁力兵器」による最終戦争で人類は大半が死滅した後の物語です。原作はまさに「残されし人々」というストレートな題名となっています。

 北斗の拳も、核戦争以降の力が支配する暴力世界の物語ですし、バイオレンスジャックは、巨大地震で壊滅し、無法地帯となって暴力が支配する関東が舞台です。いずれも崩壊を描いています。

大ローマ帝国崩壊というトラウマ

 テインター教授はこうした崩壊後の一般的なイメージは大ローマ帝国の崩壊によって作られたと見ています。

「20世紀前半の何人かの歴史家たちにとり、ローマの黄昏は、まるで現代史のページをめくるかのように思えた(略)。古代ローマの避けがたいまでの暗示は1000年、そして、1500年も多くの人々の思考を支配してきた。強大な帝国が崩壊する。この十分に立証された事例にすべての西洋の学者たちがさらされることがなければ、崩壊への恐怖は確実にさほど広まってはいなかったであろう」

 ですが、ローマのような大帝国はなぜ崩壊してしまったのでしょうか。テインター教授は、前述したような世界各地の古代帝国や文明がなぜ崩壊したのかを説明できる、統一的な崩壊理論を探っていきます。そして、教授は、これまでに対象された数多くの崩壊論を11にわけ、それぞれ、本当に崩壊を説明できるのか、第三章で、チェックしていきます。

1資源枯渇論、2. 新資源論、3.カタストロフィー論、4.対応失敗論、5 他の社会遭遇論、6. 侵略論、7. 階級闘争論(エリートの失敗)、8. 社会的機能障害論、9. ミステリー、10. 偶然事故同時多発論、11. 経済論。

 次回はこれら各崩壊論で何が説明でき、何ができないのかを見ていきます。

 


崩壊論(1)

2012年01月10日 00時48分18秒 | 日記


国家とは人類史上異形の存在である

 タインター教授は、「複雑な社会の崩壊」という著作の第2章で、次のように抜本的な問いを私たちに投げかけます。

「複雑な現代社会で暮らす私たちは、自分たちが歴史的に見れば、例外的な社会に生きていることをわかっていない。人類は数百万年にわたり、小さな自立したコミュニティで暮らし、自給自足していた。ロバート・カルネイロによれば人類史の99.8%はこうした自給地域コミュニティであった。ヒエラルキー的に組織化された国家という異常なものが出現したのは、たかだか過去6000年以内にすぎない」

 タインター教授は、私たちがノーマルなものとして考える国家を歴史的に見れば「異形にすぎない」と言ってのけます。

 人類史のほぼ100%を占めるシンプル社会には、絶大な権力をふるう皇帝も官僚もいませんでした。酋長がいたとしても、その権力は安定したものではありませんでした。もちろん、政治的野望を抱く個人は出現します。ネーティブ・メラネシア人たちは、彼らを「ビック・マン」と呼びます。ですが、こうした社会はビックマンの権力が永続しないシステムがビルトインされていました。例えば、ビッグマンがコミュニティ内で名声を得て、信奉者や追随者を得るには、ビックマンは気前良くふるまうことが必要でした。ところが、多くの人にふるまえばふるまうほど、一人当たりの分け前は減ってしまい勢力拡大ができないのです。


国家は個人の野望によって誕生した

 では、こうした社会の中からなぜ複雑な国家が出現したのか。ずっと小さな集団が、過去一千年で巨大な国家に取ってかわったのかとタインター教授は問いかけます。

 タインター教授は、無数にある国家の起源論も、大きく見れば、紛争理論と統合理論にまとめられる、と述べています。

 紛争理論とは、各個人や集団の欲望から国家が出現したと考える考え方です。

 エンゲルスが代表的ですが、野望を抱く個人の欲望によって社会の中に経済格差が生じると社会内に矛盾が発生します。この問題をクリアーし、人民を搾取して特権階級の既得権益を温存するための弾圧システムとして開発されたのが国家だというのです。


