【心のキズ】
●子どものうつ病
+++++++++++++++++
うつ病の素因(遠因)は、満5歳から
10歳ごろまでに、つくられるという。
しかもその主なる原因は、離別体験だ
という。
つまり幼少期に親と離別体験を経験した
子どもほど、のちにおとなになって
から、うつ病(抑うつ状態)に
なりやすいということがわかって
いる。
もし今、あなたがうつ病、もしくは
うつ病的な傾向があるなら、まず、
自分の過去をのぞいてみよう。
それがあなたの心を守る第一歩となる。
++++++++++++++++
●幼少期の離別体験
児童期の喪失体験が、子どもの抑うつ状態と、深く関係しているという(社会精神医学、7;1
14―118)。
いわく「10歳以前の両親のいずれかと死別体験、もしくは、分離体験という喪失体験が、正
常対象群(9%)に対して、患者群(39%)に有意の差をもって多く認められた。
しかし抑うつ状態の診断下位群、抑うつ状態の臨床結果とは特異な所見を得られなかった。
さらに5~10歳までが、喪失体験が抑うつ状態の素因を形成するための臨界期であろうと
推察した」と。
わかりやすく言うと、こうなる。
10歳以前に、両親のいずれかと死別、もしくは分離体験をした子どもほど、のちにおとのなに
なってから、抑うつ状態になりやすいということ。
同じような報告は、イギリスのバーミンガム病院でも、報告されている(精神医学、28;387
~393、1986)。
精神障害のある39人の患者について調べたところ、「15歳以前で、12か月以上の離別体
験をもった人」は、そうでない人よりも、明らかに関連性があることがわかったという。
しかもこの報告で、興味深いのは、異性の親(男児であれば、母親、女児であれば、父親)と
の離別体験をもった人ほど、「有意な差」が見られたという。
さらに報告書は、こう書いている。
「死別体験は家族歴の有無と、有意の関連を呈さなかったが、離別体験は家族歴の有無と
有意(exact probability test, p=0.026)の関連をもち、この傾向は、離別の対象が異性の親で
ある際に強いものであった。
異性親からの離別を体験したものは、家族歴を有する20人のうち、7名(35%)であるのに
対して、家族歴を有さないもの19名では、皆無(0%)であった。
このことから、うつ病発症に関与していると考えられる幼少期の離別体験は、一部には、家
族員の精神疾患から発生したものである可能性が示された」(北村俊則)と。
以上を、わかりやすくまとめると、こうなる。
(1)10歳以前に親との死別体験や離別体験をもった人ほど、うつ病になりやすい。
(2)異性の親との死別体験や離別体験をもった人ほど、うつ病になりやすい。
(3)家族のだれかに精神疾患があった人ほど、うつ病になりやすい。
かなり乱暴なまとめ方なので、誤解を招く心配もないわけではないが、おおざっぱに言えば、
そういうことになる。そしてこうした調査報告を、裏から読むと、こうなる。
(1)10歳以前に、子どもに、離別体験を経験させるのは、避けたほうがよい、と。
しかし実際には、たとえば親の離婚問題を例にあげて考えてみると、離婚(離別)そのものが
子どもに影響を与えるというよりは、それにいたる家庭内騒動が、子どもに影響を与えるとみ
るべきである。バーミンガム病院での報告書にも、「死別体験は家族歴の有無と、有意の関連
を呈さなかった」とある。
解釈のしかたにも、いろいろあるが、死別のばあいは、離婚騒動で起きるような家庭内騒動
は、起きない。
だから離婚するにしても、(それぞれの人たちは、やむにやまれない理由があって離婚する
ので)、子どもとは無縁の世界で、話を進めるのがよいということになる。子どもの目の前で、
はげしい夫婦げんかをするなどという行為は、タブーと考えてよい。
また、この調査結果は、もうひとつ重要なことを私たちに教えている。
もし今、あなたがうつ病、もしくはうつ病的な傾向を示しているなら、その原因は、ひょっとした
ら、あなた自身の幼少期に起因しているかもしれないということ。(うつ病の原因が、すべて幼
少期にあると言っているのではない。誤解のないように!)
