ケープタウン!南アフリカ!青く透き通る空、きらめく緑の海!質問歓迎 koji_n_2003(at)yahoo.com

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ケープタウンへ -初旅偏 終結-

2010-03-12 03:28:19 | バックパッカー
マプトに到着したのは朝11時だった。始めてのマプトの印象はあまりよくない。街にはごみが散乱し、ビルは今にも崩れそうなものばかりだったし、ふらふら歩いていいものか見極めるほどの眼力はまだなかった。 マプトに滞在する気はなかったし、正直、始めての旅、英語もろくに話せない状態だったので疲れきり、金もなかったのでケープタウンが恋しく感じていた。バスを下りて即効で南アフリカ行きのミニバスを探し乗り込んだ。 . . . 本文を読む

Tete脱出

2010-02-12 04:45:45 | バックパッカー
その後、村へ戻りバスのチケットを買った。今度は何度も間違いないか確認した。マタティーゾに「一緒にマプトに行くぞ。ケープタウンで弟にあうんだろ!」と彼の分のチケットを買おうかと真剣に考えたが、そんな余裕はなくできなかった。奴はいったいどうしているのだろう、パスポートもなくケープタウンにこれたのかそれともタンザニアに戻ったのか、どこかでのたれ死んではいないだろうか、何とき生きて元気にしてればと願うのみ . . . 本文を読む

モザンビーク入り

2010-01-08 18:45:53 | バックパッカー
ミニバスを見つけ乗りこみ国境へ。マラウイのお金をモザンビークのお金に交換し、パスポートにスタンプ。順調と思いきや、保険官長には全く見えない保険官長に 「ワクチン注射の証明はどこだ。」と尋ねられ、 「モザンビーク大使館院に必要ないといわれた。」と答えたが 奴はさらに証明書が必要だと迫り、僕はオフィスの奥の部屋へと連れて行かれた。オフィスといっても誇り臭く、コンクリートもまともに平らではなく、そし . . . 本文を読む

レイとお別れ

2009-12-29 18:22:58 | バックパッカー
翌朝、レイと僕は8時にはバス乗り場にいた。そこで、アメリカ人スティーブンと会った。顔はアジア人で日本語も普通に話せる。久しぶりに日本語を話す機会を得た。スティーブンはNGO関係でアフリカに来ていた。日本の高校で英語を教える予定といっていたので今頃はどこかの高校で教鞭をとっているのだろう。 バスの出発を聞くたびにもうすぐ出発するという返事だったが、結局、席が埋まるを待つうち2時間が経過、やっと出発 . . . 本文を読む

道程

2009-11-12 19:43:12 | バックパッカー
10年前、1999年11月12日初めて海を越え、アフリカの大地を踏んだ。初めての海外で右も左もわからずただ緊張しまくっていたのを今もはっきりと覚えている。10年。。あっという間だった。喜怒哀楽で必死に駆け抜けた。非常に些細なことに思えることを鮮明に覚えていたりする。誰一人知る人はおらず英語も話せずの状態から、いろんな人に会い、英語も自分の気持ちを何とか伝える程度にはなった。。そのおかげで全く白紙の . . . 本文を読む

リロングウェ, マラウィ

2009-10-22 19:14:43 | バックパッカー
ミニバスで首都リロングウェへ。すごく混んできて活気がある。STピーターズ・ゲストハウスへチェックイン。MK250といい料金。バックパックを置くと即効で移民局へ直行した。とにかく早くこのビザ問題を解決したかった。 窓口から別の窓口へと回され、最終的に局長らしき人物の部屋へ通され、用紙を渡され、記入しMK3000支払いなさいと、ATMに金を下ろしにいったがカード使えず明日、銀行に行くしかないとあきら . . . 本文を読む

国境越え

2009-09-29 18:45:39 | バックパッカー
3時半に起された。。早すぎ。また、寝不足。車も毎度のことボロボロ。サスはブヨブヨでショックアブゾーバーは全く機能していないし、またケツが痛んだ。何とか9時半にChipataへ到着。ここでマラウィ行きのミニバスに乗り換える。 どういうわけか警察が多くミニバスを取り締まっていた。曰く、ミニバスの色はスカイブルーでなくてはいけないとのことで、ほとんどのミニバス運転手はそんなこと知る由もなく運転させても . . . 本文を読む