人間の本性を追求した究極の『野望』と至高の『野望』

 
 少し硬くなったので、話が飛びます。野望という点を追求した意味では、雁屋哲氏原作の『野望の王国』という異常なバイオレンスマンガを抜きにして語ることはできません。副主人公とも言うべき柿崎憲氏は、東大卒。東大法学部を首席で卒業後、国家公務員上級試験をパスし、警察庁に入ったキャリア官僚ですが「この世を支配するのは暴力だっ!暴力が全てだっ!」と語り、安田講堂の前では、「あの安田講堂は東大のシムボルだ!明治以来百年も続く立身出世主義のシムボルだ!」という名セリフを残しています。

 雁屋哲氏と言えば、グルメマンガ『美味しんぼ』の原作者として知られソフトなイメージがありますが、ユーモア精神を身に付けたのは、『風の戦士ダン』で、マンガを担当した島本和彦氏が原作を無視して、熱き男のロマンをギャクにしてしまい、その面白さを雁屋氏が発見したからでした。とはいえ、そのシリアス過激な本領は健在なようで、オーストラリア在住でありながら、同氏のウェブサイトも、フクシマ原発にこだわっていて、「今日もまた」というブログでは、鋭い見解を読むことができます。

 さて、話を戻します。

 とはいえ、タインター教授は、野望理論には論理的に無理があると批判しています。

 紛争理論では、社会内の少数者が野望を抱くことが国家出現の理由となっているのですが、野望は普遍的な人間の傾向だとし、なぜ特定の個人が野望を抱くようになるのかが明確に述べられていません。

「もし、野望が普遍的な人間の特性であるならば、なぜ採集狩猟民たちは、余剰や階級闘争、国家を産み出さなかったのだろうか。採集狩猟民でさえ余剰生産を行なう可能性はある。だが、たいがいそれは実現されていない。知られる限り、原始的国家が形成された事例は、メソポタミア、エジプト、中国、インダス、メキシコ、ペルーと6事例だけしかない。もし、野望が国家に結びつくのであれば、なぜ、原始的国家は、人類史において、たかだか6回しか出現しなかったのだろうか。人類は、いかにして、国家なき状態でその歴史の約99%を生き残ってきたのであろうか。なぜ、更新世には国家は出現しなかったのであろうか」

 野望理論と国家を考える鍵はまさに少数民族、原住民にあったのです。

国家は人々の福祉のために誕生した

 各個人や集団の野心からではなく、社会的ニーズから国家が発生したと考えるのが、統合理論です。厳しい環境内で人々の集団が生き伸びるためには、団結の力を持って社会的に役立つ公共事業を行なうことが必要です。ある集団が厳しいストレスの下におかれたり、人口が増えれば、ヒエラルキー的な組織を作ることで問題を解決する必要が生じるかもしれません。例えば、ウィットフォーゲルは、灌漑事業の必要性から、ライトとジョンソンは、情報処理の必要性から、ラスジェは、外部との交易の管理や輸入物品の処理の必要性から国家が誕生したと考えました。こうして誕生した社会には、社会的地位の高い統治者がいます。ですが、それは、集団化というメリットを達成するために、最低限負担しなければならないコストなのです。

 統合理論では、紛争理論の矛盾を避けられます。

 ですが、タインター教授は「この見解もあきらかに簡素化され過ぎている。底抜けな楽天家たちの見解とは違い、弾圧政治、権威主義、搾取的な政権は、歴史的に明白な事実だ」と釘をさしています。

国家崩壊とモラル崩壊とには因果関係はない

 そして、タインター教授は、経済的に成功した特権階級が階級闘争問題を回避するために発展するのであれ、全人民の福祉社会の実現のために統治機構が発生したのであれ、「国家が問題解決型の組織である」ということには違いはない。その国家目的は違うとはいえ、問題解決という手段のために存在するという意味では、国家は同じ種類の機関といえる。そして、私たちがいま日々なじんでいる国家という社会も、歴史的にみれば、ノーマルなものではなく、絶えず「正統化」という補強作業を必要としている」と指摘しています。