そこであなたは、自分の過去を、冷静に、かつ客観的に見つめなおしてみる。
しかし問題は、あなた自身が、そういう過去を経験したということではなく、そういう過去があ
ることに気がつかないまま、そういう過去の虜(とりこ)となって、その過去に操られることであ
る。
そこでまず、自分の過去を知る。
もしそのとき、あなたが心豊かで恵まれた環境の中で、育てられたというのであれば、それは
それとして結構なことである。が、反対に、ここでいうような不幸な体験(親との死別体験や離
別体験)を経験しているなら、あなたの心は、何らかの形で、かなりキズついているとみてよ
い。
しかしそれがこの問題を克服する第一歩である。
自分の過去を知り、自分の心のキズに気がつけば、あとは、時間が解決してくれる。5年とか
10年とか、あるいはもっと時間がかかるかもしれない。が、あとは、時間に任せればよい。少
なくとも、自分の(心の敵)がわかれば、恐れることはない。不必要に悩んだり、苦しんだりする
こともない。
うつ病にかぎらず、心の問題というのは、そういうものである。
私自身の経験を書いたエッセーが、つぎのものである。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●心のキズ
私の父はふだんは、学者肌の、もの静かな人だった。しかし酒を飲むと、人が変わった。今
でいう、アルコール依存症だったのか? 3~4日ごとに酒を飲んでは、家の中で暴れた。大声
を出して母を殴ったり、蹴ったりしたこともある。あるいは用意してあった食事をすべて、ひっく
り返したこともある。
私と5歳年上の姉は、そのたびに2階の奥にある物干し台に身を潜め、私は「姉ちゃん、こわ
いよオ、姉ちゃん、こわいよオ」と泣いた。
何らかの恐怖体験が、心のキズとなる。そしてそのキズは、皮膚についた切りキズのように、
一度つくと、消えることはない。そしてそのキズは、何らかの形で、その人に影響を与える。
が、問題は、キズがあるということではなく、そのキズに気づかないまま、そのキズに振り回さ
れることである。
たとえば私は子どものころから、夜がこわかった。今でも精神状態が不安定になると、夜がこ
わくて、ひとりで寝られない。あるいは岐阜の実家へ帰るのが、今でも苦痛でならない。帰ると
決めると、その数日前から何とも言えない憂うつ感に襲われる。
しかしそういう自分の理由が、長い間わからなかった。もう少し若いころは、そういう自分を心
のどこかで感じながらも、気力でカバーしてしまった。が、50歳も過ぎるころになると、自分の
姿がよく見えてくる。見えてくると同時に、「なぜ、自分がそうなのか」ということまでわかってく
る。
私は子どものころ、夜がくるのがこわかった。「今夜も父は酒を飲んでくるのだろうか」と、そ
んなことを心配していた。また私の家庭はそんなわけで、「家庭」としての機能を果たしていな
かった。家族がいっしょにお茶を飲むなどという雰囲気は、どこにもなかった。
だから私はいつも、さみしい気持ちを紛らわすため、祖父のふとんの中や、母のふとんの中で
寝た。それに私は中学生のとき、猛烈に勉強したが、勉強が好きだからしたわけではない。母
に、「勉強しなければ、自転車屋を継げ」といつも、おどされていたからだ。つまりそういう「過
去」が、今の私をつくった。
よく「子どもの心にキズをつけてしまったようだ。心のキズは消えるか」という質問を受ける。
が、キズなどというのは、消えない。消えるものではない。恐らく死ぬまで残る。ただこういうこと
は言える。
心のキズは、なおそうと思わないこと。忘れること。それに触れないようにすること。さらに同じ
ようなキズは、繰り返しつくらないこと。つくればつくるほど、かさぶたをめくるようにして、キズ口
は深くなる。
私のばあいも、あの恐怖体験が一度だけだったら、こうまで苦しまなかっただろうと思う。しかし
父は、先にも書いたように、3~4日ごとに酒を飲んで暴れた。だから54歳になった今でも、そ
のときの体験が、フラッシュバックとなって私を襲うことがある。
「姉ちゃん、こわいよオ、姉ちゃん、こわいよオ」と体を震わせて、ふとんの中で泣くことがある。
54歳になった今でも、だ。
心のキズというのは、そういうものだ。決して安易に考えてはいけない。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●私の経験から
私が、自分の過去を冷静にみるようになったのは、私が30歳もすぎてからのことではなかっ
たか。それについて書いたエッセーが、つぎのものである。内容的に一部、ダブるところがある
が、許してほしい。4年前に書いた原稿である。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
【自分を変えるために……】
+++++++++++++++++++++
あなたは本当に、あなたか?
