没落屋

吉田太郎です。没落にこだわっています。世界各地の持続可能な社会への転換の情報を提供しています。

キューバの有機農業を評論する⑦

2010年08月11日 20時31分55秒 | キューバの農業
第7章 参加型農政とシナジー

グローバル化の堤防としての政府に感謝しつつ、同時に辟易

強力な国家統制を支持する農民たち

 キューバでは政府が政治的経済的に大きな力を持ち、生産者の意思決定にも影響を及ぼしている。ところが、これほどの制約を受けながらも、ラ・アグリクルトゥーラに対して明確な不満を述べた生産者はごく少人数であった。それどころか、ラ・アグリクルトゥーラからの投入資材の補助金に感謝していた。また、植物防疫の普及支援に感謝もしていた。

 キューバ政府は農村部に質の高い住宅やコミュニティ施設を建設しているが、こうした住宅、医療、教育、電気圧力釜の補助等、農村地域への充実した政府のサービスを多くの生産者は肯定している。革命以前の生活経験がある生産者は、カストロを大いに支持している。

 世界の多くの地域の農民たちは、多国籍アグリビジネスやグローバルな農産物市場、そして、新自由主義貿易政策から直接的な影響を受けているが、キューバの農民たちは、直接的にグローバル化の影響を受けていないのだ。

アグロエコロジーの成功には参加型が必要

 アグロエコロジーが普及していくには政策支援が欠かせない。キューバは既に支援をしており、中央集権型の社会主義体制は、慣行農業からの転換で大いに機能した。とはいえ、トップダウン型のアプローチには、反発感もある。

キューバにおいても農民と普及員には意識の溝がある

 例をあげよう。第一は、植物防疫所の職員への生産者への反発だ。困窮する農村生活の現実に対し、植物防疫所の職員の目はゆきとどかず、農民たちの側に立っていないと不平をもらす生産者がいる。また、植物防疫所他の大組織で働く人々は、理論的な知識は数多くあっていても、カンペシーノがなんたるかを理解していないとの批判がある。

 もちろん、普及業務に従事する職員からすれば、生産者たちのやる気のなさは時にはいらだたしい。普及員たちは、農民たちがなぜ抵抗するのかも理解し、問題を克服しようと心がけている。とはいえ、生産者の中には植物防疫所の職員に憤りを感じているものもいて、植物防疫所のアドバイスや支援が常に歓迎されているわけではない。

中央集権的な監視に辟易している

 全国農業科学研究所が組織する種子交換ワークショップに、協同組合員のごく一部しか参加しないことについて、ワークショップのオーガナイザーは、何十年ものトップダウン型の農業開発で普及職員への不信感があるからだと考えている。生産者の中には、農場への多くの規制や監視がストレスとなっており、それに対応することが人生の最大の課題とまで述べた者もいる。

 サン・ホセ・デ・ラス・ラハスではCREE閉鎖に地元が反対していたが、中央政府がこれを無視して閉鎖したことも、中央集権的な意志決定の一例だ。

 こうしたトップダウンなやり方は、長期的にはアグロエコロジーの進展の障害となると指摘する研究者もいる。上から押し付けられてアグロエコロジー技術が採択されただけでは、それは表面的なものにとどまってしまうし、トップダウン戦略は堅苦しすぎ、ドグマ的で、結果として生産者を遊離させてしまう。つまり、持続可能な農業への転換では、政府の役割は重要だが、本当に持続可能なアグロエコロジーが成功するには、地元住民たちの参加も欠かせないと考えられている(Pretty and Hine, 2001; Pugliese, 2001)。上述したキューバの事例は、この概念と明らかにそぐわない。

真の参画型農政を実現するには教育を通じた生産者の意識向上も不可欠

参加型の農政をキューバも試みている

 ところが、キューバの有機農業への転換は、「参加型」や「ボトムアップ型開発」の成功事例ともされる。例えば、Rossetらは、間作を個々の農民たちが、自分たちの条件に応じて採択していると指摘する。また、有機農業運動の柱となった都市農業も、最終的には国が支援することとなったが、初期段階には、大がかりな大衆の対応によって発展したとされる。

 すなわち、キューバにおいてもトップダウン型の開発戦略の限界が認められ、参加型のアグロエコロジーや持続可能な開発の推進が試みられている。その多くがトップダウン型であるにもかかわらず、農業においては、政府が参加を支援し、分権化を進めている。
参加型の教育というアイデアは、1997年に「キューバ国家環境教育戦略」において公式発表され、「環境教育は、参加型で創造性や知性を刺激し、主体と客体とが完全にツーウェイで相互作用するものである」と述べられている。また、農業省も公式政策として「意志決定や地域条件に見合った農業開発では、ローカルの参加を増やすことを重視する」とした。この取り組みの一貫として、キューバ政府は、農民から農民への活発なトレーニング・プログラムを通じ、農村住民の伝統的な知識が伝達され、この知識を研究と政策の双方に組みこんでいるのである。

 キューバ全域で、様々なレベルの政府やアカデミー、NGOで参加型の計画や開発が増えていることに対し、多くの人々が「革命の中の革命」と説明した。

品種改良を除き、まだ不十分で形だけの参加型の農村開発

 公式政策やプログラム上で「参加型」という言葉が使われていたとしても、いまだに理論上のパラダイム・シフトにすぎず、実際の意志決定は極めて中央集権的になされており、参加はただ情報交流やコンサルタント・レベルで起きているだけだ、との批判がある。数多くの研究関係者も、まだ実践には至らず、トップダウンでアグロエコロジーが普及されたとの感覚を抱いていた。

 ANAPのカンペシーノ普及プログラムは他の農民から学び教えあう真の参加型の取組みとして称賛されているとはいえ、このプログラムすらも、本質的にはトップダウン型の開発アプローチで、「参加」という言葉だけが使われているだけで、モデル農場をトップダウンで押し付けているだけだとの批判がある。

 農業省やANAP等は、参加型の開発を組み入れる努力をしているが、最も重要な農業指令は、生産者の手の外で決定され、結果として、生産者たちが所有感をまだいだけていない。つまり、カンペシーノ・プログラムやキューバ政府の参加は「言葉」のレトリックかもしれない。

 とはいえ、参加型の作物育種プロジェクトでは、さらに生産者が深く参加していく可能性がある。国内の3ムニシピオで実施されている参加型品種改良プロジェクトは、長年、高収量品種を重視した結果、失われた在来品種の復活し、環境的にも経済的にもメリットのある新品種を導入するために、全国農業科学研究所が実施しているもので、真の参加型農村開発の事例として評価されている。生産者は在来種子の多様性を再発見することを支援され、生物多様性、地元に適した品種利用を高めている。生産者は、プロジェクトでは平等なパートナーとして扱われ、どうやって達成するかのビジョンや意思決定のやり方も指導されている。この参加型品種改良プロジェクトは、成功し、国際的にもかなり注目され、カナダ国際開発研究センター等の機関からの多くの資金も受けている。

生産者の自覚が未熟なまま参加型を推進するとアグロエコロジーが推進されない

 以上のことから、キューバのアグロエコロジーの成功を将来的に担保するには、農業部門内での意志決定権力の地方分権化が必要なことがわかる。これは、地方支局に国家権限を委譲することで達成されよう。とはいえ、現実はこれほど美しくはない。なるほど、国際的な研究・開発では参加型のアプローチが重視されてきている。プレティらも、持続的農業と参加型開発とが強い関係するとしている。だが、「真の参加型の農村開発プロジェクトを推進した場合、アグロエコロジー農法に重点がおかれない傾向がある」とある研究者が指摘するように、完全な参加型プロジェクトでは、エコロジーのビジョンが組み込まれず、アグロエコロジーの実施目標が達成されない懸念もあるのだ。調査に参加した生産者たちも、「参加」を貴重な概念として認めながらも、参加型の開発で、本当にアグロエコロジーが達成できるのかを疑問に思っている。

 Nederveen Pieterse(2001)によれば、参加型の理論を実際に実施することはきわめて難しい。参加型パラダイムも大衆化し、開発戦略で参加そのものを目的化するために、わざわざ適した参加主体を選ぶという、本末転倒の状況も生じてきている。つまり、地元の専門家や生産者を農業政策の決定に参画させることが、アグロエコロジー運動では極めて有益だが、現状では、多くの生産者がアグロエコロジーを優先していないため、農業政策を分権化すると、アグロエコロジーが後退することが懸念されるのだ。
とはいえ、生産者の意思をさしおいて、技術だけが採択されたとしても、それは、最適なやり方で取組まれているとはいえないし、現状の政策が変われば、それが維持され続ける担保もない。

長期的にアグロエコロジーを支えるのは教育

 アグロエコロジー技術が効果的に採択され、たとえ経済情勢や政策が変わっても、それが長期的に担保される最も重要な手段は、おそらく研究と教育であろう。

 研究や教育は、当初は、資金や政策に依拠するかもしれない。とはいえ、人々のメンタリティーを変えることで、長期的に永久的な変化を引き起こす最も強力な手段となる。資源不足によって、その製品開発やアグロエコロジーの技術の広範な普及は妨げられているとはいえ、その薄ら寒い経済状況の中でも、キューバは既にアグロエコロジーを推進するために例外的ともいうべき研究と教育の成果をなし遂げている。

社会資本が高い小格差社会では、国家と社会のシナジーの可能性がある

 さて、国により推進されてきたキューバのアグロエコロジーに、さらに参加型の要素を組み込むうえでは、Evans(1996)の「国家と社会のシナジー」という概念が役立つ。この概念では、国家も市民社会のいずれもの役割を重視し、ボトムアップとトップダウンという二分法を取らないことで、このジレンマを克服する。この結果、強力な国の支援と生産者の積極的な参画という双方のメリットを組み込んだアグロエコロジー運動が可能となるであろう。