 「正統化」とは、宗教的権威であれ、ある種のマインド・コントロールであれ、「この国家を維持するために支えなければならない」と国民が納得できる論理です。

 では、紛争理論の言う国家と総合理論の言う国家を隔てるものはなんなのでしょうか。私は、「パブリック」「公」の精神であると考えます。したがって、紛争理論と統合理論の考え方は、このように言い変えられるかもしれません。

「人民のために電力会社があるのではない。電力料金を徴収するために人民はいるのだ」

「電力会社のために国民がいるのではない。国民に電力を供給するために電力会社はあるのだ」

 革命前のキューバはまさに前者のような状況にありました。そして、電力会社は米国の電力会社の子会社でしたから、儲けた利益はキューバ人に還元されることはありませんでした。ですから、「国民に電力を供給するために電力会社はあるのだ」という論理を貫徹させるために、カストロが電力会社を国営化したとき、多くのキューバ人はその論理を支持したのでした。

 では、電力会社と国家とがグルになり、明らかに正統性がない状況になっていたがために、カストロをリーダーとする人民が武装蜂起し、モラルハザードに陥っていたバチスタ政権という国家は崩壊してしまったのでしょうか。
 
 タインター教授の本には、キューバは一切登場しませんが、もし、でてきたとしても

「それは違う」

 といってのけることでしょう。とかく、革新派左翼であればあるほど、人民搾取や正統性の喪失というあたりの表現に魅かれがちですが、教授は革命なぞ、めったに起こることがない、とマルクス主義的な発想を頭から否定しているからです。

 また、皇帝や高級官僚や大地主たちのモラルが腐敗することは歴史の常であって、「モラルと政治生命との間には、明瞭な因果関係はない。ローマの美徳の衰退がローマの拡大を妨害したことは明らかではなく、美徳の存在がその後に蛮族を寄せつけなかったわけでもない」と述べ、モラル崩壊に国家崩壊を起因させる説を否定しています。

 とかく、保守派右翼であればあるほど、ローマの美徳の喪失というあたりの表現に魅かれがちです。ですが、教授によれば、国家は、たかが構成員や指導者のモラル喪失程度では、崩壊しなさそうなものなのです(続)。


下山の思想

2012年01月09日 23時39分01秒 | 日記

市民権を得つつある没落の思想

 五木寛之さんの『下山の思想』(2011)幻冬舎新書という本がベストセラーとなっています。

 「下山」というタイトルからすると、その内容のイメージは直接伝わってこないのですが、要するに「没落示唆本」です。要するに「もう、これ以上の成長はいい」と述べ、最終章はノスタルジアを楽しむべきだと結んでいます。

 五木さんの主張そのものには是非論がありましょう。ただ、驚くべきは、この本が今日はアマゾンで26位、少し前は4位になっていたことです。これだけ多くの読者が没落思想に共感しているとは驚くべきことです。そのことの方が私には驚きでした。

世界を席巻する日本アニメ

 さて、私が書いた没落本では、古代回帰の事例として、古代ローマ時代のテクノロジーを参考にエコマテリアルの開発に取り組んだフェルナンド・マルチネス博士を登場させています。

 2010年5月に、キューバのサンタ・クララで博士の自宅を訪れた際、リビング・ルームに顔を出した小学生であるご子息が私の顔を見るなり、いきなり「NARUTO!」と叫びました。耳にしたこともない単語です。

 何か地元の俗語かと思ったところ「息子が大ファンなので、つい」と博士がその説明をすぐにしてくれました。

 『ナルト』とは、岸本斉史氏原作のアニメ漫画です。落ちこぼれ忍者・ナルトが、里一番の忍を目指して数々の試練を乗り越えていく物語で、海外の人気はすこぶる高く『ドラゴンボール』の後継作品として認知されているといいます。ナルトは米国のみならず、キューバでも放映されています。

 日本人が来たということで、少年にとっては、フジヤマでもゲイシャでも、トヨタでもソニーでもなく、日本を代表する印象「ナルト」が思わず口に出たということなのです。

 実際、ハバナ滞在中に何気なくホテルのテレビにスイッチを入れたところ『ハウルの動く城』が放映されていて仰天したこともあります。

わしが台湾国総統、江田島平八である!