あなたは「私は私」と、本当にそのように、
自信をもって言えるか?
+++++++++++++++++++++
●私の不安発作
ときどき、自分が夜の闇に吸い込まれていくように感じて、言いようのない不安に襲われるこ
とがある。私は夜が苦手。子どものころから苦手だった。そういう不安に襲われると、この年齢
(54歳)になっても、ひとりで寝ることができない。ワイフが床に入るのを待ってから、自分もそ
の床に身をすべらせる。
夜が苦手になった理由は、父が酒乱だったことによる。私が4,5歳くらいのときから父の酒
グセが悪くなり、父は数日おきに酒を飲んだ。見さかいなく暴れた。ときにはそういう騒動を、お
もしろおかしく見たこともあるが、私には恐怖だった。
父が酒を飲んで暴れるたびに、そして大声で怒鳴り散らすたびに、私と姉は、2階の奥にあっ
た物干し台の陰に身を隠し、それにおびえた。今でも、「姉ちゃん、こわいよ」「姉ちゃん、こわ
いよ」と声を震わせて泣いた自分の声を、よく覚えている。姉は私より、5歳年上だった。
●心のキズにきづいたのは、三〇歳を過ぎてから
しかし私がこうした自分の心のキズに気づいたのは、私が30歳を過ぎてからだった。それま
では自分の心にキズがあるなどとは、思ってもみなかった。が、今から思い出すと、いろいろな
症状があった。
たとえば私は酒臭い人が大嫌いだった。近くにいるだけで、生理的な嫌悪感を覚えた。赤い夕
日が沈むのを見ると、ときどき不安になった。暗いトンネルに入ると、ぞっとするような恐怖感
に襲われた。カッとなると、すべてを破壊してしまいたいような衝動にかられた。自分を消してし
まいたいような衝動で、そのためときどきワイフに暴力を振るったこともある。
父が母に暴力を振るっていたのを見たことがあるためか、自分の暴力は正しいと思い込んで
いた。そして最大の症状は、ここに書いたように、夜がこわかったということ。
●不安発作の原因
一度不安発作に襲われると、自分でもどうやって身を守ってよいのかわからなくなる。たいて
いはふとんの中で、体を丸めて、ガタガタ震える。あるいはワイフの体にしがみついて眠る。
しかしそれでも、なぜ自分がそういう発作に襲われるのか、理由がわからなかった。が、ある
夜のこと。私がワイフにふとんの中で、私の子どものころの話を語っていたときのこと。やがて
話が父の酒乱の話しになり、暴力の話になった。そして姉と物干し台で震えていたときの話に
なった。そのときのことだ。突然、私はあの不安発作に襲われた。
体がガタガタと震えだし、そして自分が夜の闇に吸い込まれていくのを感じた。そして年甲斐
もなく、大声で、「姉ちゃん、こわいよ」「姉ちゃん、こわいよ」と泣き出した。
ワイフは、私を自分の体で包みながら、「あなた、何でもないのよ」となだめてくれたが、そのと
きはじめて私はわかった。私が感じる不安は、あの夜感じた不安と同じだった。そしてそれは
あの夜から始まっていたのを知った。
赤い夕日が沈むのを見ると不安になるのは、そのころ父はいつも近くの酒屋で酒を飲んでい
たからだ。いつだったか、父が真っ赤な夕日を背景に、フラフラと通りを歩いているのをみかけ
たことがある。そのときの光景が、今でもはっきりと覚えている。
また私が暗いトンネルが苦手なのは、暗闇がこわいということよりも、何らかの恐怖症が形を
変えたためと考えられる。子どもというのは、一度恐怖症になると、その思考プロセスだけは残
り、いろいろな恐怖症に姿を変える。私のばあいも、暗闇恐怖症が、飛行機事故で今度は、飛
行機恐怖症になったりした。
●私の中の私でない部分
が、ここで私の中に大きな変化が起きたのを知った。「私は私」と思っていたが、私の中に、
私でない部分を知ったとき、そのときから、本当の自分が見えてきた。私は、私の中の別の私
に動かされていただけだった。
たとえば私が酒臭い人を嫌うのも、赤い夕日が沈むのを見ると、ときどき不安になるのも、ま
た暗いトンネルに入ると、ぞっとするような恐怖感に襲われるのも、カッとなると、すべてを破壊
してしまいたいような衝動にかられるのも、すべて、私の中の別の私がそうさせていることに気
づいた。これは私にとっては、大きな発見だった。この先を話す前に、こんなことがある。
●子どもを見ていて……