 エヴァンスは、国家と市民社会のシナジーが、①社会資本レベルが高く、②強力、かつ、競争的な官僚組織があり、③社会経済的に公平で、④政治的な競争力が存在する場合に最も起こりうるとしている。

 そして、キューバには、国家と社会とのシナジーが発展しうる多くの可能性がある。

キューバの社会資本の高さがアグロエコロジー普及にもつながった

 第一は社会資本だ。キューバの農村では、ほとんどの生産者たちは、何らかの形式の協同生産組織に属し、社会主義制度も、ローカル、地方、国家レベルで集団行動を活発に奨励していて、社会資本が高い。サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの生産者たちも、全員が協同組合や都市農業組織のいずれかのメンバーで、大多数が革命防衛委員会(CDRs)、共産党等の農業以外の組織にも属し、非公式の地区協会でも活躍していた。

 サラゴサで開催された種子共有のワークショップでは、協同組合員たちは、自分たちのコミュニティと他国の農村コミュニティとを比較したが、キューバでは農民たちが情報、資源、専門技術をわかちあい、お互いを助けていることがわかったのである。
「団結した我々は、一人であるよりも強力だ」

 若者ソーシャルワーカー(trabajadores sociales)やローカルな委員会も官僚的機能を実施する。ANAPやACTAF等のNGOも数多くの農民たちを動員し、アグロエコロジーを普及したが、農村部でのインフラが比較的良好で、かつ、生産者組織がよく組織されていたことがこのスムーズな転換につながった。そして、キューバでは、経済危機によって国が自由化され、市民社会の力が、ますます強くなってきている。

参加型開発のネックとなる社会的格差がない

 第二は、社会的平等性だ。参加型開発で一般的にネックとされるのは、地元の強力なエリートによってアジェンダが選択されたり、暮らしのベーシックニーズが不足することだが、これはキューバでは一般的でない。メキシコ等では、大地主が小作人を支配する状況が一般的だが、キューバの農村は、インドのケララ州や台湾と同じく、明らかに平等である。サン・ホセ・デ・ラス・ラハスには、生産者たちよりも所得や生活水準がかなり高い「地元の名士」が住む地区だが、この差は土地や労働力を所有することで得られたものではなく、世界的に見れば格差が小さく、コンフリクトも引き起こさず、シナジー発展の障壁とはならない。

 キューバの農村では、医療施設や良好な住宅他の様々なサービスにアクセスでき、同様に教育水準が一般に高く、コミュニティの社会経済状態も比較的平等な傾向がある。

政治家の意識は高く国民も政府を信頼している

 第三は、政治的な競争力だ。キューバ政府は一党制で、表面的にはエヴァンス(1996)がシナジーに役に立つとする政治的競争力がない。とはいえ、多くの研究関係者は、複数政党がないとしても、大きな政治上の選択がキューバにはあると述べており、キューバは政治的な競争力をまったく欠いているわけではない。

 政治的競争力は、地方レベルではより明白で、多くの人は地元選挙に高い関心を寄せ、選挙では良いコミュニティのメンバーとしての評価が高い人が選ばれている。また、ほとんどの生産者は、国の政策や官僚の行動を前向きに捉えており、そこには、まだシナジーを伸ばせる余地がある。すなわち、参加型の農村開発の可能性は、キューバでは、とりわけ、大きいのである。


キューバの有機農業を評論する⑥

2010年08月11日 20時24分24秒 | キューバの農業

第6章 経済インセンティブ

経済インセンティブで有機農業が活発化する都市農業

 1989年以前にも自家菜園はあった。とはいえ、これらは低開発の象徴として否定的に見られていた。だが、ソ連崩壊以降、家庭菜園やコミュニティ菜園は食料危機への不可欠の手段となり、この意識は急速に変化していく。農業経験がほとんどなくても、地元政府から無料で農地を取得できることから、都市農業運動には多くの市民が参加した。
現在は、38万3000 の都市農場によって、50,000haの遊休地も活用され、150万トン以上の野菜が生産されている。ハバナでは何万人もが都市農業部門で職を得て、2004年には30万トンの食料を生産した。ハバナや、ヴィジャ・クララ他の都市では70%かそれ以上の生鮮野菜が供給されている。

無農薬で高収量

 市域内では化学肥料や殺虫剤の使用が禁じられている。このため、都市農業は有機農業のモデルにもなっている。トップの都市農場は、無農薬・無化学肥料で20kg平方メートルの収量を達している。

地産地消

 都市農業運動によって地産地消のネットワークも産み出されたが、これは、地域の食料安全保障で重要な役割を果たしている。コミュニティ内に社会的な絆を構築するという有機農業の理想を満たし、食品輸送に伴う汚染も削減している。廃棄物もミミズ堆肥等でリサイクルされ、「よりディープな有機農業」とみなされる閉鎖系生産システムを作り出している。

「世界のそれ以外のどの国もフードマイルやエネルギー使用を抑えるこの効率的な地産地消の成果をなし遂げてはいない」とまで評価されている。

経済メリットと高付加価値化

 それ以外の農業とは異なり、都市農業の生産者は、地元の学校、病院他の団体に流通するため国に販売しなければならない割当て生産量が少なく、その生産物のほとんどを直接地元の消費者に個人的に販売できる。こうした流通は、不十分な政府からの配給を補完している。

 なお、調査に参加した生産者のうち、「高付加価値化」という概念に興味を示したのは、都市農業者だけだった。この都市生産者は、ホテルにモヒート用のミントを販売することで利益も得ていた。都市農業は賃金が高い魅力的な産業分野で、国家公務員たちが都市農業に就農する傾向もある。そして、アグロエコロジーが正しい生産方法だとの強い信念をもち、思想的に真の有機農業に取組む生産者が、見られたのも都市農業においてであった。
有機農業のブランド化よりは地産地消の王道を歩め

経済的インセンティブがアグロエコロジーを推進する

 このように、アグロエコロジーにおいても経済の果たす役割は大きい。キューバのアグロエコロジーは、経済危機による資源不足というマイナス要因で発展してきた。だが、資源不足は、アグロエコロジーが発展するうえでの大きな障壁ともなっている。アグロエコロジーを続ければ儲かるというプラスのインセンティブが必要なのである。

 経済的インセンティブは、バイオ資材への補助金と慣行資材への課税と政府によっても作り出せるが、アグロエコロジー生産を奨励するうえで、最も効率がよいのは、認証有機農産物への価格プレミアムであろう。価格プレミアムは、アグロエコロジーへの再投資の収入源となり、その発展の助けとなる。また、今後、キューバ経済が発展し、アグロエコロジーの実用上の必要性が消えうせたとしても、運動が長期的に継続するインセンティブをもたらす。

ニッチ産業の可能性

 IFOAM(2006)によれば、世界の有機市場は280億米ドルとされ、食品市場内で最も急成長する部門のひとつとなっている。農産物の高価値化を図るため、キューバはすでに、従来の換金作物、砂糖、コーヒー、タバコ、蜂蜜、柑橘類を国際機関から有機認証を受けて輸出している。

 有機認証では、認証経費が高いこと。複数の市場で販売するには複数の認証機関の認証が必要なことが、キューバをはじめとする開発途上国にとっては大きな参入障壁となっている。経費がかさむ海外の機関に頼ることなく、これを成し遂げるには、キューバは、自ら国際的に認められる認証制度を開発しなければならない。このため、キューバは、国際的な有機認証機関や海外の企業と協同して、国際的に認められる自前の認証制度を構築しようと試みている。認証経費の高さを克服する方法としては「集団認証」があるが、キューバにある協働組織構造は、この集団認証に有利であろう。
 ところが、これにはいくつかネックがある。

アグロエコロジーではブランド化できない

 キューバの種子は一般に有機認証されず、ほとんどの農場も完全無農薬ではない。アグロエコロジー生産物の多くは、国際的な有機認証基準を満たしていない。ACTAFは、アグロエコロジー・スタンプで生産者を認証しているが、国外では通用せず、有機農産物に比べブランド価値も低い。にもかかわらず、キューバの多くの人々は、いまだに国際市場のニッチ市場でエコ製品を販売することが、将来的にアグロエコロジー運動の強化につながると考えている。

生産者には高付加価値化という概念がない

 有機農業を補完するものにフェアトレードがある。だが、フェアトレードは仲介者を排除し、生産者と消費者とを直接つなげがちだ。
現在のキューバの制度では、生産者が市場に直接アクセスすることを認めていない。キューバでは、生産物のほとんどは国に販売される。都市農業を除き、農民が、市場や消費者とつながる機会もない。これはフェアトレードへの障害となろう。

 1994年に再開されたファーマーズ・マーケットは、生産物を消費者に直売する機会を生産者にもたらし、この状況を若干変え始めている。とはいえ、個人的には剰余生産物しか販売できず、生産者たちには商品を市場価値で販売する概念がない。

 キューバの生産者が、安全やエコ的な意識をもつ外国人観光客に直売できるならば、アグロエコロジーの将来的な成功のインセンティブとなるとの意見もあるが、なにより、当の生産者たちの多くは、有機認証にほとんど関心をもたず、認証有機生産物の高付加価値化の概念も理解できないのである。

有機農産物のプレミアムは不安定

 したがって、生産者が個人的、あるいは協同組合を通じて、国内の観光市場や国際市場で販売できるように、農民市場をさらに自由化していくことが必要である。あるいは、観光市場や国際市場向けの認証生産物を国営公社が高値で買い取ることで、価格プレミアムが生まれよう。

 とはいえ、それには潜在的なリスクもある。

 認証有機農産物の国内市場が発展していないキューバでは、アグロエコロジー生産の推進を価格プレミアムに依存すると、それは輸出経済に依存してしまうことにつながる。一方、国際有機農産物市場も今後発展し続けていけば、いずれはプレミアムが減る。すなわち、価格プレミアムの経済的インセンティブに依存しすぎると、海外の経済動向に脆弱となってしまう。したがって、自給生産や地産地消という王道を歩むことが大切なのである。