 昨年末に旅した台湾でも日本アニメは大変な人気だといいます。

「わしが男塾塾長、江田島平八である!」

 
 という決め台詞で知られる宮下あきら氏の『魁!男塾』の人気も高いらしく、酔狂なことに、若者とともに奇態なコスプレを演じている老人の姿もネットではヒットします。

 老人は台湾の若者たちから頼まれて2004年11月に江田島の役を演じたのですが、「あまりにも日本に入れ込みすぎているのではないか」と冗談のコスプレが政治的ニュースにまで発展したのは、この老人が台湾の前総統であったためです。

 李登輝氏は、旧京都帝国大学で農業経済を専攻した大変なインテリです。敬虔なキリスト教徒でもあり、司馬遼太郎氏がその死の2年前に『街道をゆく』で行なった李登輝氏との対談は、今を読み返してみても新鮮です。とはいえ、さしもの司馬氏もその10年後に李登輝氏がまさかこのようなコスプレを興じるとは予想できなかったのではありますまいか。

 大日本帝国時代の古きよき日本的教養をバックボーンとした親日家の象徴が李登輝氏であるとするならば、そうした過去の日本が断絶した後に、ただアニメのファンとして日本に関心を持つ若者たちは、新たな親日家の象徴といえるかもしれません。実際、今回の旅でずっと同行してくれた方は、日本語がすこぶる堪能でしたが、理由を聞くとお姉さんが、東北大学に留学し今も日本に住まわれているとのこと。そして、お姉さんの留学のきっかけ、日本語を学ぶことになる契機となったのもアニメだといいます。江田島のコスプレは、旧世代と新世代の台湾の親日家をつなぐ象徴的姿といえるかもしれません。

 自国文化がこのように評価されるのはまことに嬉しいことです。

台湾は文明国である

 さて、私はいったい何を語ろうとしているのでしょうか。話が飛躍するようですが、私は愛国主義者です。祖国を愛しています。江戸時代から庶民文化を発展させてきた祖先たちに誇りも持ってきました。そして、日本はまぎれもない文明国であると信じてきました。

 では、文明とは何なのでしょうか。台湾が参考となります。前出の『台湾紀行』で司馬遼太郎氏は李総統との対談の中でこう語っています。

「台湾は文明国ですね。牛乳配達する人が途中でゲリラに殺されることなく、安全に届けられる。朝に新聞が無事に入り、世界中の情報が読める。これが文明だと思うのです」

 夜、安心して眠れる国したい」というのが、はじめて本島人出身にして統治者になった李登輝博士の願いであり、願いはいまも続いている。戦後のある時期、ひとびとはゆえなく「国家」から襲われる危険におびえていた。その時代がおわった(P376)。

 ですが、3.11以降、私の愛する日本は変わってしまいました。いえ、本当に言えば、私には見えていなかった日本という国家の本性が剥き出しになっただけなのかもしれません。
例えば、有田一彦さんのブログのシリーズ「この国は壊れている」というシリーズを読むとそうした想いをよけいに強くします。

 例えば、1月1日に地震がありました。その結果、フクシマ4号機では何らかの事故が起こったようです。カレイド・スコープの1月8日のブログを読むと、1月2日~3日にかけ、今までの10倍の量の放射性物質が出ていたのですが、1月1日はNDとなっていて、なぜか必要な情報が発信されていません。この事実をもとに、このブログでは、次のような過激な発言が述べられています。