子どもを教えていると、それぞれの子どもが、何らかの問題をかかえている。問題のない子
どもなどいないと言ってもよい。それほど深刻なケースでなくても、いじけたり、すねたり、つっ
ぱったり、ひねくれたり、ひがんだりする子どもは多い。そういう子どもを観察してみると、子ど
も自身の意思というよりは、何か別の力によって動かされているのがわかる。もちろん本人
は、自分の意思で行動していると思っているようだが、別の思考パターンが作動しているのが
わかる。
原因はいろいろある。たいていは家庭環境や家庭教育。年齢が大きくなるにつれて、学校と
いう場が原因になることもある。私が印象に残っている女の子に、A子さんという子ども(年長
児)がいた。
ある朝、私が園庭でA子さんに、「今日はいい天気だね」と話しかけたときのこと。A子さんは、
こう言った。「今日は、いい天気ではない。あそこに雲がある」と。そこでまた私が、「雲があって
も、いい天気だよ」と言うと、さらにかたくなな様子になり、「あそこに雲がある!」と。ものの考
え方がどこかひねくれていた。
で、話を聞くと、A子さんの家は、父子家庭。ある日担任の先生がA子さんの家を訪れてみる
と、父親の飲む酒ビンが、床にころがっていたという。
●いつ、それに気づくか?
が、問題はこのことではない。そういう「すなおでない性格」について、子ども自身がいつ、どの
ような形で気がつくか、だ。が、このことも、問題ではない。問題は、そういう自分であって自分
でない部分に気がつくことがないまま、自分であって自分でない部分に引き回されること。そし
て同じ失敗を繰り返す。これが問題である。
しかしなおす方法がないわけではない。まず、自分自身の中に潜む心のキズがどんなもので
あるかを、客観的に知る。
私のばあいは、あの夜、ワイフの胸の中で、「姉ちゃん、こわいよ」と泣いたときから、自分が
変わったように思う。それまで心の奥底に潜んでいた「わだかまり」に気づくと同時に、それを
外に吐き出すことができた。
もっともそれですぐすべての問題が解決したわけではないが、少しずつ、そのときからわだか
まりがこわれていった。同じような症状はそれからも繰り返し出たが、(今でも、出るが……)、
そのつど、なぜ自分がそうなるかがわかり、そしてそれに合わせて、症状も軽くなっていった。
そこで……
●自分を変えるために
(1)もしあなたが、いつも同じようなパターンで、同じような失敗を繰り返すようであれば、自分
さがしをしてみる。どこかにおおきなわだかまりや、心のキズがあるはずである。
(2)あなたの過去に問題があることが問題ではない。問題は、そういう問題に気づくことがない
まま、その過去に振り回されること。ただし、自分の心の中をのぞくことは、こわいことだが、勇
気を出して、それをすること。
(3)心の中のキズやわだかまりは、あなたを、無意識のまま、あなたを裏から操(あやつ)る。
ふつうは操られていることに気づかないまま、操られる。たとえば子どもへの暴力など。親はと
っさに暴力を振るうが、あとで「なぜそんなことをしたかわからない」というケースが多いのは、
そのため。
(4)しかしあなたが自分の中の、「自分であって自分でない部分」に気づけば、そのときから、
この問題は解決する。
(5)同じような症状(反応)が出たとき、「ああ、これは私であって、私でない部分」と自分自身を
客観的にみる。あとは時間が解決してくれる。
これは私の体験からの報告である。
(追記)
こうした自分自身の体験を公開するのは、一方で、そういう自分と決別するためでもある。自
分自身を思いきってさらけ出すのも、ひとつの解決方法かもしれない。
なお私のばあい、それ以上に心がゆがまなかったのは、やさしい祖父母が同居していたため
と考えられる。もうひとつは、近くに親類が何人かいて、私のめんどうをみてくれた。ああいう家
庭環境で、もし祖父母や親類が近くにいなかったら、今ごろの私は、どうなっていたか……。そ
れを考えると、ぞっとする。
そういう意味で、よく子どもの非行が問題になるが、私はすべて子どもの責任にするのは、まち
がっていると思う。
(02-9-29)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 心の