ザンビア編 4

2009-09-09 19:51:57 | バックパッカー
バスは超満員。何とか席を確保し安堵と同時に完全一人旅が始まったことに興奮と少々の不安を感じていた。 出発してすぐ雨が降り出したかと思うと豪快に雨漏り。他の乗客は全く動じることなくごく自然の事のように振舞っていた。カーテンを手に取り傘代わりにする人、全く雨が降っていないかのごとく気にしない人。僕も気にせずそのままなすがままに任せた。幸い雨はすぐに止んだ。 僕の前に一人明かに他の乗客と違う文化 . . . 本文を読む

Zambia 3

2009-05-25 20:38:59 | バックパッカー
首都ルサカまでは300キロもないがとにかく道がわるい。深い穴だらけなので、穴をよけるか、浅い穴を選ばなければならず早く走れない。道端にはたまに地元の人たちが、果物や野菜を持って立っている。中には亀を持って立っている子供もいた。誰か買うのだろうか。この何もない草原のなかたまにぽつんとある店で休憩をとる。壁は土でできており、軽食とジュースとビールがある程度だけどこの大草原のなかではオアシスのようである . . . 本文を読む

On the road

2009-04-19 22:08:33 | バックパッカー
ご無沙汰しました。旅から戻ってきました。旅といっても1ヶ月なのであっという間だったけど、毎日が常に新鮮で、新たな冒険に満ちあふれていたので実際より長く感じた。太陽の下、雨の中、雪の中、バックパックを担いでどこをひたすら歩き、バスを何度乗り継いだか、広大な景色の中延々と揺られながらずっと見つめ続けた窓の外、テントの中寒くて寝れなった夜を紹介するのは簡単だけど、精神的経験、心に沸き起こる気持ちはあまり . . . 本文を読む

一期一会

2009-02-10 20:28:25 | バックパッカー
昨日9日、ジャマイカの女の子に会う機会があった。彼女の名はSharea。渋滞の中、彼女をキャンプスベイまで送り30分ほど話しただけだ。今まで、ジャマイカからの人に会ったことはないし、はずかしながらカリブ海にあること以外何も知らない。ボブマーリーを崇拝しているわけでもない。 一期一会。たった今、これを書いているときに数年ぶりにこの単語を思い出した。一瞬どんな意味だったかなと考えてしまったけど、脳の . . . 本文を読む

Zambia 2

2008-09-03 20:24:16 | バックパッカー
Jasonには本当に世話になった。その頃、親父さんを亡くして2,3年経っており悪ガキながらもお母さんを大切にし文句いいながらも働いていた。Jasonの手伝いでいろんなところへ行き、心に刻んだ。その頃、ガソリンが高くなっており、闇市まで一日かけてドラム缶5本持ってガソリンを買いに行った。Jasonが闇市で交渉している中、僕にできることはただ傍観するだけだった。 その時は、初めての闇市で交渉だったの . . . 本文を読む

Zambia 1

2008-07-10 22:25:42 | バックパッカー
ザンビア入りしたのは日が落ちた後だった。国境からすぐにあるSiavongahttp://www.zambiatourism.com/travel/maps/siavonga.htmという村にJasonとCharlの家族は住んでいる。村のとなりにはKariba湖http://www.zambiatourism.com/travel/places/kariba.htmがあり多くが湖沿いに住んでいてスピ . . . 本文を読む

初旅

2008-07-03 21:54:22 | バックパッカー
初めて旅をしたのはカレッジ1年目が終わったときだった。クラスメートにザンビア出身のJasonがいた。高校時代をPort Elizabethで過ごし、卒業後ケープタウンにやってきていた。お互いケープタウン出身ではないので昔からの友人がおらず、彼とよくつるんでいた。 サーフスキー、サーフィンなどを教えてくれたりシガーマンのバイト紹介などをしてくれたのもJasonである。1年間のコースが終わったあと彼 . . . 本文を読む

Mozambique

2008-05-14 19:24:18 | バックパッカー
南アフリカの右となりにある国。ポルトガル語を話す。トロピカルでやしの木だらけ。水は温かく、湿度が高く猛烈に暑い。マラリアの薬を飲む必要あり。計3度足を踏み入れたことになるが、最初は、旅なれておらず英語も話せず、ましてやポルトガル語など話せるわけもなくかなりしんどかったが、2度目、3度目は満喫した。 モザンビークはいい。町並み、外観もまるで南アフリカとちがい、どこへ行ってもアフリカのにおい . . . 本文を読む