没落屋

吉田太郎です。没落にこだわっています。世界各地の持続可能な社会への転換の情報を提供しています。

崩壊論(3) モラル低下と文明崩壊

2012年01月16日 23時33分51秒 | 崩壊論


階級闘争では文明崩壊は説明できない

 明日、1月17日午後8時からBSプレミアムで、ベストセラー作家、海堂尊さんによるキューバ医療のドキュメンタリーが放映されます。題して、旅のチカラ「医師ゲバラの夢を追う」。前回のブログで、ゲバラの影響力は今も大きいと書きましたが、キューバ医療の紹介でもいまだにゲバラは顔を出すのでしょうか。

 それは、さておき、崩壊論を続けましょう。なぜ、国家が崩壊してしまうのか。その理由を多くの人々が考え、実に様々な珍説や怪説が提唱されてきました。うち、なんといって一番人気があるのは闘争理論です。つまり、腐敗した政権が正義感あふれるリーダーの下、虐げられた人民たちの武装蜂起、すなわち、革命によって打倒されてしまうというストーリーです。闘争理論は、マルクスやエンゲレスにより精緻化されるのですが、少なくともプラトンの時代までたどることができると、テインター教授は言います。そして、闘争理論として分類できる文明の周期論を発展させた14世紀のアラビアの大歴史家、イブン・ハルドゥーンの説を紹介しています。

 ハルドゥーンは、どの王朝も3~4世代で崩壊への自然な経過をたどると主張します。抜粋してみましょう。

「創立者は最高の権力を取得するうえで必要とされる個人的資質を手にしている。その息子は創立者と個人的にコンタクトしているから、その資質を学んでいる。とはいえ、三代目は創立者のことを知らない。ただ模倣に満足し、伝統に依存するにちがいない(略)。さて、事が進むうち、統治者は贅沢や保身に中毒されていく。このコストを支払うためになされるのが増税だ。税が少なければ人民は生産的となって税収も大きい。とはいえ、贅沢への出費が増税へと結びつく。つまるところ、税は大変な重荷となり、まず生産性が低下し、次には生産が押さえ込まれる。これを逆転させるため、さらに多くの税が設けられ、最終的には政治体制が破壊されるポイントにまで増税されてしまうのだ・・・・」

 ああっ、とても14世紀に書いたとは思えない予言力です。少し遊んでみましょう。

「偉大なる首領様、金日成は最高の権力を取得するうえで必要とされる個人的資質を手にしていた。その息子、金正日は創立者と個人的にコンタクトしているから、その資質を学んでいる。とはいえ、三代目の金正恩は創立者のことをろくに知らない。ただ模倣に満足し、伝統に依存するにちがいない・・・・・(略)。そして、、、」

 で、○○は崩壊してしまうのでしょうか。

 テインター教授は、キューバや北朝鮮のような近代独裁国家は扱っておらず、古代文明だけを対象としているのですが、結論から言うと、

「こんな理論ではとうてい崩壊を説明できない」

 と、闘争論を一蹴してしまっています。

文明崩壊トンデモ論の登場

 では、二番目に人気がある崩壊論は何かというと、ミステリー説です。1月11日のブログで少しだけ紹介したように、テインター教授は著作『複雑な社会の崩壊』の第Ⅲ章で、主な崩壊論11をひとつひとつ検討していくのですが、最も紙数を費やし執拗に分析しているのが、このミステリー崩壊論なのです。で、結論から言うと、

「この崩壊論は、科学的に崩壊を説明することに失敗している。生物成長のアナロジーに依存したり、自分の価値観を重視したりすることで、どれも信頼がおけない」

 と、やはり教授から一蹴されてしまっています。

宇宙から不死鳥、不感症まで

 そこで、まず、トンデモ崩壊論ともいうべき、ミステリー崩壊論からみていくこととしましょう。

 私は「と学会」の一連のトンデモ本シリーズを愛読しているのですが、「と学会」の目的は「あくまでもトンデモ本を楽しむことにある」とされていますが、崩壊論にもトンデモ本があります。