傷 トラウマ うつ病 離婚 離別体験 死別体験 子供の心理 バーミンガム病院 恐怖症
はやし浩司 離別体験 うつ秒 心の問題)
●子どものうつ病
+++++++++++++++++
うつ病の素因(遠因)は、満5歳から
10歳ごろまでに、つくられるという。
しかもその主なる原因は、離別体験だ
という。
つまり幼少期に親と離別体験を経験した
子どもほど、のちにおとなになって
から、うつ病(抑うつ状態)に
なりやすいということがわかって
いる。
もし今、あなたがうつ病、もしくは
うつ病的な傾向があるなら、まず、
自分の過去をのぞいてみよう。
それがあなたの心を守る第一歩となる。
++++++++++++++++
●幼少期の離別体験
児童期の喪失体験が、子どもの抑うつ状態と、深く関係しているという(社会精神医学、7;1
14―118)。
いわく「10歳以前の両親のいずれかと死別体験、もしくは、分離体験という喪失体験が、正
常対象群(9%)に対して、患者群(39%)に有意の差をもって多く認められた。
しかし抑うつ状態の診断下位群、抑うつ状態の臨床結果とは特異な所見を得られなかった。
さらに5~10歳までが、喪失体験が抑うつ状態の素因を形成するための臨界期であろうと
推察した」と。
わかりやすく言うと、こうなる。
10歳以前に、両親のいずれかと死別、もしくは分離体験をした子どもほど、のちにおとのなに
なってから、抑うつ状態になりやすいということ。
同じような報告は、イギリスのバーミンガム病院でも、報告されている(精神医学、28;387
~393、1986)。
精神障害のある39人の患者について調べたところ、「15歳以前で、12か月以上の離別体
験をもった人」は、そうでない人よりも、明らかに関連性があることがわかったという。
しかもこの報告で、興味深いのは、異性の親(男児であれば、母親、女児であれば、父親)と
の離別体験をもった人ほど、「有意な差」が見られたという。
さらに報告書は、こう書いている。
「死別体験は家族歴の有無と、有意の関連を呈さなかったが、離別体験は家族歴の有無と
有意(exact probability test, p=0.026)の関連をもち、この傾向は、離別の対象が異性の親で
ある際に強いものであった。
異性親からの離別を体験したものは、家族歴を有する20人のうち、7名(35%)であるのに
対して、家族歴を有さないもの19名では、皆無(0%)であった。
このことから、うつ病発症に関与していると考えられる幼少期の離別体験は、一部には、家
族員の精神疾患から発生したものである可能性が示された」(北村俊則)と。
以上を、わかりやすくまとめると、こうなる。
(1)10歳以前に親との死別体験や離別体験をもった人ほど、うつ病になりやすい。
(2)異性の親との死別体験や離別体験をもった人ほど、うつ病になりやすい。
(3)家族のだれかに精神疾患があった人ほど、うつ病になりやすい。
かなり乱暴なまとめ方なので、誤解を招く心配もないわけではないが、おおざっぱに言えば、
そういうことになる。そしてこうした調査報告を、裏から読むと、こうなる。
(1)10歳以前に、子どもに、離別体験を経験させるのは、避けたほうがよい、と。
しかし実際には、たとえば親の離婚問題を例にあげて考えてみると、離婚(離別)そのものが
子どもに影響を与えるというよりは、それにいたる家庭内騒動が、子どもに影響を与えるとみ
るべきである。バーミンガム病院での報告書にも、「死別体験は家族歴の有無と、有意の関連
を呈さなかった」とある。
解釈のしかたにも、いろいろあるが、死別のばあいは、離婚騒動で起きるような家庭内騒動
は、起きない。
だから離婚するにしても、(それぞれの人たちは、やむにやまれない理由があって離婚する
ので)、子どもとは無縁の世界で、話を進めるのがよいということになる。子どもの目の前で、
はげしい夫婦げんかをするなどという行為は、タブーと考えてよい。
また、この調査結果は、もうひとつ重要なことを私たちに教えている。
もし今、あなたがうつ病、もしくはうつ病的な傾向を示しているなら、その原因は、ひょっとした
ら、あなた自身の幼少期に起因しているかもしれないということ。(うつ病の原因が、すべて幼
少期にあると言っているのではない。誤解のないように!)