キューバの有機農業を評論する⑤

2010年08月10日 20時45分44秒 | インポート

第5章 キューバ農業の課題 慢性的なモノ不足

肥料不足

 望まれる収量をあげるには肥料が欠かせない。経済危機以前には、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスでは、化学肥料とあわせて厩肥や堆肥が施肥されてきた。危機以前は、農業省のラ・アグリクルトゥーラや協同組合から化学肥料を入手でき、いつでも使えた。また、化学肥料を補完するものとして、地元の国営牧畜農場からの有機廃棄物も利用できた。

 しかし、ソ連圏崩壊で輸入化学肥料が80%も減少した。経済危機以来は、牧畜業も崩壊し、製糖業も衰退し続け、堆肥原料となる厩肥やカチャザも不足している。

 このため、肥料不足で思うような生産があがらないことに多くの農民は真剣にいら立ち、土づくりの現状に満足していたのは、都市農家2人、国と契約しヤギ乳生産をしている農家1人、ムニシピオ内で最も成功し、必要な物資をラ・アグリクルトゥーラから保障される4人と3分の一だけであった。

 調査に参加した農民たちは、化学肥料の代わりに、厩肥、堆肥、カチャザ、作物残差、ミネラル、バイオ肥料、ミミズ堆肥を適用していたが、この有機資材の不足が、アグロエコロジーが成功する上で大きなネックとなっている。

 地力改善には、カバー・クロップや緑肥が最も容易だが、多くの生産者はそれだけでは養分不足問題が解決できないと疑っている。

 バイオ肥料は効果があるが、値段が高く数多くの生産者たちには手が届かない。また、ある程度十分に土壌養分がなければ、バイオ肥料も有効に機能しないのである。

 ミミズ堆肥は有機資材不足の有望な対応策で、生産者たちの間で人気が高く、多くが既に用いていたり、これから使い始めたいと述べていた。とはいえ、農場で自ら生産するには多くの作業を要し、農場外から購入するには価格が高い。そこで、サン・ホセ地区にミミズ堆肥センターが建設されることを農民たちは強く望んでいた。

 また、量的に足りないが、都市農業の2人を除く全生産者が時たまだが化学肥料を用いていたが、近代農業の基準からすれば、ほぼ無化学肥料とされるほど稀な事例であった。そして、チャンスがあれば化学肥料を使いたいと述べたが、また、闇市場で違法に化学肥料を取得すると、拘留刑を含め、逮捕される可能性がある。さらに、調査した12人のうち7人が、無化学肥料のメリットを指摘した。例えば、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスは水不足に悩まされているが、有機物に保水効果があるためである。

病害虫問題

 ほとんどの生産者たちは、化学農薬を入手できないでいる。一方、CREEで生産されるトリコデルマ菌やバチルス菌等のバイオ防除資材の値段は高くなく、多くの生産者が利用していた。

 しかし、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスでは、サラゴサにあるCREEがムニシピオにサービスを行っていたが、財源不足と建物を学校として使うためにこれが閉鎖された。交通が麻痺しているキューバでは、隣りのムニシピオ、ヒネスにまででかけるのは困難である。結果として、調査した12農場のうち、2人の都市生産者と農村部の1農場しかCREEの製品が利用できていなかった。IPMのワークショップでも、トリコグランマのキャッサバ畑への適用方法がプレゼンされたが、一人の生産者が「どこで製品が得られるのか」と地元供給されていない事実を口にした。つまり、知識があっても製品がないのである。農民たちは、新たなCREEが活動を再開することを望んでいた。

 とはいえ、地力とは異なり、病害虫についてはほとんど深刻な問題がない農民たちは述べた。生産者は、混作と輪作等、非化学的な防除手法を用い、それでは、すべての病害虫を防除できないが、ほとんどの生産者は一般的に満足していた。トウモロコシとマメの混作は調査した農場の約半分で行われ、それ以外の数人の生産者も関心を示していた。また、多くの農場では、病害虫対策として、ニームやマリーゴールド等も用いていた。

 砂糖プランテーションでは、いまだにモノカルチャーが一般的だが、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスは、革命初期に大規模なモノカルチャー、コーヒー、マメ、柑橘類を生産する国の開発計画が不成功であったため、自給ベースの生産が奨励されてきた。調査した農場は、複合栽培を行い、年間に15~35品目を栽培していたのである。

トラクタから牛へ

 12農場のうち、トラクタは4農場が所有し、1人は隣人のトラクタを使用できた。協同組合には少なくとも1台のトラクタがあることが一般的だが、共有機械の需要は高く、事実上、ほとんど使えない。しかし、トラクタが使える5人も、スペア部品やガソリン不足のためにその使用は控え目で、農作業の多くはいまだに手作業や雄牛でなされていた。12人全員が、トラクタが労力削減になると述べたが、同時に牛も楽しんで使っていた。トラクタを過剰に利用すると土が締め固まるが、牛はそうならないためである。なお、6農場は耕作用に雄牛を飼育し、牛がいない6人のうち、3人は、農地が狭く、2人は革命前からトラクタを持ち、1人は以前の牛を盗まれていた。

不足する灌漑施設

 レタス、キャベツ、トマト等、有益な作物を生産するには潅漑が欠かせない。生産者全員がトラクタ以上に重要視していたのは潅漑システムだった。12人のうち4人はガス、1人は電力、1人は、ユニークな自己動力のドリップ灌漑装置と6人は自前の潅漑装置を手にしていたが、ガスの灌漑ポンプは、燃料代が高い。また、ほとんどの生産者が電力への切り替えを望んでいたが、電力潅漑はCUCが必要で、最も成功した生産者以外は、経済的に手が届かなかった。

不足する知識

 農村部で生産者たちの間でオルタナティブな資源やアグロエコロジーの知識や専門技術が不足していることも、持続的農業の発展の課題としてあげられた。

 サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの生産者の間でも、全国農業科学研究所やハバナ農科大学と関係があるかないかで、知識の差異は明白だった。タパステのコミュニティでも、ハバナ農科大学のプロジェクトに参加する農場は地力問題解決の一助としてミミズ堆肥システムを構築しおえていたが、それ以外の隣接農場は、なんら生産が改善できないことに打ちのめされ、普及職員がめったに訪ねないことにも苛立っていたアグロエコロジーを成功させるには、生産者は高度なトレーニングを受けなければならないが、ある一人の研究者はこう説明する。
「いまだに農村では知識が不十分です。中学校を卒業したカンペシーノでさえ、有機物をうまく使えるほど土壌のことをよく知りません。多くの人民がアグロエコロジー生産をうまくやれていないのは、自分たちがどのような物質を適用しているのかの情報を欠いていて、適切に分析されていないからなのです」

 カンペシーノ運動はまだ全州や全ムニシピオにまでは及ばず、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの生産者たちは誰も馴染みがなく、地区の生産者は、全国小規模農民組合とのコンタクトも少なく、直接的な支援組織よりは、むしろ政治的団体と見なしていた。生産者たち向けの教育プログラムはあるが、全員が受けるには時間もかかり、普及プログラムやプロジェクト資金も限られている。高度な知識も資金不足から生産者に普及するには限りがあることは、キューバだけでなく、南側におけるアグロエコロジー開発に共通する課題なのである。

経済的困難と安い買取価格

経済危機は両歯の刃

 キューバでアグロエコロジーに向けた急転換がなされた鍵は、資源不足だった。国内の化学肥料や農薬等は限られ、値段が高く、ほとんど農民たちは使えない。多くの生産者には投入資材を買うだけの経済力がない。とはいえ、有機資材、バイオ農薬等のオルタナティブな資源やソーラー・パネルや風車のようなオルタナティブ・エネルギー源も簡単に手に入るわけではない。バイオ防除資材や有機肥料等のオルタナティブな投入資材を生産・研究・開発・普及する資金も不足している。

「私たちが失っているのは、資本と資源です。政治的な意思や専門的な科学技術があっても、やりたいと思えることをすべてやれる資源がないのです」

「国のソーシャルワーカーは、この数日私を訪ね、私の人生をより良くするために何が必要かを尋ねることでしょう。そして、私は彼らに言うつもりです。ですが、彼らが実際に私の問題に対して、何かやれるかについては疑問があります」

 皮肉なことにアグロエコロジーを発展させた、まさに経済危機が、持続可能な農業発展のネックにもなっている。

 キューバは、バイオ肥料等を提供し、アグロエコロジーの知識や専門技術を普及することで、他の南側諸国がアグロエコロジーを導入することを援助もしている。例えば、近年、ベネズエラに対しアグロエコロジーの普及支援を始めている。ところが、資本力のあるベネズエラは、キューバよりもさらに早く、アグロエコロジーの導入が進んでいるのである。

生産と流通の統制による経済的困難

 自由市場経済では、商品やサービスは市場から供給され、各製品の消費も各個人が決定する。しかし、キューバは社会主義経済なため、商品やサービスの大半が国から供給され、自由市場では数少ない製品しか販売されていない。現在では外貨所有や民間ビジネスの合法化で以前とは状況は変化しているが、いまだにキューバでは経済活動への国の影響力がかなり大きい。
農業においても、国は、国営公社(empresas)を通じ、農産物の最大のバイヤーであると同時に流通者でもある。キューバの生産者は、生産・販売・流通の厳しい国家規制により、自分で物事を決める力が否定されている。この生産への国の介入はUBPCで最も強い。