「辛い話ですが、再び巨大な余震が福島第一原発の近くで起こった場合は、東電は、しぶしぶ発表するでしょうけれど、そのニュースがテレビを通じて私たちに届くのは、致命的な被曝してしまった後でしょう(略)。目安として震度5以上の余震が福島第一原発のすぐ近くで起こったときは、すぐに新幹線の駅へ、空港へ、あるいは車に乗って西へ南へ。どの方角かは、そのときでないと分らない」

 このサイトの発言は、いささか恐怖過敏症のようにも思えるのではないでしょうか。ですが、ネットで検索すると前出の五木寛之さんが、「公共放送がとどまれと言ったら逃げる」という凄まじい意見を語っていることがわかります。
 
 五木さんは1932年生まれですから、終戦時には13歳でした。朝鮮半島で生まれた五木少年は1947年にピョンヤンから福岡に引き上げるのですが、ソ連軍侵攻によって、お母さんが襲われ、その後死に至りました。

 当時ラジオでは『治安は維持される。市民は軽挙妄動をつつしみ、現地にとどまれ』と繰り返し放送していたそうです。そこで、五木氏はこう語ります。

「以来僕は、公の放送がとどまれと言ったら逃げる、逃げろといったらとどまるというのを指針としてきました」

 五木さんの没落思想の背景には、母を失ったこんなつらい幼少期の覚悟があったのです。

 カレイド・スコープの1月8日のブログでは「東京都は、いよいよとなればバリケード封鎖されるはずです。すでに、その予行演習は済んでいます」と、道路封鎖されていれば、どこにも行けないとの懸念が述べられています。

 このような過激な見解を支持するかどうかは個人の自由です。私自身はそこまでやるのだろうか?と首をかしげたくなるところがないわけではありません。

 ですが、放射能事故があり、避難しようとする都民を避難させないために軍が動くという常識では考えられないトンデモ発言を日本人がし始めていることに私は大きな驚きを覚えます。

 もし、こんなことが起こるとすれば、終戦直前に司馬遼太郎氏が、体験したことを想起させるような事態です。

 当時22歳の青年であった司馬氏は、きたるべき本土決戦に備えて栃木県・佐野に戦車兵として滞在していたのですが、こう述べています。

「東京湾か相模湾に米軍が上陸してきた場合に(略)、東京から大八車引いて戦争を避難すべく北上してくる人が街道にあふれます、その連中と、南下しようとしているこっち側の交通整理はちゃんとあるんですか、と連隊にやってきた大本営参謀に質問したんです。そうしたら、その人は、すぐ言いました。

「ひき殺していけ」
(「朝日ジャーナル」昭和46年1月18日号)

 この発言は作り話ではないか、という批判も多くあります。ですが、司馬遼太郎氏は、文学者の感性で当時の状況をまさにこう表現したのだと私は考えます。とするならば、もし、司馬遼太郎氏が生きていれば、李総統との対談の中で、いまの事態に対して、こう語るかもしれません。

「牛乳配達する人が途中でゲリラに殺されなくても、その牛乳は放射能に汚染されているかもしれず安全ではない。朝に新聞が無事に入っても、そこには本当の情報が読めない。夜、安心して眠れれない国。『こんな国は文明国ではない』、甲高い奇声のような響きがどこからか聞こえてきたような気がした」

 さて、台湾にこだわっています。酒井亨氏の台湾分析が非常に面白かったので、『台湾人にはご用心!』(2011)三五館を買って読んでいます。この本で酒井氏は、台湾人は国家へも会社にも所属意識がないのだ。基本的には少数民族の母系社会やマレー人気質を継承しているために、中国とも韓国とも日本とも違った人々なのだ。そのために、熱心に国家を作る意識もないのだと述べています。