そこであなたは、自分の過去を、冷静に、かつ客観的に見つめなおしてみる。
しかし問題は、あなた自身が、そういう過去を経験したということではなく、そういう過去があ
ることに気がつかないまま、そういう過去の虜(とりこ)となって、その過去に操られることであ
る。
そこでまず、自分の過去を知る。
もしそのとき、あなたが心豊かで恵まれた環境の中で、育てられたというのであれば、それは
それとして結構なことである。が、反対に、ここでいうような不幸な体験(親との死別体験や離
別体験)を経験しているなら、あなたの心は、何らかの形で、かなりキズついているとみてよ
い。
しかしそれがこの問題を克服する第一歩である。
自分の過去を知り、自分の心のキズに気がつけば、あとは、時間が解決してくれる。5年とか
10年とか、あるいはもっと時間がかかるかもしれない。が、あとは、時間に任せればよい。少
なくとも、自分の(心の敵)がわかれば、恐れることはない。不必要に悩んだり、苦しんだりする
こともない。
うつ病にかぎらず、心の問題というのは、そういうものである。
私自身の経験を書いたエッセーが、つぎのものである。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●心のキズ
私の父はふだんは、学者肌の、もの静かな人だった。しかし酒を飲むと、人が変わった。今
でいう、アルコール依存症だったのか? 3~4日ごとに酒を飲んでは、家の中で暴れた。大声
を出して母を殴ったり、蹴ったりしたこともある。あるいは用意してあった食事をすべて、ひっく
り返したこともある。
私と5歳年上の姉は、そのたびに2階の奥にある物干し台に身を潜め、私は「姉ちゃん、こわ
いよオ、姉ちゃん、こわいよオ」と泣いた。
何らかの恐怖体験が、心のキズとなる。そしてそのキズは、皮膚についた切りキズのように、
一度つくと、消えることはない。そしてそのキズは、何らかの形で、その人に影響を与える。
が、問題は、キズがあるということではなく、そのキズに気づかないまま、そのキズに振り回さ
れることである。
たとえば私は子どものころから、夜がこわかった。今でも精神状態が不安定になると、夜がこ
わくて、ひとりで寝られない。あるいは岐阜の実家へ帰るのが、今でも苦痛でならない。帰ると
決めると、その数日前から何とも言えない憂うつ感に襲われる。
しかしそういう自分の理由が、長い間わからなかった。もう少し若いころは、そういう自分を心
のどこかで感じながらも、気力でカバーしてしまった。が、50歳も過ぎるころになると、自分の
姿がよく見えてくる。見えてくると同時に、「なぜ、自分がそうなのか」ということまでわかってく
る。
私は子どものころ、夜がくるのがこわかった。「今夜も父は酒を飲んでくるのだろうか」と、そ
んなことを心配していた。また私の家庭はそんなわけで、「家庭」としての機能を果たしていな
かった。家族がいっしょにお茶を飲むなどという雰囲気は、どこにもなかった。
だから私はいつも、さみしい気持ちを紛らわすため、祖父のふとんの中や、母のふとんの中で
寝た。それに私は中学生のとき、猛烈に勉強したが、勉強が好きだからしたわけではない。母
に、「勉強しなければ、自転車屋を継げ」といつも、おどされていたからだ。つまりそういう「過
去」が、今の私をつくった。
よく「子どもの心にキズをつけてしまったようだ。心のキズは消えるか」という質問を受ける。
が、キズなどというのは、消えない。消えるものではない。恐らく死ぬまで残る。ただこういうこと
は言える。
心のキズは、なおそうと思わないこと。忘れること。それに触れないようにすること。さらに同じ
ようなキズは、繰り返しつくらないこと。つくればつくるほど、かさぶたをめくるようにして、キズ口
は深くなる。
私のばあいも、あの恐怖体験が一度だけだったら、こうまで苦しまなかっただろうと思う。しかし
父は、先にも書いたように、3~4日ごとに酒を飲んで暴れた。だから54歳になった今でも、そ
のときの体験が、フラッシュバックとなって私を襲うことがある。
「姉ちゃん、こわいよオ、姉ちゃん、こわいよオ」と体を震わせて、ふとんの中で泣くことがある。
54歳になった今でも、だ。
心のキズというのは、そういうものだ。決して安易に考えてはいけない。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●私の経験から
私が、自分の過去を冷静にみるようになったのは、私が30歳もすぎてからのことではなかっ
たか。それについて書いたエッセーが、つぎのものである。内容的に一部、ダブるところがある
が、許してほしい。4年前に書いた原稿である。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
【自分を変えるために……】
+++++++++++++++++++++
あなたは本当に、あなたか?