 キューバの各生産者は、国営公社(empresas)や協働組合代表(協同組合の組合員の場合)と協議して決められる年間生産割当てを達成する責務を負う。国営公社は、この割当て量に基づき、固定価格で農民たちに全生産物の代金を支払う。このノルマを達成できない場合は、国の作物保険が赤字をカバーする。

 一方、事前に合意した契約生産量を廉価な価格でラ・アグリクルトゥーラに販売した後に、過剰生産物は自家消費にしたり、プレミアム価格で同じ国営公社に販売されたり、新たに法的に設立された地元の民間農民市場で販売できる。この民間市場の価格は高いが、多くの生産者は、国との生産契約価格が安いとの不満をもらした。

窃盗

 このように、有機資材や潅漑システム等の資源不足、特定の知識や専門的技術不足がキューバのアグロエコロジー開発にとって、直接的な難題となっている。キューバの農業の転換で間接的だが、差し迫った問題は窃盗で、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの生産者があげた最大の懸念のひとつは窃盗だった多くの生産者が収穫物の一部を失い、ある者は、山賊(bandidos)によって牝牛や雄牛さえ失っていた

 生物的害虫防除のワークショップである生産者は「山賊のための生物学的コントロールはあるのかね」と冗談をいい、全員が笑ったことから、この問題が深刻である

 窃盗への対応策として、多くの生産者たちは農場で夜警をしているが、まったく眠らず、次の朝も丸一日の仕事を始めるため負担となっている農場を改良しても多くの泥棒を引き寄せるだけとの懸念から、農場改良へのモチベーションを失うことが問題となっている。


キューバの有機農業を評論する④

2010年08月10日 20時34分21秒 | キューバの農業

第4章 思想ではなく実用上の理由からトップダウンの国家統制でアグロエコロジーは押し付けられた

こと食料主権と自給では、有機農業思想は、キューバの政治的のイデオロギーと一致する

「社会主義と持続的農業には関係がある」
「キューバのオルタナティブ生産は真の社会主義的農業を反映したものだ」
との指摘を証明するデータはないとされる。

 しかしながら、アグロエコロジーの推進はともかくとして、キューバの社会主義のイデオロギーは、食料自給推進の面については、有機農業思想とよくなじむ。

 キューバのアグロエコロジーへの転換は必要性に迫られてなされただけだとの主張もある。また、1992年の地球サミットにおけるフィデル・カストロの主張が、国家レベルで有機農業政策を推進する基調となったともされる。しかし、持続可能な自給自足型農業という哲学は、本来のキューバ革命思想とかなり合致しているのである。

 有機農業の原則は「ネオリベラリズムが推進するグローバリゼーションに対抗し、多国籍企業に依存せず、自給自足を支持し、社会的公正と連帯、より人間的なグローバリゼーションを支持する」ことに一役買うからである。

 事実、アグロエコロジーを導入したことは、キューバがその国家主権やユニークな社会主義体制を維持することにも寄与した。多国籍企業や輸入農産物への依存が減り、慣行農業を推進する強大な農薬企業の影響からも自由となり、消費によって突き動かされる高投入型農業ではなく、アグロエコロジーのやり方と合致する「節約の文化」を作り出す一助となっているからである。
現在、キューバでは、その食料主権を確実にするため、150万haをアグロエコロジーで管理することが目標とされている。したがって、今後、経済的なかなりの進展があったとしても、キューバ政府がアグロエコロジー生産を支援するインセンティブはある。

有機農業思想とは相反する生産至上主義

 とはいえ、キューバ政府は、その一方で、多くの人々がアグロエコロジーの理想と対立すると主張する「生産至上主義」のメンタリティーを奨励している。なるほど、キューバ政府は、アグロエコロジーに力を入れ、アグロエコロジー運動の中心主体のひとつとなっている。

 慣行農業からの転換では、国家IPMプログラムの一貫として、化学農薬のオルタナティブとして、トリコデルマ菌やバチルス菌等のバイオ農薬を生産するCREEを国内で280も創設した。最近はバイオコントロール製品に補助金も支給している。

1990年に約5万頭しかいなかった牛を2000年に40万頭に増やされ、トラクタを代替させた。

アグロエコロジー普及プログラムを設け、有機農業に重点をおいた研究開発にも投資した。

農業省内に都市農業局を創設し、都市地域での農薬使用を禁止した。

 とはいえ、国家の第一目的はあくまでも生産増大にあり、持続的農業に深くコミットしているというよりは、生産の向上と食料安全保障の確保の方が重要なのである。アグロエコロジーは食料増産を成功させる要素にすぎず、資源不足へのプラグマティックな対応策でしかないのである。それは、次の点からも明らかである。

 外為獲得で経済的に重要なことから、砂糖産業ではアグロエコロジーの理想を推進する動きがほとんどなく、慣行農法での生産性と収益性の維持が第一目標となっている。

 サン・ホセ・デ・ラス・ラハスで経済的に最も成功したある生産者は、ラ・アグリクルトゥーラが最も生産的と考える生産者しか投入資材を使えないため、生産の落ち込みは、資材制約となると指摘した。このように、剰余生産を奨励している。

 予防原則に基づき、圃場試験は優先していないが、遺伝子組換えに期待し、バイオテクノロジーでかなりの研究も行っている。

 キューバの多くの人々は「政府は哲学的な理由からアグロエコロジーを支持していない」と述べたが、これはさして驚くべきことではない。南側諸国では経済開発と環境保全との調和が極めて困難で、環境よりも経済が重視されることが一般的だからである。

必要性に迫られてやむなくアグロエコロジーを選択している生産者

生産者はアグロエコロジーを自覚していない

 調査を行った生産者たちのほとんどは、様々な有機農業技術に取組んでいるが、「有機農家」として見られることを快くは感じていない。化学肥料でなく堆肥を用い、化学農薬ではなく輪作や間作を行い、トラクタではなく雄牛等を用いる低投入型の農法のことを、多くの生産者は、低開発や停滞のシンボルと認識している。

 ほとんどの生産者は、農薬、機械、ガソリン、電気、石油等を用いた慣行的な農業を行いたいと強く望み、カナダ等の先進国の慣行農業モデルを理想としている。また、経済危機以前には簡単に実施できていた慣行農法を誇りにし、大規模、高投入、モノカルチャー農場といった慣行生産への野心も示すものもいた。キューバの農業転換が、それ以外の国、とりわけ、先進国にとって持続可能な生産事例となることがとうてい信じられず、カナダのような先進国からなぜキューバ農業の経験を教訓にしたいと研究者がわざわざ興味を示すのか、理解できなかった。

 また、農業化学資材や非再生可能エネルギー等の慣行農法を意識的に避けようと心がけてはおらず、深刻な地力不足問題に対応できるならば、化学肥料であれ、バイオ肥料であれ、何を用いても構わないと思っている。普段は有機農業を行っているが、ジャガイモで害虫が発生すると、化学合成農薬を用いる事例があるのもそのためだ。

 調査に参加したほとんどの生産者は、慣行資材不足にいら立ち、自分たちのエコロジー的な農法を自覚的に定義できなかったし、有機農業、持続的農業、アグロエコロジーへの質問も十分に応えられなかった。

一人の研究者はそれをこう表現する。

「ここの有機農法はライフスタイルではありません。キューバ人たちは、経済的な必要からエコフードを食べています。私たちはそれが人生観の一部であることから自然食品を食べるスイス人とは違うのです。より廉価な食料が利用できるのならば、キューバ人たちは一番安いものを何でも買うことでしょう」

意識の高い生産者は例外

 もちろん、中には、持続的農業について明確に定義し、化学資材をまったく使わず、オルタナティブなエネルギー源を導入し、完全な有機農業生産を達成することに関心を示す者もいる。「エコロジー的な生産を維持するには収量が下がっても構わない」と指摘する生産者もいる。また、一般の生産者も農薬を毒と称して、化学資材の利用を減らす考え方には同意し、生物多様性を維持し、土壌を保全するためにトラクタ利用も最小限に抑えていた。土壌の締め固めや環境汚染が減るアグロエコロジー生産のメリットを認めている生産者もいる。

社会情勢が変われば転換

 とはいえ、ほとんどの生産者は、慣行型の投入資材を望んでいる。すなわち、自給し、国との契約条件を満たし、多少の副収入を得られる余剰食料を生産することが生産者では最優先され、ほとんどの生産者たちは、どうすれば生産を最大にできるかで農法を決めていた。すなわち、ほとんどの生産者たちは、イデオロギー的な信念から有機農業を行っているのではない。持続可能な農業パラダイムとして、有機農業の思想や技術に共鳴しているわけではない。経済的な事情と国の規制から、アグロエコロジーを現実に適応したものとして選択しているのであって、持続的農業の思想を内面化させている度合いはかなり低い。

 研究や普及業務としてアグロエコロジー運動にかかわるキューバ人たちも、平均的なカンペシーノの間では、有機農業モデルは自覚的に取り入れられていないと考えている。この生産者のメンタリティーが転換するには、かなりの時を要するであろう。

 このことから、農業化学資材、土地、機械、労働等と市場を管理統制している現在の国家規制が変化し、経済状況が改善された場合に、生産者はアグロエコロジーを続けず、打ち捨ててしまうかもしれない。すなわち、政治経済情勢が変化すれば、キューバは再び慣行農法に転換する可能性が高い。

科学信奉の研究者、プラグマティズムのNGO

 すなわち、アグロエコロジーへの転換は、主に経済的な理由によって国家レベルで決められたことで、必ずしも生産者たちとは共有されていない。

 一方、ホリスティックなアグロエコジー生産モデルは、研究、普及、農政関係者の間では、かなり意識されている。とはいえ、彼らも実益主義、プラグマティックな理由からアグロエコロジーを取り入れている。キューバはグローバル経済から隔離され経済的に苦しんでいるため、行政関係者のほとんどは、生産性の維持を優先し、現実的なアプローチを取っている。研究関係者でも、食料安全保障の達成を、理想主義的な持続的農業以上に優先する傾向が強い。何人かの研究者は、アグロエコロジーにGMOを含めることに猛反対したが、収量を落とさずに化学資材を減らす可能性があることから、潜在的にGMOにはアグロエコロジーとの互換性があるかもしれないと考えている者もいた。