「人間というのは、よくもまあ、これほど多くの崩壊理由を考え出せるものだ」

 というのが、テインター教授の分析を見て感じた私の第一印象です。

 例えば、コペルニクスは、文明の隆盛と衰退を地球の軌道と太陽との偏心に結びつけていました。フランスの経済学者、ジャン・ボダンは、国家の誕生と死が、完全数496により規定されるとしていました。また、ケトレは、エジプトの数秘学における不死鳥の寿命、1461年続いたとされる五つの古代帝国について著作を書いています。ローウラーも1470年の隆盛と崩壊のパターンで歴史は周期すると信じていました。そして、米国が2040年に崩壊すると予言しています。一方、ヘンリー・アダムズは、電流のアナロジーから人間の思想進化は現在その頂点にあって、2025年に消滅すると予言しています。

 いずれも2012年より10~30年長いのです。彼らの説を信じれば、マヤの予言によるアセンションはなさそうです。

 一方、タウナーは「文明とともに神経系が増大し知性が発展し、スピリチュアルのレベルが増幅される」と述べています。おまけに、これを性的不感症と結びつけ、このような「神経組織」を持つ女性は天才を生む傾向があると示唆しています。文明が進むと、このような女性は、妊娠することをさほど強いられなくなるため、天才の割合が次第に低下し、文明は弱体化してしまうというのです。

美徳が失われると文明は崩壊する

 いずれも奇妙で笑えます。もう少し、まともなトンデモ崩壊論を見てみましょう。次に多く提唱されているのが、「美徳」の喪失です。

 この最古のミステリー崩壊論を提唱したのはメソポタミアの作家たちです。彼らはアッカドのサルゴン王やウルの第3王朝の瓦解が、統治の質の低下により、神から罰としてつかわされた敵の略奪のせいだ、と考えていました。

「良き王の下では都市は繁栄し、不敬虔な王の下では苦しむ」

と述べています。

 プラトンも美徳に着目しました。

「..創造されしすべてのものは、衰えていくにちがいない。社会秩序さえもだ...。永遠に続くことができず衰退していくであろう」

 プラトンは、愚かな指導者、利潤を追求するものと美徳を求めるものとの間で憎悪と争いの戦いが起こる、と見ていました。

 キリスト教もローマ崩壊の点から、美徳に着目します。西暦426年に『神の国」を執筆した聖アウグスティヌスは、神により浄化される「神の国」に住むよき人間と世俗的なものを好む邪悪な人間とに人間を二分しました。『衰退と崩壊』を執筆したフラヴィオ・ビオンドは、キリスト教徒を迫害したり、モラル的な生活が退廃したことがローマ崩壊の原因であると主張しました。レオナルド・ブルーニ・アレティーノも、政府が悪魔の手に委ねられたため、崩壊したと判断しました。

 そして、ルネッサンスの思想家たちも大半が、ローマ衰退を古代の美徳の放棄によるものと見ていました。例えば、マキャヴエリは、ローマ人たちは美徳によって初期の戦争に勝利をしたが、その後に美徳を欠き、古代の勇気を失った時、西ローマ帝国が破壊されたと論じました。

 モンテスキューもローマの力はローマ美徳に由来し、これが低下したときにローマの力は弱体化したと考えました。ヘーゲルすらも『歴史哲学』の中で、国家は高潔なモラルを持ち、壮大な目標を追求するが、これが実現されてしまえば人々の精神も消え失せると主張しています。また、アルベール・シュヴァイツァーも倫理的基礎が欠落していれば、文明は崩壊すると主張していました。