 はたして、国家とは私たちのためにあるのでしょうか。国家は必要なものなのでしょうか。五木氏の言うように、日本という国が下山していくとするならば、国家崩壊というカタストロフィーを招くのか、それともソフトランディングができるのでしょうか。そんなことを、ジョセフ・テインターの国家崩壊論から、考えていきたいと思っています。


一枚の画像が語りしもの

2012年01月03日 23時54分26秒 | インポート


4号機という不安

 みなさん、あけましておめでとうございます。もっともあまりめでたくもないかもしれません。ユーロ危機、北朝鮮の不透明な情勢、TPPと不安な状況ばかりが心を占めます。2012年に地球全体が変化するというマヤのトンデモ予言解釈を信じたくなってしまいたくなるような状況です。

 さて、正月には東京にある実家に帰って、新賀の宴を親戚の人々とを共にしました。そこで、どうも原発に対する認識が違うのではないかと感じたりしました。真実がどうなっているのかは素人の私にもわかりませんし、このブログで何回も書いたように、喜ばしいことに原発はすでに冷温停止状態になっているのです。それが、中央政府の公式見解ですから、私ども庶民は嬉々としてそれに従うしかありません。とはいえ、それと異なる見解があることを知っておくことも無駄ではないと思います。

 その際、私が参考としているのは日本国内とは異なる情報ソースを得ている海外に居住している邦人たちが発信している日本語のウェブサイトです。例えば、そのひとつ「カナダ・de・日本語」の1月2日の記事は、新年早々、鳥島沖で起きたマグニチュード7の地震によって「4号機の使用済み燃料プールで循環冷却に使っている配管から水漏れが起きている可能性」を指摘しています。

 また、これは海外のサイトではありませんが「カレイド・スコープ」の1月1日の記事や2011年12月20日の記事を見れば、小心者の私はどうしても4号機のゆくすえが気にかかってしまいます。

台湾は反日化する?

 もちろん、私は一介のサラリーマンにすぎませんし、原発の専門家ではありません。グローバルな世界の実情のこともわかりませんし、日常生活は、あくまでも日本、それも長野という地方都市に限られています。とはいえ、非常に光栄なことに、時折、外国の方々と交流するチャンスがあります。今回の台湾の旅もそうでした。そのようなさささやかな旅を通じて、自分が感じた「世界」を、このブログを通じて皆さんとわかちあいたいと思っています。
 
 ということで、今日も続いて台湾のことを書こうと思います。まず、この衝撃的な写真(出典)を見てください。海上に浮かぶ筏の上に掲げられた日本と米国の国旗が燃やされています。中国ならばわからないわけではありません。ですが、これは台湾の方からいただいた「How are You GongLiao」というDVDの一シーンなのです。

 台湾は世界でも最も親日的な国のひとつ、というのが私の台湾に対する印象でした。司馬遼太郎『街道をゆく40台湾紀行』(1997)朝日文庫、李登輝『台湾の主張』(1999) PHP研究、李登輝・小林よしのり『李登輝学校の教え』(2001)小学館、小林よりのり『台湾論』(2000)小学館、蔡焜燦『台湾人と日本精神』(2001)小学館文庫。そして、今度の旅行にあたって買った伊藤潔『台湾―四百年の歴史と展望』(1993)中公新書くらいしか読んだことがなかったものですから、このDVDのシーンは衝撃的でした。

脱原発化が進む台湾

 では、なぜ台湾でこのような反日的な行動がなされたのか。その理由は、台湾在住のジャーナリスト酒井亨氏の『台湾、したたかな隣人』(2006)集英社新書を読むことで理解が深まりました。

 結論から言うと、この画像は日本そのものに反対しているのではなく、米国が設計し、日本の日立と東芝が手掛けた第4原発の建設に地元住民が反対しているシーンなのです。

 そして、実は前回のブログで書いた少数民族が関係してきます。酒井氏は同著の中で「日本では李登輝時代に上からの民主化が進められたことが民主化の核心だという議論が多いが、上からの民主化で民主主義へと移行しないことは明らかだ」(P50)と述べ、「韓国とは違い学生運動や労働運動は脆弱だが、そのかわりに反原発・反公害に代表される環境運動、女性・原住民らの人権と尊厳を求める人権運動が極めて活発な役割を演じた」(P51)と台湾の社会運動に着目します。