 キューバでは将来に備えGMOがかなり研究されているが、非管理状況での使用は、現在禁止されている。また、化学資材を減らし食品の栄養価を高める前向きな遺伝子組み換えの技術と、多国籍アグリビジネスの技術とを明確に区別しなければならないとしている。

 とはいえ、キューバでGMOが魅力的とされるのは、生産水準と持続性を達成するため、高度に近代的な農業技術の開発に憧れがあるからだ。参加型のプロジェクトに対しても、キューバの優れた高等教育制度によって達成された専門的な技術が活用されなくなるとの感覚もある。

 NGOも、純粋な有機農業にはこだわっておらず、プラグマティズムと理想主義とが混ざっている。NGOも輸出志向農業やGMO等の概念も組み込めると感じていた。

農地、資材を統制する国がトップダウンで転換を推進

 すなわち、キューバが慣行農業からアグロエコロジーに転換できたのは、それを支援する国家政策が行われたからである。アグロエコロジーを制度化させるこの戦略は、アグロエコジーの導入では大成功を治め、何人かの生産者は政府の行動を高く評価している。

農地の規模の統制

 アグロエコロジー開発のネックでは土地所有の不安定性がよく挙げられるが、キューバではそれはない。調査した農場では、誰も土地所有権に不満を漏らさなかった。さらに現在、政府は、就農希望家族に最大13.5haの農地を提供しており、10万件の申請が寄せられている。

 ほとんどの農場が比較的小規模なままに留まっているのも、農地や雇用労働、農業機械が国家統制され、生産者が自由に規模拡大できないからである。まず、規模拡大することが生産性向上につながり、キューバ社会に役立つことを証明しなければ、農地が得られない。調査した生産者たちのほとんどが、労働力の不足や農地の立地条件から規模拡大を希望しなかったが、実態は自由市場での土地売買が禁止され、規模拡大にすべて国の認可が必要とされるためであろう。

 従業員を雇用したり、トラクタを購入するにも国への許可申請が必要である。盗難問題に対して番人を依頼するにも、公的許可なき雇用は禁じられ、それが生産者の負担になっている。また、一般的には人間は自分の所有地を大切にする。このため、キューバでの土地所有の不足が、農業生産低下につながっているとコメントする者もいる。

 すなわち、農地や人という生産基盤の国家統制にはメリットとデメリットがある。

化学肥料と農薬の統制

 国は、農業投入資材の最大の供給者でもある。サン・ホセ・デ・ラス・ラハスでインタビューした12人の農民のうち、国から化学資材を買えたのは、生産性の高さを立証され、かつ、過剰農産物をラ・アグリクルトゥーラに販売することに同意した一人だけだった。
すなわち、生産者に化学肥料や農薬の購買力があっても、どの生産者がそれを購入するかを決める決定権は、農業化学資材を供給するラ・アグリクルトゥーラにある。このラ・アグリクルトゥラの生産者への直接的な影響力は大きい。

 一方、農業省から個々の国営公社レベルまである植物防疫組織の影響も協同組合や各個人農家にまで及び、その直接的な存在感は、農場現場ではアグリクルトゥーラよりも大きい。サン・ホセ・デ・ラス・ラハスには、砂糖やタバコ等の重要な輸出用作物がさほどないため、植物防疫の統制も比較的ゆるいが、タバコ産地ビニャーレスのような他のムニシピオでは、農薬を購入し、散布する前には、あらかじめ地元の植物防疫の代表から直接許可を受けることが必要となる。すなわち、植物防疫の代表も、個々の生産者が化学資材使用を使うかどうかに介入し、国が認める製品しか使えない。

 サン・ホセ・デ・ラス・ラハスでも、各生産者をほぼ毎月、植物防疫の代表が訪問し、間作からバイオ防除資材の適用までアドバイスしている。この植物防疫の訪問は、貴重な普及活動サービスであるが、同時に、生産者の行動を監視し、違法に取得した農薬を利用する等、不適切な実践を検出する機会にもなっている。
化学資材は、友人や知人を介して闇市場で取得できるとはいえ、その量はごく限られ、値段も高く、かつ、違法に取得した製品を使うのにはリスクがある。

 このように、現場でアグロエコロジーが実践されているのは、政府が、ラ・アグリクルトゥーラや植物防疫の地方支局を通じ、各生産者の意志決定を統制し、化学肥料や農薬の利用を制限し、慣行生産からの転換に直接介入しているからである。また、アグロエコロジーに対する意識は、独立したCCS農場よりもCPAで強い傾向があったが、これは協力組合では共産党の代表が理事席に座り、農場の「思想責任」を持ち、農業管理にも深くかかわっているためである。

 個人的な信念、資材不足、伝統農業等の理由から、アグロエコロジーを行っている生産者もいるが、彼らの行動も大きく国家に影響されている。


キューバの有機農業を評論する③

2010年08月10日 20時15分03秒 | キューバの農業

第3章 アグロエコロジー発展の大きな貢献者は米国である

イノベーションの動機づけとなったモノ不足

 Pretty and Hine (2001) やPugliese (2001)は、持続可能な農業の成功には、内発的なイノベーションが欠かせないと述べている。キューバでは、このイノベーションは経済封鎖によるモノ不足によってもたらされた。ある一人のNGO職員は、「経済封鎖によって独創的な解決策を探すことを強いられ、より創造的となった」と経済封鎖を幸運とみなしている。医療におけるワクチン等の画期的な研究開発だけでなく、農業においても、農薬や種子、米国製品の不足が、エコミック等のバイオ肥料、商標登録されたバチルス菌、土壌と気候条件に適したユニークな多くの交配種子の開発の動機づけにつながった。すなわち、米国の経済封鎖が技術革新の大きな原動力となっているのである。

米国からの廉価な輸入農産物の不足

 第二は、農産物不足である。米国は大規模な工業的農業によってトウモロコシを生産し、かつ、補助金を付けて輸出している。北米自由貿易協定以降、メキシコではこの廉価な米国産トウモロコシが市場に溢れ、小規模なトウモロコシ農家は、大規模アグリビジネスに農地を売却することを強いられた。このように、アグリビジネスは全世界でオルタナティブ農業の普及を阻害している。

 キューバもグローバル経済に完全に統合され、米国産の農産物が市場販売されれば、国内でのアグロエコロジー生産は、確実に困難に直面する。ところが、現在のキューバ市場では、多国籍アグリビジネスによって慣行生産された廉価な輸入農産物が欠如している。すなわち、米国の経済封鎖が、農業化学資材だけでなく、輸入農産物を不十分にさせていることが、アグロエコロジーを進展させている。

グローバル経済からの孤立で独立した農政が可能

 第三は、独立した農政である。キューバは有機農業への転換、アグロエコロジーの推進で国が積極的な役割を果たしたユニークな事例として有名である。しかし、キューバが独立した農業政策を追求できたのには二つの理由がある。

甲:政治的な主権と社会主義制度を強力に維持し、ソ連圏崩壊に引き続く経済危機があまりに劇的であったことが、政府が食料自給を向上させる決意を強化させた。

乙:米国政府の経済封鎖によってキューバには米国系のアグリビジネスが存在しない。

 メキシコをはじめ、世界の多くの国々では、WTOや構造調整プログラムによって新自由主義貿易を強いられている。国内農政もこれに大きく影響され、農地を大規模整備し、農薬や化学肥料を多投する輸出生産が奨励されている。モンサント等のアグリビジネスが国策と癒着し、各国政府は、補助金等で巨大農薬企業に有利な近代農業生産を支援する一方、有機農業を政策的に抑制していることもある。すなわち、持続可能な小規模な農業は、アグリビジネスにより乗っ取られてしまっている。

 キューバは、このグローバルな資本主義経済から孤立している。このため、比較的自由にアグロエコロジーに対する公的支援政策を講じ、食料主権や地産地消の重視等、独自の農業政策を推進できた。すなわち、グローバル経済から孤立し、グローバルな農産物市場に依存していないことが、アグロエコロジーへの転換では極めて重要なファクターとなった。

 環境ガバナンスをはじめ、世界の多くの地域では、いま国の役割は減る傾向がある。しかし、キューバの事例は、グローバルな資本主義経済の制約から解放されたとき、国家がいかに強力な力となれるかを示しているのである。


キューバの有機農業を評論する②

2010年08月10日 20時10分44秒 | キューバの農業

第2章 アグロエコロジーへの転換を支えた技術力と普及教育活動

 キューバのアグロエコロジーは、政府がトップダウンで、研究所、NGO他が組織的に連携することで推進されている。うち、全国小規模農民組合や農林業技術協会等の民間組織、そして、全国農業科学研究所等の研究機関が、転換では総合的な役割を果たした。

ベースとなった高い科学技術と教育

 キューバ以外の数多くの開発途上国も経済的に貧しく資源が不足している。では、なぜ、キューバだけがユニークな農業ビジョンを実施しようとし、かつ、それを追求できたのであろうか。

 その重要なファクターのひとつには優れた教育制度によって産み出された人的資源の豊かさがある。キューバは、他のどのラテンアメリカ諸国よりも人口当たりで科学者が多く、農業や技術教育の水準も高く、国民の一般的教育レベルも高い。

 初等教育から大学レベルまで、教育に一貫して大きな投資を行ってきたことは、アグロエコロジーの推進を意図したものではない。とはいえ、結果として、それが、転換の一助となった。研究開発機関の努力と、それに応える生産者たちの高い教育水準があいまって、アグロエコロジーは普及できている。

