没落屋

吉田太郎です。没落にこだわっています。世界各地の持続可能な社会への転換の情報を提供しています。

一枚の画像が語りしもの

2012年01月03日 23時54分26秒 | インポート


4号機という不安

 みなさん、あけましておめでとうございます。もっともあまりめでたくもないかもしれません。ユーロ危機、北朝鮮の不透明な情勢、TPPと不安な状況ばかりが心を占めます。2012年に地球全体が変化するというマヤのトンデモ予言解釈を信じたくなってしまいたくなるような状況です。

 さて、正月には東京にある実家に帰って、新賀の宴を親戚の人々とを共にしました。そこで、どうも原発に対する認識が違うのではないかと感じたりしました。真実がどうなっているのかは素人の私にもわかりませんし、このブログで何回も書いたように、喜ばしいことに原発はすでに冷温停止状態になっているのです。それが、中央政府の公式見解ですから、私ども庶民は嬉々としてそれに従うしかありません。とはいえ、それと異なる見解があることを知っておくことも無駄ではないと思います。

 その際、私が参考としているのは日本国内とは異なる情報ソースを得ている海外に居住している邦人たちが発信している日本語のウェブサイトです。例えば、そのひとつ「カナダ・de・日本語」の1月2日の記事は、新年早々、鳥島沖で起きたマグニチュード7の地震によって「4号機の使用済み燃料プールで循環冷却に使っている配管から水漏れが起きている可能性」を指摘しています。

 また、これは海外のサイトではありませんが「カレイド・スコープ」の1月1日の記事や2011年12月20日の記事を見れば、小心者の私はどうしても4号機のゆくすえが気にかかってしまいます。

台湾は反日化する?

 もちろん、私は一介のサラリーマンにすぎませんし、原発の専門家ではありません。グローバルな世界の実情のこともわかりませんし、日常生活は、あくまでも日本、それも長野という地方都市に限られています。とはいえ、非常に光栄なことに、時折、外国の方々と交流するチャンスがあります。今回の台湾の旅もそうでした。そのようなさささやかな旅を通じて、自分が感じた「世界」を、このブログを通じて皆さんとわかちあいたいと思っています。
 
 ということで、今日も続いて台湾のことを書こうと思います。まず、この衝撃的な写真(出典)を見てください。海上に浮かぶ筏の上に掲げられた日本と米国の国旗が燃やされています。中国ならばわからないわけではありません。ですが、これは台湾の方からいただいた「How are You GongLiao」というDVDの一シーンなのです。

 台湾は世界でも最も親日的な国のひとつ、というのが私の台湾に対する印象でした。司馬遼太郎『街道をゆく40台湾紀行』(1997)朝日文庫、李登輝『台湾の主張』(1999) PHP研究、李登輝・小林よしのり『李登輝学校の教え』(2001)小学館、小林よりのり『台湾論』(2000)小学館、蔡焜燦『台湾人と日本精神』(2001)小学館文庫。そして、今度の旅行にあたって買った伊藤潔『台湾―四百年の歴史と展望』(1993)中公新書くらいしか読んだことがなかったものですから、このDVDのシーンは衝撃的でした。

脱原発化が進む台湾

 では、なぜ台湾でこのような反日的な行動がなされたのか。その理由は、台湾在住のジャーナリスト酒井亨氏の『台湾、したたかな隣人』(2006)集英社新書を読むことで理解が深まりました。

 結論から言うと、この画像は日本そのものに反対しているのではなく、米国が設計し、日本の日立と東芝が手掛けた第4原発の建設に地元住民が反対しているシーンなのです。

 そして、実は前回のブログで書いた少数民族が関係してきます。酒井氏は同著の中で「日本では李登輝時代に上からの民主化が進められたことが民主化の核心だという議論が多いが、上からの民主化で民主主義へと移行しないことは明らかだ」(P50)と述べ、「韓国とは違い学生運動や労働運動は脆弱だが、そのかわりに反原発・反公害に代表される環境運動、女性・原住民らの人権と尊厳を求める人権運動が極めて活発な役割を演じた」(P51)と台湾の社会運動に着目します。

 この運動の結果、2003年には珍水扁総統が「台湾はアジア初の非核社会建設を目指す」と脱原発をアジアで初めて表明しているのです。そして、今回のフクシマの事故を契機に、2011年5月24日には、与党である国民党の馬政権も現在稼働中の6基の原子炉を順次廃炉にしてゆき、原発の新設はしない方針を決めました。原発に代えて自然エネルギーの開発に取り組むのだそうです。

 昨年の旅であった人たちは、防災や有機農業に関心を持つというバイアスはあるのでしょうが「台湾も日本に次ぐ地震国だ。当然だ」とこの方針を早めることはともかく、反対する人は誰ひとりとしていませんでした。個人としての旅とはいえ、私は地方政府に勤務する一吏員です。ですから、日本国中央政府の原発推進の方針については口にしないこととしています。でなければ、群馬大学の早川教授のように「風評被害」を招いたとして、日本国中央政府からにらまれてしまうかもしれないではありませんか。せっかく日本国中央政府がベトナムを始めとして諸外国に偉大なる日本国産の原発技術を輸出して外貨を稼ごうとしているのに、そうした国策に反する国家反動分子としてのレッテルを張られてしまうのは、こわくてしかたがありません。戦前に多くの庶民が憲兵を恐れたかのように、私も一庶民として国家を恐怖します。とはいえ、向こうから一方的にこうしたビデオをくれたり、意見を言ってくる以上は無視するのも失礼でしょう。DVDは受け取ってしまい、帰国後に見てしまったのです。

独裁体制に反発し民主化を勝ち取った人々

 酒井氏は、同著の最後で台湾と韓国との違いについても「政治や選挙に対する若者の参加や関心は日本とは比べものにならないくらい高い(略)。日本では市民運動をするというとどこか肩肘をはっているところがあるが、台湾の市民運動は自然体である(略)。また注目されるのは韓国との交流が増えていることである。ウリ党と民進党は政治・社会的背景や基盤、構成員の性質、党内文化、路線などが似たところが多いこともあって、互いにシンパシーを感じている(略)。日本では一般的に韓国は反日、台湾は親日ととらえらえ、日本の旧式左翼は韓国・中国、右翼が台湾にそれぞれ擦り添っているが(略)、独裁体制時代の人権蹂躙、それへの反抗、民主主義を勝ち取ったという実感は、台湾と韓国ではほぼ同じ意味を持ち、共感できるのである」(P195~197)と述べています。

 また、台湾人はそもそも企業や組織に忠誠心を持たない(P190)。台湾人はこれまで国家を持ったことがないので、台湾人の間では、総統だろうが大統領のトップだろうが、農民とどこが違う、というのが台湾人社会に強く存在する観念なのだ(P192)とも述べています。

 この気分は、革命の前では誰もが平等(建前ではあるのかもしれませんが)と、アフター会議では、農民と一緒にダンスを踊るキューバ政府の高官のメンタリティーともどこか似ています。

 これは、台湾に対する意外な発見でした。

 いま、日本の若者たちは、原発問題を契機に、政治や選挙への関心も高めているように思います。それは、戦後初めてデモが起こっていることからも明らかです。しかも、企業や組織に忠誠心を持たず、キリギリス的に生産至上主義文化にも三行半を下しつつあります。こうした若者たちの感性をベースに、未成熟のままにとどまってきた日本の政治やマスコミ文化が成熟していくとするならば、先進国である台湾から学ぶべきことが多いのかもしれません。今日は、DVDからみた衝撃のシーンから感じたことを書いてみました。