文明は草木のように栄枯盛衰を繰り返す

 種を撒くと作物は芽吹き、成長し、花を咲かせ、実をつけ、やがて枯れていきます。この植物の一生を文明になぞらえた人も多くでました。

 例えば、紀元前2世紀にポリュビオスは、
「あらゆる生命体、あらゆる状態、そして、あらゆる活動は、まず成長、次に成熟、そして、最後には衰退という自然のサイクルを通り抜けていく」と述べ、約600年後にローマが崩壊することを予言しました。ポリュビオスによれば、ローマがカルタゴに勝利できたのも、ローマがこのサイクルの上り坂にあり、カルタゴは下り坂であったからでした。サルスティウスは、「産まれしすべてのものは死ぬ」と生物的なサイクルがローマ「退廃」の理由だとみていましたし、4世紀のアミアヌス・マルケリヌスも近隣諸国との勝利をその幼年期、アルプス山脈や海洋を超えた時期を青年期、大勝利の時を成人期とし、いまやローマは老年期へと没落していると憂えていました。

 生物理論は近年にも顔を出します。ロシアの生物学者でスラブナショナリズムの推進者であったニコライ・ダニレフスキーは『ロシアとヨーロッパ』(1869)で「文明は多年生植物の一生のコースと似ている。その成長期は長く続くが、開花と結実の期間は比較的短く、次に、それを消耗する」と述べ、文明を歴史文化の最終フェーズだと見ていました。

「...すべての人々が創造的を使い果たしている... 」

 このビジョンから彼はで西欧文明の衰退とスラブの隆盛を予想したのです。

 アルフレッド・クローバーも、芸術、科学、哲学といった部門での創造性のサイクルを分析します。クローバー派の人類学者コルボーンは、どの社会も、信頼の時代、理性の時代、成就の時代、そして、没落があると述べ、チャールズ・グレイも形成、発展、開花、退化のプロセスにあると考えました。

 同じく、クローバー学派の社会学者、ピティリム・ソローキンは、リアリティを非物質的なものとして知覚する観念文化と、フィーリングで感じる感覚文化という二つの文化モードを定義します。全体主義国家は後者の感覚知の文化とともに隆盛し衰退しました。この感覚主義は、紀元前2世紀以降にローマで盛んとなり、その後、国家は全体主義となりましたが、西暦5世紀にキリスト教の観念的文化が優勢となり、ローマは解体したというのです。

 これら、トンデモ崩壊論をテインター教授はこう評価します。

「生物的成長や腐敗のアナロジーは、古代から今も用いられ続けている(略)。誕生、成長、腐敗、そして、死という経路で生物を模倣しているのだ(略)。あるミステリアスな内的、ダイナミックなパワーが文明の「開花と衰退」につながると「活力説」を提唱しているのだが、そのような内的パワーは知られておらず、特定できず、説明もできない(略)。ミステリーに言及することでミステリーを説明している。つまり、何も説明していない。

 価値的な判断も問題だ。「デカダンス」は、ローマ帝国の崩壊で頻繁に適用されるが、「上昇」、「低下」、「衰退」、「活力」のように一見無害に思えるような言葉でさえ、価値観を意味している(略)。「デカダンス」の概念は、とりわけ、有害に思える(略)。モラルある立ち振る舞いと政治生命との間には、明瞭な因果関係はない。例えば、いわゆるローマの美徳の衰退によって、早期のこうした美徳の欠乏がローマ拡大を妨害したことは明らかではなく(ポリュビオスの指摘にもかかわらず)、その存在がその後に蛮族を寄せつけなかったわけでもない」


 保守派の京都大学の佐伯啓思教授は、「シヴィック・リベラリズム」を提唱されています。今も、こうした崩壊論は生きていると言えましょう。人々が価値観やモラルを失い、先行きが見えなくなれば、文明は崩壊していくように思えます。

 ですが、テインター教授は「暴飲暴食したり、性のモラルが乱れたからといって、それがどうして国家崩壊につながるのだろうか」と疑問視する見解を引用しています。

 要するに、文明崩壊は美徳(シヴィック・バーチュー)の喪失程度では説明がつかない現象なのです(続)。


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