研究所が転換のための技術を開発した

 キューバの大学や研究センターは極めて高度な知識や専門技術を備えているが、それは、持続可能な農業の開発でも有利に働いた。

 キューバでは経済危機以前から、研究レベルで転換の準備がなされていた。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」等が出版されたこともあり、1960~70年代にかけ環境意識が高まり、これを受け、1970~80年代に研究所や農業省、大学では慣行農業が批判され、代替え技術開発の研究が始まっていた。例えば、植物防疫所は、すでに1973年からIPMの研究に着手している。数多くの政府の職員たちもソ連型農業に幻滅するようになり、農業省の研究者たちもバイオ生産技術に重点に置き始めていた。

 研究レベルでのオルタナティブ農業はインフォーマルなもので、1990年代前半までは全体として政策が変わることはなかった。しかし、それが経済危機以降、加速化されたのである。この転換は素早く、とりわけ、生物防除では数多くの研究開発がなされたことから、1991年には農作物の56%がすでにバイオ防除されるに至り、約1560万米ドルの経費節減につながった。

 後述するNGOのアグロエコロジーの普及活動も、全国農業防疫センター(CENSA)、熱帯農業基礎研究所(INIFAT)等の研究機関やハバナ農科大学(UNAH)、農業専門学校が補完した。そして、研究機関の研究内容や教育機関のカリキュラムもアグロエコロジーに重点がおかれるようになっている。

 例えば、全国農業科学研究所(INCA)は、アグロエコロジーの推進だけを研究課題としているわけではない。とはいえ、多くのプロジェクトが、「緑の革命」に対するオルタナティブ技術の開発となっている。持続可能で、かつ、集約的で、生産価値が高い「真の近代農業」の開発を可能にするものが、オルタナティブとされる。現在、キューバで広く用いられ、中南米にも輸出され、収量を15~60%高めるバイオ肥料、エコミック(Ecomic)がその代表である。同研究所は、菌根菌(ミコリザ)、バイオ肥料、カチャサ他の有機物の活用、緑肥使用、保護耕作、在来品種の再導入、農業生物多様性の強化等を重視したプロジェクトを実施している。

農林技術協会等のNGOが海外NGOと連携した

 キューバの有機農業運動の中心となったのは、研究者たちが1993年に設立したキューバ有機農業協会(ACAO)である。同団体は、1998年にオルターナティブ・ノーベル賞を受賞したが、1999年にキューバ農林業技術協会(ACTAF)に組みこまれ、今はGAOとなっている。

 ACTAFはアグロエコロジーの技術普及において、生産者の能力構築を重視し、教育用のモデル農場、の管理、オルタナティブな生産方法の啓発冊子の出版に加え、持続的農業促進のための全国イベント等を行い、生産者と消費者の双方を教育している。また、新たに開発された有機農業技術や有機農業の原則とマッチする伝統的な農法を農民たちが相互に学びあうことを重要視している。

 キューバ教育委員会(CIC)やキューバ女性連盟(FMC)、自然と人間の財団等のNGOも、後述する全国小規模農民組合(ANAP)やACTAFほどではないが、アグロエコロジーを強力にサポートしている。キューバ教育委員会は、国際組織から多くの資金援助を受け、堆肥やバイオ防除、オルタナティブ・エネルギーの情報を掲載したパンフレット「オルタナティブな道(Caminos Alternativos)」アグロエコロジーの教材をこの資金で出版している。自然と人間の財団も、アグロエコロジーによる食料生産の原則に基づき、キューバ東部でエコロジー・ビレッジの開発にも携わっている。

 こうしたNGOは、IFOAM、オクスファム(Oxfam)、世界のためのパン(Bread for the World)等の様々なNGO、FAO他の国際機関からかなりの有機農業推進の支援を受けている。例えば、参加型でエコロジー技術の普及を支援する「アグロエコロジー灯台」は、国連開発計画(UNDP)の持続可能な農業ネットワーク普及プログラム(SANE= Sustainable Agriculture Networking and Extension)によってなされたものである。こうした海外からの支援は、有機認証プログラム、教育・普及、伝統的エコロジー知識の回復、能力構築用の資金を獲得する手段となっている。しかし、このプログラムも、キューバという現場があって発展したことから、双方にメリットがある。

 また、キューバは他の南側諸国を援助しているが、国際NGOは、この支援もしている。例えば、ベルギーのNGOは、キューバがウルグアイの有機農業を支援するプロジェクトに資金提供している。国内外の数多くの機関が連携したことが、キューバが有機農業で成功した重要な要素である。

普及の中心となったカンペシーノ運動

 農村地域において、根の根から有機農業を強力に支援してきたのは、全国小規模農民組合(ANAP)である。ANAPは1970~80年代にかけて、協働組合化を推進してきたが、同じやり方で、1990年代には有機農業を奨励し、現在は、アグロエコロジーの推進を自分たちの主目的としている。ANAPのメンバーの約半分、10万世帯が、アグロエコロジーによる多様化を実践し、25%の土地だけで、国内食料の65%以上を生産する等、商業的な産業型農業よりもはるかに多くの食料を面積当たりでは生産している。

 転換を推進するため、ANAPは、①小規模農民や協同組合員の能力構築のための全国トレーニングプログラム、②ローカルなテレビ、ラジオ放送や雑誌を通したアグロエコロジーの情報伝達、③アグロエコロジーを支援する農民、科学者、普及員たちのネットワークの構築、④カンペシーノ運動(Campesino a Campesino)として知られる全国プログラムを創設した。

 うち、国内各地で数多くの成功をもたらし、アグロエコロジーの普及で果たした役割が最も大きいのは、このカンペシーノ運動である。カンペシーノ・プログラムは、ローカルな研究や問題解決能力を強化することに重点を置き、優良事例を掘り起こし、農民たちの間で知識をわかちあい、草の根的に普及していく運動である。つまり、「参加型の取り組みによって、農民たち相互が教育しあい、伝統的な知識と新技術の実践を結合する」ことを理想としている。この運動が進展することにより、より小規模な農業者も、アグロエコジー運動に参加している。

小規模農家の伝統農業を再評価する

 経済危機以前には、個人農家や協働組合農場は、全農地の20%を占めるにすぎなかったが、低投入型で比較的持続可能な伝統農法が維持されていた。それが全国レベルでの転換の基礎となった。

 有機農業の課題は、慣行農業のように即効性がないことだ。転換後に地力が改善されるまでかなりの時間や労力投資が必要で、転換期に収量が低下することもある。実際、UBPCでは生産が低下したが、この収量低下には、農場の規模が大きく、以前の国営農場の労働者に農業の専門技術が不足していたこともある。一方、個人農家や協働組合の農民たちは、苦労したものの、一般に収益があがり、その生産水準が経済危機以前のそれを超えた事例すらある。

 そこで、近代技術よりも資金がかからないことから、アグロエコロジーへの転換の一部で、個人農家の伝統農業への回帰が積極的に奨励されたのである。最も初歩的な伝統農法も、経済的緊急事態でやむなく講じられた措置というよりも、現在の農業課題に対応する多様な技術のひとつとみなされている。

普及支援の重要性

 数多くの南側諸国では、教育や情報不足が、アグロエコロジー普及のネックとなっている。しかし、キューバは違う。例えば、サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの農民たちのほとんどは、全国農業科学研究所からの支援が成功で重要だったと指摘した。ムニシピオ、サラゴサでも、数多くの生産者が、全国農業科学研究所と協働し、マメの品種を増やし、ダイズ、ハイビスカス、ニンジン、白菜等の伝統的にはない作物を導入し農業生物多様性を豊かにしていた。サラゴサで実施されている全国農業科学研究所のプロジェクトに参加している生産者たちは、参加を通じて得られる知識や支援に大いに感謝していた。また、直接プロジェクトと関係していない別の生産者も、全国農業科学研究所のスタッフとの個人的な関係を通して提供される支援がとても貴重だと強調した。総合的な農場マネジメントの開発プロジェクトの一環として、ハバナ農科大学の学生たちと協働する農民たちも、熱心に普及支援を受けていた。

 2006年2月18日にラス・パパスにある全国農業科学研究所の試験農場ではIPMのワークショップが開かれ、研究者、技術者、生産者、ハバナ農科大生ら約50人が参加し、ニームやサッサフラス等の有益植物、トリコグランマ、バチルス菌、有益な線虫、輪作等、様々なIPM情報をわかちあった。ベリーズからの留学生は「農民たちがこのような可能性を学べるようなワークショップは全くありません。情報も不足しているので、メンタリティーも同じではありません」との感想を述べた。

 このように、全国農業科学研究所は、他の研究機関や教育機関とも協働しアグロエコロジーを普及しているが、その背景には実践を重んじる哲学がある。キューバの科学技術研究の原則は、ただ研究だけを行うのではなく、その研究成果をワークショップ、文献資料や製品の配布を通じて実践に移すこととしているが、それが有効に機能しているのである。


キューバの有機農業を評論する①

2010年08月10日 00時37分06秒 | キューバの農業


 さて、このような資料だけを見ていると、キューバはまったく有機農業のモデル国でもなんでもないように思えます。とはいえ、多くの先進国が理想の国としてあこがれるのには、それだけの理由があるのではないでしょうか。そして、現地で「がっかり」する背景には、「期待」とのズレがあります。このズレを補完するには、現地に住むというリアルな実体験を、外からの目で、高いところから鳥瞰する「鳥の目」も必要です。

 幸いなことに、こうした「鳥の目」の情報は英文が充実しています。カナダの大学では学位論文ではなく修士論文クラスでも、学生たちがかなり掘り下げたキューバの有機農業調査をしているのです。ネット上で見つけたそうした修士論文のひとつの一部拙訳は、アグロエコロジーブログにも掲載しておきましたが、なにせ、180頁近くもある論文です。繰り返しも多く、論点がぼやけます。