 この運動の結果、2003年には珍水扁総統が「台湾はアジア初の非核社会建設を目指す」と脱原発をアジアで初めて表明しているのです。そして、今回のフクシマの事故を契機に、2011年5月24日には、与党である国民党の馬政権も現在稼働中の6基の原子炉を順次廃炉にしてゆき、原発の新設はしない方針を決めました。原発に代えて自然エネルギーの開発に取り組むのだそうです。

 昨年の旅であった人たちは、防災や有機農業に関心を持つというバイアスはあるのでしょうが「台湾も日本に次ぐ地震国だ。当然だ」とこの方針を早めることはともかく、反対する人は誰ひとりとしていませんでした。個人としての旅とはいえ、私は地方政府に勤務する一吏員です。ですから、日本国中央政府の原発推進の方針については口にしないこととしています。でなければ、群馬大学の早川教授のように「風評被害」を招いたとして、日本国中央政府からにらまれてしまうかもしれないではありませんか。せっかく日本国中央政府がベトナムを始めとして諸外国に偉大なる日本国産の原発技術を輸出して外貨を稼ごうとしているのに、そうした国策に反する国家反動分子としてのレッテルを張られてしまうのは、こわくてしかたがありません。戦前に多くの庶民が憲兵を恐れたかのように、私も一庶民として国家を恐怖します。とはいえ、向こうから一方的にこうしたビデオをくれたり、意見を言ってくる以上は無視するのも失礼でしょう。DVDは受け取ってしまい、帰国後に見てしまったのです。

独裁体制に反発し民主化を勝ち取った人々

 酒井氏は、同著の最後で台湾と韓国との違いについても「政治や選挙に対する若者の参加や関心は日本とは比べものにならないくらい高い(略)。日本では市民運動をするというとどこか肩肘をはっているところがあるが、台湾の市民運動は自然体である(略)。また注目されるのは韓国との交流が増えていることである。ウリ党と民進党は政治・社会的背景や基盤、構成員の性質、党内文化、路線などが似たところが多いこともあって、互いにシンパシーを感じている(略)。日本では一般的に韓国は反日、台湾は親日ととらえらえ、日本の旧式左翼は韓国・中国、右翼が台湾にそれぞれ擦り添っているが(略)、独裁体制時代の人権蹂躙、それへの反抗、民主主義を勝ち取ったという実感は、台湾と韓国ではほぼ同じ意味を持ち、共感できるのである」(P195~197)と述べています。

 また、台湾人はそもそも企業や組織に忠誠心を持たない(P190)。台湾人はこれまで国家を持ったことがないので、台湾人の間では、総統だろうが大統領のトップだろうが、農民とどこが違う、というのが台湾人社会に強く存在する観念なのだ(P192)とも述べています。

 この気分は、革命の前では誰もが平等(建前ではあるのかもしれませんが)と、アフター会議では、農民と一緒にダンスを踊るキューバ政府の高官のメンタリティーともどこか似ています。

 これは、台湾に対する意外な発見でした。

 いま、日本の若者たちは、原発問題を契機に、政治や選挙への関心も高めているように思います。それは、戦後初めてデモが起こっていることからも明らかです。しかも、企業や組織に忠誠心を持たず、キリギリス的に生産至上主義文化にも三行半を下しつつあります。こうした若者たちの感性をベースに、未成熟のままにとどまってきた日本の政治やマスコミ文化が成熟していくとするならば、先進国である台湾から学ぶべきことが多いのかもしれません。今日は、DVDからみた衝撃のシーンから感じたことを書いてみました。