あなたは「私は私」と、本当にそのように、
自信をもって言えるか?
+++++++++++++++++++++
●私の不安発作
ときどき、自分が夜の闇に吸い込まれていくように感じて、言いようのない不安に襲われるこ
とがある。私は夜が苦手。子どものころから苦手だった。そういう不安に襲われると、この年齢
(54歳)になっても、ひとりで寝ることができない。ワイフが床に入るのを待ってから、自分もそ
の床に身をすべらせる。
夜が苦手になった理由は、父が酒乱だったことによる。私が4,5歳くらいのときから父の酒
グセが悪くなり、父は数日おきに酒を飲んだ。見さかいなく暴れた。ときにはそういう騒動を、お
もしろおかしく見たこともあるが、私には恐怖だった。
父が酒を飲んで暴れるたびに、そして大声で怒鳴り散らすたびに、私と姉は、2階の奥にあっ
た物干し台の陰に身を隠し、それにおびえた。今でも、「姉ちゃん、こわいよ」「姉ちゃん、こわ
いよ」と声を震わせて泣いた自分の声を、よく覚えている。姉は私より、5歳年上だった。
●心のキズにきづいたのは、三〇歳を過ぎてから
しかし私がこうした自分の心のキズに気づいたのは、私が30歳を過ぎてからだった。それま
では自分の心にキズがあるなどとは、思ってもみなかった。が、今から思い出すと、いろいろな
症状があった。
たとえば私は酒臭い人が大嫌いだった。近くにいるだけで、生理的な嫌悪感を覚えた。赤い夕
日が沈むのを見ると、ときどき不安になった。暗いトンネルに入ると、ぞっとするような恐怖感
に襲われた。カッとなると、すべてを破壊してしまいたいような衝動にかられた。自分を消してし
まいたいような衝動で、そのためときどきワイフに暴力を振るったこともある。
父が母に暴力を振るっていたのを見たことがあるためか、自分の暴力は正しいと思い込んで
いた。そして最大の症状は、ここに書いたように、夜がこわかったということ。
●不安発作の原因
一度不安発作に襲われると、自分でもどうやって身を守ってよいのかわからなくなる。たいて
いはふとんの中で、体を丸めて、ガタガタ震える。あるいはワイフの体にしがみついて眠る。
しかしそれでも、なぜ自分がそういう発作に襲われるのか、理由がわからなかった。が、ある
夜のこと。私がワイフにふとんの中で、私の子どものころの話を語っていたときのこと。やがて
話が父の酒乱の話しになり、暴力の話になった。そして姉と物干し台で震えていたときの話に
なった。そのときのことだ。突然、私はあの不安発作に襲われた。
体がガタガタと震えだし、そして自分が夜の闇に吸い込まれていくのを感じた。そして年甲斐
もなく、大声で、「姉ちゃん、こわいよ」「姉ちゃん、こわいよ」と泣き出した。
ワイフは、私を自分の体で包みながら、「あなた、何でもないのよ」となだめてくれたが、そのと
きはじめて私はわかった。私が感じる不安は、あの夜感じた不安と同じだった。そしてそれは
あの夜から始まっていたのを知った。
赤い夕日が沈むのを見ると不安になるのは、そのころ父はいつも近くの酒屋で酒を飲んでい
たからだ。いつだったか、父が真っ赤な夕日を背景に、フラフラと通りを歩いているのをみかけ
たことがある。そのときの光景が、今でもはっきりと覚えている。
また私が暗いトンネルが苦手なのは、暗闇がこわいということよりも、何らかの恐怖症が形を
変えたためと考えられる。子どもというのは、一度恐怖症になると、その思考プロセスだけは残
り、いろいろな恐怖症に姿を変える。私のばあいも、暗闇恐怖症が、飛行機事故で今度は、飛
行機恐怖症になったりした。
●私の中の私でない部分
が、ここで私の中に大きな変化が起きたのを知った。「私は私」と思っていたが、私の中に、
私でない部分を知ったとき、そのときから、本当の自分が見えてきた。私は、私の中の別の私
に動かされていただけだった。
たとえば私が酒臭い人を嫌うのも、赤い夕日が沈むのを見ると、ときどき不安になるのも、ま
た暗いトンネルに入ると、ぞっとするような恐怖感に襲われるのも、カッとなると、すべてを破壊
してしまいたいような衝動にかられるのも、すべて、私の中の別の私がそうさせていることに気
づいた。これは私にとっては、大きな発見だった。この先を話す前に、こんなことがある。
●子どもを見ていて……