 このような時に役立つのがKJ法です。川喜田晶子さんはKJ法ブログの「KJ法でなければできないこと」でこう語られています。

「KJ法でなければできないこととはなにか?それは、当事者にも隠された真実を明らかにすることだということができます(略)。KJ法によって作品を読み解くならば、その作品は、作者から独立したものとして、作者が自身の作品について語るコンセプトや解説から自立したものとして、意味を与えられることになります(略)。作品について最も的確に語ることができるのはその作者である、などという思い込みが大きな錯誤であることは、批評におけるイロハではありますが、KJ法という方法にも、実は、「真実とは当事者にも隠されたものである」という認識が通底しています。完成したKJ法図解は、渾沌としたデータ群に対して作者等も図解作成者も思いも及ばなかった真実をしばしば明らかにするものです」

 ということで、この180頁の論文をKJ法化し、さらに累積KJ法でキューバ農業の本質に迫るという作業をやってみたいと思います。
 とはいえ、全部をラベル化するのは大変ですし、要旨を多段ピックアップ法で抽出すると思わぬ見落としがありかねません。

 そこで、全文をまずバラバラの短文毎にわけ、それをアウトラインプロセッサー―私はマック時代のアクタ7に近い、SOLを愛用していますが―で類似のテーマ毎にわけ、同じ文章の繰り返しをまとめるという一次作業をまずしてみました。まずは、このまとめからです。

第1章 されどアグロエコロジーの理想モデル国
キューバは有機農業大国として着目されている

 現在の世界の食料のほとんどは、慣行農業によって生産されている。しかし、「政治的エコロジー」の見解に立てば、環境、社会、経済的に見て近代農業は長期的には持続可能ではなく、オルタナティブな生産が必要ということとなる。そこで着目されるのが、急速、かつ、おおがかりに有機農業へと転換したキューバだ。

 キューバの経験は「近代史上最大の慣行農業からの転換」等と称され、数多くの文献が、有機農業や持続可能な農業の世界的モデルとして称賛している。とはいえ、キューバ人たちが「有機」や「持続可能」を実際にどのように定義しているかは確認されていないし、既存文献の多くは、一部の優良事例や一般的な印象に基づいている。

キューバは有機農業では自給できていない

 とはいえ、キューバは有機農業では自給できていない。各コミュニティ内で有機農産物の消費量は非公式の評価から見てかなり多いとされるが、その具体的な統計データはない。1980年代の食料輸入額は年間10億ドルだったが、キューバはいまも米、小麦、小麦粉、肉、ミルク、大豆等、毎年9億米ドルの農産物を輸入し続けている(FAO, 2005)。また、近年の事例証拠からは、農業生産が年々落ちているともされる。2008年に3度ハリケーンに被災したにもかかわらず、かなりの水準で自給を維持できたことは印象的とされながらも、その総消費食料の55%は輸入しているともされる。

今も近代農業は続いている

 キューバでは、国営農業を中心にソ連の援助を受けた「緑の革命型」の近代農業が推進されてきたが、いまも、この近代農業から完全には転換されておらず、ほとんどの大規模農場は、いまだに慣行農業のままである。例えば、サトウキビは、いまも輸出志向の大規模モノカルチャーで、化学肥料を用いて生産されている。政府はアグロエコジーを支援しているが、サトウキビやジャガイモのほとんどが慣行生産されていることからわかるように、慣行農業も併存しており、今後も維持され続けるであろう。すなわち、有機農業への転換が進んでいるのは、小規模農家やその組織である。

キューバの農産物のほとんどは有機農産物ではない

 また、都市農業では例外があるとはいえ、それ以外のほとんどの農場では、農薬や化学肥料が適宜使用されている。ある一人の研究者は「有機農業の世界的なリーダーとしてのキューバ」という評価について「いくらかは虚偽だ」と述べ、「有機農業は極めて限られ、都市菜園や国際NGOが支援するプロジェクトにすぎない」と指摘している。

 キューバの農産物のうち、国際有機認証機関の認証を受けているものはごく少量にすぎず、どの研究関係者も、キューバのオルタナティブ農業が、有機認証基準を満たしていない事実を認めている。このため、研究関係者は「有機農業」という言葉を使うことを避け、「アグロエコロジー」という言葉を用いている。すなわち、キューバの多くの農業は「有機」ではなく「アグロエコロジー」であり、その農産物を「有機」と表現することは適切ではない。

キューバの農業は有機農業のあるべき理想の姿に近い

 とはいえ、有機認証基準に達していないという事実から、今キューバのオルタナティブ農業をすべて価値なきものと切り捨ててしまうのは、いささか尚早な判断であろう。というのは、現在の「有機認証制度」そのものに問題があるからだ。

 もとより有機農業には、ホリスティックな社会や自然に対する深遠、かつ、哲学的な理想主義が含まれている。したがって、有機農業への転換は、ただその農業技術を見直すだけで達成されるほど簡単なものではなく、「農業の本質はホリスティックなものである」という思想的なシフトも必要なのである。

 ところが、現在の普及している有機認証基準の定義は、これほど深くはない。モノカルチャー、再生可能エネルギーの使用の有無、地産地消等の流通のあり方、農場の規模、あるいは、農場での労働条件等については一切ふれていない。無農薬・無化学肥料という面のみが重視され、それをクリアすれば「世俗化(conventionalization)」された有機農業も認証できてしまう。ラテンアメリカの有機農業の大半は、地産地消よりも先進国の有機食品マーケットを志向し、大規模な機械を用いたモノカルチャー生産で、アグリビジネスに支配されているのだ。

 ところが、キューバの農業は、この慣例化された有機農業とは無縁であって、高付加価値化によって国際市場で利益を得るという概念すらない。すなわち、ほとんどのキューバ農業は、有機認証基準を満たしてはいないにも関わらず、様々な意味で持続可能な農業のホリスティックな理想を満たしているのである。

ごく少ない農薬と化学肥料の使用量

 第一に、農薬等の農業化学資材が適用されているとはいえ、その散布量は慣行生産とはまったく比べものにならないほど少なく、ほとんど無視しうるほどだ。最も慣行的に生産されているサトウキビとジャガイモでさえ、米国等と比べれば化学資材の使用量は格段に少ない。投入資材を比較的多く使う農場でさえ、西側の慣行農業と比べればごく少量だ。ある研究者は、国内全域での化学資材の使用量が最小限度のものであるとし、トマトでは何らかの化学資材が適用されているが、その量は多くの国では無農薬とされるほど少量だと指摘する。

多様な農業技術の取組み

 第二に、ほとんどの生産者が、ただ投入資材を代用しただけの有機農業よりも、はるかに多様な技術に取組んでいる。トラクタが雄牛に代替され、潅漑でも代替エネルギーが導入され、石油消費を最小に抑えている。複合栽培、輪作、混作、休閑、保全耕起、家畜牽引、ミミズ堆肥、農場内で廃棄物のリサイクル、バイオマスの活用、代替エネルギー利用、バイオ防除やバイオ農薬等、数多くの農法に取組んでいる。

小規模な家族経営農業

 第三は、農場が小規模なことだ。大規模農業では機械化すれば効率性が高まる。だが、きめ細かい管理やリサイクルが必要で、かつ、知識に基づく有機農業においては小規模な方が効率が良く、そもそも大規模な有機農業という発想自体に無理があるとの主張すらされる。
キューバでは経済危機の初期に、慣行農業からの転換にあたり、様々な政策が実施されたが、その一例が、この有機農業に欠かせない農地小規模化のための1993年の土地所有改革だった。この大規模国営農場の解体・小規模化は、転換の一助となったとされる。もちろん、砂糖、カカオ、コーヒー等の大規模プランテーションにおいてもアグロエコロジーへの転換は始まっている。そして、農場の規模が転換と関連するとの明白な証拠もない。とはいえ、転換スピードは小規模農場や協同組合農場と比べると遅く、一般的には、大規模国営農場よりも小規模農場の方がいち早く転換している。アグロエコロジーは、小規模な個人農場、CCS、CPA、UBPC、そして、とりわけ、都市農業で実践されている。

 すなわち、キューバの農業は比較的小規模で、労働力も家族や近隣の住民に依存し、家族から編成されるCCSやコミュニティに根ざすCPAによって運営されている。農場規模の縮小は全国だけでなく、サン・ホセ・デ・ラハスの農場でもなされているが、結果として、動植物の生物多様性が豊かになっている。

自給と地産地消の重視

 第四は、自給生産や地産地消が奨励され、投入資材も地域資源に依存していることだ。食料の遠距離出荷には環境負荷があり、健全な自給自足型コミュニティづくりには地産地消が欠かせないことから、有機農業推進派の多くは、地産地消重視を有機農業の一部とみなすべきだと主張している。

 キューバでは経済危機による突然の輸入食料の減少により、食料安全保障が何よりの課題となった。このため、有機農業への転換は、地域の食料安全保障の達成や「食料主権」の重視と同時進行し、地産地消と関連して発展してきた。都市農業も地産地消を重視している。

 以上、総じてまとめると、キューバのアグロエコロジーは、既存の有機農業の限界や問題点を指摘する人々が思い描く、オルタナティブ農業のホリスティックなモデルと類似している。サン・ホセ・デ・ラス・ラハスの12農場や国内の他の農場を訪ねインタビューした結果からも、現在のキューバ農業があらゆる点で、有機農業の哲学的理想を実現していることがわかる。
すなわち、キューバの有機農業は、それ以外の多くの国で行われている数多くの投入資材だけの「認証有機農業」よりも、格段に深く、ホリスティックなものである。それは、有機農業の理想、「ディープ有機」(Ikerd, 2005)と称されるものとかなり一致している。かつ、どの国よりも、はるかに系統的にそれをしていることが明確なのだ。