子どもを教えていると、それぞれの子どもが、何らかの問題をかかえている。問題のない子
どもなどいないと言ってもよい。それほど深刻なケースでなくても、いじけたり、すねたり、つっ
ぱったり、ひねくれたり、ひがんだりする子どもは多い。そういう子どもを観察してみると、子ど
も自身の意思というよりは、何か別の力によって動かされているのがわかる。もちろん本人
は、自分の意思で行動していると思っているようだが、別の思考パターンが作動しているのが
わかる。
原因はいろいろある。たいていは家庭環境や家庭教育。年齢が大きくなるにつれて、学校と
いう場が原因になることもある。私が印象に残っている女の子に、A子さんという子ども(年長
児)がいた。
ある朝、私が園庭でA子さんに、「今日はいい天気だね」と話しかけたときのこと。A子さんは、
こう言った。「今日は、いい天気ではない。あそこに雲がある」と。そこでまた私が、「雲があって
も、いい天気だよ」と言うと、さらにかたくなな様子になり、「あそこに雲がある!」と。ものの考
え方がどこかひねくれていた。
で、話を聞くと、A子さんの家は、父子家庭。ある日担任の先生がA子さんの家を訪れてみる
と、父親の飲む酒ビンが、床にころがっていたという。
●いつ、それに気づくか?
が、問題はこのことではない。そういう「すなおでない性格」について、子ども自身がいつ、どの
ような形で気がつくか、だ。が、このことも、問題ではない。問題は、そういう自分であって自分
でない部分に気がつくことがないまま、自分であって自分でない部分に引き回されること。そし
て同じ失敗を繰り返す。これが問題である。
しかしなおす方法がないわけではない。まず、自分自身の中に潜む心のキズがどんなもので
あるかを、客観的に知る。
私のばあいは、あの夜、ワイフの胸の中で、「姉ちゃん、こわいよ」と泣いたときから、自分が
変わったように思う。それまで心の奥底に潜んでいた「わだかまり」に気づくと同時に、それを
外に吐き出すことができた。
もっともそれですぐすべての問題が解決したわけではないが、少しずつ、そのときからわだか
まりがこわれていった。同じような症状はそれからも繰り返し出たが、(今でも、出るが……)、
そのつど、なぜ自分がそうなるかがわかり、そしてそれに合わせて、症状も軽くなっていった。
そこで……
●自分を変えるために
(1)もしあなたが、いつも同じようなパターンで、同じような失敗を繰り返すようであれば、自分
さがしをしてみる。どこかにおおきなわだかまりや、心のキズがあるはずである。
(2)あなたの過去に問題があることが問題ではない。問題は、そういう問題に気づくことがない
まま、その過去に振り回されること。ただし、自分の心の中をのぞくことは、こわいことだが、勇
気を出して、それをすること。
(3)心の中のキズやわだかまりは、あなたを、無意識のまま、あなたを裏から操(あやつ)る。
ふつうは操られていることに気づかないまま、操られる。たとえば子どもへの暴力など。親はと
っさに暴力を振るうが、あとで「なぜそんなことをしたかわからない」というケースが多いのは、
そのため。
(4)しかしあなたが自分の中の、「自分であって自分でない部分」に気づけば、そのときから、
この問題は解決する。
(5)同じような症状(反応)が出たとき、「ああ、これは私であって、私でない部分」と自分自身を
客観的にみる。あとは時間が解決してくれる。
これは私の体験からの報告である。
(追記)
こうした自分自身の体験を公開するのは、一方で、そういう自分と決別するためでもある。自
分自身を思いきってさらけ出すのも、ひとつの解決方法かもしれない。
なお私のばあい、それ以上に心がゆがまなかったのは、やさしい祖父母が同居していたため
と考えられる。もうひとつは、近くに親類が何人かいて、私のめんどうをみてくれた。ああいう家
庭環境で、もし祖父母や親類が近くにいなかったら、今ごろの私は、どうなっていたか……。そ
れを考えると、ぞっとする。
そういう意味で、よく子どもの非行が問題になるが、私はすべて子どもの責任にするのは、まち
がっていると思う。
(02-9-29)
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