キューバには有機農業の哲学もある

 そして、キューバには、このホリスティックな有機農業を支える哲学も存在する。フネスやガルシアは、作物、家畜、森林を統合するアグロエコロジーの開発や基本的な哲学観の違いを提唱している。

 研究機関、大学、NGO他の組織では、持続的農業の理論的基礎についての知識があり、真に持続可能な農業を構築するうえでは、エコロジー、社会、経済的な視点が必要だと述べている。

 政府内でも、持続可能なオルタナティブ農業に情熱的にかかわる職員がおり、数多くの政策関係者が、これまでの転換が成功したことから、キューバが正しい方向に進んでいると認めている。

 すなわち、研究者や農政、普及機関で働く人々の間でも、キューバの運動が、世界的な持続性についての懸念を反映するものだとの理解があり、キューバの農業転換をこのグローバルな農業の動きの中に位置付けようとしているのである。


キューバ農業を評論する

2010年08月09日 23時50分11秒 | インポート

評論家という肩書を考えたわけ
 ブログの続きです。この「評論家」という肩書について、さる知人から「キューバ農業と21世紀の日本の農研究所代表」という肩書はどうか、というアドバイスをいただきました。

 とはいえ、それはあまりに重すぎる肩書です。まず、私は学術研究者ではありません。市民活動家でもありません。このブログをはじめ、いささかの活字は書いていますが、それだけで生計を成り立たせているわけではないので「著述業」という肩書もあてはまりません。

 有機農業にはかなりの思い入れはありますが、熱烈な「信者」というほどでもありません。日本農業も広すぎて研究するだけの力量もありません。

 「キューバ農業アジテーター」というのも、いいかなとも思っていますが、アジテートするだけのカリスマ性もありませんし、活動や運動論に熱意もありません。どちらかといえば、「真実を知りたい」という個人的オタッキーな趣味の延長線上でやっています。そこで、「評論家」。少し古くはなりますが、筒井 康隆氏の小説に「俗物図鑑」というのがあり、盗聴、横領、出歯亀、放火、カンニングなど多様な「評論家」が登場しています。ということで、「評論家」でお願いします。



お願い

2010年08月09日 23時22分51秒 | キューバの農業
 このところ、ブログ更新をすっかりサボっています。予定外の授業が入ったり、試験に落第した生徒の再リポート用の基礎資料を作成したり、色々と忙しいかったためです。

 さて、久しぶりにブログを見ると、「農夫」氏から、「ばかかあんた!共産主義者が農大の先生ですか?あんた農業したこと無いだろう。うちに来て1年働いてみろ。考え方が180度変わるぞ」とのコメントを寄せていただきました。
どのような方か、ネットで検索したところ、「極左集会で長野県の公務員が講演:イザ!」というサイトが見つかりました。

「こんな共産主義者が農大の先生だなんて。コメント欄で一括【一喝か?】しときました」

 という方が該当するのではないかと思います。この件については、先日も学校側からお叱りを受け、反省したところですが、若干誤解を招いている点もあると思うので、この場を借りて「釈明」させていただきます。

私は共産主義者ではありません
 第一は「共産主義者」として、「偏向思想教育を」行っているのではないか、というご懸念です。私は「共産党の党員」ではありませんし、恥ずかしながら、マルクスもレーニンの著作も一切読んだことがありません。「赤旗」も取っていません。では、なぜ、私は、昭和天皇を侮辱するが如き、かかるポスターの講演に出演したのでしょうか。実は、このような画像に講演内容が掲載されていることについては私を招聘した「キューバ連帯の会」も知らなかったのです。勝手にリンクが張ってあったのです。ネット社会の怖さです。

私は農業は一応体験したことはあります
 第二に、「農業をやったことがないのではないか」との点について。長野という農地に恵まれた絶好の環境に居住しながら、恥ずかしながら今はまったく農業をしていません。

 以前に都内で暮らしていたときには、自分で山を切り開き、開墾した7aほどの小さな畑で自家野菜はほとんど作っていましたが、今は鍬を捨てています。というのも、忙しいからなのです。

 キューバをはじめとする情報発信は、「趣味」と「道楽」でやっています。とはいえ、この道楽もかなり「世間性」を帯びています。メール・アドレスを公開しているため、読者からのメール等での問い合わせも多くあります。この回答は、公務時間以外にやるしかないのですが、真面目に答えたりしていると、たちまち深夜をすぎてしまう。以前は、かなり睡眠事件を削ってもなんとかなっていましたが、最近は歳を取ったためか、体力も落ち、睡眠不足が翌日にひびくようになってきました。畢竟、土日に集中して作業をすることとなります。堕落といえば堕落ですが、結果として、土から離れた生活をしています。

 また、「一年という単位で仕事をすれば180度世界観が変わる」との御示唆ですが、おそらく、「染み付いた世界観は変わらない」と私は思います。というのは、大学院生の時ですが、かなり長期にわたり、日本を代表する埼玉県の有機農家、金子美登氏の下で研修をさせていただいたことがあるからです。

 美登氏は一方的な押しかけを不快に思うこともなく、快く受け入れてくれました。とはいえ、研修評価はかなり低く「君は農業には向いていない。はっきりいって迷惑だから出て行ってくれ。とはいえ、親から学費をもらって大学まで出してもらったのだろう。せめて、学んだことを私ども農民の役立つことに役立てて欲しい」と言われたのです。

 「そこまでは、言っていない」とその後、美登氏は笑っておっしゃられますが、少なくともその時には私にはそうとしか解釈しようがなく聞こえたのです。

 同期に研修していたK君は立派な有機農家として自立していますが、それにひきかえ、体力もなく、段取りも悪く、先を見通す力もない私は、いつも、邪魔ばかりをしている迷惑な存在であるとしか思えなかったのです。そこで、「せめて農業に関係する仕事を」という金子師匠のアドバイスにしたがって、農業関係の自治体技術職員となることとしたわけです。

農業大学校の教育には問題がない
 さて、このように書くと、「ペーパーテストだけで、そのように能力も低い人間が、公務員試験に受かってしまい、農業大学校の教授という職についていて大丈夫なのか。それこそ税金の無駄づかいではないか。能力なき人間は首にすべきではないか」と御懸念されるかもしれません。「デモシカ先生」という言葉がありますが、「先生にでもなるか」ではなく「先生にしかなれない」というわけです。

 ですが、ご安心ください。県の人事制度はそれほどアホではありません。我が長野県農業大学校には、農業改良普及員や農業試験場等でしっかり現場体験を積んできたベテランの教師陣が学生指導にあたっています。

 私が行っているのは、「生物学」「情報処理演習」とメインの農業とは関係ない授業だけです。生物学では進化論は教えていますが、そこには右翼も左翼思想も入る余地はありません。情報もワードやエクセルの操作方法が中心です。そして、私の中心となる仕事は「教務事務」です。生徒の出欠席のチェック。健康診断のチェック。成績管理。授業日程の調整、外部講師との調整等、学校運営には欠かせない大切な仕事ではありますが、基本的には生徒への「思想的影響」が少ないものばかりなのです。

 最も「地球を救う新世紀農業:アグロエコロジー計画」では「農業英語」を担当していると書いています。ですが、これは昨年度までのことです。優秀な外部講師がこの春着任したため、ピンチヒッターとしての私の役割は終わっています。したがって、「横文字経由」で偏向極左思想文書を読ませる機会もありません。

キューバ評論家という肩書きを使って欲しい
 さて、キューバは共産党が政権を運営していますが、本当に共産主義国か、というとそれよりも、愛国主義(パトリオティズム)の要素が強いのではないか、と私は思っています。

 私がキューバに共鳴を覚えるのも、マルクスやレーニンではなく、ホセ・マルティの愛国思想と世界性です。キューバ人もそれをわかっており、例えば、キューバでミゲル・バヨナ氏が新たな人に私を紹介するときには、必ず「彼は共産主義者ではないが、マルティの敬愛者だ」と説明しています。
 「なぜ、そう思うのか」とミゲル氏に聞いたところ、「あなたは、マルティが、マルティが、とマルティが語った人間の尊厳についてはよく口にされるが、マルクスの言う階級闘争とかの左翼用語を口にされたことがないから」との答えが返ってきました。
つまり、キューバも私の考えをわかっているのです。

 とはいえ、今回の件で、大変な誤解を招いたことは事実です。

 以前に、講演等で、本農業大学校の校長に相談したところ、次のようなコメントをいただいたことがあります。

「吉田君が個人的に興味を持って時間外にやっていることを禁じることはできない。とはいえ、例えていうならば、釣りキチが土日に釣り道楽にはまるあまり、釣り愛好家から、フィッシングについて話してくれと頼まれているようなものだ。話すことはかまわないが、それを農業大学校教授という肩書きで話すことは筋違いというものだろう。まして、本校においては有機農業の講座もなければ、貴君はそれを担当もしていない」

 まことにご指摘のとおりです。

 このブログやホームページでも書いてきたように「長野県農業大学校」というオフィシャルな肩書きとは、努めて「切り離す」よう努力はしてきたつもりですが、著作を含め、私の軽率な所作が、今回のような「誤解」を招いてしまいました。

 つきましては、今後、長野県農業大学校という「肩書き」は、すべて排除し、誤解のないよう努めていく旨を、先日、本校副校長並びに事務局長にも報告したところです。

 とはいえ、今後も「講演等」の依頼がある場合には、「評論家」として、公務にさしつかえない範囲で、時間がゆるす限り対応させていただきたいと思っています。役立つことであれ、役立たないことであれ、こうした情報発信が、せめて研修指導をいただいた恩師、金子美登氏への恩返しだと信じているからです。極めて個人的な思い入れではありますが、よろしくお願いいたします。